もっとオヤジ同士のつながりを!──狂言師の和泉元彌氏が語るいまどきのPTAと父子の絆
お子さんが通う小学校のPTA会長・副会長として、タッグを組んでいた狂言師の和泉元彌さんとサイボウズの山田理副社長の対談。前回は2人がPTAチームを運営する上で感じた問題点や工夫したことについてお届けしました。今回は「イキメン」として地域活動に積極的に参加することで感じた喜びや手応え、父親とは師匠・弟子の関係でもあるという特殊な環境で育った和泉さんならではの教育観や今後親として挑戦してみたいことについて意見を交わします。
PTA活動で広がる世界
PTA活動をやって、どんなことが良かったですか?
一番良かったのはやはり、学校にしょっちゅう行くことで、子供が普段過ごしている環境がわかることですよね。じゃないと子供の話を通してしかわかりませんから。
そうですよね。PTAをやることで、「自分の子供の友だちはこんな子なんだ、担任だけじゃなくこんな先生方がいるんだ」と知れるのはとてもいいことだと思います。学校に対して、「もっとこうしたほうがいいのでは」と自分なりの考えを伝えることもできますし。まあ、PTAはそのためにあるんでしょうが。
自分とは違う世界の、いろいろな人と出会えるのもいいですよね。
それはありますね。僕と元彌さんも、PTAという場がなかったら全く交わることがなかっただろうし。
本当に同感ですね。いろいろな人がいて、いろいろな子育ての仕方がある。それを知ることが、親として非常に勉強になります。教育現場が抱えている課題を、親である自分の課題として考えるきっかけにもなりました。山田さんのいらっしゃるITの世界にしても、実は僕は、デジタルの冷たい世界だと思っていたんです。
冷たい世界(笑)
例えばグループウェアでコミュニケーションをすることは、人と人が実際に会うコミュニケーションを減らすことにつながるのではと思っていて。 でも実際にPTAでグループウェアを使ってみたりして、それは間違っていたなと。ITツールを使うことで、コミュニケーションが公明正大に行なえ、余計なギクシャクがなくなる。ツールを使って効率化することで、より豊かな時間を生み出すこともできる。山田さんと会わなければ、こういうこともわかりませんでした。
そう言っていただけるとうれしいですね(笑)。PTAは圧倒的に女性社会なわけですが、そこに男性が加わることに僕は意義を感じました。チームとしてのコミュニケーションの取り方や、効率の良い議論のやり方などを知っている男性がいるとまとまりやすい。なかなか意見を言えないお母さんの背中を押してあげることもできますし。
会長・副会長には男性が多いとはいっても、自営業など、組織の長として効率的に物事を動かすというのとは違う世界で仕事をされている方もいらっしゃいます。その意味で山田さんのように、一般企業の会社員のような方がもっとPTAに参加するようになると、より活動に広がりが出ると思います。 PTAに男性がいることで、お母さん方の“緩衝材”の役割を果たせる部分もあると言われました。男性だからということで、女性同士では言いにくいことも言ってもらえたりしますから。男性の参加は大賛成ですよ。
受け継がれるもの、変わるもの
元彌さんは、狂言という伝統の世界に生きていますよね。狂言師として親として、教育についてどういう考えを持っているんでしょう?
狂言師としては、今でも絶対的な師匠でもあった父の姿を追い求めています。それが「伝統を引き継ぐ」ということにもつながっている。決まった型を繰り返す中で、変わらずに受け継がれる心があると信じているんです。だから、教育についても、「時代に合わせて」と何でもかんでもやみくもに変えるのがいいとは思っていません。例えば、学校の校則にしても、学生の頃は時代錯誤だと反発しても、今になって「こういうことが起きないようにするためにあったんだな」と理解することがあるじゃないですか?
そのとおりですね。
父の役目を全て受け継いで弟子も育てるようになってからわかってきたことがあります。 父と同じ教え方をしたからといって、弟子が同じように育つとは限らない。それは人間が違うからです。ならば僕が弟子を育てる最善の方法は別にあるのではと考え、また、それを追い求めることは伝統を守らないことではないのだなと気づいたんです。稽古の中で守るべき事、伝えるべき事は、狂言の「型」であり「心」ですから。変わっていく事と、変えてはいけない事とを見極める目も必要です。
人に合わせてやり方・教え方を変えるのは、必ずしも伝統を壊すことではないということですよね。それは「伝統を守るのも変えるのもチャレンジ」「その年に集まったメンバーに合った活動をしていこう」という、元彌さんのPTA活動の方針とも重なりますね。
確かにそうですね。
父親と師匠は何%ずつ?
今、お父様の話が出てきました。お父様とは、親子であると同時に師匠と弟子であるという特殊な関係。また、元彌さんとお子さんも全く同じ関係です。親子であり、師匠・弟子でもある、というのはどんな感覚なのでしょう?
僕の場合、父に対してはずっと、師匠90%、父親10%という感覚でした。なので、普段から敬語でしゃべっていて。二人きりの時はすごく緊張しましたね。
そうだったんですか。
ただ、20歳くらいの時に、父がインタビューを受ける際に同席していたら、「息子さんが弟子で難しくないですか?」と質問されていたんです。何と答えるのかな、と聞いていたら、父は、「師匠95%、残り5%が父親でいられたらいいと思う」と。父の覚悟のほうが凄かったんですよ!
ははは。5%分ね。
僕は、普段の子育てについては父の数十倍はやっていると思います。母から「あなたはやり過ぎよ」と言われるくらい。ただ、狂言の稽古の場では父と同じくらい厳しいですよ。
父と師匠のバランスの部分で、悩んだことはないんですか?
もちろん悩みました。上の子は1歳半から稽古を始めたのですが、「こんなに厳しくして、怖がられたり嫌われたりしないかな」、逆に「普段やさしくすると稽古で甘えるんじゃないか」とか考えて。でも師匠が意識をして切り替えて、けじめをつけると子供のほうでもそれはちゃんと受け取ってくれて、スイッチを切り替えるものなんですよね。
ほう、そうなんですか。
もちろん稽古で厳しくするのも、憎んでいるからではないので。稽古以外の生活では風呂に入れたり、学校に送り迎えしたりして、愛していることをきちんと伝えるようにしています。考えてみれば、父も僕を毎朝学校に送ってくれたり、稽古が終わったらお菓子を買いに連れて行ってくれたりと、同じことをしてくれていたんだなあと。ただ、普段どこまでやさしく接するかについては、しばらく迷っていましたね。初稽古から数ヶ月は手探り状態だったんじゃないかなあ。毎日の繰り返し、積み重ねで師弟としても親子としても信頼関係を築いて来たと思います。
先ほど、お父様は師匠95%、父親5%で和泉さんに接していらしたとおっしゃっていましたが、実は父親100%だったんじゃないかと思うんですよ。だって、稽古の中では、狂言だけ教えているわけでなく、礼儀や作法、人との接し方など、あらゆることを教えているわけじゃないですか?
そうなんです。その意味では、僕は恵まれているのかもしれません。子供を狂言師として育てることは、人として育てることにもつながりますから。 だから僕は、胸を張って、狂言師として育児に参加しようと思うんです。なかにはそれを面白おかしく言う人もいるんですが。Twitterで、「ヒマなんですね」なんて書かれたことがあるんです。僕は普段、そういうネガティブな書き込みは無視するんですが、さすがに頭に来て反論しましたよ。「忙しくてもやる奴はやる。ヒマでもやらない奴はやらない」と(笑)
失礼な人もいますね。元彌さんの子育てに対する姿勢、僕はとても立派だと思います。
もっとオヤジ同士の“横のつながり”を!
山田さんは今後、親としてこんな活動をしてみたいと思っていることはあるんですか?
僕は「オヤジの会」に興味があります。
おお! 僕も「オヤジの会」を作りたいと思っています。
最近、小学校では「オヤジの会」をつくろうという気運が高まっていますよね。お父さんがたくさんPTAに参加している小学校は、いろんな意味で活動が活発だったり、発言力が強かったりするんですよ。 本当は、父親も子供の育て方に関して、それなりのポリシーを持っているはずです。ただ、普段の子育てをお母さんに任せちゃっているから、結局、子供は母親の世界の中で育ってしまう傾向が強い。例えば、中学受験についても、父親は本音では「そんなことしなくてはいいのでは?」と思っていても、お母さん同士が情報を交換する中で、「あの子が受験するならウチもさせなきゃ」といった話になったりもしがちです。 これは僕の勝手な持論ですが、子供はこうあるべきとか、こう育てたいといった幹みたいな考えは、むしろお父さんのほうが持っているのではないかと。それをもっと教育の現場で発信していくことが必要かなと思っています。
なるほど。
ただ、発信が必要といっても、普段何の活動もしていない人はなかなか発信できないですよ。いろいろな活動に顔を出していて、周囲との信頼関係があってこそ発信ができると思う。最近は運動会などの土日のイベントにはほとんどのお父さんが顔を出すじゃないですか? でも横のつながりがない。「オヤジの会」みたいなもので横のつながりをつくれば、もっとパワフルな発信が可能になると思うんです。
おっしゃるとおりですね。僕は、PTAの役職の中に、短期でもできる役職をつくりたいと思っているんです。PTAの役員の任期って、基本的に1年ですよね。それで尻込みしちゃうお父さんも多いと思うんですよ。
1年の間に何があるかわからないからと。ああ、それはありますよね。
そういう人に参加してもらいやすくするために、3ヶ月とか、短期の役職をつくれればいいなと。あとはオヤジの会にも通じますが、何かある時には手伝ってもいいよ、というお父さんの名前を集めておいて、運動会のテント設営など、人手が必要な時に連絡するとか。
それはいい考えですね。それで言えば、1月の副会長はこの人、2月の副会長はこの人、みたいにするのもアリかも。引き継ぎもグループウェアを使えば簡単にできますよ。毎回会議に出なくても、グループウェアで情報共有できるし。
一部の人にばかり負担がかかるから、文句が出たり、敬遠されたりする。ITのツールなどもうまく活用しながら、より多くの人で負担を分担すれば、もっといろいろな人がPTA活動に加わってくれるようになると思います。
本日はどうもありがとうございました!
こちらこそ! いろんな気づきがありました!
撮影:橋本直己、執筆:荒濱一、編集:渡辺清美
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執筆
荒濱 一
ライター・コピーライター。ビジネス、IT/デジタル機器、著名人インタビューなど幅広い分野で記事を執筆。著書に『結局「仕組み」を作った人が勝っている』『やっぱり「仕組み」を作った人が勝っている』(光文社)。
撮影・イラスト
編集
渡辺 清美
PR会社を経てサイボウズには2001年に入社。マーケティング部で広告宣伝、営業部で顧客対応、経営管理部門で、広報IRを担当後、育児休暇を取得。復帰後は、企業広報やブランディング、NPO支援を担当。サイボウズ式では主にワークスタイル関連の記事やイベント企画を担当している。