アルカイダに負け続けた米軍が勝つ組織になれた理由は「7500人で毎日90分の電話会議」にあった
ITは、世界を便利にする一方で、複雑にもします。
このことは、市民を守る責務を担う人にとって難しい問題です。現代の戦争において、敵はあらゆる技術を利用して、予測不可能で「カオス」な存在となっているからです。
スタンリー・マクリスタル元米軍司令官の話によれば、国際テロ組織であるイラクのアルカイダは、その典型だったといえます。 マクリスタルさんは、2003年から5年間に渡って、イラクのアルカイダに挑みました。多くを失った経験を通じて、組織変革と適応性は決して高尚なゴールではないこと、むしろ戦争で勝利する必須条件であることを学んだのです。
ITによって複雑化する社会、アルカイダに勝つために米軍が迎えた変化、新たな世界で組織が生き残るための教訓とは。マクリスタルさんとサイボウズの代表取締役社長青野慶久が話します。
※この記事は、Kintopia掲載記事Adapting to a Complex World: Lessons on Organization from a U.S. General (Part 1)の抄訳です。
新しい戦争で勝つには、軍隊組織が変わるしかなかった
軍隊は伝統的に、小規模のチームに重点を置いてきました。直接やりとりする相手だけを信頼し、輪の外の人と接点を持たなかったのです。
ところが、ビデオ会議で隊員がつながるようになってからは相手を目にすることで互いへの理解や共感が育まれ、ベストプラクティス(もっとも効果的で効率のよい手法)を共有できるようになりました。
改革前の軍隊の組織構造は、スピードと柔軟性に欠け、複雑極まりない敵に立ち向かうには不向きでした。
もし負けていなければ、変わることも変わろうとすることもなかったでしょう。
ビデオ会議を駆使し、部隊を違う形で率いるようになって初めて、イラクのアルカイダへの形勢が一変したんです。
柔軟性と適応性に長けた彼らは、過去に戦ったどんな相手よりも迅速でした。
アルカイダは1988年にパキスタンで結成され、もとはゼネラルモーターズやトヨタのようなピラミッド型組織でした。
ところが、2003年にイラクに現れたアルカイダは、過去15年間で普及したITの力で、先ほど述べたような独自のDNAを持っていたのです。
複雑な環境に立ち向かうには、目の前の問題に適応し続ける組織が不可欠
これは、 クネビン・フレームワーク(Cynefin framework) という意思決定のフレームワークをベースにしています。
「複合的」な問題からお話しましょう。複合的な問題を理解するには、丹念に学び、小さな要素に分解することが重要です。
自動車のように無数のパーツからなる機械が例です。製造するのには複合的な工程が必要ですが、一度理解して作ってしまえば、あとはボタン1つで同じことを毎回繰り返せます。
複雑なシステムは、あらゆる要素が猛スピードで変わるため、ボタンを押した時に何が起こるのかわかりません。予測ができないため、事後分析するしかないのです。
そして、世界は複雑なシステムに向かっています。
一方、問題が常に変化し続ける複雑な環境は、複合的な組織では課題解決には至りません。
必要なのは、常に目の前の問題に適応する組織を作ることです。
ところが今は、競争の性質そのものが変わっています。まるでピラニアの群れのように、市場シェアを狙う1万社もの小さなスタートアップがいます。そのうちの9000社は失敗し、生き残った1000社はバラバラに動いていきます。
結末だけを見れば、大手の競合を相手にしたのと変わりませんが、攻撃が1000もの方向から来る分、反撃が難しいのです。
大企業は、複合的な課題を効率的に解決するためのものであって、複雑なシステムに適応するものではないからです。
企業は、新たな適応力を培わなければいけません。
これは、世界中の軍隊や政府、あらゆるたぐいの組織に当てはまるでしょう。
線引きをなくして、7500人が参加するビデオ会議でミッションを共有。大きな貢献を讃える
私が司令官を勤めていた統合特殊作戦コマンド(JSOC)は、優れた個人が密に団結した小規模のチームからなり、彼らが実質的な指揮を司っていました。
創設から22年間、組織全体の目的は「特定のミッションに対してどのチームを送り出すのかを選ぶこと」だけだったのです。
当時のテロリスト問題は、期間も規模も限られていました。変化しなくても特に支障はなく、軍隊の限界を知ることもありませんでした。
彼らと戦って初めて、軍隊の足並みを完全にそろえる必要があると分かったのです。
人は信用できない相手を嫌いますし、知らない相手を信用することはありません。これは国家や宗教、すべてに当てはまります。
もし、全体のつじつまが合うように、完璧なミッションを割り振れる組織トップがいたならば、理論的には問題はなかったでしょう。
でも、現実はそうはいきませんでした。組織全体がより大きなミッションに目を向ける必要があったんです。
米国軍の強みは、小規模チームのプライドと団結力です。それを維持しながら、隊員には組織全体のミッションと自分の役割を認識してほしかったのです。
野球に例えるなら、「あなたの打率はなんでもいい。肝心なのは、スコアボードに表示されたチーム全体のスコアだけだ」ということです。
大きなミッションに日々焦点を当てることで、徐々に理解が深まっていきました。
そこで、7500人が参加する90分のビデオ会議を、毎日実施しました。他の人のミッションや経験を目にすることで、相手に対する共感と感謝の気持ちが芽生えていったんです。
毎日戦闘を重ね、毎晩ミッションを実行しました。18カ月もすると、米軍はまったく異なる組織になっていました。私の司令官としての5年間の在任期間が終わるころも、まだ変化は続いていました。
ビデオ会議の目的は情報共有であり、意思決定ではありません。24時間以内の戦闘状況や今後の計画、のオペレーションの意味合いについて、組織横断的に話したのです。
また、ビデオ会議と同時並行で15のチャットルームを用意し、質問や知りたい情報を投げかけられるようにしました。
ビデオ会議の重要なメリットの1つは、メンバーの誰もがリーダーである私を直接知らなくてもいいことです。ビデオ会議を通じて毎日私を目にすることで、存在を確認できますから。私の考えを察し、より団結した文化を育むことができました。
「毎日90分ビデオ会議をする」のは特殊な環境下だったからでしたが、企業にも同じ方法を推奨します。
指揮系統のあらゆるレベルの人が意思決定し、実行できました。ITによってすべての状況に目を配ることができたため、誰かが道を逸れそうになれば他者が止めに入る、自己修正型のメカニズムが実現していったんです。
期待値が明確なら、組織をフラットにしなくても透明化できる
ただ、伝達に時間がかかることに加え、情報にフィルターがかかったり、時には誤って伝達されたりすることもありました。
柔軟性の見つけどころは難しかったですが、役職は残しました。階級と責任を明確にするためです。
そこで、中間層への期待値を大々的に伝えたんです。そして「下層部の人間が、上司の耳に先に入れることなく、指揮系統の全員に同時に発言した場合、上司に直接の責任はない」ことを明確にしました。
というのも、組織を再編成したりフラット化すれば、それはそれで新たな問題が多発するからです。
例えば、組織構造が変わったとしても、人の行動は同じままで、実態は変わらないということがあります。にもかかわらず、トップの人間は、あたかも変化があったかのように錯覚してしまいます。
ピラミッドの下層部にも意思決定の権限を与える必要があったということです。そこで、組織構造を保ったまま、情報共有と意思決定の変革に取り組んだのです。
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執筆
撮影・イラスト
高橋団
2019年に新卒でサイボウズに入社。サイボウズ式初の新人編集部員。神奈川出身。大学では学生記者として活動。スポーツとチームワークに興味があります。複業でスポーツを中心に写真を撮っています。
編集
三橋ゆか里
IT関連の話題をビジネス誌や女性誌などで執筆。BBC(英国放送協会)などで日本文化について発信し、2018年にイギリスで本を出版。海外の子育てネタを扱うポッドキャスト「HearMama」を配信中。ロサンゼルス在住。