コミュニティの学びは会社で生かせる。ゴールだけ見て走り、結果はあとづけでもいい──前田デザイン室

印刷会社でマネージャーをしている赤松翔さんは、仕事に頭打ち感があったといいます。そんな彼が飛び込んだのは「前田デザイン室」。関西を中心に活動するデザインコミュニティです。
雑誌を作るプロジェクトを進める中で気づいたのは、役職も上下関係もないチームの価値。会社とは真逆ともいえます。プロジェクト参加にあたり、時間の関係からフルコミットが難しいと感じて、編集・校正の役割に徹しました。
「もっと役に立ちたい」「いいものを作りたい」。当初は時間を費やせなかったはずなのに、活動を進めながら感じたことは、チームで仕事をすることに対するピュアな気持ちでした。
前田デザイン室でいっしょに雑誌を作った編集長・浜田綾さんと、コミュニティとチーム作りを振り返ります。
「会社でコミュニティのようなチームって、作れますか?」
コミュニティはどれ1つとして同じものはない。迷ったら飛び込み、嫌だったらやめればいい

【動画】前田デザイン室とは?
— 前田デザイン室 (@MaedaDesignRoom) 2018年3月15日
動画制作 石井彰@COCOA @akira_ishii #前田デザイン室 pic.twitter.com/gcKxvFFMpi
前田デザイン室は、元・任天堂デザイナー前田高志が率いるクリエイティブ集団。 「おもろ!たのし!いいな!」をモットーに、世の中に新しいクリエイティブを大量投下し続けるコミュニティ


ただ、わたしが知っている限り、どのオンラインサロンも目的や個性があります。当たり前なんですけど、同じサロンやコミュニティはありません。

浜田綾(はまだ・あや)さん。ライター・編集者。オンラインサロン「前田デザイン室」所属・運営。「箕輪編集室」にも所属しており、過去に運営を経験。企業で10年間ビジネス文書の作成を経験し、2017年6月にフリーとして、「コトバノ」という屋号で開業。同年8月箕輪編集室にて電子書籍「嫌われ者たちのリレー式コンテンツ会議」の編集リーダー、2018年9月前田デザイン室の雑誌「マエボン」編集長を務める。日本一のオンラインサロンの編集者を目指す、二児の母。Twitter:@harapekokazoku

もし気になったら飛び込んでみたらいいし、入ってみて嫌だったら、やめればいいんですよね。それぐらいカジュアルなものだと思っていて。

友人から「何それ、大丈夫?」って言われることもあるんです。けど、それはどちらかというとWebでの一方的な偏見だと思うんです。
コミュニティは会社じゃない。「絶対にしなければいけないこと」もない



前田デザイン室に入る前に、箕輪編集室というコミュニティにも入っていて。そこでも最初に運営を引き受けたんです。でも、「なんでわたしなんだろう? わたしでいいのだろうか?」って思っていました。
でも、運営目線でコミュニティを見るようになると、気になることがあったんです。


普段がライターの仕事をしているからかもしれませんが、いろんな人とコミュニティで触れ合ったら、テキストコミュニケーションが苦手な方もたくさんいるって気づいたんです。
もちろん、それが悪いわけじゃない。みんな違って当たり前だから。


なので、みんなに対して「できるだけ気持ちよく返事をすること」を考えていますね。これは、過去に運営チームに所属させてもらった「箕輪編集室」でも感じてたんですけど。
これが「運営」という役割をまっとうする中で、自信になってきたスキルです。


赤松翔(あかまつ・しょう)。「前田デザイン室」「サイボウズ式第2編集部」に所属。本業では雑誌ライター・編集を経験。現在、印刷会社キングプリンターズ・マーケティング部マネージャー。未来のチームや組織作りを考えるため「サイボウズ式」を立ち上げ当初から愛読。30代半ばを超え、さまざまな社外活動に参加。藤村編集長とは中学時代からの同級生。今回は所属しているコミュニティの楽しさの秘密を知りたく話をおうかがいしました。

でも、これってちょっと不自由じゃないですか。


わたし自身も過去にコミュニティ運営において、あるいは1メンバーとして、できてないことがいっぱいありました。でも誰も「なんで、できひんのや」とは絶対に言わない。
逆に「応援しよう。だから、できるようにもっと声かけていこうよ」という風土があったんですよね。


その方が望んで入るものだし、やりたくてやっている。だから、それがうまくいくように応援をする方が絶対いいんですよね。
あと、自分が身を置いているコミュニティだったら、楽しみたいし、いやすくなった方がいい。だからその場作りを、率先してやっているみたいな気持ちです。


会社にコミュニティの要素を取り入れるのって、難しい?

というのも、わたしの会社でリーダー研修があったんです。そこでは「聞く」「質問する」「叱る」などのワークが、1回4時間、全8回ありました。
そこで学んだことと浜田さんの考え方って、ほぼ変わらないんですよね。


これって、2000年代初期の根性論や体育会系のような指導方法とは違うな、って。そういう考えのほぼすべてが、文化として根付いている前田デザイン室はすごいなって。


もう1つ所属している「サイボウズ式第2編集部」でも、マエボン(*)プロジェクトとまったくいっしょのチーム作りをしてたので、なおさら同じことを感じています。
それがコミュニティの存在意義を作っていて、そこで互助精神が生まれたり、成長したりできる文化はいいなって。

前田デザイン室で作られた(*)「マエボン」。編集長をはじめ、雑誌の制作経験者ははほぼいない状況のなか、2ヶ月という短い期間で作られた。あるイベントの出しものとして企画されたものだったのだが、青山ブックセンターや銀座 蔦屋書店、代官山 蔦屋書店、名古屋ロフト店、紀伊国屋書店梅田本店、スタンダードブックストア心斎橋など、数々の有名書店で取り扱われることに。 表紙のキャラは「童心くん」


サイボウズ式編集長の藤村。関西で活動する前田デザイン室のお話を聞くべく、故郷の大阪に戻ってきて、取材に参加。いきなり出てきてすみません。



学んだことは会社にも少しずつ取り入れていて。例えば、自分のチームだけでも雑談やミーティングを増やして、「何に困っているか」「何がしたいか」っていうのを聞くようにしたかな。


いいものを作るためのミーティングのなかで、コミュニケーションをする。これは少しずつ増えてきているかもしれない。少しずつチームが変わったようにも感じるかな。
決めることはもちろんマネージャーのわたしが決めるんですけど。




実験的かもしれないけど、新しい価値を作る上では必要だし、会社の風穴を開けることにもつながるんじゃないかと。
コミュニティは、本来の目的だけに走れる活動が生まれやすい。それは、会社でも生かせる


こういったチームの作り方を「みんなでいっしょにやろう」と思っていたんですけど、全社で一斉に、というのは難しくて。


で、失敗してもいいやっていう空気を作ろうと意識してますかね。


逆に、コミュニティに参加してみた実体験があったからこそ、会社で小さく始めることができた。


もし、浜田さんがもう一回会社員に戻ったとして、今のコミュニティの経験って生かせそうですか?




……うん。そう、やりたいなって思いますね。


オンラインサロンで本質的なコミュニティマネジメントができるのは、「金銭が発生しないから、本来のあり方が実現する」って思っていて。本当はこの考え方を会社に持ち込めたらいいんだけど。
きっと同じようにはいかないけど、近づけていけたら多分もっと働きやすいんだろうなって思いますね。

与えられた仕事以外での自発的な提案を拾わない会社って、昔は多かったと思います。「その仕事はあなたの仕事じゃない。集中してこれをやってください」みたいな。


マエボンにかかわっていなかったら、この感覚は絶対ないです。いいもの作る人の気持ちをやっぱりないがしろにしたらあかんみたいな。

例えば上司の確認を一回怠ったからって、それが利にかなっているなら、いいんですよね。
本当はそうあればいいのに、会社に慣れてしまうと上司のお伺いを立てることが、仕事にすり替わっているときがある。利益ももちろん大事ですけど、それだけじゃ「創造」できないから。
コミュニティって、本来の目的である「プロジェクトのゴール」だけを見て走るっていう活動になりやすいんですよね。それは、多分会社でも生かせる。

会社でプロジェクトをやるときって、部署やなれ合いで固まりがちなんですよ。セクショナリズムを外して、いろんな部署からメンバーやアイデアを募集しはじめてみる。
部署をまたいで掃除の担当をやってみるでもいいし、新年会を盛り上げたい人で募ったらいい。きっと、そういうことから始めればいいんですよね。
トップダウンでは伝わらないことがたくさんあるので、「今、やりたい」という方から、会社の活動を広げていくことにチャレンジしていると思います。
編集長としてやったことは全部あとづけ。すべてにかかわり、熱中して、やりきっただけ


メンバー数はのべ50人くらい。みんな会社や学校に行きながら、制作して。雑誌制作は未経験者が9割で、編集長すらも未経験者でした。

ディスコードっていうツールを使ってプロジェクトごとに分けて、全員、それが見れるようになっています。

チャットツール「Discord」を使ったマエボンプロジェクトのやりとり。ページ割や役割でチャットグループが分けられているが、そのすべてのグループは誰でも見られるようになっている




そもそも雑誌が作られる工程すら知らなかったんですよ。みんなが提案してくれてできたことですし、オープンな場で共有するのも、前田デザイン室では当たり前ですし…。
多分、赤松さんのように雑誌を作ったことある人からすれば「ええっ」て感じだと思うんですけど、これはわたしが「知らなかった」からこそ実現できたのかなって。


なんか、「初めての編集長として頑張ったね」みたいに言われるし、実際に頑張ったんですけど、全部わたしがやりたくてやったことなんですね。雑誌を作りたいっていう気持ちが強かった。
いざ雑誌作りをやってみたら、みんなが言ってるアウトラインがどうとかよく分からないし、「ノンブル(※)って何?」から始まったんで。

とにかく、全部にかかわろうと思いましたし、一番行動しようと思った。チーム作りで工夫したっていうのは、結果論なんです。



わたしはライター、編集者として会社勤めした経験はありません。例えば「編集者になりたい」「出版社に入りたい」と言ってもそれは難しいでしょう。。
そんな時にコミュニティで雑誌「マエボン」を作るってなった。「じゃあ、わたしがやりたいです」みたいな感じでした。

でも、会社の仕事とかになると、どうしてもね。「数字があって、計画があって、目標があって」みたいな。


その人からあふれ出てきてる熱意にみんなが感化されて、いっしょにムーブメントを起こしていく。それがチームが自走していくポイントなのかなって。


写真左は、前田高志(まえだ・たかし)さん。オンラインサロン「前田デザイン室」主宰・株式会社NASU代表取締役/グラフィックデザイナー・アートディレクターから、2018年漫画家に転身。/2001年任天堂入社。広告デザインや会社案内などに携わる。2016年父の認知症をきっかけに離職。受賞歴:Art Directors Club、OneShow Design入賞、全国カタログポスター展経済産業省商務情報政策局長賞など。今回の取材にも同席してくれて、しっかりみんなの声に耳を傾けてくれていた。Twitter:@DESIGN_NASU



困ったこともたくさんありましたが、それを乗り越えていく快感もありました。メンバー同士でアイデア出して、いいものを作りたいって気持ちがすごかったです。




浜田さん自身、マエボン発刊から、イベント登壇する機会も増えた。






マエボンの編集長に対する「お疲れ様サプライズ」。全メンバーからの寄せ書きに、浜田さんも泣いちゃった。
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執筆

赤松 翔
サイボウズ式第2編集部員。雑誌ライター・編集を経験したのち、現在、大阪の印刷会社でマネージャーを勤める。「サイボウズ式」は立ち上げ当初から愛読し、未来のチームや組織作りを考えるため、さまざまな社外活動に参加。藤村編集長とは中学時代からの同級生。
撮影・イラスト

木村 駿生
自らが写真によって他人とのつながりを持てた経験から、現在はコミュニケーションフォトグラファーとして活動中。人と人との関係を築く写真を撮るべく、プロフィール写真など人物撮影を主に行っている。
編集
