自分の弱さを、周囲に開示しよう。近年、そんな言葉を耳にする機会が増えてきました。
2021年3月に出版された『マイノリティデザイン』も、まさに人々の弱さに着目した考え方を伝える1冊です。
弱さをポジティブに捉え、新しい発明につなげていく考え方が、マイノリティデザイン。たしかにその考えが広まると、世界は少しずつ、やさしくおもしろくなっていくはず──。一方で、まだまだ「弱さは克服すべきもの」という考えがあるのも事実です。
弱さに目を向けられるような風土を作るためには、どのような視点が必要なのでしょうか? 『マイノリティデザイン』著者の、澤田智洋さんにお話をうかがいました。
弱さをずっと隠してきた
あかし
自分の弱さをさらけ出したり、そこに向き合うことって、プライドや周囲の目などがじゃまをして、なかなか難しいと思うんです。
澤田
すごくわかります。ぼくも、ずっと弱さに蓋をして、自分の強さが活かせることばかりに目を向けていましたから。学生の時も、就職で広告会社に入社してからも。
僕がコピーライターという仕事を選んだのも、「言葉」という、自分が好きで強みだと思っているもので、他者より優位に立ちたかったから。
20代の頃は、弱さに全然向き合っていなかったですね。
あかし
けれど今では、『マイノリティデザイン』をいう書籍を出版されるほど、弱さをポジティブなものとして考えられていますよね。
澤田
そうですね。それには、福祉領域と関わるようになったことが大きく関係していると思います。
澤田智洋(さわだ・ともひろ)さん。1981年生まれ。幼少期をパリ、シカゴ、ロンドンで過ごした後、17歳の時に帰国。2004年に広告代理店へ入社し、2015年に、誰もが楽しめる新しいスポーツを開発する「世界ゆるスポーツ協会」を設立。 また、視覚障害者アテンドロボット「NIN_NIN」など、福祉領域におけるビジネスも多数プロデュースしている。著書に『ガチガチの世界をゆるめる』『マイノリティデザイン』。
あかし
息子さんの存在……ですか?
澤田
はい。本にも書いた通り、僕の息子は、生まれつき目が見えなかったんです。生まれてから数ヶ月で、障がいがあることが発覚して。
その事実がわかったとき、もうどうすればいいかわからなくなってしまって。そこでとにかく障がいのある当事者の方々にたくさん会いに行き、「社会モデル」という考え方を知りました。
社会モデルとは、「障がいのある人に責任がある」のではなく、「障がいのある人が生きにくい社会の方に責任がある」とする考え方です。
あかし
社会モデル、以前サイボウズ式で
熊谷先生を取材した際にも、教えていただきました。
たとえば、「車いすの方が段差を乗り越えられないから仕事に行けない」という状況があったとき、それは車いすの方が悪いのではなく、その方が段差を乗り越えられないような環境を作っている社会が悪い、とする考え方ですよね。
澤田
まさに。社会モデルを知ったとき、すごくいい考え方だなと思ったんです。極論、すべての人の「弱さ」は、社会のせいなんじゃないかと思えたから。
弱さを自分だけで抱え込まないでいい世界って、ホッとしますよね。
あかし
本当にそう思います。さらに澤田さんは、「弱さは新しい発明を生み出す」とも言われていますよね。
澤田
そうなんです。障がいのある方々と話していると、「弱さは新しい未来を創るんだ」と感じる機会が本当に多かったんですよ。
たとえば、火をつけるときに使うライターなども、もともとは片腕の人でも火を起こせるようにと作られたもの。「腕が一本ない」という弱さがあったからこそ、生み出された発明という説があります。
あかし
福祉という血が澤田さんの中に流れ出したとき、弱さへの向き合い方が変わった、と。
澤田
はい。その血が流れ出してからは、別人みたいに弱さをどんどん周囲にさらけ出すようになりました(笑)。
「スポーツができない」という自分の弱さに着目して、スポーツが苦手な人でも、障がいを持つ方でも楽しめる「
ゆるスポーツ」を作ったことは、その象徴ですね。
「ゆるスポーツ」では、これまで80以上の新しいスポーツを開発し、10万人以上が体験。海外からも注目を集めている
澤田
それまでは、広告の仕事をしていたこともあって、どうしても「強さ」ばかりに目を向けていたんです。大企業と一緒に、大規模キャンペーンを展開して、大勢の人に一気に刺していって……といったような。
でも今は、強さに着目する世界よりも、弱さに着目する世界の方がおもしろいなと思っています。
感情ではなくファクトで「弱さ」が認められればいい
あかし
弱さをポジティブに考えられるのはすごく素敵だし、必要な考えだと思います。でも、世の中──特にビジネスの世界では、まだまだ「弱さは克服するものだ」という考えを持つ方も多い気がしていて。
澤田
そうですよね。
あかし
たとえば朝起きられなくて寝坊してしまう人がいたとしたら、「それは朝起きられない人が悪いから、どうにかして朝起きれるようにするべきだ」、といったような。
本当は、朝起きるのが苦手なら、その人は夜に働けるような制度ができればいいなと思うのですが……。
ビジネスの世界で「社会モデル」の考えに変わっていくためには、何が必要だと思われますか?
澤田
いくつかアプローチはあると思うんですが、ひとつは「感情ではなくファクトで伝えていくこと」かなと思います。
一律の価値観にこだわっている人って、否定しがたい説得材料がないと、納得してくれないじゃないですか(笑)。
あかし
うーん、たしかに……(笑)。
澤田
「弱さって尊いよね」みたいな感情論だと、きっと納得してくれない。だから、科学的なアプローチで伝えていくというのはいいかもしれないですね。
今、脳科学の分野で、アメリカを中心に「ニューロダイバーシティ」という考え方が盛り上がっているんです。
あかし
ニューロダイバーシティ?
澤田
「ニューロ」は日本語に訳すと、「脳」や「神経由来の」という意味です。つまりニューロダイバーシティとは、脳の性質や神経の特徴はそもそも細胞レベルで違うのだから、それぞれの性質があって仕方がないよねといった考え方。
たとえばあかしさんは今、取材でメモを取っていないですよね。でも、メモを取った方が記憶しやすいか、取らない方が記憶しやすいかって、脳の特徴や神経の使い方の違いで決まっているんです。
あかし
なるほど。
澤田
だけど、ニューロダイバーシティを知らない人から見たら、メモを取っていない人が気になるというか。「俺が話しているのに!」と思ってしまう人もいる(笑)。
あかし
あはは(笑)。わかりやすいです。
澤田
弱さも同じで、本人のせいではなくて、脳の特徴や個性が違うだけ。どうにもならないことも多い。そういったことが今、脳科学的に証明されはじめているので、ファクトとともに「だから社会モデルという考えが必要なんだね!」と理解が進んでいくといいなと思います。
大事にしたいものが、「社会」なのか「自社」なのか
あかし
今まで澤田さんが出会われてきた中で、「弱さに目を向ける」会社と、そうではない会社の違いって何がありましたか?
澤田
うーん、なんでしょうね。大事にしたいものが「社会」が先にあるか、「自社」が先にあるかは大きな視点としてあると思います。
あかし
社会が先か、自社が先か?
澤田
たとえば企業のCMを作るとき、「自分たちの企業の強さをどう伝えていくか」みたいな会話が中心にある会社は、ある意味で、社会全体にあんまり目を向けていないと思うんです。
企業の強みを、広告でどうやってキャッチーにチャーミングに伝えるかって、ポジショントークでしかないんですよね。
あかし
なるほど。
澤田
だけど、自分たちの強さではなく、だれかの弱さに目を向ける会社は、社会全体のことを考えています。
僕が以前携わった、ユナイテッドアローズさんとのプロジェクトで、障がいのある人を起点に服を作る「041(オールフォーワン)」というものがあったんですけど。
「着脱しづらいし、車輪に巻き込んでしまう可能性がある」と、スカートを履くことを諦めていた車椅子の方のために作ったロングスカート
澤田
もしユナイテッドアローズが「強さ」にばかり目を向ける会社だったら、このプロジェクトは生まれなかったと思います。
でも、「筋力が弱くてボタンの開閉ができない」とか「目が見えないからコーディネートができない」といった、障がいのある人たちが抱えている個人課題を知ったとき、彼らは即座に「やるしかない」という判断をしたんですよね。
それは自社の利益の前に、まずは社会の中に潜む困っている人を助けたいという一心で。
あかし
大事にしているものが、「自社の利益」よりも「社会」にあったんですね。
澤田
はい。だから、「社会 feat.自社」という視点は、弱さと向き合う上で欠かせない視点なのだと思います。
自分たちのポジションで社会のために何ができるかな、というスタンスは、健全なビジネス活動を生み出します。「困っている誰かを助ける」のが、働くことの本質なので。
あかし
すごく納得しました……。マイノリティデザインは、本来の「働く」という意味に立ち戻るための考え方なのかもしれませんね。
弱さに着目すべきタイミングは、人それぞれ
澤田
でも、会社やチームとして、今のやり方で上手くいっていて売上もどんどん伸びていっているんだったら、「弱さ」に着目しないのも当たり前だよな、とも僕は思っています。
あかし
弱さは、無理をして向き合うものでもないと。
澤田
はい。でも、何かの困難に陥ったり、売上が踊り場に達してしまったりしたときって、きっと今までと違うやり方を取らなくちゃいけなくて。
仕事でもプライベートでも、生きていると、迷子になることってありますよね。
そのときに「弱さと向き合うこと」はとても有効だと思います。
あかし
なるほど。たしかにサイボウズも、会社の売上が止まって離職率が高くなってしまったときに、「社員一人ひとりの困りごとや要望に向き合って組織をよくしていく」という、弱さに着目した変化が起きています。
澤田
まさにそうですよね。だから、何か困難に陥ったときこそが、個人やチームが弱さと向き合う瞬間なのかな、と思います。
そして、「弱さとの向き合い方」には、いくつかの方向性があるんですよ。
あかし
いくつかの方向性?
澤田
会社の弱さを徹底的に洗い出してそれに向き合っていくという方法もあるし、社員自身の弱さに着目して、社員一人ひとりの小さな物語からはじめて、ゆっくり成長させていくというやり方もある。
あるいは、自分たちの企業に対して苦手意識を持っている人に向き合う、といった形もあります。サイボウズのことを知らない、自分とは関係ないと思っている「サイボウズマイノリティ」の方はまだまだいらっしゃると思うので。
あかし
弱さにもいろいろ種類がある。どの「弱さ」に向き合うかは、置かれている立場や状況によって変わっていきそうですね。
澤田
はい。どれを選ぶかは、好みや、誰がそれらを推進するかにもよりますよね。その会社のトップや経営企画の人たちなのか、社員の人たちなのか……。
小さなチームであれば、まずは自分や仲間の弱さといった、小さな主語ではじめていってもいいんじゃないかな。
チームで「社会モデルブレスト」をするのは楽しい
あかし
最後に、チーム内で「自分や仲間の弱さと向き合っていこう」となったときに、すぐに実践できるような具体的なアイデアがあれば教えていただきたいです。
澤田
ぼくもよくやるのですが、「社会モデルブレスト」がおすすめですね。
あかし
社会モデルブレスト?
澤田
たとえば「プレゼンが下手」なことについて悩んでいる人がいたときに、「あなたは悪くない」という前提で話をするんです。
「論理立ててなめらかに、クリアに話せる」ことが「プレゼンがうまい」とされている社会の前提がおかしいよね、と。
あかし
なるほど。私もなめらかにクリアに話すことが苦手で、プレゼンがうまくできないのは自分の弱みだと思っていました。
澤田
社会モデルブレストでは、「論理立ててなめらかに話せない」人でも活きるプレゼンスタイルってなんだろうね、と議論していく。そうすると、プレゼンに対する新しい発明やアイデアが生まれていくんです。
あかし
ああ、すごくいいですね。やってみたい。
澤田
でも社会ブレストをやるときに気をつけなくてはいけないことがあって。
それは、「弱さ」の「深さ」です。
あかし
弱さの深さ?
澤田
プレゼンに対して、思い出すとパニックになってしまうほどのトラウマを抱えている人がいれば、その「弱さ」にはこだわらない方がいい。
だからポイントとしては、「ちょっと悩んでるんだけどね」と、仲間に開示できるくらいのことを「弱さ」と定義して、社会モデル化していくところから始めてみる。
あかし
たしかに、誰にも言えないような弱さから、人に笑って話せる弱さまで、深さはいろいろありますね。
澤田
そうそう。開示したくないものを、無理に言う必要はないんです。だから、「おもしろがれそうな自分の弱さ」をまず発見するのが、弱さと向き合うための一歩なんです。
それができると、きっと少しずつ、考え方も変わっていく。そしてその先には、世界を変えるようなおもしろい発見やアイデアが待っているんじゃないかなと思います。
執筆・あかしゆか/アイキャッチデザイン・古本実加