身につけたスキルは、時と場所で評価が変わるから──新しいことを学ぶときは「できる」よりも「やりたい」で選んでみる
新しいデジタル技術やITツールによる業務効率化が進み、求められるスキルも変化する今。
自分が培ってきたスキルはいつまで役に立つんだろう? このまま働き続けられるのだろうか?
キャリアを重ねていく中で、ロールモデルが見つからないまま、不安が頭をよぎることがあります。そんなとき、64歳でITベンチャー企業へ転職し、今も現役で働く「kintoneおばちゃん」こと根崎由以子さんに出会いました。
根崎さんは、kintoneユーザーが一堂に会する「kintone hive」で新しいITスキルを身につける喜びをいきいきと語っていたのです。「新しいITツールに触れる高揚感が自分の仕事を支えてきた」と話す、根崎さんのキャリアの歩みを辿ります。
デジタルの草創期に、情報処理の現場へ
根崎さんのキャリアのスタートは1981年。時はバブル前、ワープロやFAX、コピー機などがやっとオフィスに導入され始めた、ノートパソコンもインターネットもスマホもないデジタルの草創期。
そんな時代に根崎さんは、大学卒業後、高速道路の信号機、気象衛星や銀行のシステムを動かす大型コンピュータの情報処理の現場に飛び込みます。
「大学は法学部でした。卒業後は、地元の福岡に戻る予定で就職先も決まっていたんですが、どうしてもワクワクできなくて。東京に残って大学の先生の紹介で潜り込んだんです。選んだ、というよりはそこしかなかった。
文系だったけど、触れてみたらプログラミングがおもしろくて。障害が発生すると、原因を突き詰めるまで徹夜でチームで作業をしていたんですが、原因はここだ! とわかった瞬間も、でかした!と褒められる瞬間も気持ちがいい。毎日が文化祭の前日のようでした」
プログラミングに魅せられた根崎さんは、以来20年間、システムエンジニアとしてアプリケーション開発に従事。その間に、3人の子どもを出産。子育てと仕事を両立するために転職も経験しました。
時代は終身雇用がベースで、男女雇用機会均等法が施行されたばかり。出産後、女性が働き続けることも、転職も今ほど“当たり前”ではありませんでした。
「ワクワクする毎日から離れたくなかったし、出産で仕事を辞めるという発想が私にはなかったんです。働き続けることに迷いはなく、フルタイムで保育園の送り迎えができる会社に転職しました。
当時はプログラマーが少なかったため、ITスキルの資格さえあれば、仕事は見つけやすかったんですね」
初めて転職した会社は、ガソリンスタンド向けのPOS開発をする会社でした。ここで、根崎さんの仕事との向き合い方に変化が起こります。
「取り組む課題の種類が、ガラッと変わった感じがしたんです。大型コンピューターの情報処理は、機械と数字に向き合うばかりで、利用者の顔が見えません。また、大きい規模の組織で働いていると、自分の開発が誰の役に立ってるかわからなくなってしまうんです。
でも、POS開発は売り場に直結するので、現場のユーザーさんと一緒に考えてシステムをつくり上げていく過程が楽しくて。人の顔や言葉を通して感じられる手応えがありました」
キャリアの停滞を切り拓いた、新しいデジタル技術への高揚感
働き始めて10年が経つ頃、バブルがはじけて、勤めていた会社での仕事が激減してしまったという根崎さん。ちょうど3人目の子どもを妊娠中でした。
「仕事が減っていくことへの不安と、生まれたばかりの子どもを預けて働く不安。産んだ後、一体どうなっちゃうんだろう? って途方に暮れました。
でも、友だちに『人生ジタバタしても、どうしようもないときもあるよ』って言われて。どうせなら産んだあとにジタバタしようって開き直ることができました(笑)」
そうして会社でIT雑誌を読み漁っていたときに知ったのが、日本に上陸して間もない「Windows」でした。根崎さんは沸き立つ心に従って行動します。
「大きな波が来た!と感じました。世の中も会社も、自分の働き方も変わっていくような期待感と高揚感でしょうか。いてもたってもいられず、秋葉原を徘徊し、デモンストレーションをやっているお姉さんと仲良くなって情報を聞いてまわりました。
書籍を読み漁って、必死に勉強して、Microsoft認定のトレーナー資格を取得。ふと気づいたら臨月でした。試しに登録していた派遣会社から、産後1週間で、Windowsに関する仕事のオファーの電話が鳴り止まなくて驚きました」
出産後は、以前所属していたガソリンスタンド向けのPOS開発をする会社から声がかかり、再就職。WindowsによるPOSのオープン化を進め、あこがれの欧州にも視察に行きました。
ところが、当時新設された大学などで情報処理を専門で学んだ下の世代の技術力や、ものの捉え方を目の当たりにした根崎さんは、SEの仕事から離れることを決意。
「下克上ですよね。場当たり的に身につけたスキルでは、下の世代に太刀打ちできない。だから足を洗おうって。まったく違う場所に行かないと後ろ髪を引かれてしまうので、地元の美容クリニックに就職したんです。そこでは、ひとつだけあると聞いていたPCに風呂敷がかかっていました(笑)。」
事務職としての転職でしたが、最終的には事務長としてクリニックの運営にも携わります。そのうちに根崎さんの心境に変化が。
「クリニックで縁の下の力持ちになろうと事務職に打ち込んでいたんですが、来院者のデータ分析をやるようになって……。Excelを駆使して、売り上げの予算実績管理をしていくのが楽しくなっちゃって。加えて、インターネットの普及に伴って世の中が変化していく様子を見ていたら、IT業界に戻りたくなっちゃったんですよね」
根崎さんは沸き立つ気持ちに従って、自分がワクワクする方へ舵を切ることに。
「転職を思い立ったのが、50歳直前でした。この時初めて転職の大変さを思い知りました。私がかつて取得した資格やITスキルは時代の変化とともに使いものにならなくなっていたし、5年のブランクがありましたから。なので、ハローワークから専門学校に通って、 JavaScriptとJavaを一から勉強したんです。
そしたらもう、学生に戻ったみたいで楽しくて仕方なかった。
ですが、1か月経った頃に、九州で暮らす父が倒れて急逝してしまい……。その対応に追われているうちに出席日数が足りなくなり、退学になってしまいました」
スキルの評価は時と場所によって変わる。永久的なものはない
それでも、捨てる神がいれば拾う神あり。実家から帰った数日後、以前所属していた会社からの紹介で、連結会計システムのコンサルティングの仕事が決まりました。
採用の決め手になったのは、ガソリンスタンドのPOS後方機開発の経験と、合間にとった「簿記」の資格。思いがけず、過去と現在がつながります。
「皮肉にも、決め手はITの資格ではなかったんですね(笑)まさか、簿記の資格が役立つ日が来るなんて。ほかにも取得した資格の知識が思わぬところで生きる場面がありました。
いま振り返って思うのは、自分の資格やスキルの評価は、時と場所によっても変わるということ。ある時点では無駄だと思っていても、長期的な視点で役に立つこともあるんですね」
キャリアを進めるうえで、ITスキルを中心に、簿記や労務、産業カウンセラーなど、その職種・職場で求められる知識とスキルを身につけてきた根崎さん。
「“新しいもの好き”なので、運良く“旬”になるちょっと前のITスキルを取得できました。もちろんお蔵入りしたものもありますが、とにかくたくさん学び続けたことで、数年ずつ仕事がつながってきました。
ただ、IT分野の資格の賞味期限はどんどん短くなっていって、永久的なものはないと思うんです。現に10〜20年前に苦労して取得したマイクロソフト認定の資格は、いまではとっくに廃止になっていますから。
だからこそ、資格に寄りかからず、目の前の仕事だけでなく、できるだけ外にアンテナを向けて、ワクワクを見逃さないでいたいんです」
学び続ける中で、その姿勢にも少しだけ変化がありました。
「お金のためとかキャリアアップのためと打算的に学んだ資格より、ワクワクするから学びたい! という心に従ったほうが、身につくし、自分を助けてくれる気がします。
だから、ビビッときたら調べて、ワクワクしたら勉強して、仕事に活かしたいと思ったら資格試験に挑戦する。たくさん失敗もしたけど、自分の感覚を優先したほうが結果的にキャリアを拓いてくれると今は確信しています」
「できなかったことが、できるようになる高揚感」が、つぎの目標に導いてくれる
ITサービスのマネジメント、出向先での労務管理に従事。定年を迎え、残る再雇用期間も5年となった根崎さん。その頃に出会ったのが「kintone」でした。
「再雇用期間に入ると、会社での仕事がなくて暇で、こんな感じで再雇用期間の5年を過ごすのかあって悶々としていたんです。たまたま出会ったkintoneに、秋葉原でWindowsに触れたときと同じ衝撃が走って。
そこから業務改善の小ネタを見つけてはアプリをつくりました。kintoneに触れると、昨日できなかったことが今日できる高揚感があって。夢中になって時間を忘れます」
「いまは、ITをつかった業務改善や、ツールの活用法を学び合うために、全国のkintone cafeを訪ねるのが趣味です。先週は山梨、その前は関西と九州に行って、次は三重へ。同じ熱量で活用法を教え合える仲間がいるから、居心地がいいんですよ」
根崎さんは発信力、提案力と人を巻き込む力を身につけて、もっとできることを増やしていきたいと意欲を燃やしています。
「ジョイゾー副社長の琴絵さんは、そのすべてを兼ね備えていらして、嫉妬するくらいあこがれちゃいます。全国を飛び回って、その場でパソコンを広げて問題を解決する姿をみていると、かっこいいなあって。あこがれは下の世代に抱いてもいいですよね。あこがれるのも、ロールモデルにするのも、老若男女は関係ないですよね。
『やりたいけどできない』を『できないけどやりたい』に変換して、やりたい気持ちをあきらめたくない。次は喜寿でのkintone hiveの登壇を目指しています(笑)」
下の世代にかなわないと一度は自分のやりたい気持ちに蓋をした根崎さんはいま、下の世代にあこがれを抱き、「できないことが、できるようになる」高揚感に身を包みながら、新しいツールの習得に挑戦し続けています。
たとえ身につけたスキルが古くなったとしても、学び続ける姿勢と意欲を絶やさずにいれば、きっと働き続けることはできる。そんな希望を見せてくれました。
企画・取材:神保麻希/執筆:徳瑠里香/撮影:もろんのん
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執筆
撮影・イラスト
もろんのん
明るくポップな世界でトラベルや人物撮影を行うフォトグラファー。雑誌Hanakoで、『#Hanako_hotelgram』のシティホテル連載、『弘中綾香の純度100%(写真)』担当。
編集
神保 麻希
サイボウズ株式会社 マーケティング本部所属。 立教大学 文学科 文芸・思想専修 卒業後、新卒で総合PR代理店に入社。その後ライフスタイル系メディアの広告営業・プランナーを経て、2019年よりサイボウズに入社。