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「目的を言うと、理想はダメになる」──プログラミング教育で大切なこと(阿部和広氏に聞く:後編)
「子ども×IT」をテーマにした、ITジャーナリストの星 暁雄さんによるインタビューシリーズ。第1弾、阿部 和広氏(青山学院大学非常勤講師、津田塾大学非常勤講師)の後編です。前編はこちら。
「できることを、できるようにやる」
阿部先生がプログラミング教育に取り組んでから10年以上になります。どのような日々でしたか。
アラン・ケイさんが「どこにいるか」によって、私の仕事も変わってきました。
2001年に初めてお会いしたときには、アラン・ケイさんはディズニー(Walt Disney Imagineering)のフェローでした。当時はディズニーで「Squeak」(教育目的のSmalltalk環境)をハンドヘルド端末に搭載して使う計画があり、それで(ZaurusへのSqueak移植の実績があった)大島芳樹さんがアラン・ケイさんに「連れて行かれた」経緯があります。
2002年に発表された「Squeakers」というドキュメンタリー作品があって、これはエミー賞を取ったのですが、この作品を作るにあたり、「日本でもロケをしたい」とアラン・ケイさん側からリクエストされました。このワークショップでは、日本のワークショップ組織のさきがけであるSCSKのCAMP(Children's Art Museum & Park)の森秀樹さん(MITメディアラボを経て当時はCAMPに所属、現在は大阪大学)らがファシリテート役を務めました。
当時はSqueakの日本語化がまだ十分ではなく、私が日本語化の仕事をしました。しかも「1カ月でやってくれ」と言われてしまいました。不安があったので、ドキュメンタリー撮影の現場にも立ち会いました。私が映っている場面もあります。
その後、アラン・ケイさんがHP(Hewlett-Packard)に移ってシニアフェローになります。この時代に、日本HPのCSR(Corporate Social Responsibility)活動の一環として杉並区の和田小学校にPCを寄贈して、Squeakを小学生に教えるというプロジェクトがありました。このとき、私も参加しています。
この和田小学校や各地の学校で、阿部先生も小学生を対象にしたプログラミング教育の現場に立ち会うことになったわけですね。
実際は、なかなか難しい体験でした。子どもたちが主体で、「子どもがものを作る過程で学んでいく」のが(アラン・ケイが目指す)構成主義の考え方です。ただ、現実の小学校の現場では、あくまで「先生が教材を作り、子どもが学ぶ」考え方からなかなか抜け出せませんでした。
正解を探す教材が主流になって、子どもが自ら教材に手を加えて解を修正していくやり方はなかなか浸透しなかったのですね。
その中で例外的だったのが、(いわゆる「ゆとり教育」の一環として導入されて)小学校の学習指導要領にあった「総合的な学習の時間」です。ここでは教科との連携が求められていないので、比較的「Squeak的」な授業ができました。ただ、他の先生方からは「お任せします」という反応で、なかなか先生方と一緒に授業をする環境にはなりませんでした。
結局、和田小学校ではSqueakの授業はなくなってしまいました。ただし和田小学校では「土曜楽校」という形でプログラミングの勉強会は続いています。
理想と現実のギャップは大きいのですね。
だから、できることを、できるようにやるしかない。私の活動範囲はそれほど広くありません。サークル「OtOMO」のワークショップが月に1回。それに和田小学校。三鷹市の小学校。あとは飛び込みのイベントが数回。そうした自分でハンドリンクできる所で教える活動をしています。
大学生にScratchを教える
阿部先生は大学でも教えていますが、そこではどのような内容を教えているのですか。
青山学院大学では、大学生にScratchを教えています。これは社会情報学部250名の必修科目です。Scratch、センサーボード、モーターの使い方を教えて、最終的にはLEGOのブロックやモーターなどを組み合わせて自主制作をしてもらいます。
今の世の中は、アイデアを形にすることが、以前に比べてずっと簡単になりました。MITのメディアラボから出てきた有名な言葉で「Demo or Die」(デモか死か)があります。すごいアイデアを持っているとしても、それをどのように説明するのか。動くモノを作って説明しなければ説得できない。一方で、人を説得できれば、Kickstarterのようなクラウドファンディングでお金を集めてモノを作ることも可能になっている。アイデアを形にした実例としては、東京大学の五十嵐健夫先生が見事なデモンストレーションやプロトタイピングで成果を上げている。こうした話を学生たちにしています。
授業の教材は学生の買い取りなので、高価な機材は使えません。「Lego Crazy Action Contraptions」や、「なのぼ~ど」を使います。
高価でない教材を選ぶことにはかなりこだわっているのですね。
教育の機会の均等を忘れてはいけません。
LEGOブロックは、ちょっとしたプロトタイピングには非常に向いている。ただし、モーターで動く「何か」を作ろうとすると、シャフトや歯車、プーリーのような機構の部品が必要になる。こうした部品を含むLEGOのキットは値段が高い。これらのLEGOパーツを安価に入手する方法として阿部氏がたどり着いたのが、書籍扱いで購入できる「Lego Crazy Action Contraptions」(Doug Stillinger、Klutz)だった。これなら、歯車やシャフトなど重要なLEGOパーツが1500~2000円程度で入手できる。
また、LEGOには純正Scratch用キットもあるが、これらを含む「WeDoスクラッチパック」キットは2万5200円で、学生買い取りとして使うには高価だった。一方、「なのぼ~ど」はサークル「ちっちゃいものくらぶ」が送料含め2000円(完成品の場合)と安価に頒布している小型のScratchセンサーボードである。Arduino互換ボードにスライダー、音センサ、光センサなどが付属する。
学生が買い取りで、必修科目ということは、学生全員がScratchでフィジカルコンピューティングができる環境を持ち帰るわけですね。
そういうことです。どれぐらいの学生が活動を続けているかどうかは分かりませんが、今の講義を手伝ってもらっているSA(スチューデント・アシスタント)は、過去にこの講義を受けてもらった人たちです。この学生たちは、子ども向けワークショップなどイベントも開催しています。
このような講義では、どのように評価をするのですか?
学生どうしの相互評価を行います。青山学院大学の講義では、最後に自由制作をしてもらいます。テーマを決めて、それに沿ってグループワークでモノを作ってもらう。学生にはポストイットを3枚渡して、いいと思ったところにコメントして貼ってもらいます。自己満足ではなく、ほかの学生から見て面白いものを作らないといけない。自分の関心事から乖離してしまうと面白くなくなるので、それから離れないようにしてもらう。
青山学院大学でScratchを教えるようになって3、4年になります。始まったきっかけは、必修でプログラミングの講義があるのですが、単位を落とす学生がいる。その再履修を試しにScratchを使ってやってみたのです。そうしたら、みんな単位が取れたばかりか、楽しそうにやっている。使う道具は違いますが、教える内容は同じです。プログラムが書けないわけではなく、違う所でひっかかっていたのです。
普通の人にプログラムを教えようとすると、処理系のインストールのトラブルや、プログラミングのタイプミスによる構文エラーで先に進めなくなる人が意外と多いという話をよく聞きます。Scratchの場合は、インストールが簡単でタイプミスで構文エラーが出たりしない(Scratchはビジュアルプログラミングでプログラムを組み立てるため構文エラーは原理的に出ない)ことが、教育現場では大きい違いになるのですね。
「子どもたちのコミュニティ」はScratchの大きな成果
教育用の言語ということでは、Scratch以外にも処理系があります。Scratchはどこが良かったのでしょうか。
ひとつはSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)の機能があること。プログラミング系の草の根のコミュニティサイトでは、子ども同士でも議論が荒れてしまう場合があります。一方、会員数150万人のScratchのサイトは荒れていません。モデレータを子どもにやらせて、自治をさせているからです。いい作品を選ぶのも子どもたちです。自分の作品に、他の人から「いいね」やコメントがもらえることで、続けるためのモチベーションになります。また、他の作品をパクることを禁止するのではなく、逆にリミックス(他人の作品の改造)と原作者へのリスペクトを推奨しているのも特徴です。
Scratchのプロジェクトの半分は、「コミュニティを作る」ことでした。先行していたSqueakも、ここまでのコミュニティは作れませんでした。
もうひとつ、実はScratchはSmalltalkに「降りられる」んです。Scratchのブロックや環境に満足できなくなった何人かの子どもにはSmalltalkを教えています。ScratchではできないことをSmalltalkで作れるようにする。
Scratch 1.4は、Squeak Smalltalk処理系を内蔵しており「隠しコマンド」でSmalltalk処理系に「降りる」ことができる。画面左上にある「Scratch」ロゴの中の「R」をShihtキーを押しながらクリックするとメニューが表示されて、Smalltalk開発者モードに切り替えることができる。
Scratchはバージョン2.0が出ましたが、どのように見ていますか。
バージョン2.0はFlash上で動くようになりました。インストールしなくても手軽にブラウザで使えるようになりましたが、一方でSmalltalk処理系は使えなくなりました。外見もScratch 1.4とはかなり違います。
これとは別に、「SNAP!」という環境が出てきて、私はこちらにも注目しています。これはJavaScriptの上にゼロから書き直したScratchです。元々は個人プロジェクトでしたが、今はUCB(カリフォルニア大学バークレイ校)がコンピュータサイエンス教育のため推進しています。Scratchでは記述できない再帰呼び出しとブロック定義も、SNAP! はカバーしています。大学の学部レベルの計算機科学教育を十分カバーできる内容になっています。それに、デザインがScratch 1.4にそっくりで、Scratch 2.0よりもむしろ違和感がありません。
今はScratch 2.0とこのSNAP!を両方とも注目している、というのが実情です。
「目的を言うと、理想はダメになる」
教育について、もう少しお話をお聞かせください。ITは変化の速さが特徴ですけど、一方で教育には長期的な取り組みが必要です。これはかなり矛盾しているように思います。
アラン・ケイさんは、子どもたちへのプログラミング教育への取り組みの成果は「生きている間には見られない」と語っています。私も、その言葉を聞いて覚悟を決めました。
アラン・ケイさんはビジョナリーです。ビジョンを実現する人が同じ人とは限りません。アラン・ケイさんの後継者たちは必要です。
日本で、子どものためのIT教育について議論が盛んになっていますが、どのようにお考えですか。
(政府の産業競争力会議が2013年6月に発表した)「成長戦略(案)」にある、プログラミング教育の義務化には、私は反対です。理由は、プログラミングは「(産業競争力会議がいう)グローバルIT人材を生み出すためのもの」ではないからです。
目的を言った時点で、理想はダメになります。プログラミングをやる理由は「面白いから」です。すべての子どもにプログラミングをさせてみたいとは思います。それは表現の手段であって、あくまで、「面白いから」やる、というレベルに留めるべきです。
プログラムを書けると、それまで見えないものが見えるようになる。これは間違いありません。読み書きや九九と同じです。世界の見方、View Point(注:アラン・ケイの有名な言葉に「視点(View Point)はIQ80に相当する」がある)のひとつが増える。その視点を提供するためにプログラミングがある。
プログラミングを通じて抽象化や論理思考力などが養われる、といった話もありますが、それは結果であって、目的にしたらダメです。
(了)
写真撮影:橋本 直己
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