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「細胞を丸ごと計算」「次世代PCクラスタ用OS」「TOP500分析」──「第十三回PCクラスタシンポジウム 2013」2日目レポート
2013年12月12日、13日に秋葉原(東京)で開催された「第十三回PCクラスタシンポジウム」2日目のレポートです。なお、本記事内の情報は、すべて取材時点(2013年12月)のものです。(編集部)
取材・文:高橋 正和
写真:編集部
1日目はすでにレポートしたように、エクサ時代に向けて、TSUBAMEの松岡聡氏による講演と、これからのPCクラスタの変化や位置づけなどに関するパネル討論会が開かれた。
続く2日目には、PCクラスタ関連の最新動向や、PCクラスタコンソーシアムの各部会の報告、参加企業の発表などが行なわれた。前年の第12回では、Intelのメニーコアコプロセッサ「Xeon Phi」が登場直前ということで注目されていたが、今回はいよいよ、そのXeon Phiを使ったシステムの発表もいくつか行なわれた。
ここでは、2日目の中から、3つの講演をレポートする。
京の登場で質的に変わる生体分子シミュレーション
理化学研究所(理研)の杉田有冶氏による特別講演は、「京」が登場する前と後とで、分子化学の研究がどう変わったかをグラフィカルなデモをまじえて説明するもので、スーパーコンピュータを利用する側の科学の例として興味深いものだった。タイトルは「細胞環境を考慮した生体分子シミュレーションの現状と今後」。
2013年のノーベル化学賞は、分子力学と量子化学を統合しコンピュータで計算するマルチスケール法を開発した3人が受賞した。このように、化学においても実験だけでなくスーパーコンピュータによるシミュレーションが重視されるようになっている。特に分子から生物を考えるときには、小さい分子から細胞環境までのよりマルチスケールな計算が必要になると杉田氏は説明。「京以前の計算では水の中にタンパク質1個というモデルの計算だったが、われわれは細胞の中のタンパク質を原子レベルでシミュレーションしている」と語った。
具体例として、薬剤耐性菌のメカニズムの研究が紹介された。薬剤耐性菌にもいくつかのケースがあるが、共通するのは薬の分子を排出するメカニズムだという。これをアミノ酸の間のH+(プロトン)に着目し、条件をいろいろ変えてMD(Molecular Dynamic、分子動力学)シミュレーションの計算をしたところ、1つだけ薬が排出されるモデルができてメカニズムが分かったという。この計算に、京の市販モデルといえる富士通の「FX10」が用いられた。
別の例としては、細胞の中のタンパク質生成の研究が紹介された。タンパク質の生成は、試験管での実験と細胞の中でと10倍ぐらい違い、その細胞の中でのタンパク質を時系列にシミュレーションするのは、京以前は夢物語だったという。杉田氏の説明によると「細胞の7割が水で、タンパク質が山手線のラッシュアワーぐらい混雑している」のだそうだ。
従来の理論では細胞の中のほうが安定しているとされていたが、実験では細胞の中のほうが不安定な場合もあるという。このモデルを作って計算し、混雑によるタンパク質分子の編成があることが解析されたという。
さらに、理研が開発したMD計算ソフトウェア「GENESIS」(Generalized-Ensenble Simulation Systems)が紹介された。並列化を進め、レプリカ交換法やデータ同化法など多数のMDを連成させるものだという。オープンソースで公開するべく理研内の手続きをしているとの話だった。
杉田氏は野望として「細胞をまるごと計算する」というテーマを掲げ、まず通常の細胞より数百倍小さくシンプルなバクテリアから着手していると語った。類似の研究として、米国のグループによるバクテリアの数理モデルを紹介して「空間と時間の概念がなく、反応のみ」と違いを説明。別のグループの類似研究についても「簡単なもので、水も代謝物質も入っていない」と説明。「われわれの研究では水などいろいろな分子が入っている。今年中にいったん論文にまとめる予定」と語った。
質疑応答では、化学計算のソースコードをGitHubで管理し、変更があるとテストが走る継続的インテグレーション(CI)を実施しているという話もあり、Web系と共通した技術が使われている点も興味深かった。
Linuxと協調して動くメニーコア向け軽量OS
PCクラウタコンソーシアムの活動報告も行われた。システムソフトウェア技術部会の報告では、Xeon Phiといった、メニーコア時代の新しいPCクラスタのためのOS開発について、部会長でありPCクラスタコンソーシアム会長でもある石川裕氏(東京大学)が発表した。
石川氏はまず、「なぜLinuxカーネルではいけないのか」という命題を提示。背景としてメニーコア化やメモリ階層化の流れを語り、Xeon PhiでLinuxを動かすとメモリのローカリティがなくTLBのミスヒットが頻発し性能が出ないと説明した。そして、Linuxカーネルをベースに改造していく方法については、「Linuxカーネルがどんどん進化していくのに追従しながら、こちらの仕組みを設計して実装して評価するのは難しい」と語った。
そこで、メニーコア向けに独自の軽量OS「McKernel」を、東大、理研、日立、NEC、富士通、アックスで開発した。さらに、McKernel上にglibcを移植し、インテル製コンパイラでコンパイルしたバイナリも動くようにしたという。
ユーザに対しては、LinuxカーネルのAPIを提供する。そのため、メニーコアの上にLinuxカーネルとMcKernelの両方を載せる方式をとった。Xeon Phiのような場合には、ホストCPUでLinuxを動かし、Xeon PhiのコアではMcKernelを動かすというものだ。また、メニーコアが直接ブートする構成では、Linux用の管理コアでLinuxを動かして、計算用のコアでMcKernelを動かすことになるという。
LinuxとMcKernelの間は、IHK(Interface for Heterogeneous Kernel)という仕組みでやりとりする。これは、Xeon Phiの場合はPCIeで、メニーコアが直接ブートする構成では共有メモリでやりとりする。
実際に計算に使う場合には、Linuxからmcexecコマンドの引数に実行するプログラムを指定して実行する。それにより、LinuxとMcKernelの両方のメモリ空間に実行するプログラムが置かれ、さらに共通のmmap領域が設けられて実行される。MPICHを移植した結果では、Intel MPIより良い性能が出たと石川氏は報告した。
McKernelは2013年11月にリリースし、現在Linux APIの検証をしているという。また、内部ドキュメントも作成中。今後はLinux APIの性能検証や、McKerrnel OSサービス、2ndリリース(2014年3月予定)、Xeon Phi以外への適用などを計画していると語られた。
TOP500ランキングのトレンドを分析
ベストシステムズの西克也氏による、「TOP500」ランキングの見所を紹介する「TOP500トレンド分析」という講演も行なわれた。
2013年11月発表のTOP500ランキングの特徴として、まずトップ10の変化がほとんどないと解説。トップ5は同じで、6位にスイスの「Piz Daint」が新しく入った。「BlueGene/Q」系が前回と同じ4システム、アクセラレータ利用も前回と同じ4システムだった。
全体でアクセラレータ利用は54システムから53システムになったという。一方、PFlopsシステム(理論値)は33システムから40システムになった。TOP500の最低ラインはRmax 97TFLOPSから118TFlopsとなった。
同じシステムを増強してランクアップしたのは22システム。ここには東工大の「TSUBAME」も含まれる。一方、新規システムは127システムだったという。
日本のシステムに絞った分析では、TOP500にランクインしたシステムが前回の30システムから26システムに減少。新規が4システムで、消えたのが6システムだという。西氏は「消えた6システムのうち、九州大学の「CX400」はまだ運用中のようだが」と疑問をはさみ、新しいシステムに統合されたのだろうかと語った。
電力あたりの性能を競う「Green500」ランキングでは、1位が東工大の「TSUBAME-KFC」で、「TSUBAME 2.5」もランクインした。グラフ処理性能を競う「Graph500」については、西氏は「500といいつつエントリーは160システムだが」と語りながら、4位に京が入ったことを紹介した。そのほか、Green Graph500のBig Data部門ととSmall Data部門も紹介された。
続いて国別の傾向を解説。エントリー数が増加した国としてはアメリカやドイツ、インドなど、減少した国としては日本やイギリス、中国などが挙げられた。国別のコア数については、日本がアクセラレータ数で222%増と際だって増加が多いなど、「国ごとにどういうシステムが増えているかが分かる」と西氏は解説した。
西氏は最後に、これらの傾向をまとめつつ、TOP500でHPCCGベンチマークを追加することが発表されたことを紹介した。(了)
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