「喉元を過ぎた熱さ」を思い出したら? がまんを引き継がないために、大人世代ができること——犬山紙子

過去を振り返って「あれ、しんどかったな」「自分だけががまんさせられていたな」と感じる経験は誰しもあるはず。後輩や部下と接することの多い大人世代は、そんな「がまん」を次の世代に引き継ぎたくないと思いつつ、過去のモヤモヤを自分の中にまだ抱え込んでいる場合も多そうです。
そんな「喉元を過ぎた熱さ」と再会したとき、私たちはどのような行動を起こすべきなのでしょうか? 次の世代に「がまん」を引き継がないために大人世代ができることについて、コラムニスト・イラストエッセイストの犬山紙子さんにお話を伺いました。
大人になっても思い出す「喉元過ぎた熱さ」


先輩たちも当然のように徹夜で働いているから、「こんな環境おかしい、変えていきましょうよ」なんて自分からは到底言い出せませんでしたし、そもそもおかしいってことも気がついていなかった。
そうしたら私、仕事のストレスで毎日爆食いしちゃって、入社3ヶ月で15kgぐらい太ったんですよ。いま振り返ると、自分の体からのSOSだったんだろうなと思います。

犬山紙子(いぬやま・かみこ)。仙台のファッションカルチャー誌の編集者を経て、家庭の事情で退職。20代を難病の母親の介護をしながら過ごす。2011年、女友達の恋愛模様をイラストとエッセイで書き始めたところネット上で話題になり、マガジンハウスからブログ本を出版しデビュー。現在はTV、ラジオ、雑誌、Webなどで活動中。2014年に結婚、2017年に第一子となる長女を出産してから、児童虐待問題に声を上げるタレントチーム「こどものいのちはこどものもの」の立ち上げ、社会的養護を必要とするこどもたちにクラウドファンディングで支援を届けるプログラム「こどもギフト」メンバーとしても活動中


いまは介護にまつわる制度設計が整っている企業も増えつつあると思うんですが、当時はそうではなかったので、自分のキャリアを手放すしかなかったんです。


そもそも部署自体の平均年齢が低く、編集長も若い女性だったので、力的に上司から会社に対して「人を増やしてくれ」と伝えるのも、おそらく難しかったんじゃないかと思います。
時代も違いますし、経営層など、より上の立場の人が動いてくれる以外に解決策はなかっただろうなと。
でも、そういう過去のがまんって、自分は乗り越えたつもりでいても、ふとしたときに思い出すものですよね。
若い人が仕事で大変そうにしているのを見たり、育児を通して娘と向き合ったりしていると、「あんな思いはもう、若い人にはさせたくないな」とよく思います。
“呪い”を再生産させないためには、まずは自分が救われること


たとえば、「育児はミルクを使わず母乳だけでするべき」「母親は父親よりも先にお風呂に入ってはいけない」といった価値観を刷り込まれてきた人がいるとします。
それを前時代的だと指摘されたら、「自分が信じてきたものってなんだったんだろう」と大きなショックを受けるのは当然だと思うんです。
だから、ある種の防衛反応として「若い世代が同じ苦労をしても仕方ない」と考えてしまうんだろうなって。



たぶん、そういうがまんって一見「喉元を過ぎた熱さ」のようでいて、実際にはその熱さが傷になって残っていて、ひっそりと自分の中で膿んでいるような状態だと思うんです。
だから、まずは自分自身が適切なケアを受けることを優先してほしいと私は思いますね。
怒りの矛先は「変わらない環境や構造」に向けるべき


だからこそ、その怒りの矛先を若い世代に向けるんじゃなく、そういう環境を生み出してきた構造そのものに向けてほしいなって。
同じ気持ちを抱えている人は、そういった構造をつくる側の人たちの中にも絶対いるはずなんです。
そういう人たちと協力して、「次の世代のために少しずつ環境を変えていこう」というヘルシーな気持ちにシフトできるのが理想じゃないかなと思います。


だから、怒りやモヤモヤを感じたら、まずは何がその構造を生んでいるかを知ろうとすることが大切なんじゃないでしょうか。
たとえば、私には娘がいるので、「将来もし娘がルッキズムに苦しんだらどうしよう」とよく考えるんです。
でも仮にいつか悩むことがあったとしても、「女性は美しくあるべきだ」と暗に要請しているのは社会の側だという構造を知るだけで、自分を責めることが減る。
それによって、生きづらさが多少なりとも軽減されるんじゃないかと思います。



その結果、「次の世代にはこんな気持ちを味わわせたくない」という思いから具体的な行動に繋がるケースもあると思うんです。
「がまん」している若い世代から相談を受けたら?


仕事を始めたばかりの頃って、「自分ががまんしなきゃいけない立場なのかな」とつい考えすぎてしまって、自己責任の中でがんじがらめになりがちだと思うんです。「自分を大切にしよう」ってみんな言うけど、実際に自分ひとりでそう思うのは難しいですよね。
だから相談してもらったときには、なるべく本人が自分自身を大切にできるよう意識しつつ話を聞いています。


妊娠や出産に関してはモヤモヤをひとりで抱え込んでしまう人も多いので、悩んでいそうな人がいたら、できる限り声をかけてサポートするようにしています。
相手への押しつけにはならないように注意しつつ、「私のときはこうだったよ」という体験談は積極的に伝えてもいいんじゃないかと思います。
「自分以外にも同じ道を歩いてきた人がいる」と知るだけでも、ちょっと心強く感じられると思うので。

「守る」と「自主性を尊重する」を両立させるために


相手が大人の場合は、悩んでいそうな人がいたら、まずはアドバイスを挟まずに相手の話を傾聴するというのが原則かなと思います。
もちろん、悩みについて話すも話さないも相手の自由ではあるんですが、もし話してくれるのであれば、まずはじっくりヒアリングをして、そこから悩みの原因を一緒に紐解いていくのがいいんじゃないでしょうか。
大事なのは、自分ひとりだけが受け皿になろうとせず、ほかの先輩や上司などにも共有してもらってチームで考えること。
相手を孤立させないと同時に、打ち明けてもらった悩みを自分だけで抱え込もうとしないのも大切だと思います。


自分からは非効率に見えることであっても、じっくりと話を聞くと実は別の理由があるというケースもきっとあるので。
仕事の話ではないんですけど、うち、夫がスーパーに1日2回行くんですよ。私はずっと「1回にまとめたほうが絶対に効率がいいのに!」と思っていたんです。
いちど理由を聞いてみたら、夫は時間帯によって変わるスーパーの空気を楽しんでいたらしくて。「楽しいから2回行きたいだけなんだよ」って言われて反省しました。
我が家は買い物も料理も夫が担当してくれているのに、自分の価値観を押しつけちゃってたなって。きちんと話を聞いてよかったって思いました。


だから、なにか指摘したくなったらまずはぐっと堪えて、聞くことに徹する。そのうえで「やっぱりこうしてほしい」と感じることがあったら、その場で簡潔に伝えてあとに長引かせないのが大切かなと。
相手に不要ながまんをさせないためにも、対話を続けて、すり合わせを諦めようとしないことがやっぱり大事なんだと思います。
誰かと気持ちを共有してチームを組めば、変えられることもある

次の世代の女性にがまんをさせないために道を切り拓いてきてくださった人たちのお話を聞いて、大きな愛やパワーを得る感覚がありました。
だからこそ私も、その愛を次の世代に受け継いでいきたいなと思ったんですよね。
たとえば「会社のトイレに生理用ナプキンを置いてほしい」みたいな働きかけも、そういった思いから生まれる行動のひとつなんだろうなって。

犬山さんの著書『女の子に生まれたこと、後悔してほしくないから』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。母娘関係、性教育、ジェンダー、SNSとの付き合い方、外見コンプレックス、いじめ、ダイエットなど、女の子を育てる時期に知っておきたい“どうしよう”とその乗り越え方を、犬山さんが専門家と一緒に考えた一冊



サイボウズは2025年3月8日の国際女性デー50周年を記念し、kintoneの公式キャラクター「ホップ☆ステップ きとみちゃん」のオリジナル生理用ナプキンの配布を実施しています。「合言葉はがまんしない!」をコンセプトに掲げ、誰もが無理なく、楽しく、自分らしく働ける社会を目指しています

「もし衣装が汚れてしまった場合はすぐにお伝えください」という丁寧なメッセージも添えられていて、それを見るたびにあたたかい気持ちになっていました。
それをXで以前つぶやいたら、同局のアナウンサーの島津咲苗さんという方がリアクションしてくださって。
テレビ局は早朝・深夜勤務などで不規則な生活を送る人も多いので、意図しないタイミングで生理が訪れて困る人も多かったそうなんです。
その思いからアナウンス室で企画立案してナプキンを置くようになったというお話をされていて、すごくいいなと思いました。

共感の輪が広がれば、これまで当たり前だった「がまん」も、少しずつ減らしていけるかもしれませんね。



きとみちゃんと一緒に「合言葉はがまんしない!」プロジェクト

生理中の憂鬱や不安をやわらげ、自分らしく過ごせるようサポートがしたい。そんな想いで、きとみちゃんオリジナルのお肌にやさしい生理用ナプキンをつくりました。kintoneをご利用中のユーザー企業様と一緒に、オフィスや店舗のお手洗いでの配布を行っています。
生理用ナプキンの設置にご関心をお寄せいただけましたら、特設サイトよりお問い合わせください。
生理中でも快適に過ごせますように。
企画・編集:深水麻初、神保麻希(サイボウズ) 執筆:生湯葉シホ 撮影:加藤甫
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執筆

撮影・イラスト

加藤 甫
独立前より日本各地のプロジェクトの撮影を住み込みで行う。現在は様々な媒体での撮影の他、アートプロジェクトやアーティスト・イン・レジデンスなど中長期的なプロジェクトに企画段階から伴走する撮影を数多く担当している。
編集

深水麻初
2021年にサイボウズへ新卒入社。マーケティング本部ブランディング部所属。大学では社会学を専攻。女性向けコンテンツを中心に、サイボウズ式の企画・編集を担当。趣味はサウナ。