おっぱいと仕事の両立はどうする? 授乳服のパイオニアが語る母乳育児と子連れワークスタイル
母乳育児には、栄養面、衛生面、心の安定、がんリスクの低下など様々な利点があるといわれています。しかし、「仕事に復帰しても続けられる?」「いつまで飲ませていいの?」と母乳育児を続けることに疑問を感じるお母さんも少なくありません。
「続けたほうが楽に過ごせるのでおすすめ」と語るのは授乳服を製造・販売する有限会社モーハウス代表の光畑由佳さん。ユニセフ評議員やNPO法人子連れスタイル推進協会の代表、3児の母でもある光畑さんに授乳や仕事について伺いました。
働く人こそ母乳が楽
──中国では授乳時間が法律で認められていて、上海には産後4ヶ月で職場に復帰し完全母乳で育てているサイボウズ社員がいます。日本では中国より育児休暇が長く、授乳時間という法制度はありませんが、母乳と仕事の両立はどうなっているのでしょうか?
現実的には「仕事復帰=断乳」と思っている人が圧倒的多数です。モーハウスの店に来る方も「復帰なので母乳をやめないといけませんが、どうやめればいいのですか?」と相談をされる方が多いです。 中国は、すごく母乳熱が高くなっているようですね。メラミンが粉ミルクに混入していた事件の影響でしょうか。 日本でも職場復帰し一生懸命に搾乳して育てている方もいるとは思います。栄養素として母乳を飲ませなければと思えば、搾乳の必要もあるかも知れませんが、面倒くさいですよね。昼間は母乳を飲ませなくてもいいというのが私のスタンスです。搾乳して保存などは、会社の理解がないと難しいですし。 「変則授乳」というのですが、休日と朝晩だけなど、お母さんといる時だけ母乳を飲ませるということもできます。夜だけの授乳でも仕事帰りにコミュニケーションが取れて、自分も休息ができて、赤ちゃんも一気に満たされます。全部いっぺんに済んでしまうので、働く人こそ母乳の方が楽ではないかと思います。
──授乳をするとオキシトシン(ホルモンの一種)が分泌され、安らいだ気持ちになりますが、血液から作るためか大量に飲ませている時期の夕方などはフラフラになるときがありました。粉ミルクだと違うと思うのですが、いかがでしょうか?
どっちもどっちです。どちらも良さと悪さがあるし、やっぱり本人の気持ちにもよると思います。確かに母乳は血液から作られるので、すごく痩せますし、体力的に落ちるかもしれない。大抵はその分食べますし、それなりのペースで動くようになるので、それほど不都合はないかと思います。 粉ミルクは体力が落ちなくても作る手間がかかります。「母乳だから楽ができている」という捉え方だと母乳育児の負担感が減ってくるのではないでしょうか。 実際は、医療や社会のサポートも少なく、母乳で育てたいという希望を叶えられないケースも多いです。そんな場合は、子どもに申し訳ないという気持ちではなく、「手間がかかる分、粉ミルクだと自分が損しちゃったな」というぐらいで気を楽に持った方がうまくいくと思います。
母乳は長く続けてもOK
──世界の授乳期間の平均は4年という説がありますが、長い国も多いのでしょうか?
世界では長い国が多いです。ユニセフやWHOは少なくとも2年はあげてくださいといっています。日本も昔はすごく長かったそうです。
母乳をキープした方がお母さんは楽であることが多いと思います。続けられるということは、子どもが飲み方を忘れていないということです。子どもは数日、母乳を飲まないと飲み方を忘れて飲めなくなってしまうのです。
──飲み方を忘れるとは?
特殊な口の使い方をするから、普通の人はおっぱいから母乳を飲めないそうです。例えば、パパが母乳を飲んでみたいとか、よくあるじゃないですか。でも飲めないでしょう。あ、やってない?(笑)うちの3番目の子どもも母乳を辞めてから1、2週間たって飲ませようとしても、飲めませんでした。
──何歳のときですか?
5歳です。私の周りは編集者や医者が多いですが彼女たちは授乳期間が長いです。7歳まであげている産科の先生もいます。もちろん、このくらいになると、ほとんど出てはいないのでしょうけれど、長くてもOKで楽ということが分かっているのです。
──哺乳体験を夫がするために哺乳瓶を使うということもあるのでしょうか?
「お父さんも育児参加できるように哺乳瓶」とか、「女性を育児から解放するために哺乳瓶」とかおっしゃる方は今でもいらっしゃいます。でも、男性が育児するのなら、適材適所でそれ以外のところを手伝えばいいのです。哺乳瓶は母乳よりも簡単に飲めてしまうので、赤ちゃんは小さいうちほど哺乳瓶に寄ってしまい、母乳不足につながりがちです。
外に出ないお母さんたちの背中を押したい
──光畑さんはNPO法人子連れスタイル推進協会の代表もされていますが、モーハウス以外の職場でも子連れ出勤はしていますか?
公式にやっているところは、そんなには無いと思います。小さな会社で早く復帰してほしいので連れてきてもいいよというケースは結構あります。モーハウスに見学にいらしたり、相談されたりした後、交渉してOKにしたという話も聞きます。
──モーハウスはいつからですか?
最初からです。16年前、2人目の子が0歳のとき電車の中で泣いてしまったため皆が注視している中で胸を出して授乳するという体験をやってしまったのです。それで「あ、こういうことで、お母さんは外に出られないのではないかな」と気がつきました。外に出ないお母さんたちの背中を押したいという気持ちで、子どもが0歳児のときに授乳服をつくり始めました。
──それまでは、どのようなお仕事をしていたのですか?
パルコで美術企画と編集をしていました。学生時代もソフトバンクでアルバイトをし、雑誌の編集をやっていました。茨城に引越し、会社に通えなくなり、フリーで編集の仕事や建築家のコーディネートをしていました。
──大学でのご専門は?
学生の時は被服が専門でした。美術史的なこともやっていたのですが理系で服の機能や構造について研究していましたね。振り返ってみると、今の仕事に一番近かったかも。 ここ2年くらいは、当時の先生の研究室と共同研究をしています。例えば授乳服とそうでないもので、どれぐらい体の負担が違うかとか、筋電図や重心動揺、唾液アミラーゼとかを調べています。授乳服だと背中のコリが全然違うとか、体の動きも少なく楽なので何回もあげられるとか、ストレスが少ないとか、そういうことを研究しています。
──服を作り、お店をもち総合的に経験を活かされていますね。
実家が食器屋で商店街に育ったので、店をもつことは憧れではなく当たり前でした。 私は、雑誌や広告の代わりにメディアとして洋服にメッセージを載せ売っていると思っています。 お客様の中には「1人目は育児が辛くてしかたがなかったのに、2人目でこの服を着たら嘘のように楽になった。これだったら何人でも産めるわ」という方もいます。 産後うつ寸前だった方が「ここの服に出会うまでは、家に閉じこもっていて、すごく辛くて、もう飛び降りる寸前だった。でも授乳服に出会い、外に出ていって授乳してみると誰も気が付かない。やった!と小さな成功になって、どんどん楽しくなっていました」といっていました。 そんな方がいっぱいいらっしゃるので、服そのものが情報発信のメディアだなと思います。雑誌を読むより体験できるというのは一番強いじゃないですか。
──日常で授乳服は圧倒的に動きやすいですよね。
そう。うちのユーザーさんは、ほぼ授乳室は使わないと思います。隠さなくても胸が見えないですし、1秒で授乳できますから。
接客だけでなく事務仕事も授乳のために中断する必要はありません。一般のお母さんで言えば、スーパーで買い物をしながらだって授乳できるわけです。私は、自分の赤ん坊が数か月の時にセールに行って、ビルの1階から13階までガシガシ走りながら授乳しました。通勤しながら電車の中で授乳される方もいます。 16年前は「授乳服」という言葉もありませんでしたが授乳服が広がり、今年からは家庭科の教科書にも載るようになりました。
一人より群れで子育てした方がいい
──グローバル展開についてはいかがでしょうか。
今はネパールの女性支援ということで、2、3種類の服は、ネパールで糸から紡いで作っています。ネパールのお母さんは、衛生状況も悪いし、貧しいし、赤ちゃんが亡くなったりするだろうから不幸かと思っていましたが、実際に会うと親子ともすごく笑顔で幸せそうでした。 日本のお母さんは、衛生的な環境で産めますし、赤ちゃんに病気があっても救ってもらえる人が多い。しかし、お母さんが孤立しているし、いろんなことを我慢しなくちゃいけないと思っています。そういう辛い気持ちのお母さんが外に出ることで、気持ちを変えてもらいたいのです。
一人きりよりも、社会で、群れで子育てした方がいいと思っています。それができていないのが日本だから、授乳服は日本でしか必要とされてないと思っていました。ですが、カンファレンスなどでは海外の方にもすごく反応がいいです。どこの国でも都市部では子育てと社会とのバランスをとるのが難しくなっているようです。大々的にするつもりはないですが、海外に展開するのもいいかなと思っています。
──海外でも多くの方に喜ばれそうですね。素晴らしいお話をありがとうございました。 写真撮影:橋本 直己
参考リンク:
子連れ出勤の試行錯誤:
子連れ出勤しています!──「小1の壁」に直面した社員発、新しいワークスタイルの試み
長時間労働の規制は賛成?反対? -勝間氏とNTT、モーハウス、サイボウズ経営者のディスカッション
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