ブロガーズ・コラム
洗脳型上司からサバイバルした方法
こんにちは、はせおやさいです。
今回は洗脳型上司からサバイバルしたときの話について書いてみたいと思います。(またこんな話で恐縮です)
あと、冒頭で念押ししておきたいのですが、わたしはサイボウズ社員ではなく社員であったこともありません。ここで書くエピソードはまったく関係ないところで起きた出来事ですので、くれぐれもお間違えなく!
さて、話を戻して洗脳型上司の話です。
実体験として自分のブログで「逃げろ、そして生き延びろ」というエントリーにもしたのですが、仕事をしていくうえで精神的にも肉体的にも拘束され、正常な判断ができなくなるほど追い詰められたことがありました。
逃げ出した直後は自分を責めたりもしましたが、確かに自分の未熟さもあったものの、どう考えてもあれはおかしい! と思えるようになり、冷静な視点で、なにが良くなかったのかを分析できるようになりました。
当時のことを振り返ってみると、上司もわたしも双方に問題点があり、それをどうクリアするかは正常なチームワークを考える上で重要な経験だったのではと思うので、今回はそのことについて書きたいと思います。
矛盾する行動を強いることが正常な判断力を失わせる
当時を振り返って、正常な判断を奪われるのに一番強烈だったのは、何しろ自分で決断できないように「すべての選択を否定する」ことでした。ここで有効なのがダブルバインドで、「二重拘束」という名の通り、まったく異なる行動を同時に強いて、相手を縛ることです。
「自分で決断出来ないやつはダメだ」と説く一方で、「なぜ勝手に判断するんだ」と恫喝(どうかつ)する。こちらは「えっ!この程度のこと(メールをいつ返信するかどうか、というレベル)も相談しなきゃいけないの!」と思うのですが、確かにわたしが勝手な判断をして困るのは上司です。
では細かくエスカレーションして、ある程度の共通認識が持てるまでは面倒かもしれないけれどもこまめに確認をとろう、と思って都度報告していたところ、「この程度のことをいちいち報告するな!」とはねつけられます。
ここでまた「えっ!」と驚くのですが、「そうか、相談の粒度がおかしかったのかな」「このくらいなら判断できないといけないのかな」「このくらいならいいのかな」と恐る恐る進めてみた直後に、今度は「報・連・相もできないのか!」と罵られる。
そのときに最悪だったのは、「ここからはOK、NG」のラインが、相手の機嫌によって、激しく上下してしまうことでした。
目隠しされたまま荒野に放り出されたような状態で怯えているところに不意打ちで怒られ続けるのは精神的に本当にしんどくて、「こういうケースはOKで、こういうケースはNG」という指標が相手の機嫌次第で変わってしまうと何をどうしたらいいか分からなくなってしまい、結局は相手のいうことを聞いているほうが楽なんだ、と思考停止に陥ってしまうんですね。
行動も制限して価値観を狭める
さらに、思考を停止させたあと、行動にも制限をかけます。
他者とかかわる時間を極端に制限されると、本当に思考が閉じてしまって、自分の置かれている状況を客観視することができなくなるんですね。
具体的に言うと毎日朝から夜の2時とかまで働いて、会社以外の人と話すのはタクシーの運転手さんくらいになると、睡眠不足で思考能力も低下しているし、もうワケがわかんなくなってくるんですよ。
自分がいる状況の異常性に気づけなくなるんです。さらに体力ゲージは仕事に全部振り切ってしまっているから転職活動をする余裕もなく、無限ループに入っていくという寸法です。
どうやって正気に戻ったか
そんな状態なのに、なぜすぐに逃げ出せなかったんだろうと当時の心境を考えると、自分が選んだ道は間違っていないと信じたかったのかもしれないし、なにも考えずに済む状態から踏み出すのが怖かったのかもしれません。
ただ、なんとなく「この状態はおかしいのでは?」「わたしはいま正常な判断ができていないのでは?」と感じ始めたあるとき、移動中の電車の中で、今の状況を書き出してみようと思いついたことがありました。
小さなノートに、順序やグループなど関係なく、思いつくまま、心に引っかかっていることを書きました。
現状の何が苦しいか、上司に対してどう思っているか。怒りや反省、後悔、それから、今自分は何から逃げたくて、何を怖いと思っているのか。
当時のわたしは、収入源を失うことよりも「自分が選んだ道が間違っている」と認めてしまうことを何より恐れていました。
でもそれはとてもとてもミクロな視点で、ほかにもうっすら感じていた不安点を書き出したら、そんなこと吹き飛ぶぐらい、「今、この状況、ヤバイ!」と思えました。ノートに文字として書き出すことで、「他人ごと」として俯瞰できる、というのは当たり前のことなんですが、そのときはそれすら気付ける状態ではなかったんですね。
自分の中にうっすらあったモヤのような不安を、形あるものとして外に出して自覚し、この状況はヤバイ、と実感して素地ができてからは、周りの言葉や意見がスッと入ってくるようになりました。
もちろん意見の取捨選択は必要でしたし、それは言い過ぎだろうという意見も多数ありましたが、「これはおかしい」という確信が積み上がり、「やっぱりここから逃げなきゃ!」とはっきり思えるようになりました。
当時のわたしのように「めんどくさい上司の言うことをただ聞いていれば楽だし安定するからそれでいい」と思いながらも、「今この状況ってヤバイよな」と感じている人がいるのであれば、1度、周りの状況を観察してみてください。
もちろん、その場で踏ん張ることで得られる何かがあるかもしれないし、そのまま頑張れる人もいるかもしれません。
でも、「あ、もう限界!」と思ったら逃げる選択肢があることを忘れないでほしいと思います。
そして、常軌を逸した上司に「NO!」ということで、再び自分のような被害者が出るのを防げるかもしれない。それは正しい指導方法を見つけられなかった上司側の人にとっても、大切なきっかけになると思うのです。
今日はそんな感じです。チャオ!
イラスト:マツナガエイコ
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執筆
撮影・イラスト
松永 映子
イラストレーター、Webデザイナー。サイボウズ式ブロガーズコラム/長くはたらく、地方で(一部)挿絵担当。登山大好き。記事やコンテンツに合うイラストを提案していくスタイルが得意。