日本企業に求められる社内ソーシャルとは? 慶應ビジネススクール 高木教授が語る
『組織能力のハイブリッド戦略』の著書、慶應ビジネススクールの高木晴夫教授に、サイボウズ式 大槻編集長が直撃インタビュー!
高木先生は『「人ベース」の組織構造を持つ日本企業が、グローバル市場での競争に勝ち残るには、「仕事ベース」の組織能力を取り入れてハイブリッド化することが必要だ』と説く。日本企業がハイブリッド化していくために必要なツールとは何か?“情報共有ツール”導入の成功の鍵は、どこにあるのか?
■前回記事「 日本企業で「社内ソーシャル」が必要とされない理由とは?」の復習
米国企業の場合は、
・トップダウンで仕事を定義・その仕事ごとに人を採用
一方、日本企業の場合は、
・ミドルマネジメントによる現場からのボトムアップでの積み上げで仕事を定義・組織に採用された人がその成長に伴って、仕事の範囲を広げ、仕事を創り出していく
といった違いがあるそうです。この比較から高木先生は、米国企業は「仕事ベース」で組織が作られており、日本企業は「人ベース」で組織が作られていると表現します。
マネジメントが打ち出した戦略をスピーディーに実行する力を「タテ方向」、現場チームが連携して自律的に問題に対処していく力を「ヨコ方向」と分解して表現するならば、どちらか一方だけが優れているのではなく、タテとヨコの両方の力、すなわち「ハイブリッド」化した組織能力を持つ企業こそがグローバル競争を勝ち抜ける、というのが高木先生の見解
日本企業に必要な組織のハイブリッド化とは?
大槻
以前、サイボウズ式に高木先生の書籍に関する書評を書いたところ、いろいろな反響がありました。そこで先生に直接お話を伺いたいと思いました。まずは、企業組織の“タテ”と“ヨコ”の概念についてお聞きしたいと思います。「日本企業」に多くみられるという“ヨコ型の企業”について、少しお話いただけませんでしょうか。
私の定義する“ヨコ型の企業”とは、人々が仕事を工夫して作っていく「人ベース」の構造を持つ企業のことです。素材型、製造業型、地道型といった要素を持つ伝統的な日本企業に特に多いのですが、これらの企業は、“人ベース”の構造を持っている度合いが非常に強い。100%ではないが、その多くは“人ベース”と言ってよいでしょう。「人ベース」の組織では、大卒一括採用で雇用され、そこには「同期」という概念があって、お互いに横睨みをしながら仕事をしていく。これに対して、雇う前から仕事が用意されているのが「仕事ベース」の組織です。
大槻
本の中で、“ヨコ型の企業”が、今後グローバルな競争を勝ち抜いていくためには、組織のハイブリッド化にチャレンジしていかなければならないと先生はおっしゃっています。では、“ヨコ型企業”は、どういうことにチャレンジしていくべきなのでしょうか。
それは、けっこう難しい問いなんです。“人ベース”の企業では、トップに就く人は持ち上がりで就く。みんなが持ち上がりだから、いつまで経っても越えられない。それが「ボトムアップ」でしょ。そしてハイブリッドになるには、どこかのタイミングで「トップダウン」を入れなければならない。つまり、“どのタイミングでトップダウンに変えられるか”が、“どうチャレンジするか”という問いと同じなのだと思います。だから難しい。しかし、この難しさを乗り越えないと、ハイブリッドの構造は実現できないし、実現できない企業は淘汰されていくと思う。
大槻
「淘汰されていく」とは手厳しいですね・・・でも、それが現実だと?
今、競争に勝利している米国企業はハイブリッド型であり、タテ・ヨコ両方やっている。そもそも、変化に強いのはタテ型の組織です。日本もヨコだけではなく、タテを強化しないと競争には負ける。やはり、どこかで「トップダウン」を入れなければならないんです。アメリカでは、専門的訓練を受けたプロフェッショナルが社長となりますが、そういう人をつけないと組織が動かないですからね。
大槻
私の書評記事に対する反響の中で、「意志決定が苦手というのは企業だけでなく政府も同様で、どうも日本人の国民性に近い問題では?」という声がありました。トップダウンで戦略を考え実行するというのは、日本人の苦手な部分だということはないですか?
そんなことはないと思います。数は少ないかも知れませんが、そういうスキルを持った人は日本にも必ずいます。
大槻
参考になる企業はありますか?
例えばトヨタでは、単に強いトップを入れるというだけではなく、組織が上から下に動きやすくなるような“組織のしくみ”を作っています。(トヨタの)上に就かれている人たちと話をすると、言っていることがブレていない。下の人たちからの信頼や尊敬を集めていて、やっていることが合理的であっても、「それが今のトヨタには必要だ」という理解があって成り立っている。トヨタのように、危機的状態を生き抜いていかなければならない時や、工夫をしていく時に新しいものが身に付く。それが「進化」だと思う。アメリカでも、危険な時にトップが工夫をして、生き抜いた企業が「ハイブリット」になっています。
大槻
ピンチはチャンスと?
どちらかと言うと“苦しみぬいた企業”と言った方が正しいでしょう。苦労が正しく身に付いた企業が生き抜いていく。身に付かないで消えていく会社もたくさんあります。
大槻
なるほど。比較的、ヨコ型の企業が多い日本においては、まず“タテ型を意識する”ことが大切だということですね。
その“必要性を意識する”ということです。
「社内ソーシャル」の必要性について
大槻
組織構造のハイブリッド化が進む米国企業では「従業員同士の、横のつながり」が重要視され、これをITで効率的に実現するための「社内ソーシャル」ツールが浸透してきているようです。日本でも導入検討する企業が増えてきているようです。でも本を拝読してヨコ型の企業に対しては、決してその優先順位は高くないんじゃないかと感じたのですが・・・。
そうですね。日本企業の中でもヨコ型の企業にとって「横につなげるためのITツールが必要か?」と言われると、アメリカほど必要じゃないと思います。元々アメリカ人は人付き合いが下手で、人と人との“心理距離”を遠くとる傾向がある。個性を大切にし、自分を優先していく文化なので、他人と距離が生まれやすい。だから、意図的に仕組みを作っている。例えば“パーティ”。会社の上司や同僚を招いてのホームパーティが社会に根付いているのはこのためです。
大槻
なるほど、あれは必要だったから行われていたんですね。
だからFacebookが便利とされるのも、そういった下地があるからなんです。一方で日本人は、もともと常に接近した形で毎日生活していて、コミュニティも形成されている。そこに、アメリカで生まれた仕組みをそっくりそのまま持ってきても、米国企業が狙っている目的とは違ってきてしまうわけです。
日本企業がハイブリット化するために必要なITツールとは?
大槻
では、ヨコ型企業がハイブリット化していく中で、必要なITツールとは、どういうものだと考えていらっしゃいますか?
トップの戦略を現場としっかり共有できるツールです。代表的なものにBSC(バランスト・スコアカード)があります。ただ、日本ではうまく浸透しませんでした。これは、本来は戦略を全社で共有するための仕組みであるBSCを、"評価システム"として運用しようとしてしまったことに原因があるのではないかと考えています。タテ型の米国企業で有効なツールである「成果主義」をヨコ型の組織が形だけ真似ても根付きませんよね。“評価システム”のようなものではなく、全社戦略を現場の仕事とつながるように、細かくかみ砕いて伝えるシンプルなシステムが必要と考えています。
大槻
なるほど。トップが決めた目標に対して、進捗管理をしっかりサポートする仕組みがまず必要と言うことですね。ちなみに、ヨコ型企業に「社内ソーシャル」が役立つとすればどんな役割がありそうですか?
事業部門間の壁が厚くなってきているので、「そこを横に通すような何か」が必要だとは感じています。決して、ITがあるから繋がるわけではない。まずは、横に繋がる何か“仕組み”を用意しておいて、それをツールで支えてあげることが必要でしょう。
大槻
確かに。「社内ソーシャル」が単なるコミュニティ的な使われ方をするのでは、ヨコ型のコミュニケーションの延長線上であって新たな価値は生み出さない。よりタテ型に近い使い方、例えばそれは最終的な“アウトプット”を意識した使われ方でないと意味がないということでしょうか。イメージとすると「プロジェクト」活動に近いですね。
そうですね。なお、すでにハイブリットが進行している会社には、現場で起きていることをトップがタイムリーに知ろうとする際に、ITツールが役に立つだろうなと思っています。ただし、これは自然な形でやらなければいけません。例えば、情報が活発に語られていたのに、社長がモニターした途端に静かになってしまっては駄目です。
先生が今、気になる「ヨコ型」企業は?
大槻
今、「ヨコ型企業のハイブリッド化」という観点で気になっている企業はありますか?
ゴーン社長の下、「タテ型」を取り入れて見事に経営を再建した「日産自動車」です。良い意味で気になっています。(書籍執筆のために)調査をした頃は、まだ旧来の「人ベース」の動かし方へのゆり戻しがあったりしていたのですが、今はふんぎりがついて「仕事ベース」で動いているそうです。
大槻
「仕事ベース」の組織で行くことを覚悟されたんですね。どのような工夫があったのでしょうか?
「仕事ベース」で作っていくと、みなさん仕事熱心になりますが、その代わりに“人を育てる”ことには熱心にならない。もはや、それは上司のミッションではないのです。そのため日産では人を育てることを"仕事にする"部署を作ったそうです。これは人材開発とは異なります。人材育成や部署を活性化させるといったファンクションを抜き出し、その仕事の成果だけを見る。言い訳はできなくなります。日本語でちょうどいい言葉がないのですが、いわば「ギルド」という価値観で動いていくと考えています。訓練を受けて、プライドがある「スペシャライズ」「専門性」のことを指しています。専門職と職人とは違います。日本は専門家というとあまり光が当たりませんが、ホワイトカラーにもギルドが必要だと考えています。
大槻
それは興味深いですね。取材を申し込んでみたいと思います。本日はありがとうございました。
(写真撮影:kumadaiworks.jp)
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