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ハッカーの遺言状──竹内郁雄の徒然苔第8回:しっぽりと卓上サッカーを
元祖ハッカー、竹内郁雄先生による書き下ろし連載(毎月下旬に掲載)の第8回。今回のお題は「しっぽりと卓上サッカーを」。
ハッカーは、今際の際(いまわのきわ)に何を思うのか──。ハッカーが、ハッカー人生を振り返って思うことは、これからハッカーに少しでも近づこうとする人にとって、貴重な「道しるべ」になるはずです(これまでの連載一覧)。
文:竹内 郁雄
カバー写真:
Goto Aki
日本代表、相変わらずがっかりだが、私は高校1年のころから、とあるアナログゲームの設計、改良をずっと続けていて、大学卒業の1969年春に最終形に至った。それが今回の主題「卓上サッカー」である。
サッカーは家庭用ゲーム機の人気ゲームのひとつだが、実は私はそれで遊んだことはない。あの十字キーとA、Bボタンには物理が感じられないのである。と、偉そうなことを言っているが、単に不器用なだけである。その代わり、器用さが要求されないRPGドラクエのメインシリーズはすべて自分でクリアした。
では、物理とはなにか。それが遺言状第7回の大々的な脚註で紹介した闘球盤、あるいはCrokinole(クロキノール)である。つまり、オハジキ。デジタルと対極のアナログだ。
アナログな「卓上サッカー」はWebで検索するといくつかの種類が出てくる。最もポピュラーなのは、向かい合った3本(高級品は4本)の棒をクルクル回して、その棒についた選手で盤上のボールを蹴っ飛ばすものだ。これはいまでも盛んで、大会もある。先日、ブラジルの名人級の対戦場面をテレビで見たが、なんだかわけがわからない速さ。反射神経を極限までいじめるこれは、アナログの極致とはいえ、うーむ、ここまでやるなら本物のサッカーをしたほうがいい。そう、私が求めたのは、冷たい雨の降る日の室内、コタツ的なテーブルの上で、アナログと頭脳をベストカップリングして、しっぽりと(?)闘えるサッカーだったのだ。
私が高校生のころはもちろん、大学生のころもインターネットなどという便利なものはなかった。私がこの卓上サッカーを作ったころ、どんな手段を使ったのか覚えていないが、しっぽりと遊べる卓上サッカーゲームがないかと探した記憶がある。いまはもうないようだが、英国製のオハジキサッカーが見つかった。当時のイングランドのサッカーグラウンドは芝が割と細かいチェッカー模様になっていて、ただの枯れ草の日本のグラウンドとは別世界だった。そのチェッカー模様を物差しにして、ボールと選手の距離を測って、パスが通った、いや通らなかったと判定するようなゲームだった。もめたときは定規を持ち出して判定する。サッカーらしくないテンポ感だ。
もっとも、上記のテレビ番組で、ブラジルにも大きな駒を使うおはじきのようなサッカーゲームがあることが、ほんの一瞬紹介されていた。だが、ちょっと調べたかぎり正体がわからなかった(※1)。
さて、当然のことながら、サッカーゲームには相手が必要だ。遊んでくれる相手がいないと、ゲームの設計も改良も進まない。だから、なにもしていなかった期間もあった。しかし、天の配剤。私が数学に悶え苦しんでいたころ、友人(東大のサークル仲間の野末康博氏)のサッカー好きの弟君(正博氏)がこのゲームの話を聞いて付き合ってくれたのだ。兄弟で住んでいたアパートに、作成したゲーム盤を置いてもらい、毎週のように通った。ともかく、半年で1シーズンの試合を重ね、それを3シーズン以上は闘ったと思う。スコアブックというものがあり、どのような経緯とフォーメーションで誰(ってラベルのついた10円玉)が得点したかの記録を克明に取るから、負けた怨念も、勝利の快感も、心に刻まれる。この感覚は本物のサッカーそのものだ。
私のチーム「Mathama Toppers」(股間突破ーズ)の主力フォワードは「KMMT」というラベルのついた「選手」だったが、これは当時の日本の主砲釜本選手のことである。ゴールキーパーは当時のチェコの名キーパーViktorだった。対する正博チームは「Global United」で、Peleなどやたらと外人選手が多かった。
10分ハーフで試合をしていたが、時間を測るためと、気分を出すために、テレビのホワイトノイズをテープに録音して、それを半分の速度で回して、大観衆の歓声のように流したりもした。40年以上前のローテクだ。
私がNTTの研究所に勤めてからは、実際のサッカーのほうが忙しくなってしまった。しかしかなり経ってから、突然これを思い出し、仲間に紹介した。いまは大学教授になっているような後輩たちを、華麗なプレイで悔しがらせた。「フフフ、栗原、悔しいか」と何度も口走った記憶が甦る。割と長い時間をかけて競技人口をほんの少し増やしていたのである。
このゲーム盤もラベル付き10円玉も、数年前には見た記憶があるのに、先日押入れやダンボール箱をちょっと探したときは見つからなかった。ラベルを剥して10円として使うことも、ましてやお金を捨てることもあり得ないので、相当奥深くに潜っているのであろう。引越しの連続で埋もれてしまったか。
だらだらと思い出話をしてしまったが、いま思うに、このゲームの設計は、いまどきのコンピュータゲームの企画、設計、開発のやり方を先取りしていた。ゲームの企画コンセプトは「冷たい雨の降る日や夜の室内、コタツ的なテーブルの上で、アナログと頭脳をベストカップリングして、しっぽりと闘える」ことだったし、設計は、本物のサッカーと同じような興奮が得られ、かつ、運頼りではなく、オハジキ技術の差が顕著に出るルールにすることだった。実プレイを重ねて、技術にもルールにも不断の改良を加えることはもちろん、ルール記述の合理性も追求した。直感的に納得できることでも、ルールとして明文化することは自明ではない。思えば、これはのちの私のシステム作りやプログラミングに大いに役立ったと思う。
選手たちも盤も行方不明だが、手書きでビッシリ書いたルール書はいまでも手もとにある(図1)。B5の薄紙17枚。立派なドキュメントだ。万年筆の一発勝負で書いてあるので、修正は塗りつぶしだし、変てこなスペルもある。かつ、途中でページを挿入したりしているので、ページ番号が「5'」とか「5"」になっている。ちなみに1ページは右下隅が破れて失われている。
久々に見返して驚いたのは、フィールドのサイズの記述がまったくないこと。なに考えていたんだろうと思ってしまうが、別のところに書いた記憶がある。さすがにこれは見つからなかった。
しかし、規格品のゴム版画板(150mm×100mm)を使うゴールマウスの大きさ、および盤の大きさ(市販のベニヤ板をそのまま使っているので600mm×900mm)ははっきりしている。ということで記憶を頼りに再現したのが図2である。
この通りに数日前に作ったのが写真1。
昔は5mm厚の合板ベニヤだったのに、今回は、12mm厚のシナベニヤと立派になった。観客席風の斜め角材も昔とは違う。このあたり、Crokinoleの盤の仕上げの良さに刺激を受けた。
もうないかと思っていた直径20mm、0.2gの、いかにも安物感たっぷりのプラスチックのポーカーチップはインターネットで買えた。選手のマーカーはテプラと小さなマイタックラベルを用いた。
ルール書を一発勝負で頭から書いたということは、頭から順に下へ書き進めるという意味で「トップダウン・プログラミング(?)」というか「書き下しプログラミング」だ。いま読み返すと継ぎ足し感があり、きちんとした構造になっていない。またバグもある。なので、この機会に「リファクタリング+デバグ」を行った。20年ほど前、マイクロコードで自作マシンのカーネルを書いたときも、頭からプログラムを書き始めた、というか一番難しそうなところから書き始めた。書いてみないとわからないところがやはりあるので、こちらのほうが効率的なのだ。これは「ボトムアップ・プログラミング」の一種だろう。ほぼ完成してから、プログラムの構造を入れ替えて整理した。私はどうもこういうスタイルが好きなようだ。とはいえ、なにも考えないで書き始めたりはしない。あのときは、かなり大量の設計ドキュメントを書いてからの、書き下しだった。
リファクタリングした卓上サッカーのルールは
http://www.nue.org/table-soccer/table-soccer-rule.pdf
http://www.nue.org/table-soccer/table-soccer-rule-eng.pdf
からダウンロードできる。後ろのは英語版である。でもユニバーサルデザインにするのなら10円玉はちょっとまずい。しかし、ゲームバランスのためには、サイズも重さもこれ以外はちょっと考えられないので、10円玉偽造幇助にならないようにしなくては……。そんなみみっちい犯罪者はいないだろうが。
改訂版のルールを読んでも何が何だかわからないと思うので、ルールを読まずとも、どんなゲームなのかイメージがつかめる例を簡単に紹介しよう。これを見て面白そうだと思ってもらえればうれしい。とはいえ、その前に簡単な紹介だけはしておこう。
この卓上サッカーは各チーム7名の選手(ラベルのついた10円玉、直径23.5mm、重さ4.5g)とボール(直径20mm、重さ0.2gの、プラスチックのポーカーチップ)を使ったおはじきゲームである。ボールが選手に比べて非常に軽いので、角度をつけてキックするのが容易だが、Crokinoleと同様、正確な「おはじき技術」が必要だ。
原則、各チームは交互にプレイするが、競技場に描かれたゾーン(図2参照)の中に、相手選手がいない、あるいは中途半端にしかいないのに、ボールと味方選手がゾーンで主たる存在になると、フリーあるいはノーマークの状態になり、連続してプレイできるようになる。つまり、スペースに走り込んだり、パスをしたり、ドリブルしたりすると、相手チームはキーパー以外、その間動けず、かつ味方選手は追加で動けたりする。これを利用して、いろいろな戦術的なプレイが可能になる。
スローイン、ゴールキック、コーナーキック、フリーキックなど、本物のサッカーにあるものは大体揃っているが、オフサイドだけはない。シュートを打てる領域には制限があり、たとえば、自陣内からは打てない。ドリブルしたり、パスをつないだりして攻め上がらないといけないのである。また、ゴール前に守備の選手が集まりすぎることも禁止されている。図2に示した典型的な初期配置では、蹴られたボールだけでは簡単にゴールインできないようになっているが、攻められると、いつまでもこの陣形が保てるわけではない。ただ、キーパーは相手のキックの前にはいつでもゴールマウスのライン上を移動できるので、それを避けてシュートするにはそれなりの「おはじき技術」が要る。
コーナーのゾーンは特殊な意味を持っている。そこから攻撃側が蹴り出すと、センタリングとなり、攻撃側はさらにもう1プレイ続けてできる。これは得点のチャンス。単なるおはじきサッカーだと、連続プレイが進まなくなるような場所に、重要な戦術意義を与えたわけだ。
また、力まかせに「おはじき」しても、ろくなことがないようにルールが設定されているので、しっぽりと頭脳的にプレイしなければならない。ボールを動かさないのに、相手選手に体当りするのは、チョムボキックの反則だ。これらはゲームバランスの設計そのものだった、と我ながら思う。
これ以上の解説はルールを読んでいただくとして、あり得るゴールシーンを3つ、図解で実況しよう(図3、図4、図5)。
図3:ヘッディングシュート
図4-1、図4-2:大きな展開からのシュート
図5:上手なら単独ドリブルでもシュートが入る
私が電通大で教鞭じゃなくて強弁をふるっていたころ、家庭用ゲーム会社が学生の就職希望の最右翼だった。ゲーム会社就職必勝法の本があって、しっかり勉強している学生が何人かいた。「先生、○○に就職したいんですけど……」という相談があるたびに「プログラムが書けるからといってゲーム会社で成功できるとは限らないよ。大事なのは企画力とか設計力、あるいはお絵書き能力」と諭していた。
偉そうなことを言ったものだと思うが、多少の裏付けはあったかもしれない。もっとも、こんな大きなゲーム盤を使うゲームを設計するのは、今の時流とはまったくかけ離れていることは確かだろう。でも、CDやネットオーディオの時代になって駆逐されたはずのアナログレコードが復活しているように、いくらデジタルの時代でも、アナログは生き続けるのだ。(つづく)
※1:編集の風穴さんから、これは「フットメザ」ではないかと教えていただいた。なんと日本協会もあるらしい。
ルールを見ると、おはじきサッカーであるところは共通しているが、かなり異なるコンセプトのゲームだ。もうひとつ、風穴さんが持っているという「 サッカーチェス」も教えていただいた。
風穴さんいわく「ルールが結構複雑で、子どもとだと、なかなか難しいです。いつも、適当に端折った簡易ルールでやってました」とのこと。 図解の多い12ページのルールだから、ルールの分量だけでいうと、ここで紹介している「卓上サッカー」よりも簡潔だ。見ると、たしかにチェスっぽい。1チーム11人だし、いかにもそれらしいフォーメーションなど、見た目には一番本物のサッカーに近い。ロングパスにはサイコロを使うなど、若干の不確実性もある。
本連載は、毎月下旬に掲載していく予定です。竹内先生への質問や相談を広く受け付けますので、編集部、または担当編集の風穴まで、お気軽にお寄せください。(編集部)
変更履歴:
2014年6月30日:図3、図4-1、図4-2、図5において、選手の「背番号」(円内の数字)が表示されていませんでしたので、修正しました。また、「フフフ、」のところに不要な半角スペースが入っていたのを削除しました。いずれも編集部の確認ミスでした。申し訳ありません。
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