パーソナルコンピュータ「Dynabook」は誰のために作られた?──アラン・ケイが言いたかったこと(阿部和広氏に聞く:前編)

「子ども×IT」をテーマにした、ITジャーナリストの星 暁雄さんによるインタビューシリーズ。第1弾は阿部 和広氏(青山学院大学非常勤講師、津田塾大学非常勤講師)。後編はこちら

写真:阿部 和広氏(青山学院大学非常勤講師、津田塾大学非常勤講師)

阿部氏は、アラン・ケイと出会ったことで、教育に携わることになったという。

Scratchを用いた子ども向けのプログラミング教育に関する取り組みで知られる阿部 和広氏に話を聞いた。阿部氏が教育に取り組む背景には、アラン・ケイの思想がある。アラン・ケイは「パーソナルコンピュータ」の提唱者として知られる研究者だが、その思想は単に計算機科学の範囲にとどまらない。アラン・ケイが本当に作りたかったものは「人が学ぶ道具としてのパーソナルコンピュータ」だったのだ。

アラン・ケイと出会い教育の道へ

1984年──2013年現在で30代より若い方々にとっては、まだ物心つく前の時代である。この時代の事情について、少し解説が必要かもしれない。

当時のパーソナルコンピュータの世界は、16ビットのMS-DOSの全盛期だった。すなわち、パソコンといえばテキスト画面を中心に使うものだった。

ところが1984年に登場した初代Macintoshは違った。ビットマップディスプレイとマウス、デスクトップメタファに基づくGUI(グラフィカルユーザーインタフェース)を標準装備しており、その先進性は当時の水準をはるかに越えるものだった。ちなみにMicrosoft Windowsの最初のバージョンはこの後、1985年に登場する。

阿部氏の動きは、多数派のパソコンユーザーと違っていた。Macintoshの登場に衝撃を受けただけでなく、「なぜこのようなコンピュータが登場したのか」という思想的な背景にまで興味を抱いたのだ。

Macintosh誕生の物語で有名なエピソードがある。Appleのスティーブ・ジョブズが米XeroxのPARC(パロアルト研究所)で研究目的で開発されたコンピュータである「Alto」を見学し、衝撃を受けた。この体験が、のちにジョブズの指揮のもと開発されたMacintoshに大きな影響を与えたとされている。

ジョブズが見学したAlto上に構築された環境こそ、当時PARCに勤務していたアラン・ケイが作り上げた「暫定Dynabook」だった。Alto上の暫定Dynabookは、ビットマップディスプレイとマウス、動的なオブジェクト指向言語とGUIベースのオペレーティング環境(Smalltalk)、そしてネットワーク(Ethernetの原型)を備えていた。これらの技術は今でこそ当たり前のように使われているが、1980年前後の当時にはごく少数の研究者だけが触れられる、図抜けて先進的な環境だったのだ。

「暫定Dynabook」とは、アラン・ケイが構想した「あらゆる年齢の子どもたちのためのパーソナルコンピュータ」である「Dynabook」のプロトタイプだった。そして当時のPARCでは、「暫定Dynabook」を子ども向けの教育に適用する研究が行われていたのだ。

1980年代後半、XeroxはSmalltalkのライセンス供給元であり、Smalltalkビジネスでは最も有力な企業だった。当時のSmalltalkは、LispやPrologと並んでAI(人工知能)言語の1つとして紹介されており、AIブームに乗ってSmalltalkは先端的な業務システム開発に適用されていた。XeroxのSmalltalkの系譜はSmalltalk環境VisualWorksとなって続いている。

写真:インタビュー風景(阿部 和広氏、星 暁雄氏)

インタビューは、予定していた時間を大幅に超え、およそ3時間にも及んだ。

「最後の石」を置く

子どもたちはDnyabookで何をしていたか?

1972年に発表されたアラン・ケイの論文「すべての年齢の『子供たち』のためのパーソナルコンピュータ」(A Personal Computer for Children of All Ages, 初出: the Proceedings of the ACM National Conference, Boston Aug. 1972)は、「Dynabook」の構想を記した最初の論文である。

論文は、子どもが本来持っている創造性を引き出すための「ダイナミックで対話的なメディア」としてのコンピュータ環境「Dynabook」を描写し、その実現可能性を検討するという構成になっている。Smalltalkはもともと、動いている最中のゲームのプログラムをその場で書き直して挙動の変化を確認できる「ダイナミックで対話的な環境」を実現するための言語として開発された。

そして、アラン・ケイが後に作りあげる子ども向けプログラミング環境Squeakや、MITのレズニックらが作ったScratchにも、「ダイナミックで対話的」という特性は引き継がれている。

写真:阿部 和広 氏

「2人の子どもが、コンピュータを使って何をしていたのか。そこが大事」。

アラン・ケイの思想の根底には、発達心理学者ジャン・ピアジェに始まり、数学者シーモア・パパートが発展させた「構成主義」と呼ばれる考え方がある。

発達心理学者ジャン・ピアジェは、「子どもたちは生まれながらに世界を理解しようとする欲求を持ち、それを説明するためのモデルを構築しようとしている」と考えた。この「世界を説明するためのモデル」は間違っている場合もあるが、それを実体験により訂正しながら子どもたちは成長していく。

ピアジェの弟子にあたるパパートは、子どもにとって親しみやすいプログラミング環境を用意すれば、子どもたち自身がプログラミング環境を使ってシミュレーションを繰り返すことで、正しい知識に基づく「世界を説明するモデル」を発見できると考えた。この考え方のもとに登場したのがプログラミング言語LOGOである。

アラン・ケイは、この先人の思想を受け継ぎDynabookを構想した。そのプロトタイプとしてGUIを備えたコンピュータであるAltoの上にSmalltalk環境を構築し「暫定Dynabook」を実現したのだ。論文に描かれているDynabookは、子どもたちがゲームやシミュレーションプログラムを書き直せるコンピュータ環境である。つまりDynabookは「世界を理解するモデルを修正し続けること」を支援するための機械として構想されたものだったのだ。

阿部氏が教材として作ったゲーム、「ネコから逃げろ!」の画面。

阿部氏が教材として作った「ネコから逃げろ!」。ネズミをマウスで動かし、ネコにつかまらないように逃げるゲーム。

「ネコから逃げろ!」は阿部氏がScratchで作り上げた教材である。「ねずみ」のキャラクターが、「ねこ」から逃げるというシンプルなゲームの体裁を取っている。実際の教育現場では、このゲームをどんどん拡張、カスタマイズしていく形で、子どもたちのScratchへの興味、さらには創造性を引き出していくように工夫されている(教材の情報は「プログラミングで、自分だけのゲームをつくろう! プログラミングワークショップ」で参照できる)。

写真撮影:橋本 直己(※阿部先生と星さんが写っているインタビュー風景の写真は編集部にて撮影)

(後編は木曜日に公開予定です)


変更履歴:
2013年9月12日:リード部に「後編」へのリンクを追加しました。
2013年9月10日:記事末に、写真を撮影して頂いた、橋本 直己さんのクレジット表記を追加しました。初出時に抜けてしまい、大変申し訳ありませんでした。


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