コップのフチ子は単なるガチャガチャじゃない、変なメディアなんですよ──倉本美津留とタナカカツキの往復書簡Ⅰ
マンガ家・タナカカツキと放送作家・倉本美津留──。メディア、コンテンツ業界をけん引してきた2人。
タナカさんは、ガチャガチャ界で異例の累計1000万個以上を売り上げる「コップのフチ子」の生みの親で、趣味の水景画やサウナの本も出版している。仕事と趣味の垣根を超えて、「タナカカツキ」個人でエンタメ業界に“昭和の風”を送り込む。
倉本美津留さんは放送作家。ダウンタウンのブレーンとして名を知られ、「ダウンタウンDX」などの斬新な人気番組を手がけてきた。出会ったころからタナカさんの“昭和の匂い”を嗅ぎつけて、注目をしていた。
15年来の仲だという2人の往復書簡。メディア・コンテンツ業界のこれまでとこれからを話します。
サイボウズ式×現代ビジネス「ぼくらのメディアはどこにある?」で実施する往復書簡。やりとりの続きは、3月23日(水)と24日(木)に公開予定です。
タナカカツキは「1人メディア」の先駆け
カツキへ
一番はじめにタナカカツキに出会ったときに「1人メディア」をやっているなと思った。SNSが普及して個人がメディアになっている今でこそ、みんながやっているようなことを、タナカカツキは15年前からやっている。
ちょうど『オッス!トン子ちゃん』を描きかけのころで、「どうやってリリースするの?」って聞いたら「わかんないけど、とりあえず描いてる。自分で手売りしようかな」って言うてて。
作品とかやり方も昭和の懐かしい感じがするんだけど、それが逆に新しい。古いけど、めっちゃ新しい。「温故知新」だと感心した。
タナカカツキらしいなあ、ええなあと思って見ているうちに、今度はマンガでもない「コップのフチ子」さんが生まれて、今度はグッズなんや!と。マンガの枠にもおさまらない。
タナカカツキ自身もそうだけど、フチ子さんというもの自体がメディアになってるやん。いろんな要素をコラボしてるし、雑誌やCMのタレントみたいになってるし。グッズまでメディアにしちゃった。
好きなことをピュアにやっているところにエネルギーを感じる。太陽の塔のパロディのイラストを描いてボケてたのも知ってたけど、それが岡本太郎記念館の館長に認められてしまう。そういうところがある。
太陽の塔の申し子みたいな世代の俺からしたら「カツキ、岡本太郎と、もう直でつながってるやん!」って、他人事ながらテンションを上げてしまった。
ボク自身は、テレビがまだ混沌としていた、それこそ何でもありの時代から、インターネットが普及してスマホが出てきて、テレビとテレビ以外のメディアの境がなくなってきている現在までを経験しながら、こういう流れのなかで自分がどう変化しながら動いていけるかって考えてる。ホントに実験の連続で、いろいろやって来た。
タナカカツキは昔からずっとタナカカツキの道をひた走っている。先見の明があるというより、ついに時代がカツキを理解した!って感じがしてる。
コップのフチ子もガチャガチャもメディアになる
倉本さんへ
ありがとうございます。1988年にマンガ家デビューしてるんで、ちょうど30年くらい経つわけですが、15年前は切羽詰まっていたんだと思いますね。たしかに常にマンガを封筒に入れて持ち歩いていました。権力者とかに見せようと思って(笑)。
たとえば出版社の知らない編集者に見せて、否定的な意見言われても傷付くので、友だちに見せていましたね。サークル気分で、その延長。
友だちがおもろい! と言ってくれるのがうれしくて描いていたんですけど、当たり前だけどそれじゃあ仕事にならない。編集者に見せないと始まらないんですけど、友だちばかりに見せてて、自分で手売りするしかないかなと思いながら模索して。
結局、知り合いのデザイン会社のえらい方が一肌脱いでくれて、社費で出版していただくことになったんです。出版社ではなくて。
そんな流れなので、「1人メディア」をやろうとかまったく意識はしていなくて、むしろ下手なんだと思いますよ。僕はただピュアに昭和のテレビやマンガ、おもろかったものを真に受けて育ってきただけで。
昭和の時代は「はみ出したもの」が目立っていて、テレビも出版ももうちょっとやんちゃでゆる~いものがメディアに流れていましたよね。深夜放送とか、これ放送事故なんちゃうってものまでが。今じゃありえへん。
でもそれがめっちゃおもろい。まさに倉本さんが作ってきたものに影響を受けてきて、平成になっても僕自身は昭和のエッセンスで成り立っている感じですよ。
コップのフチ子さんだって、あれ、昭和のOLですよ。それがなぜか今、30代の女性を中心にひいきしていただいてる。フチ子さんは雑誌に登場したり巨大化したりいろんな話があるんですけど、メーカーとライセンサーにすべておまかせしているので、僕のところに直接話は来ないですね。
僕の知らんところでいつの間にか広がっている。ありがたいことですね。監修も一応はやるんですけどフィギュアって小さいでしょ? 最近老眼がひどくてよく見えないんですよね(笑)。
コップのフチ子さんはガチャガチャでなにかできませんか? という依頼をメーカーからいただいたので企画を出して商品になったのですが、よくお客さんから「原作はないんですか?」って聞かれるんです。
原作はないんです。原作などはマンガ家の仕事……、僕自身「マンガ家やった!」とハッとしたりして。
なんでもメディアになるなあと思うんですが、フチ子さんシリーズは“変なメディア”なんですよ。本来ガチャガチャで出てくるようなものでもないし、そもそも使い道がわからない。
それまでは、ガチャガチャって動物とかキャラクターとか、あまりふざけたものはなかったわけです。最近は何に使うかわからなないものもたくさん出てきて、そうなるとガチャガチャ自体もメディアになりますね。
ガチャガチャの中身も会議を経て決まるわけだから、マシーンが雑誌のような役割を果たしているとも言えますね。だからつまり、僕もガチャガチャマシーンのなかでコップのフチ子の連載しているような感じなんですね。
作者の手が届かなくなったとき、メディアの影響力は増す
カツキへ
なるほど、やっぱりタナカカツキは古くて新しい。最近自分のなかの流行語が「ルネッサンス」なんやけど、まさにタナカカツキは「ルネッサンス」やわ(笑)。
フチ子さんが、カツキが知らん間にどんどん普及しているのは真のメディアのかたちやね。最初に生み出した人間が知らない間に、世の中にそのものがあふれかえっているという状態は、まさにムーブメント。理想的な展開やね。
「発案者が知らない間に広がる」と言えば、日本のテレビバラエティー界でもよくある話。ある意味著作権がゆるい世界で、似たような企画が乱立してもあまり問題視されない。肖像権にはうるさくなってきたけど、企画に関する著作権のことは、あまり言わないでおこうという風潮があって。
だから、ゼロからイチを生み出した人間が、そっくりな企画を他で見て唖然としたりすることもある。ホンマ、つらいで〜(笑)。でも、テレビを、というか世界を確実にオモロくしていってると思わなあかんね。生み出すのが得意な人間は懐を深くもたんとってことやね。
タナカカツキさんと倉本美津留さんの往復書簡。「スマホ全盛期の今こそ、テレビが築いた”昭和のメチャクチャなノリ”が必要?」、「エンタメ50年の歴史上ずっと変わらない「おもしろさ」の本質とは?」に続きます。
取材・文:徳瑠里香、佐藤慶一(現代ビジネス)/写真:岡村隆広
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