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「十蘭ラスト傑作選(河出文庫)」──techな人にお勧めする「意外」な一冊(8)
tech@サイボウズ式のアドベントカレンダー企画、techな人にお勧めする「意外」な一冊の8日目。八田 真行さんのお勧めは「十蘭ラスト傑作選」(久生 十蘭、河出書房新社)。八田さんと最初にお会いしたのがいつだったか記憶が定かではないのですが、日本の最年少Debian Developerとして、だったと思います。たぶん、1999年か2000年ごろ。(編集部・風穴)
文:八田 真行
久生十蘭「十蘭ラスト傑作選」(河出文庫)
一応今でもハッカー見習いのつもりなのだが、最近は技術より、知的財産権がどうとかこうとかという話に巻き込まれることが多い。で、以前著作権延長問題に関するシンポジウムに出た際、こんな話をした。
久生十蘭という作家がいる。今はほとんど忘れ去られているが、素晴らしい作家だ。私は青空文庫で彼のことを知った。以来夢中になり、著作を探しては買い求めている。著作権が切れて青空文庫に入らなかったら、私は十蘭のことなど知らなかっただろうし、本も買わなかっただろう。徒に著作権を延長しても、著作権者には何も良いことはない。著作は死蔵され、作者は忘れ去られるだけだ。
そのときたまたま会場にいらしたのが先日亡くなった青空文庫の主宰、富田倫生さんで、富田さんは私の発言を大変喜んでくださった。「長編の『魔都』がもうすぐ青空文庫に入るんです。傑作ですからぜひ読んでください」と、目を輝かせておっしゃっていたのを今でも覚えている。
実際「魔都」も優れた作品だが、私はこのところ、河出文庫から「コレクシオン・ジュラネスク」と銘打って7冊出た傑作集を繰り返し読んでいる。その7冊とは「久生十蘭ジュラネスク 珠玉傑作集」「十蘭万華鏡」「パノラマニア十蘭」「十蘭レトリカ」「十蘭錬金術」「十蘭ビブリオマーヌ」、そして最近出たこの「十蘭ラスト傑作選」で、これで完結となるらしい。
短編や中編を集めたものだが、どれも甲乙つけがたい。「フィクションとしての小説というものが、無から有を生ぜしめる一種の手品だとすれば、まさに久生十蘭の短編こそ、それだという気がする」と述べたのは澁澤龍彦だが、どんな題材、どんなジャンルでも小説的技巧の粋を尽くして「読ませる」作品に仕上げてしまうその手つきは、手品というより、むしろ卑金属から黄金を生み出す錬金術師のそれに近いようにも思う。
「十蘭ラスト傑作選」に所収の作品では、なんと言っても冒頭の「風流旅情記」にとどめを刺す。あまり書くと未読の方の興を削ぐことになるだろうから適当にぼかすが、従軍経験のある十蘭らしい、ユーモラスながら細部の描写に冴えのある導入から、怪人と敵戦闘機との迫力溢れる一騎打ちというご馳走を挟み、そして全く予想外な形で、圧倒的なラストが訪れる。読む者は唖然としながら、この中編の題名が確かに「風流旅情記」、センチメンタル・ジャーニーでなければならない理由を悟ることになるのである。
なにせ半世紀以上前に亡くなった作家なので、言い回しなど古びた部分は確かにある。しかし、彼のスタイリッシュな文章に宿る「小説の力」自体は不滅だ。知らないのはもったいない。ぜひ読んでみていただきたい。(了)
八田 真行さんのプロフィール:
1979年生まれ。東京大学経済学部卒、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。経営組織論、経営情報論、法と経済学を専攻。(財)知的財産研究所特別研究員を経て現在は駿河台大学経済経営学部専任講師。1998年ごろよりフリー(自由)ソフトウェアおよびオープンソース・ソフトウェアの開発や文書の翻訳に参画。GNUメンテナ、Debian公式開発者。
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