「カイシャは実態のないモンスターである」。
サイボウズ代表取締役社長の青野慶久は、著書『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』で、そう記しています。
ただ、すべてのカイシャが恐ろしくて、制御できないモンスターというわけではありません。なかには、愉快で楽しく、個人のチャレンジを後押ししてくれるカイシャも存在するはず。
そこで、サイボウズ式第2編集部は、愉快なモンスター(カイシャ)を探す旅に出かけました。従業員十数名の小さな会社が、どうやって1万人以上の旅好きを集める野外フェスを開催するに至ったのか。TABIPPO組織づくりの謎に、サイボウズ式第2編集部のメンバーが迫ります。
愉快なモンスターたちの話に耳を傾けてわかってきたのは、「自由と自立」の切り離せない関係性でした。
「みんなの顔が同じビジョンに向いているんだなって」
井手
司会の井手です。サイボウズ式の読者と編集部員が集まってチームを組んだ「
サイボウズ式第2編集部」のメンバーです。
今回の企画は「サイボウズ式第2編集部と愉快なモンスター」。愉快で楽しい、そして組織として魅力的な会社にお話を聞いていきます。
第1回のモンスターは、「旅で世界を、もっと素敵に。」を合言葉に、イベントやメディア運営、マーケティング事業を手がけるTABIPPOです。 本日はよろしくお願いします。
しみなお
よろしくお願いします。
清水直哉(しみずなおや)、通称しみなお。群馬県で生まれ、大学入学とともに上京。学生時代に世界一周のひとり旅へ。旅に夢中になり学生団体としてTABIPPOを設立。卒業後はインターネット広告代理店オプトに就職。26歳の時に退職し、TABIPPOを法人化する。創設から現在まで代表を務める。TABIPPOでは「旅で世界を、もっと素敵に」を理念として、幅広い事業を展開。多様性と主体性をベースとしたユニークな社内制度を作りながら、新しい時代の働き方・生き方にも挑戦中。 2018年3月からは旅人のための就職・転職支援サービスである「旅人採用」を責任者として立ち上げる。
井手
今回のイベント企画が立ち上がった発端は、サイボウズ式第2編集部にいるメンバーが、もともとTABIPPOで学生インターンを経験していたからなんですよ。
彼女は「TABIPPOで人生がめちゃくちゃ変わった。ぜひサイボウズとコラボして、イベントをしましょう」と、第2編集部内で熱く語っていて。
井手桂司(いで・けいし)。フリーランスのブランドエディターとして、「愉快で優しい企業」とファンとの関係を温かいものにする活動を支援。イベント時はサイボウズ式第2編集部員だったが、現在は編集部を卒業。心地よいチームのあり方やこれからの働き方に興味があり、サイボウズ式を愛読している。
しみなお
うれしいですね。これまでは事業については外で話すことは多くても、組織づくりについて話す機会はあまりなかったかもしれません。
知らない方に向けて最初に簡単に会社説明をすると、僕らの目的は、とにかく若者に「旅」を広めること。現在は5つの事業を展開しています。
井手
社員さんは何人くらいいますか?
しみなお
オフィスには正社員が13人、学生インターンが7人います。それ以外にも、学生支部が全国9都市にあって、学生のボランティアスタッフは全国で約400人です。
井手
その規模の社員数で、来場者1万人超えのフェスや、年間170回以上のイベントを全国で実施しているんですよね。そうやって高いアウトプットを出し続けているのは、学生インターンなどのいわゆる雇用関係にない人たちの心を動かしているからだと思ったんです。
というわけで今日は、しみなおさんだけではなく、社員のみっちーさん、インターン生のさくすけさんにも「仲間をつくるためには何が必要なのか」「どんなマネジメントをしているのか」といった疑問に答えていただけたらと思います。
みっちーさんはどうして TABIPPOに入社したんですか?
みっちー
大学卒業後は商社に3年勤めていたんですが、学生の頃に携わった「BackpackFESTA」(*)のことがずっと忘れられなかったことが大きいですね。
恩田倫孝(おんだ・みちのり)、通称みっちー。1987年生まれ、新潟県出身。慶應大学理工学部卒。学生時代に、「サハラに死す」を読んで極地と冒険に興味を持つ。TABIPPOでは、「旅大学」を運営。男13人のシェアハウスで社会人生活5年間を過ごす。2013年に世界一周へと出発。アメリカの砂漠での奇才フェス「バーニングマン」を旅のスタートに、900kmにも及ぶスペイン巡礼、ブラジルのサルバドールで現地のカーニバルへ参加。全10回の連載を「ordinary」にて執筆。現在は、旅好きが集まるコミュニティ「旅大学」の学長を務め、年間100回近くのイベントを行う。
(*)BackpackFESTAは、世界一周航空券をかけたプレゼン対決や世界中を旅した著名人によるトーク、音楽ライブなどで構成されるTABIPPOが運営しているイベント。「もっとたくさんの若者に旅をしてほしい」という思いのもと、TABIPPOの設立当初、まだ学生団体だった頃から毎年欠かさず開催している。毎年学生1万人を動員。
井手
さくすけ君はどうですか?
さくすけ
僕は、旅を広めたいと思ってたどり着いたわけではなく、居心地の良さを感じて入ったんですよ。
櫻井 啓介(さくらい・けいすけ)、通称さくすけ。1996年、東京生まれ福岡育ち。星空とビール、焚き火とハンバーグが好き。九州大学に通いながら、複数の団体で約50人をまとめる代表兼飲み会担当として活動。TABIPPOでは、2018年に福岡で開催された1500人規模のイベント「BackpackFESTA in福岡」の代表を務めた。現在は大学を休学し、TABIPPOインターンとしてイベントの企画・運営を担当。
井手
というと?
さくすけ
大学1年生の夏休みに、一人で中国を旅行したんです。すると、帰国後に、周りの学生たちと話や感覚が合わなくなってしまって。居心地の悪さを感じ始めました。
ちょうどその時、先輩からTABIPPOを紹介されて飲み会に参加したんです。そうしたら、それがめちゃくちゃ楽しくて。
井手
さくすけ君は、社員さんが一人もいない、学生だけでイベントを運営しないといけない現場を経験しているんですよね。実際にどうでしたか?
さくすけ
僕はTABIPPOに入る前、1年生の秋ごろに、2000人規模のファッションショーのイベントを主催して……、むっちゃくちゃ失敗したんです。 だから、TABIPPOで同規模のイベントを主催すると聞いたときには、正直「もう、いやだなあ~~~」って。
でも、そのときのリーダーが、なんだかワクワクさせてくれたんですよ。ここにいる仲間と一緒にやったら、すげえ楽しいんじゃないかって。
多分、そのときのメンバーはみんな同じ気持ちだったと思うんです。「みんなの顔が同じビジョンに向いている」と肌で感じられたのをよく覚えていますね。
自由に働くのはめちゃくちゃ大変。自律心は、自由の中で育つ
井手
サイボウズには会社としてのミッションがありつつ、豊かな社会を実現するために「個人としても自分の旗を持つことが大事だ」という価値観があります。
その上で、「モヤモヤがあるんだったら、ちゃんとそれを質問しなさい。聞かれた人は、それに対してちゃんと説明しなさい」という教えを守っています。会社の風土として、
「質問責任」と「説明責任」を大事にしているんですね。
TABIPPOさんでも、「ここは絶対に守ろう」と決めていることはありますか?
しみなお
TABIPPOは2010年に学生団体としてスタートし、2014年に株式会社にしました。3人で立ち上げた組織は、約2年間で一気に十数人に増えたんです。そのタイミングで、「社員のみんながバラバラのことを言うようになったな」と感じる瞬間がありました。
そんな時期に読んだのが、サイボウズの青野さんが書いた『
チームのことだけ、考えた。』です。
「人間は理想に向かって行動するものだ」という言葉に感銘を受け、TABIPPOの組織づくりに反映させました。
井手
それは興味深いですね。どのように反映させたのですか?
しみなお
「今の世の中では、どういう組織が成果を上げられるのか」というロジック目線、そして「どういう組織を作りたいのか」という自分たちの理想の目線、その両方を掛け合わせて、4つの組織ポリシーを決めました。
しみなお
さらにそこからブレイクダウンして、8つの行動指針を掲げています。
しみなお
TABIPPOの「役職がない」「上下関係がない」「事業予算という概念がない」などは、すべてこの行動指針や価値観から生まれたものです。 「会社とはこういうものだ」という考えからじゃなくて、自分たちの理想からつくったんですよ。
本質的に大事にしたい価値観を抽出して、会社の価値観として土台をつくる。それを事業や組織に反映している。それが今の組織につながっています。
井手
革新的なことをやろうとして、生まれたのではなく、組織の理想から生まれたんですね。
しみなお
そうやって組織をつくってわかったのは、実は個人にとって、自由に働くのはめちゃくちゃ大変だということでした。
しみなお
実は起床時間、出社時間、やる仕事など、決まっていることを続ける方が楽なんですよね。
こういったことが決まってないと、自分の頭で考えなきゃいけないし、責任感が生じるし、信頼関係も必要になってくる。そして何より、自立していなければいけません。
井手
なるほど。さくすけ君は実際に働いてみてどう感じましたか?
さくすけ
最初は大変でした。「旅をしながら働ける」「むしろどんどんそういう働き方をしていこう」ってことを実行しようとすると、最初は慣れなくて。
入ったばかりの頃は、自分の要望を「言いにくいな」って感じていました。
井手
社会人といきなり働くこと自体が未知なことだらけですから、学生の場合は特にそうなりますよね。
しみなお
学生たちは、言ってしまえば僕らよりもっと自由なんです。ボランティアなんだから、やらなくても構わないわけです。それにサークルとかアルバイトとか、いろんな選択肢がある。
そんな中で、自分の意志で選んで何かをやるためには、そうとう自立しなきゃいけません。
だから、うちの会社に出入りしている学生を見ていると「すごいな」と感じます。「学生でこんなに自立して、行動を起こせるんだ」「チームワークを発揮できるんだ」って。自由の中でこそ自律心は育つものなんですよね。
「なんで社員さんたちはこんなにケンカしてるの?」と
インターン生に言われることも
井手
TABIPPOさんを外から見たとき、どちらかといえば楽しげな会社のイメージでした。実際に自由となると、その分大変なこともあるわけですね。
しみなお
社外から見た時とのギャップには、1年くらい前に気づきました。こういう風に思われるんだなって。
みっちー
インターンの子も、入ってすぐの頃、 「なんで社員さんたち、こんなにケンカしてるの?」って言っていましたよ。
みっちー
一つ断っておくと、感情的になって怒ることはありません。「今この仕事をするのは、ビジョンに紐づいていないんじゃないか」とか、理由をしっかり持って議論しています。
井手
意見をしっかりぶつけ合っているということですね。
しみなお
いつも話し合いや議論での ぶつかり合いは直球ですよ。
さくすけ
ちゃんと裏付けや意図がある話なら、どんな内容でもしっかりと聞いてくれるので、言いやすいんですよね。
みっちー
さっきもさくすけから「メッセンジャーで文章に『~』を使いすぎでうざい」 って怒られましたもん。
しみなお
僕もインターンや社員たちからガツガツ言われます (笑)。もちろん大変なこともあるんですが、言っていい空気感、思ったことを言う雰囲気を大切にしていますね。
個人のビジョンの総和が、会社のビジョンになるべき
井手
お客さんから質問が来ているのでご紹介しますね。
「TABIPPOのビジョンが実現したというのは、どんな状況ですか。例えば30年後会社として何をしているのか、イメージを抱いていますか?」。
こちらはいかがでしょう。
しみなお
これねー……。難しいんですよねえ。
みっちー
具体的に「これが答えです」っていうのは出ないですからね。
しみなお
例えば、現在、日本人のパスポート保有率は4人に1人程度で、約25%。だから、国内のパスポート所持率が50%になったらうれしい。
けれども100%になったとしても、「世の中はもっと旅を通じてこういう風に良くしていける」という、新しいイメージはどんどん出てくる。
なので、僕らの会社にあんまりゴールがあるイメージができないんですね。
みっちー
組織としても個人としても、「旅」が軸としてはあるけれど、メンバーそれぞれが向いている方向は違っていいと思うんですよね。
「個人のビジョンの総和が、会社のビジョンになるべきだ」と思うんです。
みっちー
僕はイベントや場づくりが好きなので、将来的には、不動産や街づくりに関わりたいと考えています。一方、本や雑貨を作りながら、世の中を良くしていきたいと思っているプロダクト系が好きなメンバーもいる。
となると、「将来、組織としてこれを達成する」という共通の到達点がないんですよね。
しみなお
組織も個人も変化していくものなので、働いているメンバーの熱量とか、理想が実現できているのかが大事だと思っていて。 なので、30年後どうなっているのかは、そのとき働いているメンバー次第かな。
井手
将来的に「何をやっているのか」というより、今のスタイルのまま、それがアップデートされていくという感じがしますね。
みっちー
メンバー個人のビジョンの実現がつながって、TABIPPO全体で、旅で世界を素敵にしていくという状態が、僕は心地いいなって思いますね。
チームで大切なのは「自分が何を考えているのか」という情報を整えて発信すること
井手
これまでTABIPPOさんの組織形態についてお話いただきましたが、それってTABIPPOが特殊だからできるんじゃない?と感じる人もいると思うんです。
メンバーみんながより楽しく働くために、既存の組織をどう変えていけばいいのか。変えようという意思はあるけれど、どうしたらいいかわかんないっていうモヤモヤしている方は少なくなさそうなので。
最後にそんな方に向けてアドバイスをいただけますか?
みっちー
自分が社内でやりたいことを意識して、会社に対して「もっとこうしたらいいのに」と考えている人がストレスを感じるのは、自分がほしい情報を得られないことだと思うんですよね。例えば、ほかの事業が何を目指しているのかわからない、とか。
井手
たしかに必要な情報がない状態だと、「こうしたらいいじゃん」っていうアドバイスも意見も出せないですよね。
みっちー
はい。なので、一つの切り口としては、情報をちゃんと整えること。 それはノウハウではなく、「こういうことを考えている」「組織をこう進めていこうと考えている」という哲学や思想を社内で共有できる状態に常にしておくのが重要だと思っていて。
井手
というと?
みっちー
実際に僕がこの1年間、「旅大学」のチームでさくすけと一番意識したのは、「自分が何を考えているのか」という情報を整えて共有することでした。それを意識することでチームが上手く回っているなと、肌で実感しています。
井手
発信することで、情報を整えるんですね。たしかに、自分だけが中で何が行われているのかわからない謎の会議室とかあると、モヤモヤしますよね。
みっちー
そう! 悪口を言われてるんじゃないかなとか、気にしちゃいます。悪口すらすべて教えてほしいですもん。
井手
しみなおさんは、既存組織を変えることについて何かアドバイスはありますか?
しみなお
もしティールやホラクラシーのような、フラットな組織にしようと思うなら、いくつかの要点に気を付けるだけで、すぐできるんですよ。
そのうちの一つは、みっちーがいま言っていたように、情報をオープンにすることです。 情報は権威がある場所に集まりますから、情報がオープンであれば、権威の集まる場所も分散し、必然的にフラットな組織になっていきます。
でも、ティールやホラクラシーなのか、達成型のヒエラルキーがある組織なのかというのは、正直どっちでもいいと思うんです。組織ごとの戦略の話なので。
ただ、それぞれの組織は大きく違うので、メンバーなら「自分がどこに所属したいのか」、経営する側なら「どういう会社をやりたいのか」という思いが大事です。
しみなお
僕らの会社は「受け身で仕事したくない」「主体的に働きたい」っていう思いで集まっているから、言ってしまえばこれはエゴなんです。
それに、僕は性格的にトップダウンの組織をやりたくありません。だから他の社員たちみんながトップダウン経営をしたいと言ったら、代表を辞めるでしょうね。
「今はどういう時代なのか」「これからどういう時代になっていくのか」ということと、自分の思いをすり合わせることが、これからの組織づくりに求められるのではないでしょうか。
執筆:松尾奈々絵/ノオト 撮影:二條七海