勝てるはずだったコンペが、上司の一言でおわった
はじめまして。僕は、フミコフミオ。給食会社に勤める営業部長だ。給食の営業はマイナーな仕事である。そして、マイナーゆえの外からではわかりにくい大変さがある。
まず、ほとんどの人が、給食の営業と聞いて正確にどんな仕事なのかイメージできない。僕の母などは「ジャムおじさん」のように白衣を着て給食室に入るものだと思って、「子どもたちのために頑張るんだよ……」と励ましてくれた。
しかし、学校給食は給食のごく一部だ。社員食堂や病院などでの食事提供も給食であり、実は身近な存在なのだ。ただ、マイナーすぎて「給食会社の営業って?」という地点から話をはじめなければならないことが多々ある。
また、給食の営業はチャンスが少ない。社員食堂なら業者を切り替えるのは数年に一度、中には数十年に一度の場合もある。たとえば、皆さんが使っている社員食堂の業者が毎年変わるなんて事態はないはずだ。なぜ変わらないのか。その理由はいくつかあるけれども、もっとも大きなものは「面倒くさい」から。
社員食堂の運営会社(給食会社)を変更するには、コンペで業者を決定し、社内コンセンサスを取らなければならない。そして実際に稼働させてみて、良くなるのは当たり前だし、悪くなれば社員から非難される。食べ物の恨みは怖い。わりに合わない。その結果、食堂担当者は「任期が終わるまで社員食堂には手を付けずにおこう」と考えるようになる。
マイナーゆえのイメージのされにくさ、数年に一度しかない営業のチャンス。それらを乗り越えてようやく企画提案できる。やっと手にしたチャンスだからこそ、企画提案には力が入るし、万全を期したいし、悔いは残したくない。
それなのに、これからお話するような理由でうまくいかないのは、やりきれない。大げさに言えば悲劇である。
自信満々のアイデアだったのに失注した
数年前、絶対にしくじってはいけない案件に取り組んでいた。某機械メーカーの社員食堂の運営会社を決めるコンペだった。
その案件は会社の営業戦略上、重要なエリアにあった。初の訪問から最終段階にたどりつくまで、数年かかっていた。相手先の求めに応じて試食会も数回実施している。つまり、会社内の別の部門の力も借りている。さらに競合相手は、事業圏が完全に重なっているライバルの某社だ。会社上層部の期待も大きい。絶対にしくじってはいけない案件だった。
最終段階の企画書作成に全力を投じた。僕が打ち出した企画は、現状の価格帯そのままに食事内容を向上させるものだった。安くて美味しいランチで社員食堂利用者を増やして、社員食堂の存在価値をあげることが目標だ。
数年間にわたる担当者とのコミュニケーションと試食会でのやりとりを経て、相手のニーズは完璧につかんでいた。絶対の自信があった。案の定、相手先担当者との下打ち合わせで、その企画は絶賛された。
しかし、会社上層部からはストップがかかった。
上層部は「クオリティの高い食事を提供するなら相応の価格設定をするべき」と主張した。価格を維持したうえで、もし利用者数が増えずに売上が伸びなかったら……そんなリスクは負えないという意見だった。
明文化されていないが、当コンペにおいて価格帯の維持は事実上、前提条件とされていた。「暗黙の了解」というものである。そのことについては、過去の経緯とあわせて会社上層部に伝えた。相手先担当者から利用者数を伸ばす協力を得られることも説明した。
しかし駄目だった。「重要な案件であることは理解しているが、リスクは負えない。ウチは中小だ。余裕がない」という理由で上層部に却下された。ここで中小企業の体力の無さが露呈した。
最終的に、客先のニーズ、暗黙の了解に合致しない企画を出すことになった。結局、当該案件は大手給食会社が勝ち取った。
落胆した。「肩を落とした」レベルではない。両肩が外れて床に落ちてしまいくらいのがっかり感。大手の企画は僕が当初考えていたものと酷似していたこともあって、「客のことを知っている僕に、思い通りの企画を出させてもらえていれば……」という落胆は大きくなり、次第に上司への不満に変わった。
「僕への普段からの不満に対して仕返しをしたのだ。ムカつく」「千載一隅の好機を上司としての威厳を見せつける機会にしたのだ。ムカつく」というふうに。
自分の企画に絶対的な自信があった。そのため失注の原因を、思い通りに企画提案させてくれなかった上層部の無理解に押し付けたのである。
しかし、これは大間違いだった。
その渾身は誰のものですか?
全力を尽くした仕事が望んだような結果に繋がらないときは、まず、その仕事自身に問題がある。同僚に相談してそのことに気づいた。
同じような対応をされた同僚たちは、「冷静になって考えてみると、上の判断は妥当だった。ひとりの担当として熱くなりすぎると、周りが見えなくなる」と異口同音に言った。それをきっかけに冷静になってあらためて見つめてみると、僕が考えていた企画提案には欠点があったのだ。
もちろん根回し等々の不備はあった。だが、それは些末であり、決定的要因ではない。
渾身のアイデアがスルーされたのは、「受け手」の存在が抜けていたからである。絶対にしくじってはいけない案件において、受け手は絶対に無視できない。そして、その受け手は顧客だけでなく、上司も含まれているのだ。
僕が全力を投じた企画は、たしかに受け手である「顧客」のニーズは汲み取っていた。しかし落とし穴があった。もう一方の受け手である「上司」が抜け落ちていた。上司からみれば「良いサービス」と「評価と利益」の間にあるコスト面のリスクが無視できないものであった。
営業の悪い癖である。「客のための仕事をして会社に利益をもたらせば文句はないだろ?」という悪しき営業の考え方だ。驕りである。プラス面やメリットを意識しすぎて、デメリットへの対応が抜け落ちていた。
全力投球が仇になってしまった。熱意があり勉強もしているので、アイデアがもりもり湧いてくる。真面目に取り組んでいた。一方で、視野が狭くなり、上司の考えるリスクへの対応が抜け落ちたまま進んでしまった。
上司からみれば的外れなものだったのだろう。数学のテストで満点の現代文の解答を書きこんでいるようなものだ。採点者はゼロをつけるしかない。
誰も悪いことをしていないのに結果がともなわない。会社生活最大の悲劇のひとつだろう。
相手視点、自分都合の原則でうまくいく
重要なのはスタートだ。「相手視点、自分都合で仕事を動かすようにする」と僕は先輩に教わった。相手の立場になって考え、それを自分のタスクやスケジュールに落とし込むのだ。
アイデアや企画の作成において、自分が学んだこと、経験したもの、努力や才能を披露するのは二の次だ。まず、受け手の心を掴むのが第一である。受け手の心を掴むにはどうすればいいのか考える。そして動き始めてからも、その都度チェックして、問題があれば軌道修正していく。他者の意見を聞ければベストだ。
ただ、周りの話を聞き入れてばかりだと、アイデアが平均的なものになりがちだ。
思いついたときは宝石のように輝いていたアイデアが、周りの話を聞いているうちに、どこかで見たような既視感のあるものなったり、平均点越えの合格点だけど何か物足りないものになったりする。さまざまな人の意見を聞くことの弊害である。
この問題を克服するには、何があっても絶対に譲らないコアな部分を定めるといい。
僕は、企画提案をはじめる前に、ここだけは譲れないポイントをワンフレーズにまとめている。「若い利用者がワンコイン内でお腹いっぱいになれる社員食堂」「コストと健康は度外視。とにかく爆盛りでギルティ。カロリー偏重の食堂をつくりたい」という感じだ。
コアな部分は指針になる。上司に何度もダメ出しされても、コアな部分、自分が通したいものがあれば、それは次へのエネルギーに転換できる。
そしてもっとも大事なのは、アイデアが上司にスルーされてもそこで諦めず、再度挑戦することだ。
壁打ちという言葉がある。上司や先輩を壁に見立てて、己の案やアイデアをぶつけてブラッシュアップすることを意味する。壁打ちは壁役の上司や先輩からは良く思われないこともあるだろう。嫌な顔をされることもあるだろう。でも気にしない。自分のアイデアを通すため、信念を貫くためには何でもする。それくらいの割り切りと大胆さを持とう。
壁役の気持ちは最低レベルで考えてあげればいい。壁になってもらうのは一日3回までとか、朝と夕方は避けるとか、配慮はそれくらいでいい。
部下の壁にされている上司も、ただ壁にされているのではなく、壁役を通じて部下の持ってくるものにコアを見出せば、喜んで引き受けてくれるだろう。僕は管理職だけども、ダメダメな企画案でも光るコアが見られたらできるかぎり相手をするようにしている。いや、良い上司や先輩というものは、良い壁になれるかどうかで決まるのではないかと最近は考えている。
全力で取り組むことが自分の心を動かす
根回しの重要性を説く人がいる。「アイデアや企画が通らないのは事前の根回しが不足しているからだ」「根回しをしっかりとやっていれば、受け入れられる」という考えだ。
はっきりいって、根回しは些末な問題である。
アイデアがそれにかかわる人間の立場に立っているもので、今持っている力を投じた渾身のものであれば、スルーされない。いや、スルーされても、スルーされないまで何度も修正しながらぶちあたって、通すべきなのだ。
渾身にはそれくらいの価値があるし、力がある。簡単に諦められてしまうのは渾身とはいえない。真剣に取り組んでいれば根回しをやっている余裕などない。先に述べた壁打ちも一種の根回しになるけれども、企画のクオリティ向上に直結した「有意義な根回し」なのでオッケーだ。
つまり、仕事のクオリティに繋がらない根回しをやっている余裕があるなら、その労力と時間を本来の仕事に向けるべきなのである。それが渾身の仕事というものになる。
最後に、どれだけやれることをやっても、アイデアや企画が相手からスルーされたり、拒否されたりすることはある。理不尽なことや想定外な事態は起こる。だが、空振りに終わっても、その時々、全力で取り組んでいれば無駄にならない。もし没にされても再利用の機会は必ず訪れる。経験は必ず活きる。だから仕事がスルーされても、へこたれず、次も渾身の力をこめていこう。
仕事は、製品やサービスを通じて誰かの心を動かすことで成立する。誰かには自分も含まれる。そして、手を抜いた仕事では心は動かない。今、仕事に取り組んでいる力は、未来のあなたの心を動かす力になる。がんばろう。
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執筆
フミコフミオ
給食会社の営業部長として働く一方で、90年代の終わりからブログを書いたり、メディアに寄稿したり、書籍を出したりしています。趣味は通帳記入とテレビゲーム。
編集
深水麻初
2021年にサイボウズへ新卒入社。マーケティング本部ブランディング部所属。大学では社会学を専攻。女性向けコンテンツを中心に、サイボウズ式の企画・編集を担当。趣味はサウナ。