「働くと暮らす」を地元でつなぐには? 子育てママだからできる「働き方変革」のチーム作り
子育て仲間の母たちが東京都調布市に会社を設立し、子連れでもOKなコワーキングスペースを拠点にチームで仕事をしている。「働き方の未来を変えたい」と2011年に3名でスタートした事業は、2年間で100名規模になり、取り引き先企業も100社を超えた。非営利型株式会社Polaris(ポラリス)代表の市川望美さんは、地域で柔軟に働ける拠点を全国2000箇所に増やしたいと目標を掲げ、実践で培った「チームづくり」のノウハウを希望者に提供している。「cocociのつくり方~ゆるやかだけど本気で働くチームづくり」の講座にお邪魔し、組織づくり、仕事づくりの秘訣を教えていただいた。
「働くこと」と「地域コミュニティ」を近づける
市川さんは子育て支援のNPO活動を通じ、仲間たちと地域で活動する面白さを知ったという。
わたしは8年間、子育てNPOで子育ての当事者がお互いに支えあう活動をやってきました。自分たちが必要だと思うことを小さくても形にし、仲間が集まってくるという経験をして、「こういうことをずっとやっていけたら幸せだな」と感じていました。しかし、例えば子どもの中学受験が見えてくると、教育費を稼ぐためにパートで働きはじめる先輩ママたちの姿などが増え、「せっかく活動を重ねてきたのに、子育て期のモラトリアムなのか」と残念に思っていました。「全員は無理でも、3割くらいの人は地域コミュニティに残って、それを生業としていけたら、働くことも地域コミュニティも新しいものになるのでは」と思い、2つを近づけることにしました。
それまで、子育てグループが「働く」と「稼ぐ」をつなげようとした途端に温かさが失われてしまったり、事業化にチャレンジしながらも倒れていってしまったりするのをみてきました。「温かな関係の中で融合させるためには、何が必要だろうか?」と考えたところ、「心地良くあること」ではないかと思い、コワーキングスペースに「cococi」(ココチ)と名づけ人をつなぐ拠点としました。
市川さんは、多様な人が集まる開かれたコミュニティを目指しているという。
「働く以上は我慢しなくてはいけない」といった自分たちの縛りからも自由になりたいと思っています。「いつでも、どこにいても、何をしていても、その人らしくいられる社会」を、私達は目指しています。「ママじゃなくても誰でも、生きていてよかったな、何か自分が役に立っているな」と思えるようにしたいのです。
多様性があるとお互いの本領が見え、個性が際立ちます。足りない人同士が補い合い、引き出し合えます。違う要素を掛け合わせることで、新しい可能性が生まれてきます。ママ達だけしかいないとしても、「あなたは過去どういうことをしていたの?」「どういう風に思っているの?」と1人1人に違うものを見出せれば、そこに多様性が生まれます。
人を巻き込む情報発信
心地良く暮らせる場を作るためには、「仕事軸のコミュニティ」がすごく有効です。 「仕事軸のコミュニティ」とは、「人」と「仕事」と「場」が、それぞれがうまくまわることによって生まれます。ただ、場所だけあれば良いわけではなく、同じ思いを持つ人が集まって、「成果」のためにコミットしあうという意味です。わたしは、10年間子育てサロンや子育てひろば、コミュニティカフェなどいろいろな「場」を運営してきて、「場が持つ力はすごい。これを使わない手はない」と思っています。なぜ仕事にコミュニティが必要なのか。過去に縛られず、新しい未来を切り開いていくためには、いろいろな人達と出会って、新しい視点を添えることがすごく大事だからです。立場が違う人が集まって真剣な対話をするためには、仕事が手っ取り早いというのが、私のたどり着いた方法論です。学生でもシニアでも、仕事があることで対等につながりあえて、お互いを理解しようとできるのではないでしょうか。
コミュニティといっても、私たちは「調布」というような地続きの場を背負ってはいません。コミュニティは、かかわり方の密度で分けています。コアになるメンバーの他に、内側に入っている登録メンバー。外側だけどいっしょにやってくれる仲間であるパートナー。もうちょっと外側で応援してくれるサポーター。もっと遠くでいろいろな所に影響を波及していってくれる人がインフルエンサー。そういった人達向けに情報を発信しています。
情報発信にはSNSやWebサイト、講演会などいろいろな方法がありますが、とにかく私達はこういう社会を実現したいというミッションやビジョンを共有します。人を巻き込む時には、「みんなさん応援してください」ではなく、「私たちがやりたいことをいっしょにやりましょう」ということが大事です。ビジョンに「いいね」としてくれる人を増やす以上に、それぞれのエピソードがその「いいね」に結びついて、シェアをされることが大事です。「あなたの中にもそういう要素があるよね?」という視点であると、受け手も「シェアせずにはいられない」となります。答えではなく問いや目的を共有することで、本当に出会いたい多様な人達に会えるようになりました。答えだけだと間違った人が来ます。もしくは、狭い、同じ仲間しか集まってこないのです。
新しい価値観を提示する方法
次にやることは新しい価値観の提示です。私達は、子供がいる暮らしの中で働くということを考える座談会を、毎月開催し続けています。基本はワールドカフェのスタイルです。ママたちだけではなく多様な立場からの参加を積極的に推進しています。「自分の周りの世界が大きいところにつながっているよ」と考えるために行っています。人と話をしているときに初めて自分の本心に気がつくことってあると思うのです。これは、正しいメンバーが入ってくれるための入り口でもあり、サポーターを巻き込むための入り口でもあります。ミッション、ビジョンに個々のエピソードがくっつく場です。いろいろな人が、自分の言葉が相手につながる経験ができます。
フューチャーセッションというのもやっています。フューチャーセッションは、もう少し未来志向の人達とフワンと広げていくために設定しています。場所も大きいところを借りて、大きなイベントとしてやっています。あとはアイデアトークというのも、もうちょっと仕事や足元に近いことをやるために始めています。
ミッション8割の説明会で、敷居を上げて門戸を開く
ポラリスでは「未来の為に行動してみよう」と座談会で思った人達に対し、セタガヤ庶務部を紹介している。
セタガヤ庶務部の説明会では、8割はミッションを伝えています。今すぐお金に換えたいと思っていた人には、「なんかこの人達、暑苦しいな」とか思われることもあります。私たちはプチ仕事を提供するのではなく、新しい働き方の提案をするというスタンスだからです。ミッションを聞かされた上で「よしっ!」という人に門扉を開いています。ここを超えてきた人はウェルカムです。セタガヤ庶務部は、人が増えてきたのもあり、有料メンバーの仕組みをつくりました。お金を払ってこの庶務部に登録をする人達です。 そうしてくれた人には、ちゃんと見合った良い仕事を先に回すのかとか、「はたして良い仕事とは単価が良い仕事なのか?」という話になりました。たぶん「ポラリスに入って良かったな」と一番、実感ができるおもしろい仕事は、お客様とアイデアのブレストをする仕事や、ロールモデルとして自分の経験を誰かに伝えていく事です。お金がついてしまうと決まった仕事になってしまいます。なので、メンバーにはどんな打ち合わせをしたか、どんな企画が進行しているのかをシェアをし、新しいプロジェクトに企画から参加できることを特典にしています。
クラウドとリアルでチームワーク
世の中のクラウドソーシングでは、仕事に対して自分が見積もりを出して、入札をして、個人で受ける仕組みは結構あります。私達はそうではなく、会社として受けて、チームでやるというやり方をしています。自分が大切にしたい暮らしの中で自由にやれるというのと、みんなで結束して時には重たい荷物をリレーするのも、両方が許されるのがコミュニティベースの良さです。子供の成長や日々の暮らしを共有しながら、時間と場所に縛られずに、リアルな場所もあるけれど、基本はクラウドで仕事をしています。
仕事は、切り分けられた作業にコミットするのではなく、案件全体やチームに対して自分ができることでコミットするようにしています。みんなでコミットできると、みんなで融通を利かせてくれたりとかするので、上の人が楽になっていきます。例えば、案件に手を上げられなかったとしても、「クラウドで質問を投げることもみんなに協力することだから、わからないことはちゃんと書いてください」とか、個別で不具合を教えてくれる人には、「みんなも同じように思っているかもしれないので全体で共有してください」と伝えています。案件を担当しなくてもチームに貢献できる方法はたくさんあります。いろいろな方からの目線が入るので、1人では漏れてしまうことも、ほかの人が指摘してくれたことでわかるようになります。チームでやっているうちに、業務フローも洗練され、行動が変わります。結果、小さくてもお金が動く。自分で稼いだと実感していただくために、請求書をあげてもらうように途中からしました。そのほうが自立した働き方の一歩につながります。かつては謝金という形で用意していましたが、それでは主体的になりません。「いろいろな人とやるなかで、いろいろな気づきがあった。やり方を学べた」とお金以外のものを、どう得られたかもわかっていればいいですね。
ブランディングで良い仕事を得る
市川さんは、良い仕事が入ってくる為のブランディングについて語った。
ブランディングが大事です。商品情報ではなく価値を伝えることです。「ママ達が責任を持ってやります!」ではなく、「あなたが仕事を振ってくれることで、新しい働き方の実現に一歩一歩進んで行けます」ということを伝えています。私達がやりたいことが、世の中にとって当たり前のものだったら、そんなことをせずに明確に他社との違いを伝えればよいですが、世の中にあまり価値が伝わっていないものを売ろうとしているので、「私達が創りたいのは、こういう世の中です。こういう働き方を実現する為に仕事が必要です!」と発信をしています。すると「君たちにお願いできることはないかなぁ?」と人が集まってきます。それがちゃんと伝わってない時には「ママさんでもできる簡単なお仕事です」「責任を持たなくて大丈夫です」といった、考えようによってはとても失礼な仕事が来ることもありました。誤った発信をすると軽くみられます。「ともに創っていきましょう!」とブランディングをすることで、お客さんとも良い関係からスタートできます。
今やらないことを大きく決める
「cocociを2000箇所に」と言っているのは、私達が一箇所作っただけでは、大きな動きにはならないからです。同じように思っている人が、全国にもいっぱいいるだろうということを大きく示すとこで、やっと「大事みたい」と世の中が思ってくれます。大きく示しつつも、徹底的に意図とか意味にこだわります。具体的に形にして見せることも大切です。最初は、実績がなくてもプレスリリースで「こういうサービスを開始しました!」と見せ、発注できるものにすることもすごく大事なことです。その為には、優先順位よりも劣後順位をつけることです。今やらないことを大きく決めるのです。私達が、最初に決めた大きい決断は、「この近くのママ達に届けるのは、後でいい」ということです。まずは私達の価値を面白がってくれる人達に知ってもらう。そうすれば、だんだんと地元にも浸透していくと考えました。cocociをオープンしたときも、チラシを児童館に置くといったことはせず、インターネットで発信をしました。「ママ達はネットを見ませんよ」と教えてくれる人がいましたが「いつかそういう人達に届くといいな」と思って徹底しました。やらないと決めたときは、ドキドキしましたが、「今じゃない!けれど、必ず後につなげよう!」と思っていたのです。
その想いが通じたのか、2013年9月、より地域に根差した拠点を目指し「Loco-working Space “cococi”@国領」(通称ロココチ)を立ち上げることができました。よりLocalなcocociです。ロココチは、「はたらく」と「暮らす」が愛着のあるジモトでつながる拠点と位置付け、地元の老舗企業様との協働事業として運営をしています。まだまだ生まれたばかりの場ですが、少しずつ地域で暮らす女性たちが新しい出会いを経験し、地域の仕事や事業者さんたちとつながっていく場になっています。小さいけれど、自分たちがコミットして新しい働き方を創り上げていく喜びを、もっともっと広げていきたいと思っています。
取材・編集:渡辺 清美
SNSシェア
執筆
渡辺 清美
PR会社を経てサイボウズには2001年に入社。マーケティング部で広告宣伝、営業部で顧客対応、経営管理部門で、広報IRを担当後、育児休暇を取得。復帰後は、企業広報やブランディング、NPO支援を担当。サイボウズ式では主にワークスタイル関連の記事やイベント企画を担当している。