【AIエンジニア安野貴博×サイボウズ青野慶久】テクノロジーとわたしたちの「距離感」が変われば、誰も取り残されない社会がつくれるかもしれない
AIの発達による自動化や効率化に代表される、とどまることのないテクノロジーの進化によって、世界は大きく変わろうとしています。
その変容を肌で感じてはいるものの「会社で新たに導入されたデジタルツールを使いこなせず、業務に活用できていない」「ITの知識に疎く、わからないことを人任せにしてしまう」という人も少なくないはずです。急速に進化し続けるテクノロジーに対して、わたしたちはどんな距離感で接すればいいのでしょうか。
そのヒントを探るべく今回お話をうかがったのは、AIエンジニア・起業家・SF作家として活躍している安野貴博さん。2024年の東京都知事選に「テクノロジーの力で誰も取り残さない東京をつくる」というビジョンを掲げて出馬した人物です。
わたしたちの未来はテクノロジーの力で、どのように変わっていくのか。また、その未来では、どんなスタンスでテクノロジーとかかわることが求められるか。わたしたちとテクノロジーの理想的な「距離感」について、サイボウズ代表の青野慶久が安野さんに聞きました。
日本のデジタル化を進めるには、テクノロジーと人間の歩み寄りが必要
もともとはパッケージソフトでの販売で、「会社のパソコンにインストールすれば、すぐ情報共有できますよ」と敷居を相当下げたつもりでしたが、なかなか広がらなくて。
あと、kintoneが広がったもうひとつの理由は、少子化だと思っているんですよ。
聞くと、人手不足で本当に困っているようで……。テクノロジーを導入しないと、若手の人は募集に来てくれないし、効率化して膨大な仕事量を処理していけない。「どうデジタル化を進めればいいんだ、教えてくれよ」という感じなんですね。
テクノロジーと人間がおたがいに歩み寄ることで、デジタル化が進んでいくのだと思います。
オープンな場で議論することで、より良い意思決定ができる
そのためにGitHub(オープンソース開発でよく使われる、ソフトウェア開発のプラットフォーム)を使っていたのが最高に痛快で。
オープンな場所で、誰でも政策の議論に参加できる仕組みを日本中に広めていきたいですよね。
議員だけが発言できるのではなく、市民から広く意見を集めて、より良いアイデアを取り入れていくこと。意思決定の際にも、あとからその過程を全部追えるようになっていること。
これらはソフトウェアエンジニアが日々やっていることで、GitHubという敷居の高いツールをそのまま使うべきかどうかはさておき、そうした仕組みを政治にもインストールしていきたい気持ちはあります。
それらの仕組みを活用することで、より精度の高い意思決定ができますし、そこで決まった施策についても全社員が納得感をもってかかわることができるようになります。
「デジタル民主主義」によるイノベーションは日本から始まるかもしれない
※デジタル時代の新しい民主主義。分散したコミュニティが平和的に共存してコラボレーションを強化していくことが期待されている
オードリーさんに相談したのは、以前からシンパシーを抱いていたからです。グレン・ワイルさん(アメリカの経済学者で、マイクロソフトのエコノミスト)と提唱されている「Plurality(※)」の概念や、台湾でのデジタル政策などを以前から調べていたんですよね。
オードリーさんからは現場での知見をたくさんいただき、都知事選でも役立てることができました。
※「多元性」「多様性」を意味する言葉。多様な視点や考え方を認め、テクノロジーと民主主義の共存を目指す概念
ちなみに、グレン・ワイルさんは「デジタル民主主義のイノベーションは日本から生まれる可能性が高い」とおっしゃっていました。
他国と比べると、日本はAIに対して親和的で、経済格差や地域間格差などの社会的分断がまだ進んでいないからです。
テクノロジーによって、マニフェストをアップデートする期間がつくれる
でも、安野さんはGitHubや「AIあんの」などで、たくさんの人の意見を集めて、マニフェストをアップデートしていましたよね。その取り組みを見て、ほかの候補者の方とのマインドセットの差をすごく感じました。
ビラやポスターに印刷したマニフェストだと変更が効かず、一度出した主張を訂正することが難しくなります。一方、わたしの場合はGitHubで変更提案を取り込んだ瞬間、マニフェストが更新される仕組みにしたんです。
加えて、「AIあんの」にもアップデートした主張を覚えさせたりと、マニフェストが変わることを前提に情報伝達の仕方を設計していました。
むしろ、マニフェストをアップデートできるようにしたほうが建設的な議論ができて、選挙期間を「都民が東京の未来を考える時間」にすることもできます。
そんなふうにさまざまなフォーマットを用意することで、“誰も取りこぼさない”ように工夫を重ねました。
「幸福にする」はできなくても、「不幸にさせない」はできるかもしれない
世の中にはいろいろな人がいますが、そんな多様な社会で「誰も取り残さない」という言葉を使うのはかなり勇気が必要だったんじゃないかな、と。
もちろん何か政策を出すたびに、「それって誰かを取り残しているんじゃないか」と指摘されて、考えざるを得えないわけですけど。
ただ、このビジョンを掲げていないと、誰かを取り残している現実から目をそらしたまま、どんどん先に進んでいっちゃうと思うんです。
大事なのは、テクノロジーが進歩することで、ボトム層にいる人たちの生活もよりよくなっていくことで。
オープンに議論をする仕組みを生かすため、自分の意見を言う「自立心」を醸成する
ただ、発言するマインドを醸成するには、意見を出してくれた人に感謝し、その意見をテーブルに乗せて議論する姿勢も大切です。その様子を見た人たちが、「思ったことを言ってもいいんだ」と思えるようになるので。
だから、安野さんがさまざまな人の意見を受け入れて、マニフェストを変える姿勢を見せたことは素晴らしくて。それは意見を言った人にとって、ものすごい成功体験だったと思うんですよ。
「自分も政治に参加できるんだ」という意識が広がれば、意見を集めるためのテクノロジーと相まって、社会に大きな変化が生まれると思います。
人間に歩み寄るテクノロジーに、次は人間のほうから歩み寄る
とくにChatGPTの最新モデル(GPT-4o)が登場し、チャットボットが人間と自然に対話できるようになったことは、とても大きな変化だと思います。というのも、ITが苦手な人でも、会話を通じてあらゆるテクノロジーを簡単に使えるようになるので。
これからのChatGPTは、人間が具体的な指示を出さずとも、「それってどういうことですか?」と会話しながら、利用者の思いを汲む形へと成長をしていくはずです。
これまでかき消されていたような声も新しいテクノロジーがキャッチして、世の中にフィードバックしていける未来が訪れるので。
企画:小野寺真央(サイボウズ) 執筆:流石香織 撮影:栃久保誠 編集:野阪拓海(ノオト)
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執筆
流石 香織
1987年生まれ、東京都在住。2014年からフリーライターとして活動。ビジネスやコミュニケーション、美容などのあらゆるテーマで、Web記事や書籍の執筆に携わる。