仕事を奪うのはAIではなく、「人工知能の使い方を決める人間」だったんです
さまざまなテクノロジーが生まれ、私たちの生活が日々便利になっています。
暮らしの豊かさが増す一方で、「AI(人工知能)やロボットに、いつか仕事が奪われてしまうのでは?」と危惧する声も。
ロボット倫理学の第一人者であるケイト・ダーリング博士は「労働を破壊に導くのは人間であって、テクノロジーではない」としています。
人間がテクノロジーを正しく活用すれば、もっとやりがいのある仕事を見つけられるのでしょうか?
「AIと人間の未来」について、Kintopia 編集長のアレックス・ストゥレが聞きました。
※この記事は、Kintopia掲載記事「AI Won't Take Over Our Jobs―Unless We Design It To」の抄訳です。
労働を破壊するのは人間の選択であって、テクノロジーではない。
もともとは法学を専攻していたんですが、どうにかロボットにかかわる仕事に就きました。
彼女の作品の中心は、テクノロジーそのものではなく社会の変化で、それが私の考え方に近いんです。テクノロジーが、社会のかかわり方にどう影響するかに興味を持っています。
未来の人間は、テクノロジーと調和して暮らしていけるのでしょうか。それともテクノロジーは人類を破壊してしまうのでしょうか。
懸念はありますが、必ずしもテクノロジーそのものに対してではなく、むしろテクノロジーを使う人間がどのような選択をしていくのかが気になります。
同時にテクノロジーの可能性については、とてもワクワクしています。ロボットやAIの設計や融合が話題にあがると、よく「ロボットとAI」が「人間と人間の知能」と比較されるのですが、とても違和感があります。AIの知能は、人間の知能とはまったく違うものですから。
ちょうど「The New Breed」(新たな種)という本を執筆中なのですが、そのなかで「人間とロボットの関係」と「人間と動物の関係」の歴史を比較しています。
生き物にはどの種にも特有のスキルがあり、人間は仕事、兵器、仲間など、あらゆる目的にロボットを利用してきました。ロボットは人間に足りない能力を補う、目標達成のパートナーという位置づけです。
未来におけるAIやロボットと人間の関係性を考えるとき、動物を引き合いに出すほうがよっぽどいいと思います。
動物に代わって機械が登場したときも同じです。AIも同じような変化を引き起こすでしょうか。
過去に登場したテクノロジーと同様に、AIは大きな変化と破壊を招く、革新的なテクノロジーです。
とはいえ、AIが人間の労働力に取って代わるという論調が多すぎると思います。それよりも、資本主義システムのなかで、これまで人間がどのように労働者を捨て駒として扱う選択をしてきたかを考え直すべきでしょう。つまり選択の問題です。
結局のところ、過去に有害な破壊を引き起こしたのは、テクノロジーの使い方を選んだ人間の意思と経済システムであって、テクノロジーそのものではありません。
たとえば人材の再教育や労働者そのものをテクノロジーに置き換えるのではなく、人間の足りない能力を補い、仕事をサポートする使い方を意識することです。
スキルが不要で、厳しく監視される仕事は、将来的に機械に取って代わられる運命にあります。そもそも、労働者をそういった仕事に就かせないようにするのも1つです。
どれも企業や政府が取り組めるものばかりです。具体的な回答にはなっていませんが、破壊の起き方は業界によって違うので、回答も違ってきます。
「ロボットがいかに人間をサポートできるか?」で考えれば、誰もがテクノロジーの恩恵を受けられる
たとえば、イノベーションで大きな利益を上げているシリコンバレーの人たちに、イノベーションに弱い立場にあるセクター(領域)のことを意識してもらうには何ができるでしょうか。
イノベーションで富を得ている人たちは、「俯瞰的に見れば、AIによって創出される雇用もあるのだから、AIが雇用を奪うことはない」とよくいいます。
事実かもしれませんが、AIが新たな雇用を創出する業界は、雇用が奪われる業界とは異なります。
脆弱なセクターに対する意識を高めてもらうには、テクノロジーを設計する側がどんな意図を持って、自分たちが何を作り出そうとしているのか、創造力を働かせる必要があります。テクノロジーの設計は長期的に影響し、人間のモノや空間の使い方や行動にも影響が及ぶからです。
でも、”人間のためにつくられた空間で機能する、より安価で優れたロボット”という限定的な考え方には限界があるんです。そこからもっと創造力を働かせてもいいのではないでしょうか。
考え方によっては、空間そのものをつくり変えることも可能です。さまざまなロボットが利用しやすいように広い空間をデザインすれば、より多くの人間がアクセスできる空間に変わるかもしれません。
ロボットが人間に取って代わるのではなく、いかに人間をサポートできるかをクリエイティブに考えている業界からは、誰もがテクノロジーの恩恵を受けられると思います。
危険な仕事や単調で自動化できる仕事など、人間がやりたくない仕事をロボットに任せたいわけです。
テクノロジーがもたらす破壊のダメージを軽減できれば、こうした仕事をロボットに任せるのは理にかなっています。
人間に危害は加えず、自らを危険にさらすロボット
たとえば、原子力発電所や捜索救助活動など、より高度なリスク評価にAIを活用したり、実際のロボットが人間を危害から守ったりする分野の重要性は高いと思います。
また、意思決定のプロセスから人間を取り除くことで、犯罪の責任も負わずに済むのではないかと懸念しています。
不測のエラーが起きてロボットが戦争犯罪を行った場合、現行法上は誰かの責任を問うことはできません。人間が同様の犯罪をすれば、もちろん罰せられます。
社会を基盤とする既存の法体系は、AIによる破壊に対応していない状態です。その中でロボットが兵器化されるほど恐ろしいことはありません。
人間の能力を補い、サポートするAI
従業員の監視や生産性の向上にAIを使う企業もあれば、人間の能力を補ったり、単純な作業を自動化したりして、人間が創造力を発揮する時間を捻出している企業もあります。
今後、どちらのアプローチが主流になるでしょうか。
よく聞くのは、ATMの導入によって銀行の窓口業務が拡大した例です。単純な依頼はATMが処理し、窓口担当者は広く複雑なサービスに時間を費やせるようになりました。
企業のAIの使い方はさまざまです。従業員がやりがいのある仕事に専念できるようにテクノロジーに投資する企業もあれば、高いスキルを必要としない、低賃金で監視が厳しい仕事に就かせる企業もあります。この2つを同時に行う企業もあります。
すべては「テクノロジーをどう使うか?」という選択の問題であって、不変のものではありません。
要注意なのは、既存のシステムとの統合や労働者への影響を考えずに、テクノロジーを力づくで導入しようとする企業です。
AIには学習データが必要なので、企業にとって観察や監視は魅力的に映ります。
ですが、企業のデータの使用方法については、もう少し配慮が必要だと思います。
「労働者のプライバシーやデータの安全性を度外視して、すべてを監視し、可能な限り多くのデータを収集する」という姿勢は倫理的ではありません。
仕方のないことなのでしょうか。それとも改善の余地がありますか。
たとえば、AIが人間を補うのか、人間に取って代わるのかという話が出たときは、補う方が企業にとって有益だというエビデンスがありました。データ収集となると、可能な限りデータを収集している人に反論するのは難しいんです。
データはテクノロジーの改善に役立ちます。消費者レベルでも、スマートスピーカーに話しかける回数が増えるほど、話者の特性を学習して、性能が上がります。
なので、非倫理的な収集データの活用を抑制するには、政府や規制に頼るしかありません。
AIが持つ精密で多様なスキルを最大限に活用すれば、仕事の構造全体が改善される
規模は大きくないですが、特許庁の事例が興味深いんです。アメリカや日本も含めて、世界中の特許庁では、AIがいかに特許審査官をサポートできるかを模索しています。
ただ「特許審査官全員をAIに置き換える」という発想ではなく、最も難しいタスクである先行技術の検索にAIを活用しています。
審査官は、AIが検索して出した資料が、審査中の特許出願書類に適用されるかどうかを見極めるという、人間が得意とする細かな作業に集中できるのです。
この事例では、人間とAIマシンが作業を分担する、新しくスマートな方法を取り入れたることで、特許制度全体が改善される可能性が生まれました。
AIの技術を展開する時、人間より優れた精度で、人間のどこをサポートできるのかを考えることが大切です。
今は外注されているケースがほとんどですが、今後AIは、昔の電気のような位置づけになってきています。どこでも必要とされ、設置のためにスキルを持った人材も必要になるでしょう。
AIの現状は過大評価されています。チェスや囲碁のような複雑なゲームで、ロボットが人間に勝ったという記事を読んで、私たちはロボットは人間より賢いと思い込んでいます。
実際には、AIの知能は非常に限られています。仮に囲碁を打てる非常に優れたAIが、さらに囲碁に秀でた別のAIを生み出せたとしても、Siriは私たちの質問の半分は理解できないままでしょう。
さまざまな学問と多様性に富んだチームが、社会的に有益なテクノロジーを生む
今、母親たちが使っている搾乳機は、牛の搾乳技術より劣っているんです。
つまり技術開発者が、必ずしも社会全体を代表しているわけではないと。
社会でAIが大きな役割を果たしている以上、若くて高収入の白人男性だけが技術開発に携わっていてはいけません。白人男性が悪いわけではなく、最終的に社会的に有益なテクノロジーを生み出すには、多様な視点が必要なのです。
この点は企業も意識していますし、多様性を重視すべきだと考えています。多様性がより優れた技術開発につながるのは、間違いありません。
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執筆
編集
神保 麻希
サイボウズ株式会社 マーケティング本部所属。 立教大学 文学科 文芸・思想専修 卒業後、新卒で総合PR代理店に入社。その後ライフスタイル系メディアの広告営業・プランナーを経て、2019年よりサイボウズに入社。