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味付けのヒミツ──コデラ総研 家庭部(19)
テクニカルライター/コラムニストの小寺信良さんによる「techな人が家事、子育てをすると」というテーマの連載(隔週木曜日)の第19回目(これまでの連載一覧)。今回のお題は「味付けのヒミツ」。
文・写真:小寺 信良
個人的な見解だが、ある程度料理に慣れている人ほど、インスタントラーメンを作らせるとマズい、ような気がする。誰でも簡単に同じ味にできるからこそのインスタントなわけだが、柔すぎたり堅すぎたり、味が濃かったり薄かったり、麺にスープが染みてなかったりと、仕上がりが毎回バラバラになる傾向がある。
おそらくこれは、インスタントラーメンの裏に記された調理法を、ちゃんと読んでないことに起因するものと思われる。水の量はカップ2杯半なのか3杯なのか、ゆで時間は2分なのか3分なのか。そういうところを適当にやると、最終フィニッシュの味が変わってくるのは当然だ。
僕は自分で料理が上手いとは思っていないので、インスタントラーメンの「取説」はじっくり読むし、キチンとその通りに作る。だから味は毎回安定している。
麺類に限らず、カレールゥや「Cook Do」といった料理別調味料の裏面に書いてある「取説」を読みながら毎回毎回キッチリキッチリ作っていると、ある共通点があることに気づく。それは、粉末スープやルゥ、調味料を入れるときには、必ず火を止めてから入れるように指示されている点だ。あるいは火を止めないまでも、弱火にしろと書かれているものも多い。いずれにしろ、調味料を入れるときには火力を下げるよう指示されている。
最初は油はねするからかと思っていたのだが、カレーは別に油はねなどしない。モタモタしてると焦げるとか、温度が高いとダマになるとかいう理由もありそうだが、すべての味付けに当てはまる理由とは言えない。さらに炒め物などは別にきちんと、「油はね注意!」などと記してある。ということは、火力を下げてから調味料を入れる理由は、やけどへの配慮ではないということだ。
この謎はしばらく放置状態であったのだが、味噌汁のおいしいつくり方を色々調べているときに、偶然その理由らしきものにぶち当たった。
味噌汁の味噌を溶くときには、火を止めてから行なうのがよいとされている。この理由は、味噌は長時間加熱すると、風味が飛んでしまうからだそうである。だから、具に火が通ったらいったん火を止めて味噌を溶き、再び火を入れて煮立つ直前に止める。この風味を壊さない温度というのが、多くの調味料にも共通しているのではないか。
もうひとつの理由
だがラーメンなどは、スープの素を入れたあと、もう一度火を入れたりしない。まぜたらできあがりである。風味説もあながち当てはまらなくはないが、どうも別の理由がありそうだ。
例えばカレーやおでんなどは、作りたてよりも一晩おいたほうが味が染みておいしくなるという話がある。いや、話だけでなく、実際にそうである。この理由はなぜかを調べているときに、もうひとつの理由が分かった。
鍵は、浸透圧である。「煮る」とは何かと言えば、具材を加熱することで柔らかくし、そこから味の成分を外側に引き出す作業だ。これは、具材の加熱によって浸透圧が上がり、具の中から外へ水分とともに旨みが出てくる現象に他ならない。
では温度が下がるとどうなるか。今度は浸透圧が反転して下がり、具材は周囲から水分を引き込む。そしてその水分と共に、旨み成分も一緒に中に取り込むことになる。味が染みるとは、単に一定温度で漬けおくだけではだめで、温度を下降させる過程で、周囲の液体から味成分を具材が引き込むという現象なのだ。
浸透圧によって味が引き込まれるプロセスに関しては、次のレポートに詳しい。中学生の自由研究コンクール入賞作品だそうである。
自然科学観察コンクール 「冷めるとき味がしみこむのはなぜか?」
すなわち、味付けをするときに温度を下げるのは、浸透圧を下げながら味をしみこませるため、という要素が大きいのではないか。特に煮たのち味を付ける料理の共通ルールとして、この浸透圧の変化を頭に入れておくと、これまで意味不明だった手順も、すんなり納得できる。
人間素直かどうかで、ずいぶん損をすることもあるのだ。オレはやけどなんかしないから平気平気と、同じ火力まま調味料を入れていた方は猛省して頂きたい。(了)
本連載では、読者の皆さんからの、ご意見、ご質問、とりあげてほしいトピックなどを、広く募集しています。編集部、または担当編集の風穴まで、お気軽にお寄せください。(編集部)
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