「テレワークで、仕事と育児・介護を両立しよう」。多様な働き方の広がり、このようなメッセージを見聞きする機会が増えました。
「うちはテレワークができるから、親の介護が必要になったとしても何とかなるだろう」「テレワークで子育てもしやすくなったし、介護だってきっと両立できるはず」と考える人は少なくないでしょう。
しかし、介護支援コンサルティングや普及啓発などを行うNPO法人「となりのかいご」代表理事の川内潤さんは「親の介護のために、テレワークをしてはいけない」と言います。
その言葉には、要介護者を抱える家族の悩みに寄り添い続ける川内さんが見てきた「テレワークしながらの介護の実態」が反映されています。
仕事と介護を両立するとは、どういうことなのか。テレワークを活かした「親との向き合い方」とは。川内さんに聞きました。
テレワークが原因で、介護がつらくなる
竹内
仕事と育児・介護を両立できるようにと、テレワークを導入している企業は少なくありません。
でも、川内さんが「仕事と介護の両立にテレワークは有効ではない」と情報発信されていたので驚きました。
川内
国も介護とテレワークの両立を推進していますし、実際にテレワークを活用して親の介護をしようとする人は少なくありません。
しかし、僕は基本的に、家族を介護する方はテレワークをしないようにとアドバイスしています。
川内潤(かわうち・じゅん)。1980年生まれ。上智大学文学部社会福祉学科卒業。老人ホーム紹介事業、外資系コンサル会社、在宅・施設介護職員を経て、2008年に市民団体「となりのかいご」設立。2014年に「となりのかいご」をNPO法人化、代表理事に就任。厚労省「令和2年度仕事と介護の両立支援カリキュラム事業」委員、社会福祉推進事業「重層的支援体制整備事業『参加支援』推進のための手引」有識者会議参画。著書に『わたしたちの親不孝介護 「親孝行の呪い」から自由になろう』(日経BP)がある
竹内
介護とテレワークは両立できないということでしょうか。いつでも親の様子を確認できれば、安心できそうなイメージがありますけど……。
川内
心身が不自由な親を見守りながら仕事するのは、そう簡単ではありません。そばにいる親の様子が気になって、仕事に集中できなくなると思いますよ。
わたしたち介護のプロでも、自分の親となれば介護とテレワークの両立は難しいです。
竹内
プロでも……ですか?
川内
テレワーク中、「親が自力で歩けているか不安で、杖の音をいつも気にしてしまう」「認知症の親がWeb会議に何度も入ってくる」となれば、仕事どころではなくなります。
その結果、仕事の生産性は下がり、適切な働き方ができなくなるでしょう。
竹内
そのような弊害があるのですね。
川内
しかも、子どもがていねいなケアをするほど、親は介護の外部サービスを拒否するんです。子どもがケアしてくれるから、デイサービスなどを利用する必要がなくなるので。
そうなると、親に介護のプロが研鑽した技術が提供されなくなってしまう。その結果、トレーニングを受けていないご家族がプロの何倍もの時間をかけてケアをすることになります。
そして、おたがいにストレスが溜まり、家族の関係が壊れてしまうんです。
竹内
子どもはよかれと思ってやったのに、最悪な結果になってしまうわけですね。
「自己犠牲」を介護の目的にしない
竹内
テレワークと育児を両立している人はたくさんいます。一方、介護との両立が難しいのはなぜでしょうか?
竹内義晴(たけうち・よしはる)。1971年、新潟県妙高市生まれ・在住。マーケティング本部 ブランディング部 兼 ソーシャルデザインラボ 所属。NPO法人しごとのみらいを経営しながら、サイボウズで複業している。新潟で高齢の両親と同居しながら、テレワークで働いている。
川内
育児と介護では、その過程に起こることや、行動から得られる結果が全然違うからです。
徐々に成長する子どもを見守っていると、「こんなこともできるようになったんだ」とたくさんの喜びが得られるでしょう。
一方、できないことが増えていく親の姿を直視するのは、つらいものです。喜ばしい場面は、ほとんどありません。
竹内
たしかに、わたしも年老いた両親と同居していますが、親が老いていく状況と直面するのはメンタルが削られます。
川内
ですよね。また、育児には手離れしていく目処が立ちやすいですが、ほとんどの介護に目処を立てるのは困難です。癌などで余命宣告されていない限り、基本的に介護はどこまで続くかわからないので。
竹内
そうですね。
川内
さらに、育児は親子の信頼関係が築ける一方、介護はかかわるだけ家族関係が悪くなる傾向にあるんです。おたがいに思うようにならないストレスから、きつい言葉を発してしまったりするので。
そのような精神的負担が仕事にマイナスの影響を与え、介護のために本業の仕事を辞めてしまう、いわゆる「介護離職」につながるケースが少なくありません。
竹内
介護の場合、どれだけがんばったとしても、必ずしも報われるわけではないんですね。
川内
そうなんです。でも、ほとんどの日本人は「がんばれば、なんとかなる」と思っていて、その感覚を社会から嫌というほど刷り込まれていますよね。
でも、介護では、その感覚は役立ちません。わたしが知る限り、テレワークでいつでも親の近くにいれるようになった結果、おたがいが幸せになったケースはほとんどありません。
実際、厚労省のデータによれば、コロナ禍で世の中にテレワークが浸透したあと、介護離職した人の数は増えています。やっぱり、「テレワークは仕事と介護を両立するための解決策じゃない」と言えるのではないでしょうか。
竹内
自分を犠牲にして、親にたくさん尽くしても結果が出ないとなれば、何を目標に介護すればいいのでしょうか?
川内
「親がいかなる介護状態になったとしても、良好な親子関係を維持すること」を目標にするのがいいと思います。
そのためにも、外部の介護サービス、介護のプロの力を積極的に頼ってほしいんです。
介護する側の「がんばりすぎ」が、プロを消耗させる
竹内
良好な親子関係を維持するためには、介護のプロを頼る必要があるんですね。とはいえ、まずどこに相談すればいいのでしょうか?
川内
介護に関する地域のさまざまな情報が集まる「地域包括支援センター(※)」に電話で相談するのがおすすめです。
※各市区町村に設置された、地域に密着した総合相談窓口。高齢者および高齢者を支える人たちが利用でき、高齢者の健康面や生活全般に関する相談を受け付けている。相談内容は、日常生活でのちょっとした心配事から、病気や介護、金銭的な問題、虐待など。保健師・社会福祉士・主任ケアマネジャー(主任介護支援専門員)などの専門スタッフが対応してくれる。総合相談や介護予防ケアマネジメントについて、無料で利用可能。
川内
地域包括支援センターで働く職員は、地域の大事な社会資源です。しかし、ご家族ががんばって介護すればするほど、職員の仕事が増えてしまう構造になっているんです。
竹内
一体どういうことでしょう? 家族ががんばって介護するなら、その分、職員の仕事は減りそうなものですが……。
川内
よくあるのが、介護する家族が途中で力尽きてしまい、いきなり職員が介入しなくてはならなくなるケースです。
たとえば、独り暮らしの親御さんを介護しようと、実家でテレワークすることにした人がいるとします。
その人は親御さんから過剰に頼られて、日中は仕事になりません。夜中に残業することになり、睡眠時間が削られていき、ついには倒れてしまった。
そうなると、地域包括支援センターの職員たちが、親御さんを受け入れるショートステイ先を緊急で探すことになります。
竹内
介護する家族ががんばりすぎてしまうことで、最終的には介護のプロに負担を強いてしまうんですね。
川内
はい。だから、職員を守るためにも、親の様子が心配になった段階で、まず地域包括支援センターに相談してほしくて。
相談を受けた職員は、親御さんのところにタイミングを見て通いながら信頼関係を構築していき、よいケアがしやすくなります。
竹内
なるほど、地域包括支援センターへ早めに相談することで、プロの負担が減り、なおかつよいケアにつながるわけですね。
川内
決して、「家族が直接世話するのがいちばんいい」なんていう幻想は抱かないでほしいんです。
わたしたちのような介護の専門職でも、認知症の方と穏やかにコミュニケーションがとれるようになるまで数年はかかります。ただ話しかければいいのではなく、その方の記憶の状況に合わせて、いろいろなテーマを展開しなければいけないので。
竹内
よいケアをするには、想像以上に高度な技術が必要なんですね。
川内
そうなんですよ。「家族をがんばってお世話したい」という気持ちには、わたしも共感します。でも、よいケアを届けようとするとき、その気持ちが必ずしもプラスには働きません。
従業員の介護リテラシーを高めることが、人事戦略につながる
川内
「介護」って、就職や結婚、出産と同じようにライフステージのひとつでしかないんですよね。にもかかわらず、いざ直面すると介護する側が身構えすぎて疲弊し、おたがいが不幸になっていく。
竹内
義務教育でも介護について勉強しないので、改めて考えてみると介護の実態ってよくわからなくて……。
川内
そういう方って多いんです。各地域で介護情報を発信していますが、いそがしいビジネスパーソンは確認する暇がないでしょう。とはいえ、わたしたちが生きていく上で介護は切り離すことはできません。
介護をしながら働く人が増えていく社会で、介護についてしっかりと伝えていくことができる場って、企業だけだと思うんです。
竹内
介護は家族の話なのに、それを伝えられるのが企業だけなのって、不思議な感じがします。
川内
ですよね。いま、企業ができることは何か。それは、プッシュ型で従業員の介護リテラシーを高めることです。
たとえば、「できるだけ家族が面倒を見て、どうにもならなくなってから介護のプロに頼むべき」という“親孝行の呪い”にかかっていないかどうか、従業員に自覚を促す。かつ、その呪いを解くことが必要です。
そうすれば、多くの従業員が介護のプロの手を借りながら、介護しながらでも生産性を落とさずに働くことができます。
竹内
うんうん。
川内
これからの時代、福利厚生として介護支援を盛り込むだけでは足りないんです。
従業員のロイヤリティを高める、または介護があっても生産性を落とさない従業員を育てるために、「人事戦略」として従業員の介護リテラシーを高めていく。
そうすれば、要介護状態になりやすい団塊世代が今後ますます増加していくなか、企業の主戦力となる現在50歳前後の団塊ジュニア世代が介護問題に直面しても、離職せずに済みます。こんなに費用対効果が高い支援はありません。
竹内
たしかに、重要な人事戦略ですね。
竹内
ひとつ気になったのですが、従業員だけでなく、従業員の家族も介護リテラシーを高めないと、従業員はいつまでも“親孝行の呪い”に苦しめ続けられるんじゃないかな、と。
川内
おっしゃるとおりです。だから、当法人「となりのかいご」が支援する企業の介護セミナーや個別相談には、従業員のご家族も同席できるようにして、介護リテラシーの浸透に努めています。
竹内
企業の介護セミナーに家族も参加できるのは手厚いですね。
川内
ただ、それでも「親のためなら、子どもは自分を犠牲にすべき」といった固定観念を持ち続ける方もいます。そのような身内から「なぜ介護しないんだ!」と責められてしまう方もいるでしょう。
そのときの対応方法は、地域包括支援センターの職員から説明するので、まず相談してみるのがいいでしょう。身内の方の感情を受け止めた上で、やるべきことを具体的に提示していきます。
竹内
よいケアにつながる方法を教えてくれる第三者とつながることが大事なんですね。
川内
そうです。まずは第三者が「おたがいの距離感を大切にしたほうが、親御さんのためになりますよ」と伝えることが大事で。
それは人事担当者にもできることですし、利害関係が発生するのであれば、わたしたちのような介護・福祉の専門家から客観的なアドバイスをすることもできます。
テレワークを使った介護は、あくまで「ひとつの手段」
竹内
「テレワークできるから、親の介護ができるようになる」と考える人は多いでしょう。でも、現実はそう甘くないことがよくわかりました。
川内
「デイサービスを利用したり、施設に入れたりするのは後ろめたい」という気持ちを解消するためにテレワークを使って介護しようとする人がいます。
でも、そうやって自分を犠牲にしても、絶対によい介護はできません。どこかで必ず「親のせいで犠牲を払った」と感じて、親の長生きを喜べなくなるはずです。
竹内
それでは、介護する側もされる側も苦しいですね。
川内
ええ。その状況は、もうどんなにがんばっても「よい介護」とは呼べないと思います。親子関係だって、ほぼ崩壊していると言えるでしょう。
竹内
たしかに。
川内
働きながら親の介護をする「ビジネスケアラー」の問題と直面したとき、わたしたちには「自分を大事にして働くとは何か」が問われています。
介護でテレワークを選択するとき、「みんながしているから」とか「これが常識じゃん」で済ませていませんか、と。
介護相談でも「ほかの方はどうされていますか?」とよく聞かれます。でも、周りは関係ないんですよ。
竹内
周りではなく、自分はどうしたいか。
川内
そこがスタートです。誰でもいつかは「老い」を迎えて、身体が思うように動かなくなります。だから、まず親の「老い」を受け入れることが大切です。
その上で、「どんな状況であれば、自分はいちばん心地よく働けるのか」を考えることです。独り暮らしをする親の介護でも、同居と別居、どちらが心地よく働けるかは人それぞれに違うわけで。
竹内
親の近くのほうがいい人もいれば、離れていたほうがいい人もいますもんね。
川内
はい。その結果、良好な親子関係を維持するのに役立ちそうであれば、テレワークを活用すればいいわけで。テレワークは、あくまで手段のひとつなんです。
竹内
テレワークを「介護」という目的のために使ってはいけない、と。
川内
「親の介護」というテーマの根底にあるのは、「わたしたちは、これからどう生きていくのか」ということです。
自分の気持ちを大事にして、介護が必要となった家族との距離感を保つ。その勇気をもつことが大切だと思います。
取材・執筆:流石香織/撮影:栃久保誠/編集:モリヤワオン(ノオト)/企画:竹内義晴