「誰のせいにもしない」文化が、組織の多様化と問題解決を進めていく──熊谷晋一郎×青野慶久

外見や性格、趣味嗜好、家族構成、持っている病気──。大なり小なり誰もが「違い」を持っていて、この世に1人として同じ人はいません。多様な個性を持つ全員がいきいきと働く組織は、どのようにつくられるのでしょうか。
サイボウズの代表取締役社長・青野は、 「100人100通りの働き方」 を実現する組織づくりに取り組んでいます。その問いを深めるために今回会いに行ったのは、東京大学准教授の熊谷晋一郎さん。
熊谷さんは、障害や病気などの「困りごと」を抱える当事者が、仲間と助け合ってそのメカニズムや対処法を探っていく「当事者研究」の研究者であり、ご自身も脳性麻痺の当事者です。 障害や病気の有無にかかわらず、多様な個人、誰にとっても働きやすい組織を実現するために必要な文化とは──?
「障害者」ではなく「万能ではない人のうちの1人」でいられるチームがあった



熊谷晋一郎(くまがや・しんいちろう)。東京大学先端科学技術研究センター准教授/医師。1977年山口県生まれ。新生児仮死の後遺症で、脳性麻痺に。以後車いすでの生活となる。東京大学医学部医学科卒業後、千葉西病院小児科、埼玉医科大学小児心臓科での勤務、東京大学大学院医学系研究科博士課程での研究生活を経て、現職。専門は小児科学、当事者研究。




はじめは誰もが失敗をするものですが、車椅子に乗っている私の「失敗のインパクト」は他の研修医よりも大きい。当然、親御さんからの申し出で、担当を外されることもありました。
同期たちが失敗を糧に技術を磨いて一人前になっていくなかで、私は焦りと失敗の悪循環に陥ってしまったんです。


私のように障害がある者が、医療現場でチャレンジすること自体が利己的すぎるのではないか。1年目の職場では、私自身も自分を説得できずにいました。




青野慶久(あおの・よしひさ)。1971年生まれ。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立した。2005年4月には代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を行い、2011年からは、事業のクラウド化を推進。著書に、『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない』(PHP研究所)など。

採血ができない私に「1000本ノックだ!」と苦手を克服する環境を与えてくれ、1ヶ月後には当直も任せられるようになりました。


たとえば、私は口で注射器をくわえるので、看護師さんたちは独自のフォーメーションを組んでくれます。


「失敗を減らしたければ、失敗を許容しなければならない」

それは、「失敗に対する考え方」の違いです。



この学問でわかっていることは、「失敗を減らしたければ、失敗を許容しなければならない」ということでして。


大事なのは、失敗が起きたときに、個人に原因を押しつけるのではなく、「組織全体に帰属し、何が悪かったのか」をみんなで研究すること。
そのように、失敗を許容して学習を最大化する文化を「ジャストカルチャー」と呼んでいます。


マニュアルに沿うのではなく、その瞬間に集中することが大事





私が1年目に何度も読んだ採血マニュアルには、「正しい手段」しか書かれていません。ことごとく私の身体ではできないことばかりで、本当に困りました。


平均値でつくられているマニュアルではできないことも、目的を重視すれば、手段を柔軟に変えることができる。すると、障害者にも居場所ができるんです。


経営も同じで、平均値のマニュアルで語られることは必ずしも「正解」ではありません。ビジネスの現場でも、マニュアルに沿うのではなく、その瞬間に集中することが大事だと思います。



「見えやすい障害」と「見えにくい障害」があり、後者を研究する必要がある

誰もが生きやすい社会にするには、「見えにくい障害」をいかに研究するかが大事なのではないかと思っています。


見えやすい障害のある人は、満員電車で舌打ちされたり、排除されやすかったり、大変さがある一方で、表現コストを節約できる。
社会のなかでどんな困りごとを抱えていて、どんな手立てが必要なのか、言葉で伝えなくても察してもらうことができるんです。



ほかの人との「違い」に気づいても、理由がわからないから解決策が見つからず、苦しい状態に置かれ続けてしまいます。そして障害が見えないから、「努力が足りない」「意思が弱い」といったように人格を否定してやり過ごすしかない。


だから、モノを投げたり、叫んだり、「問題行動」と言われるような何らかの症状を発することでしか、他者とコミュニケーションを取ることができない状況まで追い込まれたとしても不思議ではないんです。



そこで生まれたのが、自分自身を研究対象に、仲間たちと困りごとを解きほぐしていく「当事者研究」という取り組みです。
研究者として、問題と自身を切り分けて、観察する


ひとつは「反芻(はんすう)」モード。問題行動を起こした自分を、取り調べをするように責めていく方法です。「なんでやったんだ?」と追い込んでいく。


それに比べて対照的なのが「省察(しょうさつ)」モードです。自分の起こした問題行動を、まるで自然現象を観察するように振り返ります。


放火を起こしてしまったのはなぜなのか。どんな困りごとがあったのか。周囲の状況、自分の感情を、客観的に分析していきます。



そうすると、問題行動に対する解釈が変わってくるんです。問題行動や症状は、取りのぞくべき無意味な邪魔者ではない。何かほかのところに困りごとがあると知らせてくれる、意味のあるシグナルだと受け止められます。

他責でも自責でもなく「無責」で考えると、自分やチームのことがわかってくる

先ほど熊谷先生がおっしゃった「問題の外在化」は、無責にも近いのかな、と思いました。



起きるべくして起きたと「無責化」すれば、チームでおたがいを責め合わずにすみます。

無責化して、複雑に絡み合う問題を解きほぐし、誰かと共有することで、はじめて一人ひとりに心からの反省が湧き出てくることも多い。本当の反省をするためには、いったん無責化することが前提条件になるのではないでしょうか。
自分の困りごとを知る「健常者の当事者研究」が必要な時代


これまでの当事者研究の主な対象は、見えにくい障害を持つ「障害者」でしたが、社会が急速に変化するなかで、健常者も言葉にし難い困りごとを抱えるようになっています。
自分の困難を表現する言葉を持たず、原因もわからないと、苦しいですよね。






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執筆

撮影・イラスト

橋本 美花
主に人物写真を撮らせていただいているカメラマンです。お仕事以外では海外へ行ってスナップ写真を撮ることが大好きです。自転車に乗りながら歌うことも好きです。
編集

あかしゆか
1992年生まれ、京都出身、東京在住。 大学時代に本屋で働いた経験から、文章に関わる仕事がしたいと編集者を目指すように。2015年サイボウズへ新卒で入社。製品プロモーション、サイボウズ式編集部での経験を経て、2020年フリーランスへ。現在は、ウェブや紙など媒体を問わず、編集者・ライターとして活動をしている。