【反省】男性クリエイターはわかってなかった、働くママの「本当の気持ち」 サイボウズのムービー制作の裏側
結婚したら女性は家庭に入るものーー。ひと昔前まで、女性のキャリアは結婚を機にストップするのが主流でした。いわゆる「寿退社」がメジャーだった時代。しかし、いま結婚、出産を経てワーキングマザーとして働き続ける女性が増えています。そんな女性たちが戻ってきやすい職場環境を整え、新しい働き方を提唱し、自ら実践するサイボウズ。 12月 1日からは、働くママのリアルな気持ちを描いたムービーをネットで展開しています。
ムービー制作にメインで携わったのは 3人の働くママですが、クリエイティブ統括とコピーライティングを担当したのは 2人の男性クリエイターでした。男女間で意見が分かれたことや、ショッキングな発見があったことなどをはじめとするムービー制作の舞台裏について、ムービー制作プロジェクトを担当したサイボウズ式の大槻幸夫編集長が、谷山雅計さん、中島信也さんにお話を伺いました。
「こんな会社があるなんて!」興奮する女性プロデューサーに驚いた
最初にオファーが来たとき、どのような印象を持たれましたか。
弊社のプロデューサー・井上みち子を通して話を聞きました。まさに彼女が働くママということもあり、今までになくハイテンションだったので、びっくりしたのを覚えています。「(サイボウズは)とにかくスゴい会社で、画期的な働きやすさを実行していて、みんなにヒントになりそうです! 働く人のことを大事にしている会社で、そこをムービーを通じて広く発信したい」と興奮していました。
興奮ですか(笑)
彼女を見ていると、ムービーのテーマとなる「働くママ」と自身とを重ね合わせて、今回の仕事に人生を懸けているような印象でした。井上もサイボウズさんと出会って「こんな会社があるなんて!」と知って驚いたことで、並々ならぬ情熱を持って制作に向き合おうとする姿勢が、最初の段階で伝わってきましたね。
率直に言うと「意外な企業から意外な依頼が来たぞ!」と驚きました。働く人すべての職場環境を支援する会社だとは知っていましたが、あえて「働くママ」だけに絞り込むなんて、かなり思いきった取り組みをするなぁと。
いい意味で「いたずらっ子」のような企業イメージがあったので(笑)。その後さらにお話を伺うなかで、企業のフェーズとして変化するタイミングだと聞いて納得がいきました。
サイボウズはメディアで私たち自身の「働き方」について取り上げていただくことが多くなってきました。
たとえば自分たちで『最長 6年間の育児・介護休暇制度』、『育自分休暇制度』(転職や留学など、環境を変えて自分を成長させるために退職する制度。 35歳以下の社員が対象で、最長 6年間は復帰可能)などにチャレンジしています。社会課題を踏まえた企業活動をしていることを伝えられればと思ったのです。
妻から「結局何もわかってなかったんだね」と言われました
実際にムービーを作っていく過程で、中島さん・谷山さんと井上さんをはじめとする働くママチームとで、お互いが真逆の意見を出していたことがありましたよね。そのあたりは今回の制作を通じてどのような感想を持たれましたか。
僕は井上さんとがっつり仕事をするのは初めてでしたが「ここまでクリエイティブ・ディレクターの言うことを否定するなんて ……」と最初すこしショックを受けました(笑)。井上さんと何度か仕事をしたことがある弊社社員に聞くと「普段はそんな感じではないですけど?」と言うのです。プロジェクトへの気合の入れ方がいつもとは比較にならないくらい、相当なものだったのだと思います。
僕も衝撃というか、最初からけっこう傷つきましたね(笑)。企画段階で彼女たちの「女性のリアルを伝えたい」という思いが滲み出ていましたし、広く世の男性たちに知ってもらうために、このムービーを作るんだといった使命感に溢れたエネルギーが伝わってきましたから。
傷ついた、というのはご自身も「わかっていなかった」と感じたということでしょうか。
そうですね。この仕事に前後して、妻からうちの子どもが小さい頃の話を聞いてわかったのは「いいパパぶる」のが一番最低だということ。それは「何もわかってないこと」とイコールだそうです。たとえば父親が子どものおむつを替えて満足している間、母親はもっと切実で苦しい問題と向き合っている。今になって「結局何もわかってなかったんだね」と言われましたし、少し協力するだけで「俺は仕事も子育ても頑張っている」と勘違いする男性は多いだろうなと実感しました。
普段は育児を手伝わないのに、休日に子供たちの面倒をみたときだけFacebookに写真付きで投稿してイクメンアピールをするパパに、イラっとするママは多いと聞きました(笑)
女性が子どもを産み、かつ仕事を抱えていく厳しさは「大変だね」の一言で済まされるものではありません。ケアが必要なのは子どもだけでなく、お母さんもなんだと、結婚して 30年経ったいま、ようやく気づかされたのです。
僕の家庭はけっこう特殊で、義母、僕、妻の順に子育てに携わってきました。妻は大貫卓也さん(日本を代表するクリエイティブ・ディレクター)に「君はさすがに働きすぎだ」と言わせたくらいの、ワーカホリックの見本のような女性です(笑)。だから今回のムービーは妻よりも義母に見せてあげたいくらい。
女性のリアルに気づけていなかった
働くママをテーマにした広告が多く作られていますが、中には女性から「あれ?」という声が上がっているものもあるそうです。たとえば「子供の面倒を見ているときに、あんなきれいな格好なんてできるわけないでしょ」とか。既存の広告には、私たち男性側が理想とする女性像が投影されているだけで、クリエイター側が女性側のリアルに気づけていなかったということでしょうか。
少なくとも僕は気づいていませんでした。それは素直に認めます。
いくら社会に出て学習してきても、やはり根本的には男性は単細胞で、女性は複雑に考えているという事実は変わらない気がします。とはいえ広告は「単純化すること」も大事な要素なので、
そこでは男性からの「早い話がこうだよね?」という視点が役に立つこともあります。一方で、今回のようなムービーになると、それだけでは敵わないなとも思うのです。
ただ単純化するだけではダメなんですね。
僕は東京コピーライターズクラブ賞の審査員をしていますが、ここ数年ウェブムービーでの応募が増えているのを感じます。そうしたものはロジックをさほど重視しない。 15秒/ 30秒のパッケージでは共感だけで成立しないところが、長くなればなるほど共感の度合いで勝負するものが多いです。
男性は xxが得意、女性は xxが得意と決めつけすぎてもよくないですが、共感を目指す作品作りにおいて、女性クリエイターの活躍は増えるのではないかと感じています。
僕は表現の共感ベース以上に「女性がリアリティを持って受け止められるかどうか」が大事だと考えます。これまで広告業界では、男性が勝手に考えた女性像を表現物として提示してきました。そのことにようやく気づきましたし、今回のムービーはその状況を崩壊させる第一歩なのではと感じています。
なるほど、女性像のリアリティが見えてくる広告ですか。
女性が本当に考えていることが表現として吸い上げられ、共感ベースとして表現されるといった道筋が過去にはなくて、今後変わっていくのだろうと思うのです。それは面白いですが、男性としては「うっ ……」と思いますよね。女性のリアリティを突きつけられると男性は弱いですから。でもこれが新しいコミュニケーションの幕開けになるのではと確信しています。
プロジェクトを通じて、自身の変化のきっかけに
これまで広告の仕事は共感を得ながら、その商品を売るという使命があるのが普通でした。共感は「商品を売るための道具」だという見方も根強く、共感だけで仕事をすることは滅多にありません。
今回の話に戻ると、僕たち男性と井上さんたち働くママとで方向性が分かれた背景には、テーマに直接的な「売り物」がなく、「共感されること」を目指していたことがあると思います。自分はこの道のプロのつもりでいましたが、それも結局は物を売るという目的が土台にあったからなのだと感じました。
いまのお話はとてもわかりやすいです。本来であれば、共感とロジックの 2つが揃っているものから、ロジックだけが外れたわけですから。となるとムービーの主人公と同じ境遇にある井上さんたちの方が、共感される作品を作る力が高いということですよね。それゆえに、既存のマネジメントスタイルが通用しない、例外的なプロジェクトだったのではないですか。
彼女たちが企画を出してきた時点で衝撃を受けてしまったので、僕はそこから何も言えなくなってしまったのです。できあがったムービーについても、いつもならけっこう細かくフィードバックしますが、今回に限っては何も言えませんでした。「カットが長い」というような客観的事実は指摘できますが、主観的な部分については何を言ってもすべて否定されますから(笑)。
なるほど、そんな場合にご自身の存在意義はどう発揮していくことになるのでしょうか
「君たちに任せたから、このまま進めて」と伝え、彼女たちの可能性を感じながら温かく見守っていました。将来同じようなミッションに対応するとき、力強い経験になるとも思うのです。なので、彼女たちの気持ちやモチベーションを上げさせ、自信を持たせることが自分の存在意義だったと思いますね。
冒頭で井上さんがおっしゃっていたように、御社としても「これからの働き方」を考える動きとマッチしているのではないでしょうか。
そう思います。彼女たちがサイボウズさんの中身を知るということは、自分の会社を振り返って見たときにもう「女性の働き方を変えるなんて別にいいよ。うちはうちだから」とは言えなくなるということですからね。
コピーライターとしての存在意義を考えると、すべての仕事でいえることですが、 “触媒 ”のような役割を果たしていると考えています。
どこかに何らかの形で「自分らしさ」はにじみ出ているでしょうが、できれば自分らしさは消して、モノや企業のよさだけが前面に出ればいいなと思うのです。
男性として、重要な問いを突きつけられている
最後にこのムービーをご覧いただく、とくに働くママに向けてのコメントをいただけますでしょうか。
55歳管理職男性の立場からいうと、このムービーはとてもインパクトがあります(笑)。果たして皆さんはどのような印象を受けるのでしょうか。僕自身は男性として、ある重要な問いを突きつけられているような気がしています。ただ、いわゆる「男性目線で作った女性の話」が多いなか、今回のムービーはそれとはまったく違う形で生まれていますから、どんな反響を得られるかが楽しみです。
「嘘くさい」とは言われない自信があります。一方で冷静に考えると、この作品を作ったのがいわゆる「男社会」で生き抜いてきた女性たちなので、そこが一般女性の視点とは違うという可能性がなきにしもあらずなのかなと。
僕たちが「さすがに押しすぎなのでは?」と感じている部分が、一般女性の視点に近いこともあり得ます(笑)。いつもは作り手側で視聴者がどう受け止めるか、事前に想定できるのですが、今回は読めていない部分があります。
逆を言えばそれだけ新しいことにチャレンジしたということですよね。ぜひ皆さんのご意見を聞かせてください。
(取材:池田園子、撮影:谷川真紀子、編集:小沼悟)
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