エンジニアの評価基準、短期評価をやめてみたら?
株式会社ソニックガーデン社長の倉貫義人氏とサイボウズ青野慶久社長のリモートワークにまつわる対談(前編/中編)に続き、最終回となる第3回。サイボウズで開発マネージャーを務める佐藤鉄平、田中裕一の2人が、チームマネジメントの観点から倉貫氏にさまざまな質問をぶつけます。
「社員の評価はしない。ボーナスはみんなで山分け」との倉貫氏の発言に2人はビックリ。さらに、価値観の近い人を厳選する、ソニックガーデン独自の採用プロセスの全貌も大公開。一体感に溢れた、強いチームを生み出すためのヒントが満載です。
短期的な評価をするとチームワークが崩壊する
僕らは開発チームのリーダー、マネージャーをやっているので、主にチームマネジメントの観点からお聞きしていきたいと思います。
まず、リモートで働き始めると難しいのが、給与を含めた評価だと思うんです。ソニックガーデンさんでは評価はどうやっているんですか?
評価ですか……。評価はもうやっていないですね。給与は基本的に横並びで、ボーナスは山分けです。
山分けですか!(笑)
各チームのリーダーで均等に山分けするんですか?
今はチームに分けていないので、全体で山分けです。あ、もちろん、レベルによって給与の差はありますよ? 僕らの会社では上から「一人前」「弟子」「見習い」という、役職というか階級みたいなものがあって、その階級ごとに当然、給与は違う。ただ、同じ階級の人はほぼいっしょの給与です。レベルによる差はあるけど、個人の成果とは連動していません。
なぜ山分けにしたんですか?
良い悪いを短期的に見ないからです。短期的に評価すると、短期的な視線で仕事をしちゃうじゃないですか? 一番イヤなのは、チームで助け合って働くのが大事なのに、“自分の評価を考えると、この人を助けている場合じゃない”となってしまうこと。そうなるとチームワークが崩壊します。だから短期的な評価はやめました。
なるほど。
しかも、エンジニアの場合、そもそも短期的に評価するのは難しいですよね? 営業ならば、たくさん売ってきたらその分、給料を多くあげましょう、となってわかりやすい。けれどもエンジニアの場合、短期で評価できる仕事ってないんですよ。例えば、良いコードを書き、非常に保守性が高くて助かったとして、評価されるのは1年後、2年後でしょう? 短期的に評価しようがないんです。
よくわかります。
だったら、短期的な評価なんてやめて、チームが潤ったらチーム全体に還元すればいいという考え方です。
サイボウズの場合は、評価は市場評価なんですよ。その人が今、転職したらこれくらいの額だよね、と、本人と会社でやり取りして給与を決めます。ある意味、評価をマーケットに丸投げしたんです。
おもしろいですねえ。
昔はサイボウズも、評価規定を作ったり、目標達成率で決めたりしていたんですが、エンジニアの場合、倉貫さんがおっしゃったように、数値の設定ができないんですよね。
そんなわけで、なかばあきらめの境地で市場評価になったんですが(笑)。山分けまではいきませんが、考え方はソニックガーデンさんと似ているところがあるかもしれません。
それにしても山分けはすごいですよね。社員の方々はみんな、納得感を持っているんですか?
まあ、そういうものなんだという感じですよね(笑)
給与評価って、「この人はこういう方向に育てよう」というツールみたいな役割もあると思うのですが、そのあたりは給与評価以外のところでやっているんでしょうか?
「こういう方向に育てよう」というのはそもそもないですね。ソニックガーデンの場合、「みんなプログラマ」なので。「キミはやはりインフラ系だね」みたいにコントロールして育てようがないんです。
コントロールとまではいかなくても、「この人は今、うまく働けていないけど、実はこういうのが向いているのでは?」みたいなことってあったりすると思うんですよ。
サイボウズではそういうところを見るのもリーダーの役割の1つなのですが、ソニックガーデンさんではいかがですか? 社員のキャリア相談に乗ったりはするんですか?
もちろん相談には乗ります。けれども、繰り返しになりますが、ウチの場合、プログラマ以外の選択肢はない。「広報に向いているのでは」となったとしても広報の仕事はないんですよ。
だから、相談されても「頑張ろう」としか言えない。どうしてもプログラマで頑張れないなら、会社を辞めるしかないです。厳しいかもしれませんが。
サイボウズより自立した環境かもしれませんね。
その意味で逃げ道はないですね。ただ、副業は全然OKなので。個人的にやりたいことがあるなら、そちらでやってもらって構いません。
ソニックガーデンの採用プロセスは「脱落制」
ソニックガーデンさんの場合、採用の時点で、会社の目指す方向にフィットしているかが重要になりますよね。倉貫さんのブログを読むと、半年ぐらい見習い期間を設けてそのあたりを判断するそうですが。
いえ、ビジョンに共感してもらえるかとか、価値観が近いかといったことは、いっしょに働く前に判断します。
見習いに入る前、採用プロセスの中で、ということですか?
そうです。採用プロセスの中で、もちろん面談も何回かするんですが、それ以外に作文も書いてもらうんです。
作文ですか。
面談だけだと、口のうまい、その場の雰囲気でしゃべれちゃう人もいるじゃないですか? 僕がそうなんですが(笑)。そうじゃなくて、その人が何を大事に考えているのかとか、どういう働き方をしたいのかをきちんと知りたいと思っていて。だから話すだけでなく書いてもらうんです。
そもそも、ウチの採用プロセスって、かなり特殊なんですよ。
ぜひうかがいたいです(笑)
ウチの採用は、入り口はWebシステムになっていて、「トライアウトに挑戦する」というボタンを押すと、いきなり「GitHubアカウントでログイン」となるんですよ。(一同・爆笑)
ログインできないとその時点で門前払いになるわけですね。
そうそう。そこからレベル1から3まで、3段階のプロセスがあるんですが、レベル1ではまず、たくさん用意されている質問に答えてもらうんです。「あなたにとって人生で一番大切なものは?」みたいな。実際はもう少し深くえぐる質問ですが。
それともう1つ、「Rubyでこういうプログラムを書けますか?」というチェックリストを埋めてもらう。それをクリアしたら、「おめでとうございます! それでは倉貫と面接です」となる。
焼き肉を食べながら、ですか?
いやいや、それはもっと後。レベル1クリアの段階ではリモート面接です(笑)
レベル1ではまだ直接会えないと(笑)
で、レベル2にいくと、今度は実際にプログラムを書いてもらって、ウチのメンバーがコードレビューをします。それと、こちらが価値観の話になるんですが、僕が書いているブログを読んで、感想文、というか自分の考えを書いてもらうんです。それに対して僕がコメントをして返す。文通みたいな感じです。
それが先ほどおっしゃっていた作文ですね。
ええ。ブログを読み込んでもらうことで、ウチの会社が大事にしていることを理解してもらえます。で、途中で「これは違うな」と本人が思ったら、そこで去っていく。そんな感じでレベル3まで続きます。
だから、どちらかというと、こちらからお引き取り願うんじゃないんですよ。受けた人のほうから「違うな」「めんどくさいな」となって去っていく。脱落制のような感じです。
プロセスの中で、会社のこともしっかりわかってもらえる。お互いWin-Winでいいですよね。
転職する時って、基本的に、受ける側の人のほうが情報を持っていない分、不利じゃないですか? でも僕は、いっしょに働くからには対等でいたい。そもそも社員と会社は対等だと思っているので。だからこちらからもできる限り会社の情報を出して、その上で去っていかれるなら仕方がない、という考え方です。
いいですね。サイボウズももともとは面接がメインだったのですが、面接ではやはりその方がどういう人なのかきちんと理解できないんですよね。
そうですよね。面接だけだと絶対わからない。
だから最近は、インターンを活用しています。いっしょに働いてもらうと、お互いかなりよくわかりますから。ただ、インターンを受け入れるのって、めちゃくちゃコストがかかるんですよ。その点、ソニックガーデンさんのようなオンラインでできる仕組みは本当にいいなあ。
真似しちゃうかもしれません(笑)
オンラインを経て最後にインターンがあって、それが終わってようやく見習いとしてスタートです。
そこまでやれば、入社前にお互いのことを深く理解し合えていますね。
その代わり、見習いに入ったらもう抜けられないですよ。マフィアの世界じゃないですが。
ははは!
だから、見習いに入る際には、しっかり考えてから来てくださいと言っています。そこからはもう頑張るしかなくなるんで。
「僕は何をしたらいいですか?」と聞いてきた時点でアウト
先ほど青野と、リモートで働くにはセルフマネジメントが重要という話をされていました。入社希望者がセルフマネジメントできるかどうかは、どのフェーズで判断するんですか?
レベル3に入ると、入社希望者は「論理インターン」になるんです。普通ならオフィスに来るところですが、ウチの場合、来てもリモートで働いているメンバーには会えないので、ネットワーク内の論理オフィスに入る権利をあげる。そうすると、社内の情報にすべてアクセスできるようになります。もちろんNDA(秘密保持契約)を結んだ上ですが。
論理インターンですか。それも新しいですねえ(笑)
あくまで会社のことを知ってもらうのが目的なので、論理インターンになっても、こちらから仕事を頼んだりはしません。ただ、自分からお手伝いすることを見つけたり、チャットツールなどを使って社員と絡んだりするのは自由。むしろ、それができないのだったらセルフマネジメントはできないんじゃないかと考えます。
そこで「何をしたらいいですか」みたいに聞いてきたらアウトなんですね。
そのとおりです。
“開発しない合宿”の効用
最近、倉貫さんはブログで、社員合宿の話を書かれていました。それがとてもおもしろくて。ソニックガーデンさんの合宿では、パソコンをネットにつなぐのは禁止なんですよね?
そうそう。“開発しない合宿”と呼んでいるんですが。
開発合宿って、一時流行ったじゃないですか? 温泉に泊まって、集中してプロダクトを開発するみたいな。僕らも5〜6年前までやっていたんですが、ある日ふと気づいたんです。「俺たちって、毎日開発合宿をやっているようなものじゃん」と。
そうなんですよね(笑)
ただ、合宿に行ってみんなでワイワイ話したり、温泉に入ったり、夜、酒を飲んだりすることで実際、チームとしての一体感は高まったんです。じゃあ合宿は続けよう、と。でも、リモートワークのメンバーとも普段からネット上で雑談はしているし、勉強会も、なんなら飲み会もしている(笑)。ならば、せっかくリアルに集まる時は、普段とは逆に、パソコンをネットにつなぐのをナシにしようと。
なるほど(笑)
運動もみんなで集まらないとできないことなので、ブラインドサッカーをやってみたり。“仕事とは離れたところでお互いの深いところを知る”というのが、実は助け合いのベースになるのかなと思って。そのために合宿は有効ですよね。
先ほどの、“オフィスはなぜ必要か?”“会社の本体とは何か?”みたいな話と同じように、リモートワークを始めるといろいろなものの本質を考えるようになりますよね。ソニックガーデンさんの場合、合宿もより本質的なものになっているなと思います。
サイボウズでも、kintoneの開発チームで開発合宿をやったんです。普段は東京と大阪のチームに分かれてリモートで開発しているんですが、全員が一堂に会して。そうすると、たかだか1泊だけでも、びっくりするほどチームの一体感が上がるんですね。
それはやはり、いっしょにメシを食って、風呂に入って、夜遅くまで語り合って、というところが大きいんだと思います。今年も開発合宿をやるんですが、もしかしたら開発しないでもいいのかな? と、倉貫さんのお話を聞いていて思いました。ウチよりも一歩先を行っていますね。
いつもオフィスでやっていることを、わざわざ合宿してやらなくてもいいですよね(笑)
社員旅行も同じです。一昨年から、売り上げ達成祝いということで始めたんですが、そこで初めて、普段オンラインでやり取りしている、松山オフィスのカスタマーサポートのメンバーと顔を合わせたりするんですよ。「ああ、あの◯◯さん!」みたいな。
生身が見えるんですね。「本当に実在したんだ!」と(笑)
そうそう(笑)。で、しばらくたってから開発メンバーが、その後、サポートメンバーとのやり取りがすごくスムーズになったと言っていて。
社内の部活も似たようなところがありますよね。
会社の本質って、やはり、オフィスや登記簿謄本ではなく、ふとした時に思い浮かぶ、いっしょに働いているメンバーの顔なんだと思います。
昭和の大企業がやっていたスタイルに「多様性」を取り入れる
合宿にしても、社員旅行や部活にしても、ある意味、昭和の大企業がやっていたことを再発見しているような気がします。
ウチは完全にそうですよ。家族経営みたいな感じ。それをどう今風にやるかですよね。
昔は多様性がなかったですよね。多様性を取り入れつつ、一体感のあるチームをつくっていくのが、新しい課題だと考えています。
日本の大企業も、欧米型の成果主義や個人評価を導入したりしたけれども、結局うまくいかないし、今やアメリカでもそれは違うみたいな話になっています。
成果主義・個人評価がもてはやされたころに、“Result Only Work Environment”、略してROWEなんていう言葉が流行りました。要は、「成果さえ出せば、いつどこで働こうが構わないよ」ということです。
ただ、僕はあくまで、個人だと成果を出し切れないと思っていて。だからROWEを、「評価なし、みんなで山分け」というふうにアレンジして、個人ではなくチームとしてやろうとしているんです。チームとして成果を出せるなら、いつどこで働いてもいいですよ、というように。
確かに、普段はチームとして協力してやろうとなっているのに、評価となるととたんに個人の話になるのに違和感があったので、倉貫さんのおっしゃることはすごく腑に落ちます。
今日は長時間にわたりありがとうございました!
こちらこそありがとうございました!
執筆:荒濱 一/写真:尾木 司
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執筆
荒濱 一
ライター・コピーライター。ビジネス、IT/デジタル機器、著名人インタビューなど幅広い分野で記事を執筆。著書に『結局「仕組み」を作った人が勝っている』『やっぱり「仕組み」を作った人が勝っている』(光文社)。