「当たり前を疑う」1日6時間労働導入の狙い──スタートトゥデイ×サイボウズ、型破りな人事制度に込めた想い
日本最大級のファッション通販サイト「ZOZOTOWN」を運営するスタートトゥデイ。「1日6時間労働」をはじめ生産性やワークライフバランスの向上を目指した人事施策を導入している同社の想像戦略室室長の梅澤孝之氏および社長室室長の篠田ますみ氏と、「選択型人事制度」など新しい働き方を試みているサイボウズの事業支援本部副本部長の中根弓佳が意見を交わす、現場リーダー対談の後編です。
前編では、従業員同士を親友のようにするための施策を中心に伺いました。後編では、1日6時間労働の実態や制度の根底にある文化や理念に迫ります。
ボーナスは均等。基本給はいっしょ。点数による人事考課もなし。
スタートトゥデイさんでは、ボーナスが全員同額で、勤続年数や成果に関係なく均等に支給していると伺いました。非常に驚いたんですけれども、社員の方から、「成果に見合っていない」とか、「あの人は自分よりも仕事をしていないのに同額なのはなぜか」等の不平不満は出ないんですか?
それが出ないんですよね。競争より和や絆を重視する当社の企業風土あってのことだと思います。当社では、「ボーナスは全員の努力で得た成果を全員でシェアする副産物」と考えています。良い成果が出たのは、特定の個人が頑張ったからではなく、みんながそれぞれの持ち場で頑張ったから、という意識が浸透しているんですね。
当社ではそもそも、基本給は全員同額なんですよ。その上に役職に応じて役職給がつくという給与体系です。ボーナスは基本給にかけて算出しますから、均等に支給できるという背景があります。役職給は部署が違っても同額。だから私と梅澤は、給料もボーナスも同額です。
徹底されていますね。さらに、御社では点数による人事考課もないと聞いています。具体的にはどういうことなのですか?
一般的な会社では、半年に1回くらい人事考課がありますよね。うちは上司の判断により、毎月、昇格昇給が可能な仕組みになっています。 我々も以前は、半年に1度、通知表みたいなもので点数による人事考課をしていたんです。でも結局、「その点数の根拠って何?」という話になるんですよね。それよりも上司が普段から部下としっかりコミュニケーションをとり、その人の成長度合いを常に把握することが大事。管理するのではなく、自分の行動で伝えていく。それがスタッフのモチベーション向上にもつながります。正直、点数で人事考課を行なっていた時は、考課の評価項目に合わせて行動するという面もあったと思うんですよ。例えば、「あいさつ」という評価項目があったとしたら、それが本当に必要だと感じるからやるのではなく、考課に影響するからやる、という感じで。そういう点をもう1度見直そうと。
人事考課がないから社員を見ていない、ではない。項目・点数にとらわれずに、その人自身の成長をしっかり見て評価しようということですよね。
おっしゃるとおりです。それが「自然な働き方」を生むのかなと思います。売り上げ目標なども当然立てますが、それを達成したから評価するというわけではない。あくまでそのプロセスの中でのアクションや、周りの人に及ぼした影響力という部分で評価します。
ベースとして「みんなで」という考え方があるんですね。そこもサイボウズと似ているところがあります。当社も以前、成果主義がもてはやされた頃に、社員の評価に相対評価を導入したことがあったんです。でも、そうすると社員の半分の給料は上がるが、残り半分は上がらない、となり、チームで成果を出すことより自分だけの評価を高く見せようとするようになる。結果、一体感が希薄化し、絶対評価に変えました。一時は離職率が28%でしたが最終的には「チームワークの向上に貢献する」という当社の考え方に共感してくれる人が集まり、多様な働き方の許容(後述)もあってか、今は離職率4%と低くなっています。
それも、試行錯誤の積み重ねがあってのことですよね。離職率がそれだけ低いというのは、社員のみんなさんが環境に満足して、幸せに働いていることの証明だと思います。
当たり前を疑う。1日6時間労働導入の狙い。
では続いていよいよ、御社の人事施策で最近、もっとも話題になっている「1日6時間労働」について伺いたいと思います。御社では2012年の5月から、昼休みをとらずに9時から15時まで働き、そこで仕事を切り上げて帰っていい、ということにしているんですよね。まず、この制度を始めたきっかけは?
そもそも代表の前澤自身が、日本の労働基準法で定められている1日8時間労働に疑問を持っていたんです。「それって当たり前なのか?人間、本当に集中して仕事をできるのはせいぜい3~4時間程度じゃないのか?」と、事あるごとに言っていて。
おっしゃるとおりですね(笑)
そこで、いったん極限まで労働時間を短縮し、短い時間でも生産性を落とさず効率よく仕事ができるスタイルを確立しよう、となったわけです。我々想像戦略室でスタッフにヒアリングを行い、その結果、短縮するといっても現状では6時間がギリギリかなということで、6時間労働を導入しました。
実際、6時間で仕事は終わるものなんですか?
正直、非常にチャレンジングな制度なので、完全に根付くのはまだまだこれからかなと。ただ、定時に帰っている人ももちろんたくさんいます。
生産性の面ではどうですか?向上しましたか?
昨年の10~12月のスタッフ1人あたりの労働生産性(1日当たりの売り上げ ÷ 1日当たりのスタッフの総労働時間)が前年比25%上昇しました。また、1人当たりの一日の労働時間も9時間台から7時間台に減りました。あと、やはり働き方に対する意識は変わったかなと思います。6時間で仕事を終えて帰るためにどうするか?ということを、個人でも部署単位でも自発的に考え始めていますし。
おそらくこの6時間労働というのも、生産性を高めるために会社が何かをするのではなく、社員1人ひとりが自主的にその方法を考えて取り組んでほしい、という会社からのメッセージなんですよね?
そのとおりです。まずは自分で考えて、実践してみることが大事。それでできなければ、じゃあできるようにするには何をすればいいかまた考えるようになります。
ちなみに、これを読む人も非常に気になるところだと思うんですが(笑)、6時間労働になったことで、給料って減るんですか?
いや、減らないんですよ。就業規則上はあくまで8時間労働で、6時間で上がってもいい、ということにしているので。もちろん8時間以上働いた場合は残業代もつきますよ。
労働時間が短縮されても給料は減らない、というのは、ある意味、社員にとってはプレッシャーになるかもしれないですね。その分、短時間で成果を出さないといけないということで。
当社ではみんなそうプレッシャーには考えていないかもしれません(笑)。空いた時間を使って、自分をどう高めるかと、シンプルに前向きにとらえていると思いますね。
業務終了後は、みんなさんどんなことをしているんですか?
部活動や習い事が多いですね。私自身、オンラインでの英会話学習を始めました。結婚しているスタッフからは、やはり家族と過ごす時間が増えたという声があがっています。
6時間労働を象徴する「ろくじろう」というキャラクターがいるのですね。
はい。6時間労働の浸透のために、イメージキャラクターをつくりました。株主総会では、「ろくじろう」のまんがや時計なども作ってお配りしました。
6時間労働をとりいれたほかの企業に「ろくじろう」を認定マークとして使っていただくのも、おもしろいと思っています。
スタートトゥデイ以外でも、そんなふうに働く人が増えて、みんなの人生がもっと楽しく、もっと彩りのあるものになると嬉しいです。
会議のための資料は不要、プレゼン能力を高めよ
「好きなことをして、楽しく人生を送ってほしい」というのが、代表の前澤の基本的な想いです。もちろん長時間、幸せに働いている人もいるわけで、特にクリエイティブ職や技術職のスタッフの中には「もっと働きたい!」という人もいるかもしれない。そういう人はもちろん働いてもらって構わないし、「仕事部」みたいなものをつくってそこで好きな仕事をしようという動きもあります。
あくまでどういう働き方が個人にとって幸せか、選択するのは個々の自由ということですね。
ええ。そういえば、「当たり前を疑う」という点では、実は以前、「社内からパソコンを無くそうか」みたいな話にまでなったことがあるんですよ。一時、隣同士の席の人でもメールでやり取りするみたいな状況になっていて、これでは本当の意味でのコミュニケーションが成り立たず、逆に生産性の低下につながっているのではということで。これについても実際、スタッフに「パソコンって必要ですか?」とヒアリングして、「何を言っているんですか?」と言われたりしましたね(笑)会議の資料にしても、みんな「うまく見せよう、カッコよく見せよう」ということで、パワーポイントなどで分厚い資料を作ってきていたんですが、そういうのもやめようと。前澤はもう、資料を持っていっても「いらないから口頭で説明して」と言って、見てくれませんね。それで逆にプレゼン能力も高められます。会議そのものも以前はよく考えずに1時間とか予定を入れていたのを、30分、45分といった時間で組むようにしています。
不要なものを極限まで削減し、本当に必要なことに絞って原点に戻ろうということですよね。
管理職には「部下を幸せにしてほしい」
制度の考え方について、御社と当社ではよく似ていると思います。どのような働き方がもっとも幸せかというのは、人によってはもちろん、1人の人間の中でも、ライフステージによって変わりますよね。そこで当社でも、「選択的人事制度」を導入して、1人ひとりが働く時間を自分で選択できるようになっています。さらに時間に続いて、場所の制限まで取っ払ってしまおうということで、「ウルトラワーク」という制度も試験的に導入しています。「ウルトラワーク」をする日時や場所を事前に申請し、上長の承認が得られれば、好きな時間や場所で働いていいというものです。目的は、長期的な生産性向上のためです。時間、場所の選択によっていかに生産性をあげられるか、社員全員で考えるきっかけにもなっています。
それはすごいですね。会社に出社しなくても仕事は成り立つんですか? チームで動く仕事もあるじゃないですか?
「ウルトラワーク」には、「個人だけでなくチームとしての生産性を高める」という大命題があります。意外に勝手気ままはしないものなんですよ。日頃から、グループウェアでコミュニケーションを緊密にとっていますから、必ずしも会社に出勤しなくてもチームでワークすることができます。
家庭を持っている女性には特にいいですよね。
そうですね。平日に布団を干す喜びも感じられます(笑)。御社は、新しい働き方に次々と挑戦されていますが、組織のマネジメントについてはどのようにお考えですか?
以前、当社のブロック長が代表の前澤に、部下のマネジメントの仕方について相談したところ、「俺が管理職に求めていることは『部下を幸せにしてほしい』ということだ」と語ったそうです。「部下を幸せにしたいと思える上司になってほしい」と。方針はそれに尽きると思いますね。
経営理念は「いい人をつくる」
当社の経営理念に、「いい人をつくる」というものがあります。それができるようになると、いわゆる管理職的なポジションにつきます。 例えば、自分が業績をあげていたとしても、隣の席にいる人が困っていたとしたら、「なぜその人を助けてあげられないのか?」となります。
御社では、それがができてはじめてマネージャーだ、ということですね。
幹部会では厳しい話もでます。事業を運営することの難しさも感じていますが、業績はスタッフの充実があってこそです。好きなことを楽しくやって、伸びていってほしい。スタッフにも、お客様にも幸せになってほしいです。
なるほど。社内研修などは何か実施されているのですか?
「いい人をつくる」という面では、当社の場合、社員研修も一切ないんです。唯一あるのが新卒研修。これについても、以前は外部の講師を招いて、マナー研修やPDCAサイクルの回し方といった一般的によく企業で行われるような研修を行なっていたんですが、前澤から「これって本当に意味あるの?自分たちだったら受けたいと思う?」と言われ、それもそうだなと思ってやめました(笑)。
その代わりとして、新卒研修では、自分がなりたい理想のビジネスパーソン像を描き、どういう働き方をする、どういう人になりたいのかを考えてもらうことにしています。1人ひとりが発表するだけでなく、グループでも議論し、その中で会社に提案したいことをまとめ、プレゼンをしてもらいます。その過程でお互いの理解や絆が深まっていくんです。
それはいいですね!ぜひ当社でも採り入れたいです。
内定者研修でも、「幸せな働き方って何?」というテーマでのディスカッションを本気でやってもらうんですよ。「4月からこの会社で働くのが本当に楽しみです」といってもらうことが多いですね。
御社には、幸せに働く中で人として成長していきましょうという想いを強く感じますね。
そうですね。その意味で、スタートトゥデイは、「より多くの人にいい影響を与えられる人を生み出す」ための会社なのかもしれません。僕自身、友達と食事に行ったりすると、よく「お前、なんだか楽しそうだね」と言われるんですよ。会社から離れたところでも、周りの人にパワーを与えられているのかなと思うととてもうれしい。これからも当社の理念に共感してくれる人といっしょに、成長を続けていきたいですね。
社員の自発性から仕組みや制度が生まれる企業へ
これからの課題やチャレンジしていきたいことを教えてください。
制度を用意することや与えられた制度を単に利用することは、簡単です。もっとスタッフに自発性を発揮してもらえるようにしていきたいと思います。スタッフが仕組みや制度を自分で考え、作っていけるような風土作りが今後の課題です。
ワークスタイルを自分で考えることは、1人ひとりが自立することにつながりますね。当社もより生産的かつより快適な働き方を模索し、実現していきたいと思います。
写真撮影 :本田 正浩
関連リンク:「従業員同士を親友のようにしたい!」-スタートトゥデイ×サイボウズ、型破りな人事制度に込めた想いとは?(前編)
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執筆
荒濱 一
ライター・コピーライター。ビジネス、IT/デジタル機器、著名人インタビューなど幅広い分野で記事を執筆。著書に『結局「仕組み」を作った人が勝っている』『やっぱり「仕組み」を作った人が勝っている』(光文社)。