社会課題に興味がないから、生みだせる企画がある。伝え方は「委ねる」くらいがちょうどいい──小国士朗×松田崇弥
社会に対して感じている思いを、多くの人に伝えていく──。世の中を動かすためには、「伝える」技術が欠かせません。
ですが100人100通りの生き方や考え方がある現代において、誰かを傷つけず、多くの人に適切に伝えていくことは難しい。そのテーマが「社会課題」といった、実際に誰かが悩み、苦しんでいるものであればなおさらです。
そんな中で、キラリと光る伝え方をされている方々がいます。それは、「注文をまちがえる料理店」「delete C」などの企画を手がける小国士朗さんと、知的障がいのある人々のアート作品をプロダクトに落とし込み、福祉領域のアップデートを試みる株式会社ヘラルボニーの松田崇弥さん。
おふたりとも、認知症やがん、福祉と、社会課題に対するアプローチをされている方々ですが、その伝え方はやさしく、あかるく、軽やかです。
おふたりをお迎えして、現代社会における「伝え方」についてお話を伺いました。
昔は企画を作るのに精一杯で、「伝える」ことまで考えきれなかった
僕はもともとNHKのディレクターをしていたんですけど、まあ「伝わらないな」という実感の方が多かったですね。NHKっていうと、マスに届くイメージがあるかもしれないけど、そんなことなかったんです。
このように、これから社会を変えていこう、作っていこうと思っている世代にはなかなか届かなくて。上の世代の方々は見てくださるんですけど、20代や30代の視聴率が当時は本当に低かった。
僕たちは、これからの社会に対しての課題を伝えたいと思って番組を作っていたので、一番伝えたい層の人々に届かないのは悔しいことでした。
でも、本当に大事なのは、作った「あと」なんですよね。届けるのが一番大事なわけだから。伝わらないことは、存在しないことと同じです。そこを頑張らなきゃいけないんだけど、番組を作っている最中は、作ることで精一杯でした。
だから僕が33歳の時に心臓の病気にかかり、番組制作をやめて、はじめて「伝えること」について向き合えるようになりましたね。
ブランド化した時に、はじめて「伝わった」と感じた
僕には双子の弟がいて、さらに僕たち双子の上には4歳年上の兄がいるのですが、兄は重度の知的障がいを伴う自閉症なんですね。
10歳の時、弟が学校の授業で、「“うちの兄貴を馬鹿にすんなよ”って友だちに言いにいったら喧嘩になった」という内容の作文を書いたんです。
そういう思いを、僕も弟もこれまでたくさんしてきました。だから、伝わらない苦しさは、僕たちの原点にあるのだと思います。
4年前、知的障がいのある方が描いたアート作品をいろんなプロダクトに落とし込み、自社ブランドとして販売したんです。その時に、「これが本当にやりたかったことかもしれない」と思いました。
そのためには、アートや福祉に興味がない人でも、純粋にかっこいいと思える「ブランド化」が必要だった。
だから、ぱっと見た瞬間に「かわいい! ほしい!」と言えるようなブランドが作れた時、理想的な形で世の中に伝えられると思いましたね。
そこに至るまでの過程は、どのようなものだったんでしょうか?
社会課題に興味がないからこそ、生みだせる企画がある
小国さんが作られる企画って、ものすごくカジュアルでチャーミングじゃないですか。「注文をまちがえる料理店」も「delete C」も。
「C.C.レモンのC消してるらしいよ〜」くらいの、こたつでみかんを食べながらする会話に出てきそうなこのラフさって、どういうところから生まれてくるんですか?
よく言われるんですよ。「小国さんは社会起業家ですね」とか、「社会課題が大好物ですね」って。
もちろん、がんや認知症を知らない人はいないと思います。だけど、そのことを四六時中考えてる人って本当に一部。それよりは、今日おいしいもの食べたいなとか、笑えるものないかなって考える人が大半だと思うんですよ。
だから、企画する時は、そんな「社会課題に興味がない自分」でも、「え、何これ?」と思える感覚をすごく大事にしています。
それを見た瞬間に、「何これ!」と、思わず名刺を手に取ってしまいました。そして「そうだ、Cを消そう!」と思いついたんです。
だから、すべてはノリから生まれているんです。それが僕の軽さなのかもしれないですね。
「チーム編成」と「原風景」がとても大事
実際に企画を形にしていく上では、ノリだけでは片付けられない部分があると思いますが、そういったところはどう考えられているのでしょうか。
まずはチーム編成について。企画を形にする上では、「要石(かなめいし)」となる存在がすごく大事なんですよね。地震を起こさないようにする要石のような人。
僕は、社会課題に対してはまったくの素人なので、取り上げる課題についての第一人者の方を、絶対にチームに入れるようにしています。その人がいるからこそ、「これを言ったら誰かを傷つけてしまう」といったラインがわかるので、思いきった表現ができるんです。
たとえば「注文をまちがえる料理店」だと、僕は認知症の施設を取材している時に、実際に「ハンバーグとぎょうざが間違って出てきた」という体験をしているんです。その実際に見た風景が、企画につながった。
やっぱり社会課題の現場って、圧倒的に辛くて厳しい現実の方が多いんですよ。でもその中には、キラッと光る理想の瞬間がある。自分が実際に体験したその理想の瞬間をつかんでグッと引き上げる感覚を、とても大切にしています。
みんな、言いたがりすぎてるんじゃないかって思う
それは「SDGs」だったり、「ダイバーシティ」という言葉だったり。「その通りだよね」って思われる大きい社会の指針があるからこそ、発信にも正解が生まれてしまっているのかなと。
もちろん、それらの言葉や方針が、間違いなく社会を前進させています。でも、思考自体は前進しているのかって聞かれると、そうではないのかもしれない。
映画で、上映前に監督が出てきて「この映画に私が込めたメッセージはこれです。はい、ご覧ください!」って言われたら、冷めてしまうじゃないですか?
なんでも、伝えすぎない方がいいんじゃないかって思うんですよ。……今日のテーマ「これからの伝え方」なのに、いいのかな(笑)。
「注文をまちがえる料理店」も、「寛容な社会をつくろう」なんて一言も言っていないわけです。
大事なのは、「どう問いを投げるか」だと思います。これだけ外部環境が変わりやすい時代に、ワンメッセージ、ひとつのソリューションで生き抜ける気がしません。だからこそ、メッセージを込めすぎず、それよりは、おもしろい問いを投げかけたい。
問いには、いろんな答え方がある。たくさんの解き方が生まれる。それが少しずつ、社会を前身させていくんじゃないかなって思いますね。
企画・執筆:あかしゆか 撮影:高橋団
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執筆
あかしゆか
1992年生まれ、京都出身、東京在住。 大学時代に本屋で働いた経験から、文章に関わる仕事がしたいと編集者を目指すように。2015年サイボウズへ新卒で入社。製品プロモーション、サイボウズ式編集部での経験を経て、2020年フリーランスへ。現在は、ウェブや紙など媒体を問わず、編集者・ライターとして活動をしている。
撮影・イラスト
高橋団
2019年に新卒でサイボウズに入社。サイボウズ式初の新人編集部員。神奈川出身。大学では学生記者として活動。スポーツとチームワークに興味があります。複業でスポーツを中心に写真を撮っています。