多様な意見を言い合える会社にしないと、多分死ぬ──雑草チーム・サイボウズのダイバーシティ経営を滋賀県の嘉田知事と語る
全国で5番目の女性知事である嘉田由紀子氏が、サイボウズ社を訪問。社長・青野慶久と多様性を活かす経営について語り合った。グローバルエリートに比して雑草チームともいえるサイボウズが、いかに多様な働き方を実践し、社員の強みを引き出しているのかを明らかにする。
反対意見もウェルカム
以前、嘉田さんが「カンブリア宮殿」(TV番組)に出られたのを見て、すごく感銘を受けました。
2006年ですね。
新幹線の新駅について「合理的に合わないものは要らない」と言うのかと思ったら、「いや気持ちは、わかるのですよ」「民主主義なのでいろんな意見がありますが、皆で考えればいいじゃないですか」といったお話をしていて、懐が深いなと思いました。僕は、2005年に社長になりました。それまでは、リーダーは自分が決めたことを皆にやらせるというイメージがあり、ずっと敬遠していたのです。ところが嘉田さんのお話を聞いて「いろんな意見を認めるリーダーシップもあるのだな」と。「反対意見もウェルカムだ」と。
もちろんです。
あの感覚が僕にはずっと印象に残っていて陰ながら応援させていただいています。心の中だけで失礼ですけど。
いえ、そんな。7年も前のテレビ出演を覚えていただいているなんて。
仕事を見える化し市場性で評価
青野さんは、どういうお考えを持ちながら会社を作られてきたのですか?
サイボウズは、IT企業です。土日も惜しまず寝ずに働き、終電は当たり前。そういう価値観で出発した会社でした。今のサイボウズの働き方からは想像できない感じです。組織で使うグループウェアという情報共有ツールを作っています。会社だけでなく外出先や家からでもアクセスできるものなので、働き方を多様化できます。
評価はどうするのですか?
結構悩みながらやっています。会社に来ていると仕事をしたという気持ちになりますが、実際はどこまで仕事をしているかは怪しいです。上司がどこまで確認しているかも分かりません。やはり、何の成果を出したのか、何がどこまで進んだのかは、見える化をしないといけませんので、家で働いても会社で働いても同じです。
仕事の見える化ですか?
はい。「今日の私のスケジュールはこれ。今日やったことはこれ。私の意見はこれ」と、グループウェア上でどんどん情報共有されるので、そこを見ているだけで誰がよく働いていて、誰の意見がよく支持されていて、誰の成果物がよく参照されているかがわかるわけです。
情報共有ツールが自分たちの評価体系のツールになっているのですね。
なっていますね。今ですとクラウド化されているので、時間や場所もあまり関係ないです。純粋に活動成果を皆で分かち合えます。
給料の決め方はどうしていますか?
一番参考にしているのは、社内でどうとかではなくて、この人が転職したらいくらもらえるのだろうということです。転職市場に合わせておかないと離職が起こります。もしくは、外に行ったらもっと低い給料になってしまうから、既得権益者として社内にいる。外から入ってくる人にとっては迷惑な話なので、市場性を見ています。
働きたい働き方があるのであればやってみよう
離職率が2005年は28%だったのが、2012年には4%に下がったそうですね。
下がりました。根底にはポリシーがあります。より多くの人がより長く働ける会社にしようというのを決めました。多くという意味は、男性も女性も、外国人も、長く働く人も短く働く人も、この会社のビジョンに共感するのであればいろんな人が参加できるようにしたいです。その人たちが長く頑張ってくれれば、上手くいくはずだというポリシーです。同じ顔をした人を何万人も集めようという話ではありません。みんなそれぞれ働きたい働き方が違うから、それを受け入れ、実現できるようにと一歩一歩制度を作ってきました。
一人ずつは皆、違う事情を抱えています。子どもがいたりとかいなかったり、介護の親を抱えていたり、体が弱かったりといろんな都合がありますね。それを認めてあげようということですか。
もちろん全部はできないです。その人が働きたい働き方があるのであれば、なんとか実現できないかとやってきました。経営者が勘違いするのは、「多様な働き方を認めて高い給料を出していたら、会社が持たないでしょ」ということです。しかし働き方に応じた給料を出していれば、会社にとっては負担でも何でも無い のです。
育休で不景気の根本原因に目覚める
青野さんはなぜ育休を取ったのですか? 奥様はどういう仕事をしているのですか?
もともと育休を取るつもりはありませんでした。妻は団体職員として働いています。子どもを作るかどうかも妻任せで、子育ては妻に「よろしく」と思っていました。基本的に僕は仕事が全てだと思っていたのです。縁あって、育休をとった文京区の成澤区長に「会社の宣伝になるよ」と育休を勧められ、僕も「仕事のためなら体張って育児するわ」と思い、育休を取りました。
育休を取って、気づいたことはありましたか?
自分に父性が備わっていることに気がつきました。それまで自分は子どもが好きと思ってはいなかったのですが、どこの子でも子どもは可愛いなとパパスイッチが入りました。大変さにも気づくこともできました。トイレに行くのも不安。その間に子どもがゴロゴログテーンみたいなことになったらいけない。ダッシュで行ってダッシュで帰る。これは大変だと。24時間365日休みはない。これを女性一人に押し付けるのは、いかがなものかと。だから少子化が止まらないのだろうなと。育児家事を手伝わない男性の家庭は、第二子が生まれないというデータが出ています。
夫の家事・育児時間が短いほど、第二子以降の出生割合が低くなるという相関関係が、厚生労働省の調査で明らかになっていますね。
僕らは商売人ですから、人が減ると困るわけですよ。いろんな会社の経営者を見ると、ちゃんと育児に向き合った経営者はほとんどいない。なぜかというと家庭を顧みなかった人が出世する仕組みだったからです。
会社だけでなく、政治家も。行政のトップも。
子育てに必要な政策が何かを彼らに分かるはずないですよね。「あ、なるほど日本はこうやって沈没していくのか」と。あと十年は続くと僕は思っています。
多くの人が、直接自分の商売に結びつくと思わないですものね。「人口が減るなら海外に売りに行ったらええやろ」と思うけれども、結果的には経済がシュリンクしてきていますよね。
外に向いて行くということは、外から売り込まれるということですからね。早く人口ピラミッドを変えないと。長い目で見るとこの20年間、ずっと停滞していましたが、育休を取って「なるほど。根本原因はこれか」と。円高を直したくらいじゃ変わらないですよね。
エコノミストの藻谷浩介さんは、書籍『デフレの正体 ──経済は「人口の波」で動く』でその状態を「人口オーナス」と言っています。日本の人口が減っているから、自ずと経済がシュリンクすると。青野さんは、お一人目の育休で気がついたのですね。
本当に一番重要な仕事は育児です。そこをやった上で他の仕事があります。
「育児・介護休業法」という制度ですが、私は育児や介護の大変さや重要性を考えると「休業」は違うだろうと思うので、政府に「育児・介護参画推進法」と法律の名前を変えるように提案しています。
育児休暇も全然「休暇」ではないですよ。
道なき道を行きたい
今の経営者がそこに気づくには、どうしたらいいでしょう?
若い人は徐々に価値観が変わっているので、10年くらいすると解決する問題かとも思います。いま優秀な経営者は気づき始めていて、社内でダイバーシティを推進して男性に育休を取らそうと思ってやっています。まだ女性活用という言葉が言われますが、本質は個性の活用です。男性とか女性とか言っているうちは、実は本質的な問題解決になっていません。もっと人間にはいろんな力が備わっていて、いろんな人からいろんな意見が集まって、イノベーションが起きると。本質はそっちですよね。「多様な人がいて、多様な意見を言い合える会社にしないと、多分死ぬだろうな」と。言い合えると面白いですよ。僕が思いつかないものがいっぱい出てきます。
青野さんは、どうして「個性の活用」だと気がつかれたのでしょう?
生まれながらの考え方かもしれないですけれど。そもそも僕はド田舎出身です。
では山を駆け抜け、川で遊んでいたのですか?
僕はド田舎なのに、なぜかインドア派でした。
面白いですね。お父さんはどういう仕事をしてらっしゃったの?
親はエンジニアで警察の通信課にいました。ただ、祖母がアルツハイマーになってしまったので、ずっと単身赴任で全国を転々としていました。僕はいい感じで放っておかれていて自由でした。松下電工に入った時も、一律の人生みたいなのがちょっと怖いなと思いました。信号もないところで育っているので、信号があると怖い。どちらかといえば道なき道を行きたいです。
制度を活かせる風土にするには?
サイボウズではどうやって制度が活かせる風土にしたのですか?
価値観を変えるためには、リーダーが価値観を繰り返し発信し続ける事が大事です。あとコツは、皆で考えて制度を作ることです。その過程で風土ができていくのです。どういう意味で制度ができたのかをわかっているので、どう使えば皆が幸せになるかがわかります。嘉田さんのおっしゃるように民意を聴く過程、プロセスを大事にします。
プロセスを共有することで風土が出来ていくのですね。
そうです。全部、グループウェア上で公開されていますので。
それは良いですね。私は今、Facebookでも県民のみなさんからご意見をいただいています。職員も読んで意見をくれることもあります。オープンにした方が、皆ちゃんと意見を言ってくれるのです。
素晴らしいですね。
いっぱい批判も入ってきますが。
知事は頭に来ないのですか?
子育てを経験したら何でも我慢ができます。
一人一人の強みを引き出す
子育ては凄い経験だと思います。人間の多様な存在も、忍耐も愛情も、人間性とは何かということも教えてくれるからです。だから、並外れた人だけが活躍できるというのではなく、普通の人が普通に子育てをしながら仕事も出来て、そして、家族も持てて幸せに暮らせる、そういう社会が良いと思うのです。サイボウズは実現しているのではないですか?
そうですね。サイボウズの競争相手はマイクロソフトやIBM、グーグルというスタンフォードをトップで出たエリートが集まっている会社と戦わないといけないのです。残念ながら僕らは雑草チームです。雑草だけれども、一人一人をよく見ると、ものすごいエッジが効いたところがあります。並み外れた人がいないと僕は思っていません。みんな結構、それぞれ並み外れているのです。ぱっと見の平均値は低いですが、実はその強みだけでは、すごく高い値を出せると思っています。一人一人を見ずに優秀な人だけを集めるというのは、僕にとってはイマイチです。エッジの効いた一人一人をいかにして見つけ、引き出すかです。
そういう才能を探して、適材適所を作って行くのが経営者の仕事ですね。
だからこそサイボウズは面白い会社だと注目してもらえます。
多様性から生まれる強さを再認識できました。
この記事は滋賀県の女性活躍推進のための雑誌「CARAT滋賀2014」のために実現した対談を、サイボウズ式の切り口でお届けしました。写真撮影:若林美枝子 執筆・編集 渡辺清美
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編集
渡辺 清美
PR会社を経てサイボウズには2001年に入社。マーケティング部で広告宣伝、営業部で顧客対応、経営管理部門で、広報IRを担当後、育児休暇を取得。復帰後は、企業広報やブランディング、NPO支援を担当。サイボウズ式では主にワークスタイル関連の記事やイベント企画を担当している。