「市況かぶ全力2階建」常連の集合知とゆるやかチーム感は日本のネット空間の「よいところ」なのかも
「市況かぶ全力2階建」(市況かぶ)――。株式投資をする人であれば、見ている人も多いはず。何らかのテーマに沿ったツイートを集約・編集した記事が公開され、多くの反響を呼んでいます。根拠となる数字や鋭い洞察力が反映されたツイートやTwitter上で見知らぬ人同士のやりとりも多く記事になっています。
各種SNSで最も「ゆるく」周囲とつながれるTwitterでは、“独り言のようにつぶやいた”感想に予期しないリプライや反応が集まり、同じ興味を持つ見知らぬユーザーの意図しない交流が始まります。そこには知の交換を中心とした集合知や良質な議論を生み出す"ゆるい関係性"があるように見えます。
市況かぶを取り巻く常連読者間の「ゆるいつながり」や「弱い絆」は、新しいチームの形を示しているのかもしれません。サイボウズ式では市況かぶの常連さんを招いた座談会を実施してみました。聞き手は編集部 社会人インターン生のかにみそです。
市況かぶに初採用された日は「記事を何度も読んでニヤニヤした」
都内某所。市況かぶの記事にツイートがたびたび取り上げられる「常連さん」8人が集まりました。金融、ITから個人投資家、ベンチャー経営者、フリーターまで、その職業はさまざま。初対面の人たちも少なくありませんが、普段お互いのツイートを眺めていることや市況かぶの常連という仲間意識から、早々に打ち解けている印象でした。
サイボウズ式で社会人インターンをしている「かにみそ」です。普段から市況かぶを愛読していて、みなさんのツイートを拝見しています。今日は皆さんの「ゆるやかなチーム感」について聞いてみたいと思いました。まずは自身のツイートが初めて記事に採用されたとき、どんな気持ちでしたか?
2012年にソーシャルゲーム関連のツイートが採用されたのが初めてでした。当時すでに有名なサイトだったので『ついに!』と大喜び。(市況かぶ)デビューしたことがうれしかったですね。
Aさんのツイートが取り上げられているのを見て『いつか僕も採用されたいな』と願っていました。同じく2012年に初めて採用され、記事を読みながら何度もニヤニヤしましたね(笑)
無邪気かつ嬉々として、当時の思い出を振り返る人が少なくありません。しかし、何度か採用されるうちに、記事を構成する1ツイートとして採用されるだけではなく、さらなる高み(?)を目指したくなるようです。
記事のオチを飾るツイートとして採用されることが目標なんです。オチになるとやっぱり箔がつきますから。
タイトルに選ばれると喜びもひとしおですよね。
奇をてらってもダメ? 市況かぶで採用されやすいツイートとは
記事への採用を狙ってこだわり抜いたツイートをすると、採用率は上がるのでしょうか? “採用されやすいツイート術”があれば教えてください。
有価証券報告書や大量保有報告書などを読んだ上でツイートすることが多いです。これらを意識して読み込んでツイートしている人は少ないので。狙って投稿するときのルールとしては、必ず生の情報を調べてから投稿すること。市況かぶの記事は市場に多大な影響を与えますから(笑)。
一度採用されるともう一度採用されたくなりますよね。そのうち、みんな似たことを工夫してツイートするようになり、過当競争になっている気も(笑)。私も同じく情報源にあたって、一度自分の中で考えてからツイートします。それが採用されることが多く、逆に奇をてらったツイートは採用されないのかな……。(管理人に)見透かされているのかも、とも思います。
採用頻度の高い常連さんには「担当」がある。徹底して調べる担当、うまいこと言う担当、ボケ担当、みたいに。中でもボケ担当は激戦区です(笑)。
採用されるかどうかはそこまで意識していません。仕事に関する情報を集め、自分の中で咀しゃくしてツイートすると、Twitter上で常連さんに絡まれ、掛け合いをしているうちにツイートの内容が熟成され、その一連のやりとりが採用されることもありました。
常連のみなさんはそれぞれ独自情報を収集し、ツイートしていました。市況かぶの記事では毒とセンスの混じったツイートだけでなく、数字や各種データを絡めた「徹底して調べる担当」によるツイートも目立ちます。パッと思いつきで適当に投稿できる内容ではなく、さまざまな情報から事実を裏取りし、慎重に投稿されたものです。
情報源として挙がったのは、有価証券報告書や適時開示に加え、東京証券取引所や金融庁、各企業、業界団体のサイト、EDINET、帝国データバンク、Yahoo!掲示板、2ちゃんねる、Twitterが多いようです。
特に誰かから頼まれたわけではないけれど、使命感や真摯な姿勢をもって有益な情報をツイートしようとはげむ常連たち。不確実な情報をウェブという大海へ発信するわけにはいかないというある種の強い責任感も感じさせます。属性や肩書もバラバラな人々ながら、ここにはチームのような連帯感を感じるところでした。
「ウェブは残念」と言い切るのはよそう
話は「管理人の正体」についても及びました。8月15日にアップされた記事「市況かぶ全力2階建の管理人が謎の人物である8つの理由」では、多方面から寄せられた情報をもとに管理人予想が行われています。ネット上で市況かぶの管理人は「気になる人物」です。
さっき「実はこの8人の中にいるのでは(笑)?」といったドキッとするような声も上がりましたね。
更新頻度や更新スピードを見ると、お仕事はされていない?
ずっとネットに張り付いているイメージですね。
『いつかはゆかし』への対応が秀逸だったが、それに限らずいつも鮮やかに切り返すのが素晴らしい。
よくこんなツイートを見つけてきたな、と感心することが多いです。伝わりづらいネタをひとつずつ拾い集めてくるリサーチ能力がスゴい。
市況かぶで『クソ株ランキング・このIRがすごい!』カテゴリで取り上げられると株価に影響することもあるとか。市場への影響がかなり大きいサイト。このまま続けてほしいです。
座談会の後に思い出したのは「ウェブ進化論」騒動でした。2006年に出た『ウェブ進化論――本当の大変化はこれから始まる』の著者 梅田望夫さんは、ネット利用者の増加・検索技術の進化によってネット上に不特定多数の人々の「知」が集積するようになると指摘し、事象を好意的に唱えました。メディアや一部の選ばれた人だけではなく、誰もが表現者になれる可能性がもたらされたと論じたのです。
しかし2年後、梅田さんはあるブログサービスのコメント欄について、下記のように自身のTwitterで発言。当時の主張とは正反対の趣旨の発言をして、ネットでは炎上騒ぎも起きました。
「(中略)バカなものが本当に多すぎる。本を紹介しているだけのエントリーに対して、どうして対象となっている本を読まずに、批判コメントや自分の意見を書く気が起きるのだろう。そこがまったく理解不明だ」(原文ママ)
別のインタビューで「英語圏のネット空間と日本語圏のネット空間がずいぶん違う物になったことが残念」と語ったことも議論を巻き起こしました。ここで「残念」と評価されるウェブの代表格といえば2ちゃんねる、引いては2ちゃんねるまとめサイトです。梅田さんは実名中心の生産的な批判より、匿名で行われる悪意ある罵倒のほうが圧倒的に多く、結果的に日本のウェブのレベルを下げることになり残念だと主張していたのです。
しかし、現在マーケットを変動させるほどの影響力を持つ市況かぶの前身は2ちゃんねるまとめサイトです。市況かぶが実証したのは、ウェブ上の匿名の書き込みは、ノイズや落書きとして扱われるものだけではなく、1つ1つが集まると集合知になり得ることもあるという事実です。それが市場のガバナンスを確立するのに欠かせない存在に進化しているなら、日本のネット空間には「よいところ」もたくさんあるのではないかと感じさせられます。
アフタートーク:市況かぶの常連は「ゆるやかなチーム」なのか
市況かぶの常連さんに話を聞き、「ゆるやかな連帯感」が良質な集合知となり、新しい価値を産むことがわかってきました。企画担当のかにみそさんとのアフタートークを通じて、もうこのテーマを深堀りしてみようと思います。
座談会取材、お疲れさまでした。本企画を担当し、サイボウズ式で市況かぶの読者(常連さん)を取材しようと思ったのでしょうか?
私も市況かぶの読者なのですが、市況かぶ読者のTwitter上での反応には「ゆるやかなチーム感・連帯感」があるなと思っていました。この「ゆるやかなチーム」の正体が何なのか知りたくて、企画を作りました。
「ゆるやかなチーム」で思い出すのが作家・思想家 東浩紀さんの新著『弱いつながり』です。「ネットの検索」と「旅」をテーマにした本で、人生には弱い絆と強い絆が必要だと書かれていました。
僕も持ってます。東さんは本書で、世の中で人が選択する生き方は大抵2つに分かれると主張しています。
「ひとつの場所にとどまって、いまある人間関係を大切にして、コミュニティを深めて成功しろというタイプのと、ひとつの場所にとどまらず、どんどん環境を切り替えて、広い世界を見て成功しろというタイプのもの。村人タイプと旅人タイプです」(『弱いつながり』P.54より引用)
この村人・旅人タイプともに狭い生き方だと指摘し、第3の生き方となる「観光客タイプ」としての生き方を提案しています。
「観光客は無責任です。けれど、無責任だからこそできることがある。無責任を許容しないと拡がらない情報もある。(中略)無責任なひとの無責任な発言こそが、みなさんの将来を開くことがあるのです」(同P.52より引用)
「観光客タイプ」の人は村人であることも忘れず、ときに旅人的な精神も持ち合わせたニュータイプ。だからこそ、新しいつながりやチームを生み出す可能性がありそうです。
アフタートーク:一般意志2.0が反映されるようになった
今回集まっていただいた市況かぶの読者たちも、観光客的な立ち位置なのではないでしょうか。
確かに。そういえば「無責任だからこそできること」に関連して、東さんが米の社会学者マーク・グラノヴェター氏が提唱した概念「弱い絆」を挙げて説明していたのが興味深かったです。マーク氏が約300人の男性ホワイトカラーに行った調査では、大半が人のつながりをもとに職を見つけたそう。その中でも高い満足度を得ていたのは、職場の仲間や親しい相手ではなく、偶然パーティで知り合ったような「弱い絆」をきっかけに転職した人だったというのです。
これは意外でした。単純に考えると、親しい間柄の人のほうが、本人のスキルや得意分野を知っているので、よい転職先を紹介してくれそうですけど。
逆に、たまたま出会って間もない相手は本人のことを深く知らない、まっさらな状態だからこそ、想像もしなかったような転職先を紹介してくれる可能性があるわけですね。自分では知らなかった新たな適正を発見できるチャンスが生まれるのです。
本書には「人生の充実のためには、強い絆と弱い絆の双方が必要」と記されていましたね。正直これまで、弱い絆が必要なものだとは、思っていなかったです。
この弱い絆について、同書では「社会のダイナミズムを考えるうえでとても重要な概念」とも書かれています。この論は東さんの著書『一般意思2.0』以降の問題意識に通じるものがあるとも思います(編集注:「一般意志」とは仏の思想家J・J・ルソーが18世紀に『社会契約論』の中で唱えた概念で「集合体の意志」を指す)。
『一般意思2.0』ではどのようなことが言われていたのでしょうか。
「一般意志」は21世紀の現代にこそ適用すべきだと主張されていました。Twitterやニコニコ動画などのさまざまな情報技術を用いて、「人々の無意識(=一般意志2.0)」を可視化し、政治に反映することで、一般意志の実現さらには現在の民主主義がアップデートされることにつながると説いています。弱い絆によって一般意志2.0が可視化されるのを目にして、市況かぶ読者に「ゆるやかなチーム感・連帯感」を感じたのかもしれません。Twitterから派生したツイートが市況かぶにまとめられることで、人々の無意識があらわになり、結果的に世の中を動かしているのではないかと思うのです。
文:池田園子/撮影:橋本直己
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