あのチームのコラボ術
日本一パンダが生まれるアドベンチャーワールドに「専門家はいらない」。飼育員のチームワーク術
あの企業はどんなチームで、イノベーションを起こしているのだろう――。そんな企業を紹介する「あのチームのコラボ術」。今回は、繁殖が難しいと言われるパンダの自然交配に成功した和歌山のアドベンチャーワールドパンダ飼育チームにお話を伺ってきました。
アドベンチャーワールドは、和歌山の南紀白浜にある複合型アミューズメント施設。動物園のほか、水族館や遊園地も併設しています。動物園には、9頭ものパンダが飼育されており、飼育数は中国を除けば世界ナンバー1!2012年8月に産まれたパンダを含めて、これまで12頭ものパンダの繁殖に成功しており、パンダの研究で名高い成都大熊猫繁育研究基地から「繁殖で最も優秀」という評価も受けています。
今回は、パンダチームのリーダーでもある飼育部ふれあい課課長の安田典功さんに、パンダの自然交配という困難な目標を成功に導く、チームを育てる方法や土壌についてお話を伺いました。
飼育が難しいパンダ。日々の仕事は?
パンダの飼育はどのような経緯で始められたのですか?
椋田
元々アドベンチャーワールドは、希少動物のチーターの繁殖で好成績をおさめていました。
また、園周辺の空気や水、気候がパンダを育てるのに適していることや、パンダの主食である良質の竹を確保できるという環境だったことから、中国とともに繁殖研究を行うことが可能になりました。
飼育チームの人数は何名ですか?
椋田
現在、当園には9頭のパンダがいるのですが、飼育に直接関わっているのは7名です。そのほかに、パンダの繁殖を研究している成都大熊猫繁育研究基地の日本支部としても活動していますので、パンダ専門の研究員が2名常駐しています。
飼育チームの具体的な仕事について教えてください。
椋田
朝は飼育小屋から食べ残しの竹などを掃除することから始まり、開園後は竹の補充やお客様の案内などを行っています。
パンダ一頭につき約50kgの竹をエサとして用意しており、一日に4~5回補充しています。その他、お客様にパンダを間近に観ていただく「パンダバックヤードツアー」といった毎日の催しもあるため、閉園まで走り回っています(笑)。
とても忙しそうですね。
椋田
一日はあっという間です(笑)。
7名で全てをやっているんですか?
椋田
各動物の飼育チームは弊社の"ふれあい課"の所属になっているのですが、休憩時間をまわす際など、人手が足りないときは課内で協力し合っています。エサやりや掃除など、それぞれの動物担当+応援で一日をまわしている感じですね。
パンダの世話で忙しい中、飼育や繁殖のノウハウはどのように蓄積しているのですか?
椋田
飼育業務の一環として、各動物で飼育日報をとっています。
パンダでは食べた餌や出た糞の量のほか、日々の行動観察など、個体別に毎日記録をしています。成人になると、体重の計測は二ヶ月に一回になりますが、赤ちゃんの時期は毎日計測し、飼育日報に記録します。このような数値情報はエクセルでグラフ化して、体調管理や発情期のパターンを見極めるデータとして使用しています。
やはりパンダは他の動物と比べて飼育が難しいのですか?
椋田
実は動物全部がそれぞれ難しさを持っています。
動物学校では動物の餌や病気についてなど基本を学びます。あとは、その基本から動物ごとに応用して対応していく感じですね。パンダの場合は希少な動物ということもありますので、特に感染症が怖い。
飼育小屋に入る前は、手を必ず洗うことや着替えてもらうことを徹底しています。他の動物の小屋に入っていた場合、作業着を着替えてから飼育小屋に入るというのは重要なんです。
なるほど。希少動物だからこそ気を遣う点が多いということですね。
椋田
そうですね。感染症に関してはどの動物に対しても気をつけないといけない点です。手洗いなど小さなことでもきっちり行うことを常に心がけています。
あと、パンダの場合は"距離感"に気を使うのも重要です。
パンダは危険な動物なんですか?
椋田
攻撃性が高いほうではないのですが、じゃれてるつもりでも力が違うので飼育員が怪我をしてしまうことがあります。
パンダも含めて"動物は危険な部分を持つ"と意識することが飼育員には求められます。飼育小屋を掃除しているときにパンダとの距離が近すぎる場合など、外にいるメンバーが声をかけて注意を促しています。
確かに力は強そうですね。(笑)
次に繁殖についてお聞かせいただけますか?
椋田
パンダは繁殖期が年に一度、3~5月に訪れます。そのうちメスが受胎できるのは2~3日しかなく、この数日を私たち飼育チームが見極めないといけません。
そして、パンダは人間と同じぐらい"好み"がはっきりしている動物ですので、相性の良いペアも同時に見極めていかないといけません。
人工授精などは行わないのですか?
椋田
人工授精はパンダに麻酔をかけないといけません。麻酔はパンダの身体に影響を与えてしまう可能性もあり、当園では避けています。
落ち着いて産める環境を作る、相性の良いペアを交配させるなど多くの課題はあるのですが、自然に交配ができるようなら妊娠や出産のリスクも軽減できますよね。
それに飼育係として、この"交配"と"出産"は最もやりがいを感じる部分ですので、成功したときの喜びもひとしおなんです!
ユニバーサルなチーム 意外な経験が飼育に役立つ。
8月に誕生したパンダは、飼育チームにとって嬉しいニュースだったと思います。やはり皆さんはパンダを担当されてから長いのですか?
椋田
私が5年ほどで一番長いですね。私を含めて、今の7名もいろいろな業務を経験して、今はパンダを担当しているという感じです。
飼育担当は頻繁に変わるものなのですか?
椋田
弊社だと、年二回異動の機会があり、飼育担当も含めて販売、バックオフィスなど、社内のあらゆる業務に携われるようローテーションを組んでいます。私のように5年もパンダの担当をしているのは珍しいかもしれません。
それは意外でした。動物の飼育などは専門性が高いので、担当動物が一度決まったら変わらないものだと思っていました。
椋田
弊社の方針は、社員全員が何でもできるようにすることなんです。
私もこれまで鳥やサル、ライオンなどの飼育を担当してきましたが、今度は販売や遊園地の担当に異動となるかもしれません。ただ、販売などの経験もパンダの飼育には役立つと思っています。
それはどうしてですか?
椋田
例えば、お客様の目線を考えてみると、パンダが近くに寄ってくれば嬉しいですよね。でも、人が集中してしまうと小さい子供はパンダを観られなくなってしまうかもしれません。
販売などの経験があれば、お客様の数や状況を見て「今日は人が多いので、みんなが観られるようパンダを高い所に誘導しよう」など、些細なことにも気付くことができるんですよ。
違う業務で身についた知見が結果として役に立っているのですね。ただ、せっかく蓄積した飼育のノウハウなどが分散してしまいませんか?
椋田
そこで活躍するのが飼育日報です。
飼育日報は、動物の繁殖期や体調管理を行うために必要なものですが、記入する際に"全員が同じ目線で記入する"というルールを設けています。例えば、パンダは繁殖期が近づくと陰部の大きさなどに変化が現れます。感覚で記録するのではなく、実際に計って記録したり、色が変化しているようなら色見本を使ったりして記録しています。
つまり、誰が見てもすぐに理解ができる情報にするということですね。それなら、蓄積したノウハウが円滑に受け渡しできますね。
椋田
その通りです。
日報もそうなのですが、業務のさまざまな部分で基本のルールを定め、マニュアル化できる部分を明確にしています。これならば、飼育チームに新しい人が加わっても、すぐに対応できますよね。
動物学校のお話にも出したように、基本を押さえてあとは応用。これは動物の飼育だけじゃなく、さまざまな業務にも通じる考え方ではないでしょうか。
さまざまな業務経験を経て、みんなで支えあえるチームに
飼育チームは飼育日報を通して情報の共有を行っているとのことでしたが、200名の社員全員への情報共有はどのように行っていますか?
椋田
特に何かを使っているということはありません。ただ、自然と声が挙がる空気が出来ていると感じています。ノベルティのデザインやレストランの新メニューなど、全社員がアイデアを出し合って作っているんですよ。
リアルでのコミュニケーションが円滑なんですね。その空気が出来上がった理由など、思い当たることはありますか?
椋田
やはり、ローテーションによってどの社員もお互いの仕事を理解できているからではないかなと思います。
まず、専門家に任せるという考えがありません。それぞれが思った事を意見として出しやすい、そんな環境が自然に生まれているのかもしれません。
様々な業務を経験することが、社員が自発的に行動を起こすことにも繋がっていると思います。たとえば誰かが「Aさんがノベルティのアイデアで悩んでいたよ」と他の社員に共有すると、以前の担当者や売店、広報の担当者が集まってきて話し合いをするなど、弊社ではよくある風景です。
先ほど、飼育日報のデータをエクセルに打ち込んで、とお聞きしましたが、PCは頻繁に使用しているのですか?
椋田
頻繁かもしれません。僕はエクセルのほかに、研究発表会や会議資料を作成するためにパワーポイントなども使用しています。
そのほか、掲示物やポスターも社員がデザインを考えて、仕事の合間にイラストレーターやPhotoshopを使って作成しています。そのほか、社員の中にはプレミアを使って園内で流す動画を制作しているものもいます。
本当に皆さん幅広い業務に携わっているんですね。
椋田
専門家はいらないという考えが根強いんですよ。
動物飼育は専門的な部分が多いのですが、飼育だけが仕事ではありません。お客様とパンダを結びつけるのも私たちパンダ担当の重要な仕事ですので、パンダにとって過ごしやすい環境を作るとともに、飼育以外の業務で学んだ知見を使って、お客様にとっても過ごしやすい環境作りを行っています。
一つの園なのに様々な業務に携わる機会があるので、他の園の方が人事交流でいらした際には「アドベンチャーワールドは凄いなぁ」という声をいただくことも多いです(笑)。
マニュアル化できる部分と、経験として蓄積できる部分を明確に分けることが、お互いをフォローし合う体制作りに繋がっているのかもしれませんね。
椋田
パンダの自然交配はマニュアル化が難しい部分も多く、蓄積データや飼育員の経験を総動員して行う重要な仕事です。実は妊娠したかが見た目で判断しづらく、産まれるまで成功したのかがわからないんですよ。ですので、予定日などを想定してメスパンダの様子を観察し、変化を見せるようならつきっきりで見守ります。この時期はとてもやりがいを感じるのですが、日々の業務もこなさないといけません。
こんな時に"ふれあい課"を始め、部署を超えて社員全員が協力してくれるため、飼育チームは出産に集中できるので感謝しています。
最後に、今後のパンダチームの目標を教えていただけますか?
椋田
人と同じでパンダも状況がどんどん変化していきます。今回産まれた赤ちゃんのお父さんも次回はより歳をとっているので、体力を維持できるよう調整をしていかなければなりません。
動物は飼育をし続けることがとても大切で、それが最大の目標でもあります。今回は自然交配に成功しましたが、これをゴールではなく新たなスタートを切ったと考えて、今後も挑戦していきたいと考えています。
(写真撮影:橋本 直己)
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