「オンラインではうまく意思疎通が図れない」
「テレワークで相手とのすれ違いを感じるようになった」
そんな問題意識を持つ人が増えています。コロナ禍によって働き方が大きく変化したこの1年あまり、組織におけるコミュニケーションのあり方がさまざまな場所で議論されてきました。
ところで、なぜわたしたちは意思疎通の難しさや他者とのすれ違いを感じてしまうのでしょうか? これらは本当に、オンラインの環境が原因なのでしょうか?
「本当の問題は『問題がないと思い込んでいたオフライン』にある」
こう語るのは『具体と抽象』『アナロジー思考』の著者 細谷功さん。ビジネスコンサルタントとして、多様な背景を持つメンバーが集まるプロジェクトに携わってきた細谷さんは、仕事において「共通の型」を持つことの必要性を感じてきたと言います。
すれ違いの理由を認識し、他者とのコミュニケーションを深めるための実践知を聞きました。
細谷 功(ほそや・いさお)さん。東京大学工学部卒業後、株式会社東芝を経てコンサルティングファームで業務改革(新製品開発、営業・マーケティング、生産領域)や戦略策定(技術領域、システム領域など)、グローバルERP導入、プロジェクトマネジメント、チェンジマネジメントなどに携わる。近年は著述・企業研修を中心に活動中。ロングセラーとなった『地頭力を鍛える〜問題解決に活かすフェルミ推定』(東洋経済新報社)、『具体と抽象』(dZERO)など著書多数。(提供写真:阿久津知宏さん)
伝わることを前提としたコミュニケーションは「幻想」
編集部
テレワークの導入によって、オンラインでのコミュニケーションが増え「相手が何を言いたいのかつかめない」「自分の言いたいことがうまく伝わらない」といった悩みを持つ人が増えているように感じます。
細谷 功
そうした声はよく聞きますね。
そもそも、「相手の言いたいことが正確にわかるはず」「自分の意図が正確に伝わるはずだ」という思い込みがあるのではないでしょうか。
わたしは大前提として、伝わることを前提としたコミュニケーションは幻想だと思っています。
編集部
幻想ですか……。
細谷 功
はい。違う視点で考えると「簡単には伝わらないこと」を前提として考えれば、ほとんどのコミュニケーションの問題は解決に近づくと思います。
編集部
伝わらない理由を考えていくことで、問題は解決できると。具体的にはどんな要因が伝わらなさを生んでいるのでしょう。
細谷 功
相手と自分が同じものを見ているという勘違いですね。たとえば「部分と全体」がすれ違っていることが多いです。
編集部
どういうことでしょうか。
細谷 功
たとえば、スポーツ選手が試合でよい結果を残せず、批判されていたとします。
その選手の不調の原因が「ケガをして試合に出ていたから」だとわかったら、批判はやわらぎ、場合によっては美談になるかもしれません。
編集部
最初は「よい結果を残せなかった」という部分しか見えていなかったと。
細谷 功
はい。
ただ、ケガの事実が全体像とも限りません。もし原因が「前日に酒を飲みすぎて暴れたから」だとしたら……。
編集部
再び批判の嵐となってしまいそうです。
細谷 功
では、なぜ暴れるくらい酒を飲んでしまったのか? そうやって掘りさげていくと、ひとつの部分的な事実から全体像へたどり着くのは簡単ではないとわかるはずです。
編集部
見えている部分が違うことで、受け取るものが変わり、すれ違いが起こってしまうんですね。
事実だと思っていても、そこに解釈が含まれる
編集部
仕事ですれ違いの一例として、言葉のとらえ方の違いから、認識の齟齬が起きてしまうことがあります。
細谷 功
言葉に対するそれぞれの定義は曖昧ですよね。
言葉に対するイメージをそれぞれで可視化してみると、互いのとらえ方がどう違うのかが見えてきますよ。
編集部
具体的にはどのように行うのでしょうか。
細谷 功
おすすめしたいのは、「DoubRing」(ダブリング)という思考の可視化のためのツールを使うことです。
たとえば「仕事と遊び」という2つの言葉をどのようにとらえているのかは、人によってさまざまですよね。
そのとらえ方を「大小関係」と「重なり関係」に絞ることによって9パターンに限定して可視化すれば、違いに気づくことができます。
仕事(A)と遊び(B)のどちらに重きを置いているか、どのような重なり関係にあるのかは、人それぞれだ。仕事と遊びの大きさが同じで、一部が交わっているのがパターン5。細谷功さんのnote記事『DoubRingで思考を可視化する』より。
編集部
いまのお話を聞いて、それぞれの解釈の違いに立ち止まることの大切さをあらためて認識しました。そこで思い出したのが、サイボウズにある「事実と解釈」を切り分ける考え方です。
コミュニケーションにおいて、何が事実で何が解釈かを分けて議論するようにしています。
細谷 功
いいですね。
ただ、事実と解釈を考える上では、「多くのものは解釈になってしまう」という点にも気をつけたいですね。
編集部
確信を持って本当に事実だと言えるものは少ない、ということですか?
細谷 功
はい。
たとえば「道に石が落ちている」というのはその言葉そのもの事実ですが、それを人に伝えたとたんにそこには必ず文脈が存在しますから、何等かの解釈が必ず含まれてしまうはずです。
ここでいう文脈というのは、「いつ」「どこで」「誰に」「どうやって」(ツール、表情や言い方等)伝えたかです。道に石が落ちていることを人に伝えた時点で、なんらかの解釈が含まれてしまうということです。
編集部
本人は事実だと思って人に伝えていても、実は解釈は常に含まれているものだ、と。
細谷 功
また、数字で語ればすべてが同じ解釈になるというわけでもありません。
「今年の売り上げは1億円で、昨年より20%増えました」と聞いたらどう思いますか?
編集部
業績が好調に推移しているのだと感じます。
細谷 功
ところが、実は一昨年と比べて売り上げが40%減っているとしたら?
編集部
1億円という売り上げの印象が大きく変わりますね。
質問は「自分が見えていない世界を理解する」きっかけになる
編集部
なんとなく見ているものや解釈が違うことがわかっても、それをすり合わせるのは簡単ではないと感じます。
すり合わせで大切なことはなんでしょう。
細谷 功
「自分には知らないことがある」「自分の外側には想像もしない世界が広がっている」という認識ですね。
ギリシャ時代の哲学者のソクラテスが唱えたといわれている「無知の知」というか。
編集部
わかったつもりにならないことが大事なのでしょうか。
細谷 功
相手は、自分が見ていない別の何かを見ているんじゃないか。
そう思っていれば、行き違いが発生したときにはいきなり「怒る」ではなく「まず質問する」という行動になるはずです。「どういう意味ですか?」と。
仕事においては、怒ってしまうと、自分が見えていない世界を理解するきっかけを失ってしまうんですよね。だから怒る前に、ぜひ質問してみてほしいです。
編集部
「わからないと伝えることが怖い」と思ってしまう場合もありそうです。
「わからない」と言ってしまうことで、自分の評価をさげてしまうのではないかと不安になってしまうなと。
細谷 功
そうですね。だからこそ、組織においては「わからないことがあったら質問していい」という文化や環境を作っていくことが大切だと思います。
編集部
サイボウズの場合は「質問責任」「説明責任」という文化があります。
「わからないことがあったら積極的に質問しましょう」「質問されたら誠実に答えましょう」と。
細谷 功
いいですね。そうやって行動ベースで質問を促していくことが、コミュニケーションのすれ違いをなくす第一歩だと思います。
編集部
すり合わせをしていく上で、「的確な質問をしなければ」と焦ってしまう場合もあると思うんです。その場合はどうすればいいんでしょう。
細谷 功
相手と自分がどの部分で違っているのか。それを切り分けるための軸を見出すことが大切です。
編集部
軸ですか?
細谷 功
どのような視点でものごとを見ているのか、ということです。「部分と全体」もそのひとつ。「具体と抽象」「過去と未来」もそうです。
編集部
どうやって軸を見つけていけばいいのでしょう。
細谷 功
自分が見えているものや解釈を伝えて、具体的に可視化してみることですね。それぞれ何が見えていて、何が見えていないのか違いを見つけていく。
そうすると軸が見えてきます。要はどこに違いがあるのかをなんらかの対立軸でとらえて、「Aさんは○○だけどBさんは××だ」(○○と××は対立概念)ととらえられればギャップが浮彫になったことになります。
編集部
そう考えると、すれ違いは、情報が足りないから起きることが多いのかもしれないですね。
オンラインで「伝わっていないこと」を意識しやすくなったのはよい傾向
編集部
ここまで話を伺って、オンラインだからすれ違うというよりも、そもそもの課題が増幅されているだけではないかと感じました。
細谷 功
単純に字数が少ないとか、絵が見えづらいといったオンラインの特徴によって「部分と全体の誤解」が起きやくすなってはいる。
その意味では、オンライン化によってコミュニケーションギャップが発生するのは事実なのかもしれません。
ただわたしは、これはよい傾向だと思っています。
編集部
よい傾向、ですか?
細谷 功
はい。オンラインのコミュニケーションが増えたことで、私たちは「伝わっていないこと」を以前よりも明確に意識できるようになったのではないでしょうか。
編集部
たしかに、オフラインのときには「伝わっていないことに気づけなかった」だけなのかもしれません。
問題がないと思っていただけで、本当に問題がないわけではない。
細谷 功
そう、「問題がない」と思っている状態は、抽象度を上げると「問題がある」んです。
いちばんまずいのは「うちの職場にはコミュニケーションギャップなんてない」と思い込んでいる状態ですね。
よくあるのは、部下が「あの上司とうまくいっていない」と悩んでいるのに、上司に聞きに行くと「いや、問題はまったくないですよ」と答えるケース。これは最悪です。
編集部
問題がないと思っていることが問題。
細谷 功
はい。本来は「問題は必ずどこにも存在する」と考えた方がいいんです。
編集部
問題がないと思い込んでいる上司に対しては、どのように働きかければいいのでしょうか?
細谷 功
残念ながら「部下側からの解決策はありません」という回答になってしまいます。外部からの働きかけでは、気づきの一歩をもたらすことはできないんですよ。
いわば「ダメ上司の本は、当のダメ上司は読まない」の法則です。ダメ上司を持つ部下が悩み、解決策の書かれた本を読む。
「上司に知ってほしい」と思ってその本を持っていくけれど、「ああ、いるよね、こんなダメ上司」という感想をもらっておしまい。
編集部
自分だけでどうにかできる問題ではないということですよね。
職場の文化づくりやルール設計の部分で、「互いにわかり合えないこと」を自覚しやすくするためにできることはあるのでしょうか?
細谷 功
「気づく」というのはあくまでも自動詞です。自発的な行動につながるような仕組みを作るしかありません。
日本神話に出てくる「天岩戸」の話のように、(心の)扉は内側からは開いても外側から無理やり開けることはできません。相手が内側から開けるのを待つしかない。
外にいる人たちにできるのは、あらゆる見せ方を試しつつ、おもしろそうなどんちゃん騒ぎを続けて、中にいる人が気になって開けるのを待つことだけです。
編集部
どこかの段階で気づいてもらえることを気長に待つしかないと。
細谷 功
そもそも、「あの人は気づいていない」と思うこと自体が傲慢なのかもしれませんね。「気づかせてやろう」と思う時点で、相手の一部分しか見えていないのではないでしょうか。
相手には、何か気づかない理由があるのではないか。常にそう考えて、いくつものやり方で工夫してみることがコミュニケーションのズレをなくしていくためには必要なのだと思います。
企画・編集:サイボウズ式編集部/執筆:多田慎介/イラスト:あさののい