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ハッカーの遺言状──竹内郁雄の徒然苔第4回:コンピュータの中の妖怪
元祖ハッカー、竹内郁雄先生による書き下ろし連載(毎月最終週に掲載)の第4回。今回のお題は「コンピュータの中の妖怪」。
ハッカーは、今際の際(いまわのきわ)に何を思うのか──。ハッカーが、ハッカー人生を振り返って思うことは、これからハッカーに少しでも近づこうとする人にとって、貴重な「道しるべ」になるはずです。
本連載は、毎月第4週に掲載していく予定です。竹内先生への質問や相談を広く受け付けますので、編集部、または担当編集の風穴まで、お気軽にお寄せください。(編集部)
文:竹内 郁雄
カバー写真:
Goto Aki
コンピュータは妖怪の巣窟というか、妖怪複合体(妖怪コンプレックス)である。しかも、妖怪同士で反目しあったりしているからややこしい。
私が昔主導していたプロジェクトの名前がNUEだったこともあり、妖怪鵺と深く関わることになってしまった。実際は、鵺が先にあり、NUEは後づけだった。それはともかく、鵺を払うためのお祭りが伊豆で毎年行われていて、私はかれこれ30年ほど出席し続けている。これにはビールと涙なしには語れない物語がある。
2012年の鵺払い祭で、市川寛也さんという筑波大学の研究者に遭遇した。妖怪と地域興しの関連を研究している方だ。「鵺の表象の変遷をめぐって ― 地域社会における妖怪観の形成の視点から」(芸術学研究、第17号、2012年)は面白かった。市川さんの活動については以下を見られたし。
http://www.corezo.org/home/corezorecipient/2013/ichikawahiroya-1
その彼がコンピュータに潜む「モジバケ」という妖怪について言及したことに触発され、我々は妖怪コンプレックスを徹底的に分析することになった。それまで我々は、触らぬものに祟りなしで、科学的分析を怠っていたのだ。研究者にあるまじきことだ。
2012年1月末に俄かに結成された臨時特殊科学分析班(班長は竹内、隊員は山崎憲一、原田康徳の2名)がわずか2日間で採集、分析した結果は以下の通りである。すべて、前に「妖怪」とつけ、ゲゲゲの鬼太郎の妖怪のような発音で読まなければならない。
竹内が採集したもの
ユーザインタフェー(学名 User Interfere)
コンピュータを使うユーザを邪魔する妖怪の親分。ス(酢酸)をつけると温和しくなるが、そうするとコンピュータの内部の接点なども腐食してしまって、使い物にならなくさせる厄介な妖怪。間違っても「ユーザーインターフェー」と書いてはいけない。「ー」が4つもあると、不吉の星が降ってくる。
グーイ(学名 GUI、正式にはGraphical User Interfere)
ユーザインタフェーの筆頭子分。目潰しをかまして、ユーザを惑わせる。そういえば、砂掛け婆ァは、「グーイ!」とかいうかけ声をかけていたような……。
クーイ(学名 CUI、正式にはCharacter User Interfere)
ユーザインタフェーの末席子分。妖怪モジバケと共同して、普通のユーザをコンピュータから遠ざける。いわば、妖怪コンプレックスの門番。しかし、最近はほとんど無視されている。
困憊羅
大量の言誤マッサージ(学名 Eror Massage)を浴びせて、ユーザを麻痺・披露困憊させる妖怪。言誤マッサージをようやく乗り越えて、妖怪コンプレックス様に拝謁できたとしても、尽きせぬ実行時言誤マッサージを受けて、ほとんどの人はアハアハと息絶える。
バテリー
主にノートPCを疲れさせ、動かなくさせる妖怪。定期的に電気をなめさせると温和しくなるが、それも高々300回まで。
ブラジャー(学名 Browser)
ユーザの情報検索やショッピングを間違った方向に誘惑する色っぽい妖怪。
カーソル(学名 Cursor)
名前の通り、ディスプレイに閉じ込められた呪い(curse)が妖怪の形になったもの。矢印の形になったり、手の形になったり、時には時間を呪う、絶対砂の落ちない砂時計の形になったりしながら、ディスプレイの表面をさ迷い歩く。ユーザの意図に従うこともあるが、関係なく浮遊することもあるし、消えてしまうこともある。ゲゲゲの鬼太郎では一反木綿に化けてアルバイト出演していた。
まうす(学名 Nezumi Otoko)
妖怪カーソルの呪いと動きを抑え込むために、米国のエンゲルバート博士が1964年の満月の夜に生み出した妖怪対策妖怪(写真1)。しかし、だらしなく、責任感もないため、妖怪カーソルの動く通りに動く傀儡妖怪になってしまった。
毒面人(学名 Documentos)
ユーザのみならず開発者にも重くのしかかる妖怪。砂掛け婆ァと子泣き爺ィと塗り壁を合体したような強力な妖怪で、ほとんどのユーザと開発者はコンピュータに触れるまでもなく、この毒面人に目潰しを食らい、体が重くなり、押し潰されてしまう。
ところで、第3回の徒然苔の写真1に妖怪塗り壁が写っていたのに気づいた人はいるだろうか? 門扉の右手前に不思議な長方形のコンクリートが写っている。これは心霊写真ではない。実は第3回の写真2にもその横顔が、遠いけれど写っている。なんと、エジプトにも塗り壁が出張していたのだ。さすが、気になったので、危険を顧みず、まだ昼だったので恐る恐る近接撮影したのが写真2である。裂け目が見える。実はこれは壁の塊ではなく、門扉の外に置かれた配電盤ボックスなのである。これを墓荒し、もとい、技術者がメンテすると、私が住んでいたサクラビルは必ず停電するのだが、それに何回も泣かされたものだ。でも、配電盤ボックスだったら、わざわざ粗い砂で塗り固めたような見かけにする必要があったのだろうか。ここに、砂掛け婆ァの暗躍が垣間見える。停電で泣いた竹内爺ィの怨念も含めれば、妖怪毒面人はエジプトでファラオのエネルギーを蓄えているに違いない。
あたふた(学名 Adapter Wasretus)
枝葉末節を大切にしないユーザを懲らしめる妖怪。普段はノートPCなどにまとわりついているはずなのだが、本体だけを大事にしていると、いざというときに電気が足りなくなるという罰を下す。この時のユーザの行動が本当にあたふたするので、この名前が付けられた。
けぶる(学名 Cable Disconnectus)
間違った情報を正確に伝える邪悪な妖怪。正しい情報を伝えたいときに限って、断線トラブルなどを起こす。最悪の場合は、プラスティックが燃えたような臭いや有害な煙を出す。
めも狸(学名 Memori Tarinsis)
プログラムを栄養にして肥大化していく妖怪。栄養の乏しかったころと、富栄養化した今日では、100万倍以上の大きさの差が出ている。ただし、プログラムが含む栄養の大半がどんどん水増し由来の貧弱なものとなっており、一つ一つの細胞がどんどん小さくなっていて、むしろ、全体の見かけは小さくなっている。こうして、なんの活動もしない、ただ細胞数が大きいだけという妖怪に成り下がった。なお、メモを熱心に取る狸親父とは関係ないので要注意。
ふあん(学名 Fan Mawarandes)
まともな妖怪らしく、冷気を浴びせかける。ただ、意外としょぼい冷気しか出さないわりに、ブワンブワンとか、ガラガラガラといった大きな叫び声を出し、それがユーザの不安を駆りたてる。ふあんを駆逐したコンピュータや装置もあるが、ふあんの呪いのために熱暴走しやすくなる。いても不安、いなくても不安という厄介な妖怪。
奇暮戸
カチャカチャと音を立てながら、人の指と脳を腐らせていく妖怪。奇暮戸にはその土地柄に応じた癈劣模様があり、特にジースの癈劣模様は多くの有能な人々の指と脳を腐らせた。触るな、危険。
陰照
その名の通り、人に見られたくない陰を照らしてしまう妖怪。妖怪困憊羅の攻撃を逃れても、プログラムに仕込んでしまった、陰に隠したつもりの、見られたくない、恥ずかしい誤りを白日の下に暴露してしまう(実行時言誤マッサージ)。以前はこの妖怪自身が恥ずかしい、見られたくないものであったのだが、いまや多くのコンピュータに「陰照インサイド」と自分の存在を誇示する自信過剰の妖怪に成長した。ユーザは昼夜を問わず、この妖怪に苔にされているのである。
山崎隊員が採集したもの
くぷー(学名 CPU)
コンピュータの奥底に潜み、ひたすら熱を発する妖怪。くぷーの怒りを鎮めるには、妖怪ふあんの力を借りるしかない。しかし、一説には、放っておけば自らの熱で昇華し、ただの石になるとも言われている。妖怪ぐぷー(学名 GPU)とともに出現すると、沈静化する手段は電源遮断しかない。
青面(学名 Blue Screen)
POSレジから空港管理システムまで、至る所に潜み、突如として現われる。妖怪青面が現われたときには、すべてが手遅れであり、なす術はない。特徴はその青さであるが、出現の際、臓物(学名 Stack Dump)を吐き出すことが多く、その意味不明さからも恐れられている。
オーエス(学名 OS)
軍神オーエスとも呼ばれる。多くの雑魚妖怪から、妖怪コンプレックス王国であるコンピュータを守ってくれる良い妖怪だと信じられている。ウィルスなどに破られることもあるが、その場合は、神聖なオーエスパッチの経文を読み上げることで、守りはより強固になる。なお、余りに多くの願いを取り込むうちに、エムスドスよりもまがまがしい魔物となってしまったウインドスも、元はオーエスであった。
こあ吐き(学名 Core Dump)
軍神オーエスに阻まれて妖怪青面に昇進し切れず、自らの臓物だけを吐き出す妖怪。基本的には迷惑な存在だが、臓物を法医学的に丹念に追いかければ、虫退治ができることもある。
めも狸苦(学名 Memory Leak)
妖怪めも狸の細胞があまりにも増えたため、一部が洩れだし、めも狸の癌のような妖怪に変化したもの。一般には、コンピュータをかなり長時間放置運転しないとお目にかかれない。ポインタで刺し貫き「free」と唱えれば浄化できるが、再現性があまりにも悪く、駆逐は困難である。
原田隊員が採集したもの
はい
目立つ格好で大事なメッセージを読ませないように現れるボタン型妖怪。うっかり押すと、あとかたもなく消え去り、大抵はひどいことが起こる。「同意する」と名乗ることもある。
さいきどー
コンピュータの上で起こる様々な不具合は、妖怪さいきどーの仕業である。最近のコンピュータでは滅多に現れなくなったが、古いコンピュータやアプリにはまだ住んでいるらしい。(班長脚註: 大昔のMacでは、爆弾の姿をしていた。)
いきなりメッセージをしてしまってごめんなさい!
Facebookに住んでいる妖怪。若い美人のふりをして親しげなメッセージを送ってくるが、実在する人間ではない。返信しても、数日後には消えて、また名前と写真を変えて現れる(班長脚註:原田隊員は、どうもこの妖怪を、以前から調査目的という名目で何度も深追いしたのではないかと疑われる。臨時特殊科学分析斑の戒律を厳格化しようと考えていたが、最近、この妖怪の出現は激減したように思われる。大物妖怪Facebookが食べているのかもしれない)。
わずか2日間で、コンピュータの中にこれだけの妖怪が見つかるのだから、ほかにどれだけの妖怪が潜んでいるか、想像もつかない。これからも採集の努力を続けていかなければなるまい。読者諸兄のご協力も期待したい。
妖怪を恐いと思うか、可愛いと思うか、それは受け取る人のほうの問題である。写真3に私が東京の調布駅付近で撮影した妖怪塗り壁を示す。あの塗り壁ですら、こういう可愛いイメージとして捉えられることがあるのだ。
けだし、コンピュータの中の妖怪を可愛いと思えるようになれば、コンピュータの使い手として一皮剥けたことになるのだろう。
だが、ある訳知りの人がこう言った。コンピュータが妖怪コンプレックスだというのは、偏った見方だ。コンピュータをいじくるIT屋こそが、実は魑魅魍魎的な妖怪なのだ。
うーむ、皆さんもこの機会に、妖怪について深く考えてみせんか?
(つづく)
著者註: 「あれ、今回はハッカーの遺言状らしい遺訓はないの?」と思われた方がいらっしゃるかもしれない。はい、もともとこの徒然苔はそんな偉そうなものではありませんと、ここで馬脚、もとい、鵺脚を露呈したのでありました。もっとも、鵺の脚は虎の脚と言われているので実はカッコいい?
前回の宿題の答えです。「ホリエの冷暖房コタツ」は、冬は通常のコタツ。夏は、ふとんはそのままにして、ヒーターを下向きの扇風機に取替えるもの。脚(馬脚、鵺脚、人脚いずれでもOK)が汗をかくと、それを扇風機の風で気化する。この気化熱で涼しく感じさせるという仕組みだとのこと。なんとも卓抜なる発想ではないか。
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