社会的弱者やマイノリティの声を政治に届けるには?──“草の根ロビイング”の進め方
「生きづらい人を減らしたい」「社会課題をどうにか解決したい」。そんな問題意識をもつ人々に注目されているアクションの一つが、ロビイング。
病児保育サービスを展開する認定NPO法人フローレンスでは、マイノリティの擁護や自殺対策でロビイング経験を積んできた明智カイトさんが、「子育てと仕事、自己実現のすべてに、だれもが挑戦できるしなやかで躍動的な社会」をめざし、駒崎弘樹代表とともにロビイストとして活躍しています。
前回、同性婚・事実婚に対応した就業規則の改定についてお話を聞かせてくれた明智さんに、今回は本業のロビイングについて詳しく伺います。政治を動かし社会を変えるロビイングとは、どのようなものなのでしょう? 明智さんの実践、ライフワークを本業にした軌跡に迫ります。
「ロビイング」と「事業」両方を回して社会を変える
明智さんは「ロビイスト」という肩書きですが、ロビイストってどんなことをするんでしょう?
ざっくり言うと、政治に影響を及ぼしたり、法律や条例を変えたり作ったりするために、議員や官僚、行政などに働きかけを行います。
おぉ…、なんかカッコいいです。これまで具体的に、どんな活動をされたんですか?
いろいろありますが、たとえば2012年に「自殺総合対策大綱」の見直しが行われたときには、LGBTの自殺率が高いことや、その対策について、記述を盛り込ませました。
そういった問題は、当事者が働きかけをしないと取り上げられづらいですよね。
はい。LGBTの自殺率は、一般と比べると大変高いんです。 私自身も以前自殺未遂を経験しているのですが、それも自分がLGBTであることからいじめを受けてきたことに起因していたので、何とかしたいという思いがありました。
ロビイングというと、「業界団体が議会に圧力をかける」みたいなイメージがありますが、そういうことをするんですか?
いえ、同じロビイングでも目的が違います。 でもこれまで日本で行われてきたロビイングって、そういうものが多かったですよね。 その一方で、弱者やマイノリティを守るためのロビイングをやる人は少なかった。
フローレンスさんは、そこをやろうというのですね。
はい。駒崎代表は、「ロビイング」と「事業」、両方を回して社会を変えていけると考えています。
困っている人を減らすためには、事業で対応するだけではなく、困っている人を生み出す構造自体を変えていかなければなりません。
フローレンスは、乳幼児を育てる親御さんがどうすれば、子育てと仕事をうまく両立できるのかという視点から政策提言をしています。
マイノリティや弱者の声もロビイングせねば
明智さんは、フローレンスさんに入る前から、ロビイングをしているそうですが、そもそも、どうやって「ロビイスト」になったんですか?
10年ほど前に民主党大学東京の第一期生になり、そこで勉強しながら都議会議員のもとでインターン生をしていたんです。
でも、そこでインターン生をするうちに、疑問が湧いてきたんです。
そのときは民主党の議員のもとにいたので、労働組合とか中小企業の声がものすごく強いのを目の当たりにしました。一方で自民党は、経団連や医師会、農協などの声が強い。
「結局、マイノリティや弱者の声は、誰が聞いてくれるんだろう? 当事者や市民ががんがん声をあげていかないと、政治家も聞けないのではないか? 」と考えました。そこで自分は市民の側にたったロビイングをしようと決意しました。
声をあげる人がいなければ、どんな政党も動きようがないですものね。
タイミングよく要望を出せるよう準備する
具体的な政策提案はどうやるんですか?
まずは関係してくる法律などにどんなものがあるか、よく洗い出しておくことは必要ですね。
ロビイストが一番気をつけておくべき点は、関連する法律等の、改正や見直しの時期です。
たとえば「自殺総合対策大綱」だったら「5年に1度」というふうに、見直しの時期が決まっています。「それが、次はいつか」ということを押さえておくこと。
その時期がきたら「これを変えてください」とか「これを入れてください」といった要望を、国会議員や官僚の人たちにパッと出せるよう、準備しておく必要があります。
まずはどんな法律があるかチェックして、それぞれの改正時期を確認しておくと。
はい。とくに改正時期が決まっていないものであれば、いつやってもいいのですが、その問題に関連する事件が起きて世論が急に盛り上がったときなど、すぐに要望書を出せるよう、準備しておくといいです。
世論が高まっているときのほうが、注目されやすいですしね。
そのタイミングで日ごろからつきあいのある国会議員に要望書を出すなどすれば、メディアにも取り上げられやすく、さらに世論を盛り上げることができます。そういった「波」に乗るのも大切です。
ボールをもつ有識者、官僚、国会議員にロビイング
大体法案を決めるときは、「有識者会議」が開かれます。「タスクフォース」とか「審議会」とか、呼び方はいろいろですが。
憲法のことだったら、専門家である大学の教授や学者を呼びますし、自殺総合対策大綱の見直しであれば、自殺対策団体の代表者や、精神科医などを呼びます。そういう有識者たちが「どこを直したらいいか」とか「何を追加したらいいのか」を検討するんです。
この有識者会議にとりあげてもらい、国会議員や官僚、大臣の目に入る報告書に文言を入れてもらうのです。
あるいは、ロビイストが自らこの有識者会議の委員となって発言する、という方法もあります。
委員は誰でもなれるわけではないですよね?
代表性がないと厳しかったりはしますね。駒崎代表は、全国小規模保育協議会の理事長として子ども・子育て会議に出席しています。
その後も法案となるまでは、いつどこで落とされてしまうかわかりませんので「いまだれにボールがあるのか?」ということに気をつかって、官僚や国会議員にロビイングします。
最後まで気が抜けないんですね。
はい。放っておいて、国会議員や官僚がみんなうまくやってくれる、なんていうことはありません。
司法から立法というルートも
ロビイングに興味はあるものの、ちょっとハードルが高いと感じる人も多いと思います。政治に影響を及ぼすために、ほかのルートはないんですかね?
「司法」から行く、という手もあります。裁判をすることによって議員立法を促す、というやり方です。
おお、そういう道筋も!
法律をつくるって、「司法」「立法」「行政(内閣)」全部が絡むことですからね。
まず「司法」で裁判をやって、もし勝ったら立法が動きますし、逆に負けたら「話が進まないので、立法してください」ということで、働きかけやすくなります。
むむ。もしかして、そっちのほうが早いですか?
そういうケースもありますね。
でも「国際連帯税」※みたいに、どう考えても裁判なんかできないものもありますから。そういう場合は、やっぱりロビイングするしかありません。
※国境を越えて展開される経済活動に課税し、貧困、感染症など地球規模の課題解決に充てる税金。明智さんは「国際連帯税」を推進するNGOでロビイングの経験を積んだ。
あとは日本の場合、訴訟に踏み切る人も少ないですしね。そうするとやっぱりロビイングか……。
ロビイングするにしても、必ずしも国会が対象とは限りません。条例で変えられるものは、自治体の議会に働きかけることになります。法律を変えなくても、自治体の行政レベルで変えられることもあります。
自治体がやることによって国会に問題提起をしていくやり方もあるし、世論の盛り上がりによって、内閣が法案を出す場合もある。
あとは、法律を変えるまでいかなくても、「通知」や「法令」を出してもらう、といったやり方もあります。
望んだ効果を得るためには、いろんなやり方があるんですね。
LGBTもロビイング活動も全部オープンに
明智さんはこれまでロビイングをされている間、どうやって生活されていたんですか?
私の場合はフローレンスに来るまではずっと、民間企業に勤めながらロビイングしていました。有給休暇をとりながら、平日に国会議員会館に行ったりしていたんです。
お勤めしながらだと、いろいろきつかったのでは?
そうですね。勤め先では私がLGBTであることも、プライベートでロビイングしていることも、まったく言っていなかったので、けっこう気を遣いましたね(苦笑)。
それがフローレンスさんに来てからは、LGBTであることも活動のことも全部オープンに、且つお仕事としてロビイングできるという。よかったですね(しみじみ)。
はい。最初に話を聞いたときは、「わ、給料もらいながらできるんだ」と思って、すごくうれしかったです(笑)。
フローレンスさんみたいに、社会的な課題を解決するためのロビイングにお給料を払えるNPOやソーシャルビジネスが、もっと増えるといいですね。
それで社会が変わっていくことをみんなが実感できれば、そういった動きが広がっていくと思います。
いろいろなイシューで活発にロビイングを
今後はどんな目標をおもちですか?
社会的な弱者やマイノリティの側に立つロビイストをもっと増やしたいと思います。
フローレンスだけがうまくいけばいいわけではなく、いろいろな人や団体が、いろいろなイシューで活発にロビイングしていけば、社会全体がもっとよくなると思うのです。
現在は、駒崎代表とこれまで経験してきた実践を世に広めるため、本を執筆しています。
おふたりの実践について知りたい人は、日本中にたくさんいると思います。
今日はお話をありがとうございました!
文:大塚玲子 撮影:内田明人 編集:渡辺清美
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執筆
大塚 玲子
いろんな形の家族や、PTAなど学校周りを主なテーマとして活動。 著書は『PTAをけっこうラクにたのしくする本』『オトナ婚です、わたしたち』(太郎次郎社エディタス)。ほか。