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「オレも死ぬからオマエも死ね」では何も解決しない──コデラ総研 家庭部(75)
テクニカルライター/コラムニストの小寺信良さんによる「techな人が家事、子育てをすると」というテーマの連載(ほぼ隔週木曜日)の第75回(これまでの連載一覧)。今回のお題は「『オレも死ぬからオマエも死ね』では何も解決しない」。
文:小寺 信良
写真:風穴 江(tech@サイボウズ式)
電通の女性社員過労自殺事件は、各メディアから批判的に報じられた。皮肉なことにそれを報じるメディアもまた、電通同様、長時間のサービス残業やパワハラ、セクハラ問題を抱えている業界である。筆者も長いことテレビ広告業界で生きてきたので、広告代理店も含めたメディア人の仕事ぶりはよく分かっている。
電通本社では10月24日から、夜10時に一斉消灯するという対策を取ったが、現実としてそれで労働時間が減るわけではなく、単なる行政向けのパフォーマンスである。なぜならば広告コンテンツの仕事は、夜になればそのほとんどが会社の外で行なわれることになるからだ。
テレビ業界は締切が厳しいので、制作の現場は大抵徹夜になる。大手企業の広告担当者はそんな深夜残業は認められないので、現場はクライアント不在になる。従って広告代理店の担当者が現場に立ち会うわけである。今日も都内のいろんなスタジオや制作会社に缶詰になっている担当者も多いことだろう。
1つの仕事だけを担当していればそれで終わりだが、実際には時間差で進行している複数のプロジェクトを担当していることが多い。先に終わった案件の打ち上げがあれば現場を抜けてクライアントを接待し、2次会が終わるとまた制作現場に戻ることになる。現場に立ち会いながら、午前2時、3時から朝のミーティングに必要な資料を作り始めるという生活になってしまう。
なぜそういった働き方が改まらないのか。これは制作会社や編集所なども同じ構造なのだが、上司も、そのまた上司も、ずっとそうやって仕事してきたからである。従ってこういう働き方がその業界の標準になっている。疑問に思っても、自分たちだけ離脱すれば仕事が回らなくなるので、業界からはじき出されてしまう。
筆者が最初に勤めた会社も相当ブラックだったが、上司には結婚生活が上手くいっていない人も多かった。2日に1度しか家に帰らない、帰れば死んだように寝るだけでは、結婚生活は維持できないだろう。
そんな上司は言う。「オレの時代はもっと大変だった。これでも楽になったんだ。オマエも辛いだろうががんばれ」。
若い時代を「生き残る」ということ
残酷なことを言うようだが、社会とは弱者から労働力を搾取することで成立している。弱者とは、この場合「健康な若い人」とほぼイコールだ。従って若いうちは、誰もが貧乏で、時間に追われ、知らないうちに責任だけ負わされていたりする。
かつての若者がそんなことに耐えられたのは、日本の経済が戦後からかなり長い間、成長期にあったからである。社会が、自分が少しずつ良くなっていくことが実感でき、明日に希望が持てたからだ。今の社会はどうだろうか。年寄りに居座られて雇用も少なく、若い世代は集合体としての強みが出せない少子化の中で、自分だけ上手く泳ぎ抜けることができるだろうか。
東大卒業後、電通に就職など、超エリートコースである。だがそのエリートコースも、茨の道であることが明らかになった。ズルしたりサボったりできない子ほど逃げ道が見つけられず、死を選ぶことでしか現世の苦しみから解放されないと考えてしまう社会は、どこかで設計が間違っている。努力しても報われないのなら、誰も努力などしなくなってしまう。
仕事を辞めることに対して親がなんと言うか……ということを考えて、今の職にしがみついているのであれば、そんなことは考える必要はない。子供に死なれても構わないという親などいないのだ。親も親で、若い頃の自分と比較して子供を見てしまうが、もう昔とは状況が違うということを認識すべきなのだろう。子供からのSOS発信は、意外に弱い。
昨今の大学生は、就職に失敗すると自分で起業する道を選ぶ人も増えていると聞く。好きでもない仕事のことで上司に怒られるぐらいなら起業を選ぶという考えを、大人は甘いとか、逃げだとか言う。
だが小商いでもいいから、食うに困らないぐらいをコツコツ稼いでいけるアイデアがあるなら、やってみるのも悪くないんじゃないだろうか。大きな会社に就職できれば安心かもしれないが、一生安心でもないだろう。死なないでいてくれるなら、出世しなくても大金持ちにならなくても十分だ。
かつては、若いときの苦労は買ってでもしろなどと言われたものだ。今の若者は、買わなくても十分苦労することが確定している。豊かだった時代を生きた者が、余計なことを言うのはよそう。せめて望めば道が開かれる社会であって欲しいと願う。(了)
本連載では、読者の皆さんからの、ご意見、ご質問、取り上げてほしいトピックなどを、広く募集しています。編集部、または担当編集の風穴まで、お気軽にお寄せください。(編集部)
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