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知ってるようで知らないPTAの仕組み──コデラ総研 家庭部(44)
テクニカルライター/コラムニストの小寺信良さんによる「techな人が家事、子育てをすると」というテーマの連載(ほぼ隔週木曜日)の第44回(これまでの連載一覧)。今回のお題は「知ってるようで知らないPTAの仕組み」。
文・写真:小寺 信良
これまで本連載は、男が家事をやるに際してのあれこれを語ってきた。だが家族が幸せに暮らすということは、ただひたすら家庭内を切り盛りしていけば成し遂げられるわけではない。地域社会の一部として住まいがあるわけだから、内政だけでなく、地域に対する外交も必要になる。
子供が大きくなれば、必ず「学校」という外の巨大組織と接触を持つことになる。家事と子育ては分離できないのだから、当然学校や地域社会との付き合いも、家事から分離できない。家事を引き受ければ、当然そういうものもセットで付いてくると考えなければならない。今回からしばらく、現代の家庭が学校や地域社会と、どのように繋がっておくべきかということを考えてみたいと思う。
PTAとは何か
学校に子供を行かせると、ほとんどの保護者はPTA活動に否応もなく巻き込まれていくのが常である。我々が子供のときから、自分たちの親もそうだったはずだ。どこの学校にも当たり前に存在する組織なので、恐らくそれが一体何なのか、改めて誰かに教わったりという機会もないままになっていることだろう。
PTAは、戦後すぐにGHQの指導で立ちあがった組織だ。GHQは民主主義を定着させ、統治しやすくする目的で、学校教育をコントロールしようとした。しかし日本のPTAはそれに反発しながら、先生と保護者が共同で子供たちの教育や学習、校内環境の再建を、日本独自のルールでやってきた。
小学校と中学校のPTAは、公益社団法人 日本PTA全国協議会、略して日本PTAが頂点にある。高校のPTAは、一般社団法人 全国高等学校PTA連合会というのが頂点だ。ただしこれらは公立校の組織で、私立校はまた別の組織がある。
こうしてみると、皆さんの学校のPTAも全国組織化されているように思われるかもしれないが、実は違う。日本PTAを例にすると、各学校にあるPTAは、学校ごとに単体で存在する任意団体である。これが都や市など地域ごとに代表者を送り、PTA連合会という地元組織を作る。
実はPTA組織は、ここまででいったん切れている。この市や地域の連合会が、さらに県単位、政令指定都市ごとに代表者を送ってまとめられるわけだが、ここから上が法人としての日本PTAの構成員となる。つまり日本PTAとは、60数名しか正会員がいない。学校のPTAに参加しても、日本PTAの会員になるわけではないのである(図1)。
したがって地元のPTAに対して、日本PTAが直接あれをやれとかこれをやれと言うことはない。そういう権限がないのである。ただ、お願いベースで協力してくれないかということはありうる。それが上組織から順々に降りてくる間に、いつのまにか「やれ」に変わっていることもある。
一方学校単位PTAの中には、どこの上組織に属さず単独で活動しているところもある。ちゃんと調査されたことがないし日本PTAも資料を公開しないので正確な数は不明だが、東京都が一番単独のPTAが多いと聞く。
つまり学校単位のPTAは、何をやれと上から指示されるわけでもなく、自分たちで活動内容を決めていい、自由な組織なのである。なのだが、いざ役員になってしまうと、少なくとも前年同様か、それ以上の活動をやらないといけないというプレッシャーを感じて、つい頑張りすぎる人も多いようだ。
PTA活動に関してもっともよく聞かれるトラブルは、入学と同時に強制加入させられたという話である。単位PTAはただの任意団体に過ぎず、加入に強制力はない。しかも強制加入などは憲法で保証された「結社の自由」に反する。結社の自由とは、団体への加入の自由だけでなく、団体へ加入しない自由も同時に保証しているからである。役員になった人も、学校のPTAとは何なのかをよく理解しないで、自分たちには権限があると思い込んでいるケースもあり、なかなかやっかいだ。
ただ、子供の登校時の通学班編制などをPTAが担っていることもあり、加入しないと不便なことも起こりうる。よほど忌み嫌う理由がなければ、入っておいたほうが物事が円滑に進むという組織なのである。
PTAの何が問題か
ここから先は、各学校のPTAによって組織がいろいろ違うため、なかなか一般論にはなりにくい。とりあえずうちの小学校のケースを書いておく。
うちの小学校のPTAは、10名程度の役員からなるPTA本部と、専門の目的を持った4つの委員会から構成される。本部役員は立候補か、推薦によって納得した上で就任する。一方委員会のほうは、各クラスから保護者4名が立候補または抽選によって選出され、どれかの委員会に入るという形だ。
逆に言えば、希望しても4名しか委員になれないので、希望者多数の場合でも抽選となる。原則的には6年間のうち1回は何かの委員になっていただきたいというのがルールになっているが、立候補したのに抽選に外れ続けて一度も委員になれないというケースも起こりうる。
ただ実際にはほとんどの保護者がPTA活動はやりたくないと感じており、委員の抽選は罰ゲームの様相を呈してくる。そんな状態で委員になっても、活動のクオリティやモチベーションは上がらない。
ではなぜ多くの保護者がやりたくないと感じているのか。それは各学校のPTA組織が、保護者の労働力を「無償かつ無尽蔵」と見積もってやれていた活動内容を、いまだに継承しているからである。昭和30年代〜昭和50年代ぐらいまでのような、ほとんどのお母さんが専業主婦であった時代から方法論が変わっていないのでは、無理が出るのは当然だ。
内閣府男女共同参画局の調査によれば、夫婦共働きが定着したの平成3年から平成10年ごろ。それ以降は専業主婦はどんどん減り続けている(前出調査の「I-2-9図」)。
また年代別の女性の労働力率を見ると、結婚して子供が小さいうちは多少減るものの、子供が小中学生になる40代〜50代では75%程度と結婚前に匹敵する率となる(同「I-2-1図」)。労働力率とは「就業者+完全失業者」で、労働意欲がある者の比率を指す。
つまりお母さんを4人捕まえても、そのうち3人は実際に仕事を持っているか、持ちたいと思って求職しているという状況の中、「無償かつ無尽蔵」なボランティアが求められるため、たった1年でその人の能力を消費しきってしまう。
では何が必要か。やるべきことは、大鉈を振るっての活動の合理化である。すなわち、我々オッサンの出番だ。(つづく)
本連載では、読者の皆さんからの、ご意見、ご質問、とりあげて欲しいトピックなどを、広く募集しています。編集部、または担当編集の風穴まで、お気軽にお寄せください。(編集部)
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