「早く帰っても結果を出せる?!」──育休で生活者視点を得たゼクシィ編集長が語るヒット連発の秘訣とは?
結婚情報誌『ゼクシィ』の伊藤綾編集長と、結婚や家族について社会学の立場から調査研究をしている兵庫教育大学大学院助教の永田夏来先生の語らいの2回目。“おめでた婚”や“マルニ婚”の話に続き、今回は5歳の双子を育て、家族で分担しながら定時で帰るよう心掛けている伊藤編集長のワークスタイル変革やヒット連発の秘訣に迫る。
早く帰ることで見えてきた世界
出版関連の大手企業で定時退社というのは、大変な努力と工夫が必要だと思います。実際のところ、どのような心構えで時間を使っておられるのですか?
定時を目指して、できる限り5時台に会社を出られるように頑張っています。もちろん、夫と分担しながら夜まで仕事にあてる日や、出張に行く日もあります。
残業をしない場合は、働ける時間がほかの人の2/3くらいになるんです。それでも仕事ができるようにするには、まずは「早く帰っていたとしても、結果を出す」。とても難しいけれど、大事なことですよね。
私の場合は、時間の短さをどこかでカバーしようとすると、帰宅後もメールをし、子供を寝かしてから仕事をやる前提で行動してしまう。そうしないために、早く帰ることによってできることをする、早く帰ると見える世界を見る。アウトプットして、企画に生かすということをやり続けています。早く帰ることをなるべくハンデにしないようにしています。
素晴らしい。自宅に仕事を持ち帰らないというのは心理的にも現実的にも厳しいものがあると思いますが、具体的な秘策などがあるのでしょうか?
復職した直後は、子供が寝た後に家事や保育園の支度、仕事をしていました。でも本当に寝不足になってしまうのです。現実的には「意思を持ってやらない」というよりは身体がついていかないんですよね。
あと「結果を出せるよう努力すること」と同じくらい大切だと思っているのが、「自分の行動を仕組み化して時間をやりくりすること」 です。
1つが「40分前アクション」です。3時のアポイントメントだったら、2時20分に現地に着いて時間を作ります。こぼれていた仕事をする時間を常にセットしておくのです。私にとっての時間の使い方は、「消化する」というよりも「セットする」というイメージなのです。また、打ち合わせはできる限り1時間から30分に短縮します。
それでも、当然時間は足りなくなります。そこで、優先順位をつけて時間のやりくりをします。
なるほど。「時間をセットする」という発想が面白いです。家族や生活について実践的に考える時に使われる理論のひとつに、「生活経営論」というものがあります。生活の質の維持を主体的に選択し、その実現のために「使えるリソースは何か」という点に注目してその配分やありかたについて考察する理論です。
90年代までの生活経営論においては「リソース=金銭である」との考え方が主流でした。いざというときのために貯金や保険をかけておいて、生活上の困難は「お金で解決する」という発想ですね。しかし最近では、「時間の使い方を考え直す」あるいは「人との関係を見直す」という発想にシフトしてきているといわれています。伊藤さんはまさに生活経営論上の理論的転換を実践されていますね。
『ゼクシィ』が送り出した彼女たちは、幸せなのだろうか?
経済的な負担は覚悟の上で時間外保育などを利用することもできたかと思いますが、「時間の見直し」を選んだのは、どうしてなのですか?
それは、自分自身の体験に基づいています。私は、出産前も『ゼクシィ』の編集長をしていてバリバリ働いていましたが、出産時に産褥性心筋症という大病にかかって、生命の危険もあるという状態だったんです。
1ヶ月入院したときに、「何としても回復したい」「もう一度職場に復帰できたら、もっと良い仕事ができるよう頑張りたい」と強く思ったのです。
そして実際に双子の子育てが始まってみると、本当に辛くて……。双子が交互に泣き続け、一人を抱っこして、もう一人をおんぶして。その繰り返しで何ヶ月も何ヶ月もずっと眠くて。そんな時にふと鏡に映った自分の姿を見てギョッとしました。鬼の形相というか本当にもうすごい顔をしていたんです。
そのときにハッと思ったのは、「幸せな結婚式を挙げてほしい」という一心で、『ゼクシィ』を編集し、カップルを送りだしてきたけれど、彼女たちは今、どうしているだろうか?」ということ です。「幸せな結婚式の3時間だけでなくその後も、彼女たちの幸せが続くようにという本質的なことを考えられていなかったのではないか」と反省したわけです。
なるほど。
そのように思いながら、復職後の11ヶ月間は3時までの時短勤務をしました。そして2010年4月に編集長に戻ることになりました。以前と同じように残業をするという選択肢もありました。実際、仕事に注力するため、常時ベビーシッターを雇うか、親に引っ越しをしてもらうかも考えました。
しかし「基本は定時帰りを目指す」というスタイルにしたのは、自分が仕事と同様に家庭にコミットしたうえで、カップルにメッセージを伝えたいと感じたからです。私にとっては、「ワーク・ライフ・バランスへの挑戦」は「カップルの幸せな結婚生活を願うこと」と繋がっていたんですね。
伊藤さんが幸せや健康を考えて、働く時間を見直すという発想になったのは、素晴らしいです。
フルタイムで働いている女性の睡眠や食事の時間は、他のライフスタイルを選択している女性やフルタイムの男性と比べて短いという総務省の統計があります。専業主婦に比べると20分以上差があるという指摘もあるぐらいです。通常の勤務に加えて家事も担当しなくてはならないので労働時間が長く、睡眠や食事を削る形で身体を酷使しているわけですよ。
すごくわかる気がします。
伊藤さんが身体や幸せを考えて働き方を見直すという発想になったのは、本質を突いた気づきなのではないかなあと思います。
まったくそういうことは考えずにやっていました。
しかも妻の就業状況にかかわらず、夫の家事時間はそれほどに変わらない。平均で30分程度なんですよ。フルタイムの女性は家事関連に3時間半程度の時間を使っていることを考えると、かなりの違いだと思います。
平均でということは、30分に満たない人も実際の数としては相当いるということですよね。
たしかにそうですよね。妻並みの家事参加を標準とするのは、現実にはまだまだ難しいのでしょう。この背景にはもちろん、労働時間の長さがあると思います。とはいえ、「かなり家事を担当している」と自負している夫であっても妻は「サポーティブな姿勢にとどまっていて不満だ」と思っている……といったケースもあるようです。時間はもちろんなのですが、質や姿勢まで考えると、家事の分担についてはまだまだ課題が多いと思います。
消費者視点を肌で感じる
「時間の見直し」を選んだのは、長時間労働から脱却した方が結果を出せそうだと出産後に感じたからというのもあります。
育休前は変化のスピードが早い時代に、育休を取るということに異様な焦りを感じていたんですよ。
育休前に「どんな勉強をしていたらいいですか?」と女性の上司に聞いたんです。上司からは「何にも勉強しないでいいから、思いっきり“生活”してきなさい」と言われて。
第一線で働いていればいるほど、男女かかわりなく仕事を休むのはとても大きな決断ですよね。それにしても、その上司の方のアドバイスは素晴らしいですねえ、なかなか言えないと思いますよ。
実際育休中は、自分のことは何にもできませんでした。けれど、新聞やテレビを見る時間はありますし、世間からまったく遮断されているわけではありません。
そのときに結婚式のことを見る機会が多くあり、消費者視点を肌で感じることができたんです。「フラットに生活している人からすると、今の結婚式はこう捉えられているんだな」とか「こんなカップルには、こんな情報がもっとあればいいのではないかな」と。
新しい価値は“願い”から生まれる
性別、既婚未婚、子どもの有無に関係なく「自分が生活者であり続けること」は、ビジネスの中でとても大事なことです。新しい価値を生み出す時に必要なのは、こうなってほしいという“願い”だと思います。アンケート調査で生活者を分析するだけでは得難いものです。私の場合は、今の方が生活者として“願い”を持てるようになったため、ヒットを出すハードルが下がってきました。
なるほど、職業人としての時間を生活者としての自分に振り替えることで、逆に職業上の突破口になった。面白いですね。
最近好評だった企画は「エチケットすぎる♪音嫁」です。トイレで流水音とBGMを流せます。きっかけは「新婚のときはトイレの音が恥ずかしい」という部下の発案です。編集部の「遊びもよし」という風土や、生活することに邁進できる環境から生まれてきました。
「音嫁」、拝見しましたよ! 『ゼクシィ』の付録は前から面白いなあと思っていて、大好きです。「乙女すぎるドライバーセット」とか「妄想用婚姻届」とか。発想がユニークですよね。
実は私、2010年秋ぐらいから夫婦になる準備については、真剣モードでアプローチし、ことごとく失敗していたのです。読者からは「真面目すぎる」とか「結婚式のことだけを教えてほしい」と支持が得られなかったんです。
そこで気づいたのは、今盛り上がっているカップルが楽しく読みつつ、後になって「あのとき約束してよかった。考えておいてよかった」と思える誌面にするには、シリアスすぎてはダメだということです。だから今は、愛とユーモアの要素を一生懸命、入れ込んでいます。その切り口は、生活者である自分自身や編集者たちの“願い”から湧き上がってくるのです。
人を大事にするのがダイバーシティの真髄
会社という組織に視点を移してみた場合、労働時間はいかがですか?
組織全体の労働時間も減ってきたように思います。私がマネジメントの立場として思うのは、「ダイバーシティは全ての人のものである」ということです。そこの仕組み化は進んできていると思います。
仕事以外の生活の場面を持っておらず、仕事しかやることがない人は、むしろ残業したいと考えてしまうこともあるのかなと思います。
そうですね。デッドラインがないということは、自分で締め切りを決めなきゃいけない。これはハードルが高いですよね。
でも本質的なところで言うと、「ダイバーシティは、自分自身を大事にすること」だと思います。
私もそう思います。
ダイバーシティの真髄は人を大事にすることです。自分自身と自分の大切な人を大事にする。自分が時間をマネジメントしていると、オンタイムで会社にいるときも人のことを大切にでき、お客様視点も深まります。結果も出しやすくなるように思うのです。
“弱い繋がり”は、新しい発想のヒントに
ダイバーシティは「ネットワークを多様にする」と言い換えることができるのかなと、私は思っています。ネットワークには“強い繋がり“と“弱い繋がり“があるという考え方が社会学ではよく用いられています。例えば、「親と子」とか「上司と部下」は繋がりとしては強いのですが、持っているバックボーンや知識が同じなので、困ったことに対処するための処方箋が決まってしまう。異なる発想が出しにくいのです。
ところが、近所の顔なじみとかSNSでの友人関係など、弱く繋がっている人たちは、自分の家族や同僚等とは異なるバックボーンや知識を持っています。彼らに質問や相談を投げかけた場合、自分が持ち得なかった情報を得ることができる可能性が高いわけです。危機管理として考えてみると、その方が柔軟に対応できて強みがあるといえます。
職場に閉じこもらず、育児や地域参加などを通じて多様なネットワークを作り、自分の好きなことなどを通じて自分らしくいられる場所を持っている人が増えることで、会社組織内部での人材の多様性も高まるはずです。こういう集団は、クリエイティビティを発揮したり危機を乗り越えたりする際に強さを発揮すると思うのです。
私も『ゼクシィ』を作り、マーケティングの世界にいますが、新しくてクリエイティブな発想がないと成長できません。
私が「長時間労働から脱却しよう」という話をすると、「結婚生活に関係がない業種だったら、難しい」と言っていただくこともあります。ですが、新しい発想というものは、多様性の中にもヒントがあるように思います。
なかなか自分では気がつけないところですね。なぜかというと、高度経済成長期以降の日本では、若い人たちを新卒で囲い込んで、自分たちの会社の中だけで通用する人材に育てていくことが強固な前提だったのです。そうすると、弱い繋がりはただのノイズでしかないわけです。
今は低成長の時代です。競争が国際的になり、課題を乗り越えるためには大きく変わらないといけなくなりました。従来のやり方では、新しい発想は生まれません。
伊藤さんが育休中に新しい発見をし、働き方を見直したのは、いろんな働き手に取って勇気の素になりますね。
写真撮影:橋本直己、執筆:野本纏花、企画編集:渡辺清美
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執筆
撮影・イラスト
編集
渡辺 清美
PR会社を経てサイボウズには2001年に入社。マーケティング部で広告宣伝、営業部で顧客対応、経営管理部門で、広報IRを担当後、育児休暇を取得。復帰後は、企業広報やブランディング、NPO支援を担当。サイボウズ式では主にワークスタイル関連の記事やイベント企画を担当している。