AIによる「新人不要論」は本当か?
AIの目覚ましい発展により、仕事の進め方が大きく変化しています。中でも議事録作成や情報収集などの作業はAIに任せることが当たり前になってきました。「雑務はAIに頼めるから、新卒採用を減らそう」と判断する企業も増えています。
そのような中「AIがあっても新人は必要」だと考えるのは、Web制作会社ベイジで代表を務める枌谷力さんです。
自身もAI活用の最前線に立ちながら、経営者として組織運営や採用・育成にも向き合ってきた経験から「AIがいくら発展しても、新人の仕事すべては代替できない」「AIによってむしろ育成コストは下がる」「組織の新陳代謝のために新しいメンバーは必要」と話します。
「AIによる”新人不要論”」の是非について寄稿いただきました。
新卒採用削減がトレンドに
「AIの進化によって新人はもう不要だ」という言説を見かけるようになりました。
SNSだけでなく、顧客や知人の企業からも、「今年は採用を絞る」「即戦力の経験者だけにする」「新卒の採用は今年は見送る」という採用方針を耳にすることがあります。それは、1社や2社ではありません。こうした動きは私の周囲だけではなく、日本市場全体のトレンドにもなっているようです。
新卒採用「減らす」23% 5年ぶり「増やす」上回る(共同通信社)によれば、前年度実績より新卒採用を「減らす」と回答した企業は1年前の前回調査から11ポイント増加しており、「増やす」と回答した企業を5年ぶりに上回ったそうです。
このような、新卒採用削減のニュースは、意識していると毎日のように目にします。
「新人不要」「新卒不要」のトレンドは、AIの震源地である米国で一足先に始まっており、こうした変化を示唆する調査データも出そろい始めています。
たとえば、シリコンバレーのVCであるSignalFire社の2025 State of Talent Reportによれば、
大手テック企業の新卒採用は2023年比で25%減、コロナ前の2019年比で50%以上減少し、採用全体における新卒採用の比率は、15%から7%まで落ち込んでいる
とあります。これは2020〜2022年の低金利・過剰採用の反動が大きいとされていますが、一方でAIによる定型業務の代替も一因として挙げられています。
もちろん、これらがすべて「AIだけのせい」とは断言できません。ただ少なくとも現時点では、新卒や未経験者の「最初の一歩」の門が狭まるトレンドが世界的に進行していると解釈する方が自然でしょう。
AIの進化が予想を超えるペースで進む中、経営環境の先行きの不透明さが増し、経営の舵取りはさらに難しくなっています。
特に日本では一度採用したら簡単には解雇できないため、「育成コストが高い新人の採用は控えたい」「AIをフル活用すれば新人の代わりになるだろう」と考えたくなる気持ちも理解できます。
しかし私は「AIによって新人は不要」と判断するのは早計ではないか、と考えています。理由はいくつかあります。
新人が不要に思えるのは、上司に業務設計力がないから
確かに、AIの進化によって、議事録の作成、打ち合わせ日程の調整、会議資料の作成など、かつて新人が担当していた業務の多くは、AIに任せられるようになりました。
それでも私が「新人不要論」に疑問を感じるのは、「本当に、新人のすべての仕事をAIが代替できるのか?」と思うからです。
AIが学習、あるいは引用するデータの多くは、インターネット上にある情報です。厳密には、書籍やコード、論文なども学習に使われています。
これに近年は、外部ツールを連携したり、ローカルデータを読み込ませたりする機会も増えています。つまり、インターネット上に情報がなくても、社内にデータがあれば、AIに取り込んで活用できるわけです。
このような状況を考えると、「もう何でもAIでできるじゃないか」となおさら思うかもしれません。
しかし、自分の仕事を細かく分解してみると「AIに任せられないけど、自分自身でやらなくてもいい仕事」も多いことに気づくはずです。インターネット上の情報だけで片付かない、そもそもデジタル化ができない、かつ、誰かに任せられる仕事です。
たとえば、顧客側の複数のステークホルダーに対する関係づくり。スキルが高い上司や先輩は通常、顧客側のキーマンと向きあうことに集中せざるを得ません。しかし顧客側にも、キーマンを支える担当者、関連部署の若手など、複数の関係者が存在します。
新人がこうした関係者や関係部署と接点を持ち、素早い情報共有や定期的な連絡をしておくことは、それが難易度の低い軽微な仕事であったとしても、積もり積もってプロジェクトの安定性につながるはずです。
上司の仕事の多くがAI化できたとしても、複数の生身の人間と同時に関係を深めることには物理的な限界があるため、新人がいればお願いしたい領域になるはずです。
また、仕事をしていれば、想定外で緊急性は高いが、高いスキルを求められない事象が発生するでしょう。たとえば、急な来客対応、突発的なトラブルの一次窓口、関係部署からの飛び込み相談など。
これらは予測できないタイミングで発生するため、AIで先回りして処理することができません。上司が重要度・難易度の高い業務に集中して動いている間に、こうした軽微な割り込み仕事を新人が引き受けることで、チーム全体のパフォーマンスが落ちることを防げるのではないでしょうか。
これらはどれも「AIに任せられない仕事」であると同時に、「新人だからこそ担いやすい仕事」でもあります。
細かい仕事にまで手を回す余裕がない上司に対して、新人が間に入って引き受けることで、チーム全体のコミュニケーションは滑らかになり、新人本人にとっては、業務知識・ドメイン知識・人脈・社内の力学を肌で学ぶ機会になります。
これらがAIに置き換えられないのは、技術的限界というよりも、仕事の構造的性質によるものです。AIがどれだけ進化しても、現場で人に話を聞き、関係する人々に伝える、という振る舞いは、人間がやるしかない領域として残り続けます。
見方を変えれば、業務の解像度が低く、分解して考える力が乏しい上司ほど、「新人に任せる仕事がない」「AIで足りる」と短絡的に考えてしまうと言えます。こうした人はおそらく、AIがなかった時代は「人に任せるのが下手な人」だったはずです。
「AIに代替可能な業務」に、たしかに新人は不要でしょう。しかし冷静に考えれば、多くの人たちの仕事は、AIで代替可能な業務ばかりではないはずです。
AIがあれば育成コストは下がる
AIによる「新人不要論」を唱える人の中には、「新人でも担当できる軽微な仕事はAIができるので、新人は足手まといになるだけ」「新人を育成すること自体が無駄な仕事」という前提があるように思います。
しかしこれも、少なくとも現時点では、AIの可能性を矮小化したモノの見方ではないか、と感じるところがあります。
というのも、AIを使うことで、新人をいままでよりもスピーディーに即戦力化させることができるようになっているのでは、と感じることが起きているからです。
たとえばベイジでは先日、若手コンサルタントに、Claude Codeを使ったコンサルティングの仕方を教える機会がありました。
ニッチなBtoB企業のサイトリニューアルを題材に、データの管理方法、ファイル構造の作り方、プロンプトの入れ方、調査や資料といったアウトプットの作り方、案件のステータス管理、そして壁打ちなど、AIを使う際のコツを概念から伝え、自分自身で考えて応用できるようにと、約1時間半のレクチャーを行いました。さらにそれらをSkill化して提供し、日常業務ですぐに活用・応用できるようにしました。
そのメンバーは、まだ入社して1年ほどであるにもかかわらず、その案件で期待以上の飛躍的な活躍をしてくれました。本人にも自覚があり、「AIの使い方を教わったことで、自分の実力の2~3倍の仕事をこなせている実感がある」とうれしそうに話していました。
この例のように、AIが登場したことによって、新人をこれまでより早く戦力化することが可能になっています。仕事を分解し、AIに任せる部分と人が担当する部分を切り分け、必要なAIの知識やスキルを教えれば、こうしたことも可能なのです。
ただし、このようなAIを使った育成を進めるには、業務を教える側のスキルや知見が必要なのは言うまでもありません。
つまり、先ほどと同じように、業務設計力が低い上司では実現が難しいでしょう。この話も、AI×新人の話というより、新人を迎え入れる上司側の能力の問題というわけです。
教える行為が、上司や先輩の成長機会になる
新陳代謝のない組織は、停滞する。
これは経営をしていると痛切に感じる真理です。同じメンバーが、同じ環境で、同じ仕事をし続ける。新しい視点が入らない。景色が変わらない。そうして、既存社員のモチベーションが徐々に下がっていく。
すべての組織がそうなるとは言い切れませんが、長く同じ顔ぶれが続く組織には、こうした停滞した空気が漂うリスクがあります。
新人とは、単に軽微な仕事をこなす要員ではありません。新人は、既存の社員に新しい視点や刺激をもたらします。既存社員には「先輩として手本にならなければ」という自覚が生まれ、それが仕事のやりがいにもつながります。
重要なのは、人に教えるという行為そのものが、教える側の成長機会になり、市場価値になる、ということです。
自分が何となくやっていたことを、新人に伝えるために言語化する。質問されることで、自分の理解の浅さに気づく。
有名なデイビッド・コルブの経験学習理論では、内省と概念化を経て学びが深まるとされますが、新人を育てるプロセスは、この内省と概念化を急速に推し進めます。まさに既存社員にとって、経験学習の場になるわけです。

デイビッド・コルブの経験学習理論を、新人育成に当てはめた図。新人を育てるプロセスが内省と概念化を加速させる
また、社会心理学的な観点で言えば、「できない人ができるようになるストーリー」がある組織は、社員の自己効力感やモチベーションが高まりやすいと言われています。
これは「代理経験」と呼ばれているもので、「自分と似た立場の他者が成功する様子を観察することで、自分にもできるという確信が強まる」という心理効果です。
未熟に思えた新人が成長する様を目の当たりにすることで、仮にその目撃者が経験者であっても、いまの自分や自分の若い頃との構造的な類似に共感を覚えて、「自分もやれる」「自分も頑張ろう」という自己効力感が高まる。新人を迎え入れる組織には、そんな力があります。
「新人を入れない」という選択は、短期目線の業務効率の観点では一見正解に思えますが、長期目線で見た時に、組織を緩やかに弱らせるリスクもあるわけです。
もちろん、もともと新人がいないベテラン専門職だけのチーム、少数精鋭の経営方針を貫いている組織なら、無理に新人を入れる必要はないでしょう。
しかし、これまで新人が定期的に入ってくることが当たり前だった組織が、AIをきっかけに突然新人採用を止めてしまうと、いま述べたような弊害が、数年後に表面化してくる可能性もあります。
これは、安易な新人不要論に対して私が反対するもっとも大きな理由です。
新人はこれまで通りでいい、という話ではない
ここまで、新人不要論に対する私の反対意見を述べてきましたが、もちろん、新人がこれまでと同じ姿勢のままでいい、とは考えていません。
軽微な仕事の多くはAIで片づくようになりました。あるいはこれからはなくなる可能性があります。
だからこそ、新人には、新人ならではの価値を上司や組織に示すことがより一層求められます。それを示せない新人は、まさに「AIの方がいい」と言われてしまいかねません。
しかしここでも、その主導権を握っているのは、上司や会社です。なぜなら、「新人ならではの価値」は、新人本人では自覚しにくいためです。経験が浅いがゆえに、自分の何が組織にとって価値なのかを、自分の言葉では捉えられない。
だからこそ、ここで上司や先輩は、新人に求めることをきちんと言語化し、伝える必要があります。何を期待しているかを伝えないまま「最近の新人は……」と嘆くのは、業務設計の手抜きと同じくらい、上司側の怠慢になります。
では、上司や先輩が「新人に求めること」とは何か。私は大きく3つあると考えています。
一つは、組織を明るくする所作や態度。誰よりも元気にあいさつする。素直に仕事を吸収する。教えたことを確実に覚えて、次に生かす。
こう書くとAI時代どころか昭和の精神論のように聞こえるかもしれません。しかしAIが発達した時代だからこそ、人間にしか出せない人間性の部分が、相対的に価値になりやすいです。
新人の素直さや前向きな姿勢は、教える側の意欲を引き出し、職場全体の空気を明るくします。一生懸命勉強をし、成長する様を見ることは、周囲の人にとっても喜ばしい体験になります。先ほど述べた「できない人ができるようになるストーリー」を組織内に作り出すのも、新人の役割です。
もう一つは、新人ならではの視点を捨てないこと。経験不足の自分が口を挟んではいけないと言葉少なになるのではなく、「なぜこうなのだろう?」「もしかしたらこうなのでは?」という素直な疑問を、きちんと上司や先輩に伝えること。
組織はどうしても前例踏襲になりがちで、AIが用いるデータも組織における過去の成功体験の影響を色濃く受けます。しかし、仕事の前提や環境は常に一定ではなく、明確な正解があるわけでもないため、先輩やAIが導く解が適切でない可能性は、常に存在します。
ここに刺激を与えられるのは、組織のしがらみに染まっていない、新人の視点です。新鮮な見方や素朴な意見を伝えてくれる新人は、その組織の中で、きっとAIでは代替できない存在になるでしょう。(もちろん、新人が発言しやすい環境や風土を作るのは言うまでもありません)
さらにもう一つは、AIを駆使して、業界知識やツールの使い方といった基礎スキルを高速で身につけ、本質的な業務に早く入っていこうと努めることです。
かつてなら数年かけて覚えたような基礎を、短期間でキャッチアップできる時代になりました。この時間圧縮の機会を貪欲に生かして、急成長してくれる新人は、組織にとって極めて頼もしい存在になります。
裏を返せば、以下のような新人は、新人としての価値が低く、企業には「不要」と思われてしまうリスクが高まります。
- 自分はまだスキルも経験もないからと受け身でいる
- 教えてくれないから分からないと、自分からは情報や知識を取りに行かない
- 会社が育ててくれるはずと、育ててくれるのを待つ
- 明確に言われた仕事だけやればいいと、最低限の仕事だけで済まそうとする
- あいさつや飲み会なんて面倒だと、組織文化や人間関係に消極的な態度を示す
- 会社や上司のやることを常に斜めから対立的に見てて、非協力的
これからの時代、こうした新人はますます評価されにくくなるでしょう。軽微な作業はAIで片づきます。その上で新人にしか出せない価値が見えなければ、その新人を抱えておく理由が見出せなくなります。
日本は少子化で、新卒採用は売り手市場と言われていますが、これから新人と競合するのは、優秀な同級生ではなく、AIになるかもしれません。新人だから歓迎される、優しく教えてくれると思わず、自分自身の価値を、きちんと会社に対してプレゼンテーションする必要に、いままで以上に迫られるでしょう。
そして上司や先輩、会社の側もまた、業務内容だけでなく、新人としての心構えのようなことも含めてきちんと言語化し、伝えていく責任を、これまで以上に問われています。
執筆:枌谷 力 企画・編集:山本悠子(サイボウズ)
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執筆
枌谷 力
Web制作会社 ベイジ代表。大阪出身。1997年にNTTデータ入社。2001年にWebデザイナーに転職。2007年にフリーランスとして独立した後、2010年に株式会社ベイジ設立。
編集
山本 悠子
新卒で大手メーカーで勤務したのち、2016年にサイボウズへ入社。製品プロモーションやWebディレクションの経験を経て、サイボウズ式編集部に。組織づくりや働き方に興味があります。
