なぜ「24時間対応」「誰にも会わない」フードバンクを開設できたのか? 地域の「困った」を解決した軌跡

社会は複雑で、常に変化していくもの。その課題解決は容易なものばかりではありません。
岡山市北長瀬にある街づくり会社「北長瀬エリアマネジメント」の石原達也さん、新宅宝さんは、コロナ禍で表面化したフードバンクの課題を「仕組み」で解決しました。
そこにあったのは、「熱量」でも「仕事だから」でもない、個人的な「なんとかしなきゃ」という想いでした。

1つは、具体的な事業としての北長瀬駅前にある複合商業施設「ブランチ岡山北長瀬」内でのコワーキング運営や賑わいづくりと隣接する「北長瀬未来ふれあい総合公園」の指定管理です。公園の畑で野菜をつくったり、イベントを企画したりしています。
もう1つは、北長瀬地域のエリアマネジメント、つまり「街づくり」ですね。

石原達也(いしはら・たつや)。1977年岡山市生まれ。2015年に「みんなの集落研究所」を設立し地域コミュニティの課題解決支援を開始。2018年に「PS瀬戸内株式会社」を起業、社会的インパクト投資(SIB)を推進。2018年の西日本豪雨では災害支援にも取り組む。2019年に北長瀬エリアマネジメントを起業。2024年に同社代表を新宅さんに交代。持続可能な地域課題解決のビジネスモデルを構築し、多岐にわたる事業を展開。2024年これまでの経験を活かし課題解決の「仕組み」づくりに特化した合同会社「遠足計画」を島根県雲南市で起業


それらの方々の暮らしにとって、「この場が、どういう意味を持つのか」が大切だと思っています。ホッとできる、暮らしの充実につながる、困った時にも支えてくれるウェルビーイングな場所になればいいな、と。
コロナ禍で聞こえてきた、地域の「困った」

一方、コロナ禍の影響で地域の方々からさまざまな「困った」が聞こえてきました。


そこで、「われわれにできることないか?」と、さまざまな取り組みをはじめました。その中の1つが公共冷蔵庫「北長瀬コミュニティフリッジ」です。

北長瀬コミュニティフリッジは、ブランチ岡山北長瀬内に設置した公共冷蔵庫。食料品・日用品の支援を必要とされる方が、24時間取りに行くことができる
時間や人目を気にせず、24時間食料品・日用品を取りに行ける

「それならば、フードバンクを無人でできる方法はないか?」ということになったんです。
海外に、鍵を開放した小屋の中に食べ物を置いておいて、必要な人が誰でも持っていくことができる「コミュニティフリッジ」という取り組みがあります。
ただ、それをそのまま日本でやっては「犯罪に使われるんじゃないか?」といったリスクがあります。というより、そもそも商業施設側から、OKが出そうにありません。


そこで具体的なシステムについて以前から知り合いだった、kintoneエバンジェリストの細谷さんに相談しました。細谷さんはサイボウズのkintoneを使って、NPOなどの業務改善を支援されている方です。
そこで、具体的にできそうだと確信をもち、そして、実現できたのがコミュニティフリッジなんです。
取り組みは「タイミングが大切」


新宅宝(しんたく・たから)。1988年倉敷市生まれ。2019年一般社団法人北長瀬エリアマネジメント専務理事として就任。2024年に石原さんから代表理事を交代。2021年デザインや映像制作のYOTTA株式会社を立ち上げ複業として活動。また神社でパクチーを祀る神社のイベント「岡山パクチー奉納祭」などを企画し他域の賑わいづくりにも参画

コロナ禍があったから、これだけ助け合いの文化が生まれたし、寄付者さんも利用者さんも増えたんじゃないかと思います。





ただ、僕らの中でそれが、やらない理由にはならなかった。「それはクリアしていけばいいよね」って感じが強かったかもしれないですね。
動機はシンプル。個人の「なんとかしたい」





電子ロックとタブレットの操作で、食料品・日用品の受け取りが可能。「寄付者リスト」「利用者リスト」「在庫」の情報管理はkintoneで行なっている

叶えたいのは単純に、安心・安全な地域であり、住みやすいって思ってもらうこと。

コロナ禍のときは「困っている人がいる」という明確な状況がありました。それを「どうにかしたいな」と。「できることがあるなら、ちょっとずつでもしたいな」と思いましたよね。


「お中元やお歳暮でもらったものがあるから」といって持ってきてくださる方もおられれば、ニュースで大変な子どもがいることを知って「ここに持ってくればいいんだ」とお菓子を買ってきた人もいます。
そういう人がたくさんいて、何かあったときには、おたがいに無理なく支え合う。そういう街って素敵というか、いいじゃないですか。いい人がたくさんいるわけですから。

岡山市北長瀬駅前にある複合商業施設「ブランチ」。公園内では地域住民の笑顔があふれる


自分たちがやるからには、事業としてプラスにはならないけれど、大きなマイナスにはならない。そうしないと、続けることが難しくなってしまう。
そこで、「このシステムは〇〇でやって、この部分は〇〇の人にやってもらえばコストはかからないよね」といったアイデアを最初に考える。そして「これなら行けるんじゃないか?」となったらはじめる感じですね。
完璧を求めず、できることからスタート


でも、どんな取り組みも最初から完璧な形にはならないじゃないですか。80点以上のものをつくるためには、準備にすごく時間がかかります。
そこは、いい意味で割り切るというか。細かなことはあまり気にせずやってみることが大事かなぁと。
あとは、自分たちで全部やらないことも大切だと思います。kintoneの仕組みもそうですし、冷凍庫や冷蔵庫もそうです。メディアに出たことによって、冷蔵庫はメーカーさんが、棚はリサイクルショップの社長さんが「寄付するよ」といってくれました。


「何かをやりたい」とき、何からはじめるか

ですが、何からはじめたらいいのか分からない方もいらっしゃるんじゃないかと思っていて。
まず一歩踏み出したり、協力者を増やしたりするために何をすればいいんでしょう?





でも、岡山に全然知り合いがいなかったので、まずは「知り合いを増やそう」「岡山のことを知ろう」と思って、手当たり次第に挑みました。イベントに参加したり、お手伝いしたり。




そういう吸収力や行動力が、思っていることを形にしていくポイントでしょうね。
仕組みで社会が「ちょっと幸せ」に

たとえば災害支援。水害や地震など、大きな災害があったとき、サイボウズのkintoneを使って、被害状況などの情報を共有する仕組みを提供しています。
このように、ツールによって社会課題が解決できることもあるんじゃないかなと思っていて。

北長瀬式のコミュニティフリッジは、われわれが志したところまではできました。これからは、現在の仕組みを横展開して、もっといろんなことに広げられればいいなと思っています。

コミュニティフリッジの仕組みは全国14地域に広がっている。2024年度中に、4地域ほど増える予定


こういう、みんながちょっと幸せになる文化は、仕組みが実装されると実現するわけですよね。支え合い、助け合いが、肩肘張らず自然にできるといいなと思います。

少しずつでも形にすると人生面白い

自分でやってみると色々なことが見えてくるので改善点は修正します。また、他人からのアドバイスを聞いてさらに修正します。
「やってみた」という経験値を増やしていくことは、これからのチャレンジの仕上がり具合をグッと早めることができる貴重な経験だと思っています。


面白いのは、意外にも数年後、数十年後に誰かの役に立つことがあることです。また、異なる複数のチャレンジが融合して、新しい可能性が見つかることもあります。


これは、エリアマネジメントというよりも、人生のなかでも同じことが言えると思っています。まず、何事にもやってみないと何もわからないですもん。
これからも北長瀬が盛り上がっていき、また、支え合える地域になっていけるように多くの方と一緒に色々なチャレンジをしていけたら嬉しいです。

「どこかに就職して、それをずっとやる」みたいなこれまでのシステムは、いろんな意味で無理が来ていると思います。
街づくりも、関心がある方々が自分ごととして動いていけばいくほど、社会は変わっていきます。そっちのほうがスタンダードになると思っています。北長瀬でも、ぜひみなさんとごいっしょできたらうれしいです。
新しい「ふつう」をつくる

「ふつう」と言った時点で、周りを排除する感じがあって。まるでふつうじゃないものが悪いみたいで、非常に罪深い言葉です。
そのくせ「キミ、ふつうだね」って言われるといい気がしないっていう(笑)
いろんなことにチャレンジすることで、ふつうの概念が変わっていく。そんな未来になるといいですよね。
北長瀬コミュニティフリッジの詳しい取り組みは、サイボウズチーム応援ライセンスのページでも紹介しています。
企画・執筆・編集・撮影:竹内義晴
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執筆

竹内 義晴
サイボウズ式編集部員。マーケティング本部 ブランディング部/ソーシャルデザインラボ所属。新潟でNPO法人しごとのみらいを経営しながらサイボウズで複業しています。