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日本企業がワーク・ライフ・バランスを捨ててはいけない「もう1つの理由」と「ハードワークの是非」
高市早苗さんが自民党総裁になったときの「ワーク・ライフ・バランスという言葉を捨てる」という発言。これまで、多くの企業が取り組んできた働き方改革や労働時間削減との方向性との違いに大きな議論を呼びました。
また最近では、「労働時間の規制緩和」といった話題も上がっています。
この記事では、ハードワークの是非も含め「そもそも、ワーク・ライフ・バランスとは何なのか?」を改めて考えます。日本企業におけるワーク・ライフ・バランスは、働く個人の「仕事と生活の調和」に加え、人口減少社会における「生き残るための戦略」なのかもしれません。
ワーク・ライフ・バランスをめぐる発言と議論
2025年10月4日に、高市早苗さんが女性初の自民党総裁になったとき、「いま人数少ないですし、もう全員に働いていただきます。馬車馬のように働いていただきます」「わたくし自身もワーク・ライフ・バランスという言葉を捨てます」「働いて、働いて、働いて、働いて、働いてまいります」という発言が話題になりました。
「ワーク・ライフ・バランスを捨てます」という言葉に、「これまで多くの企業が取り組んできた働き方改革と逆行するのではないか?」「トップがそういった発言をするのは問題があるのではないか?」といった議論がありました。
個人的には、高市さん個人の仕事に対する意気込みであって、必ずしも国民に強いるものではないとは思っています。しかし、僕らにとって仕事は人生のなかで大きなウエイトを占めているもの。「今後、どんな風が吹くのかな?」ということには、強い興味と関心を抱いています。
「とにかく残業時間を減らせ!」日本におけるこれまでの取り組み
ワーク・ライフ・バランスや労働時間の規制について、日本におけるこれまでの取り組みを振り返ってみると、「とにかく、残業時間を減らせ!」「長時間労働を抑制せよ!」といったことが、強く言われてきたように思っています。
なぜ長時間労働が問題になったのか? それは以前、ある広告代理店で、若い社員の方が長時間労働の過労により、不幸にも自ら命を絶ったことがひとつの大きなきっかけだったように記憶しています。これにより労働時間の規制強化が図られ、法定労働時間の遵守や36協定の適正な運用などが改めて重要視されるようになりました。
他方、最近ではこれまでの流れとは逆に「労働時間の規制緩和」といった話も出てきています。これまでとは矛盾する内容に、なんとなくモヤモヤしている方もいらっしゃるかもしれません。
「そもそも、働き方改革やワーク・ライフ・バランスとは、一体何なのか?」「何のためにあるのか?」――改めて、本来の目的や本質の思案が必要そうです。
ワーク・ライフ・バランスの一般的な解釈と企業の視点
ところで、「ワーク・ライフ・バランス」といえば、一般的には「企業の視点/メリット」というよりは、「個人の視点/メリット」で捉えられるケースが多いのではないでしょうか。
実際、ワーク・ライフ・バランスを直訳すれば「仕事と生活の調和」であり、イメージするのは個人の視点です。「仕事だけじゃなくて、個人の時間も大切だよね」のように、個人のメリットが想起されることが多いような気がします。
他方、ワーク・ライフ・バランスの推進は、企業にとっては、事業に投入できる「労働力が減る」ことを意味します。その結果「労働時間が減ることでやるべき業務ができない」「ノー残業になることで予算が達成できない」など、どちらかといえばデメリットに感じられることのほうが多いような気がしています。
もちろん、企業のメリットはゼロではありません。ワーク・ライフ・バランスを推進することによって、「生産性を上げる工夫が生まれる」「社員のストレスが軽減する」「エンゲージメントが高まる」といったメリットがあると言われています。また、採用などにも効果があるでしょう。
ですが、ワーク・ライフ・バランスといえば企業よりも個人のほうが恩恵を受けるイメージです。その結果、ワーク・ライフ・バランスには「個人 vs 企業」の対立構造があったように思います。
「個人 vs 企業」――この2つは両立できないのでしょうか? でなければ、企業にとってワーク・ライフ・バランスの推進は、いつまでも「ねばならないもの」になりそうです。
企業がワーク・ライフ・バランスを捨ててはいけない「もう1つの理由」
ワーク・ライフ・バランスを「個人の働き方の話」と捉えると、企業のメリットとの両立は難しい。ですが、少し視点を広げて、人口減少社会における日本企業の「生き残るための戦略」と捉えると、見え方がずいぶんと変わってきます。
内閣府の「仕事と生活の調和」推進サイト—ワーク・ライフ・バランスの実現に向けてには、次のような記述があります。
いま、我々に求められているのは、国民一人ひとりの仕事と生活を調和させたいという願いを実現するとともに、少子化の流れを変え、人口減少下でも多様な人材が仕事に就けるようにし、我が国の社会を持続可能で確かなものとする取組である。
ここから読み取れる、ワーク・ライフ・バランスの目的は2つあることが分かります。1つは、これまで論じてきた働く個人の「仕事と生活の調和」。もう1つは「人口が減少する中でも、持続可能な社会をつくること」。
個人の「仕事と生活の調和」も大切です。でも、企業にとって大切なのは、実は「人口が減少する中でも、会社を持続可能にしていくこと」のほうなのではないのか? と。
いま、日本の人口減少は深刻です。総務省統計局の人口推計(2024年(令和6年)10月1日現在)によれば、前年からの人口減少は約90万人。これは、和歌山県の人口とほぼ同じです。つまり、毎年1つの県の人口がいなくなるぐらいの規模で、人口が減少しています。人口推計は「大きく変動しない」のが特徴で、このトレンドが数十年にわたって続くのはほぼ決定事項です。
このような状況で、労働力の確保は企業の成長にとって非常に重要な課題です。
というより、人口減少が急激に進み、労働力を投入しづらくなるこれからの日本社会の中で、これまでのような「男性が」「長時間労働をして」「馬車馬のように働くこと」で利益を上げるモデルのままで、企業が成長していくのは無理があります。
他方、「人材」という観点では、女性やシニアに目を向けると、「出産・育児を機に現場を離れている女性」や「定年で現場を離れざるを得なかったが、まだまだ活躍できるシニア」など、さまざまな知識や経験、スキルを持っている人たちがたくさんいます。しかし、女性やシニアの場合、働く時間や場所に制約がある場合があります。
「会社を持続可能にし、さらに成長するために、多様な人材が働けるようにする。そのためにも、ワーク・ライフ・バランスを推進する」――これこそが、いま、必要な視点なのではないでしょうか。
働き方改革で「労働力は増えたのに、人材不足は解決していない」実情
ところで、働き方改革やワーク・ライフ・バランスは、ずいぶん前から推進されてきましたが、人材における変化は起こっているのでしょうか?
冒頭にも引用した、総務省統計局の人口推計(2024年(令和6年)10月1日現在)によれば、人口減少にともない、15歳~64歳の生産年齢人口は7373万人で、前年に比べ22万人減少しました。
一方、これまでの政府の働き方改革や女性活躍といった取り組みによって、労働力人口(実際に仕事をしている「就業者」と、仕事はしていないが仕事を探している「完全失業者」を合計したもの)は増えています。総務省の労働力調査によれば、2024年における15歳以上の労働力人口は6781万人と過去最多でした。つまり「働く人の総数は増えている」わけです。
一方、東京商工リサーチの調査によれば、2025年1-10月の「人手不足」倒産は過去最多となっています。ここから見えるのは「労働力人口は増えても、人材不足は深刻」という矛盾です。
なぜ、このような矛盾が起こっているのでしょうか。それは、「企業側が求めている人材と、働きたい人との間にミスマッチが生じている」のでしょう。たとえば、企業が求める人材が「若い人」や「週5日・フルタイム・出勤必須」といった条件の場合、時間や場所に制約がある人は、どんなに才能があっても対象にはなりません。
つまり、現在は「労働力はあるのに、一人ひとりの知識や経験、才能が最大限に生かされていない」のが実情です。
人口減少社会における、これからのワーク・ライフ・バランスの推進は、これまでの労働時間削減以上に、女性やシニア、複業人材など「時間や場所に制約はあるが、さまざまな経験がある多様な人々が『本当に』活躍できる場と環境」をつくっていくことが重要になるでしょう。
このような、企業と個人のマッチングが実現できれば、人口減少社会においても、企業の成長と、個人の幸福感の両方を高められるはずです。
「ハードワークの是非」と「働き方の多様性」
最後に「ハードワークの是非」について。
僕は法人を経営しながら、サイボウズで週2日働いている複業社員です。
また、僕は新潟在住です。地域の中でも、地域活性化をはじめさまざまな取り組みをしています。暇さえあれば、仕事のことを考えています。
そういう意味では、自分自身のことを「ハードワーカー」だと認識しています。「仕事と生活の調和」という意味では、バランスは取れていないのかもしれません。
ですが、僕はこうした働き方を、必ずしも「悪い」とは思っていません。なぜなら「やりたくてやっている」し、「ワーク(仕事)は、ライフ(人生)の一部である」「仕事が楽しければ人生も楽しい」と考えているからです。僕の周囲には、こうしたハードワーカーが少なくありません(知人に経営者が多いこともありますが……)。
また、こうしたハードワーカーは「〇〇のために仕事をするんだ!」と、目的意識を持って働いている人も多いです。近年「日本にはイノベーションが必要だ!」といった声を多く見聞きしますが、世の中におけるさまざまな課題解決は、ひょっとしたらハードワーカーたちの「想いと行動」によって支えられているのかもしれません。
もちろん、過度な労働によって、健康を害したり、家族に心配を掛けるようなことがあっては絶対にいけないし、それを、企業があてにするなどもってのほかです。
でも、「働き方の多様性」という意味では、「チャレンジしたい人」も「ライフを大事にしたい人」も「共存できるといいのにな」と思っています。
企画・執筆・編集:竹内義晴(サイボウズ)
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執筆
竹内 義晴
サイボウズ式編集部員。マーケティング本部 ブランディング部/ソーシャルデザインラボ所属。新潟でNPO法人しごとのみらいを経営しながらサイボウズで複業しています。
