対面コミュニケーションは重要か?──ランサーズとサイボウズに敏腕プロデューサーが切り込んだ(2)
20世紀では考えられなかったような「時間と場所にとらわれない働き方」が、ITの進化によって、実現可能な世の中となってきた。しかし、そこで必ず問題として提起されるのが、フェイス・トゥ・フェイスによるコミュニケーションが不足するという懸念だ。 前篇に続き、後篇では、実際に新しい働き方を推し進めているランサーズ社長の秋好陽介さん、サイボウズ社長の青野慶久さんが、その懸念に対して、IT技術を利用した新しいフェイス・トゥ・フェイスの方法を紹介していく。
我々が考えるべき重要な点は、会うこと、集まることだけに満足していないか、もしかしたらフェイス・トゥ・フェイスの本質こそ、ITを利用することでもっと見えてくるのではないか、ということだ。さらに、そこに日経BP社 日経ビジネス・日経ビジネスオンライン チーフ企画プロデューサーである柳瀬博一さんの“ツッコミ”も加わり、議論はさらなる進化を遂げていく……。
フェイス・トゥ・フェイスは同じ場所である必要はない
私が「時間と場所にとらわれない働き方」について、一番気になっているのは、フェイス・トゥ・フェイスは果たして重要かどうかということです。この件で、有名な事例で言えば、過去にアメリカのヤフーが在宅勤務を禁止したニュースがありました。実際のところ、フェイス・トゥ・フェイスについてはどうお考えでしょうか。
マリッサ・メイヤーがCEOになったときは、彼女は妊婦さんでした。ですから、働き方の多様化のほうに向かうのだろうなと思っていたら、彼女が最初に繰り出した施策は在宅禁止令でした。 私はそれをどう解釈しているのかと言うと、おそらく会社がビジョンを共有していない状態だったのだろうと思います。とくにヤフーは業績不振に陥っていたので、そういう状態で働き方を多様化するとモラル・ハザードを起こす可能性があった。 彼女はそれを予測していたからこそ、一度活を入れる意味もあって、ビジョンにコミットできない者は辞めろというサインを出した。いわば、“女番長”をやったわけです。 では、具体的にフェイス・トゥ・フェイスは大事かと聞かれれば、すごく大事だと思います。声のトーンは、なかなかテキストでは伝わらないし、リアルタイム性も大事だと思います。 ただ、そこはITが乗り越えつつある。あるプレゼンで私が見たのは、両端から二人の男性が登壇してきて、対談を始めたわけですが、次の瞬間パッと幕が下りたと思ったら、片方の人は映像だったんです。驚きましたね。 つまり、それくらいリアルにフェイス・トゥ・フェイスを表現できる時代になったのです。ですから、フェイス・トゥ・フェイスは大事なのですが、必ずしも同じ場所である必要はないということです。
一方で、ITの最先端をいくシリコンバレーは物価も地価も高くなってしまいましたが、それでもまだ多くのエンジニアたちが集まってきますね。先端技術をつくっている本人たちが、むしろリアルなフェイス・トゥ・フェイスから抜け出していないと思うのですが、いかがでしょうか。
今のシリコンバレーの状況というのは、単純に効率がいいのだろうと思います。エコシステムがあって、近くに起業家がいて、ノウハウがあって、おカネも回っている。 ただ、私にはテクノロジー信仰があって、これからは集まらなくてもいいような世の中になっていくと考えています。例えば2000年代初頭は、アマゾンで本を買うこと自体ナンセンスであり、本なんてウェブで売れるのか、クレジットカードをインターネットで使うなんて何事だという世界でした。それが今では何の違和感もなくやっている。 同様に、会わずに仕事をすることがテクノロジー上、可能になったとしても、最初は不安だという話になると思いますが、それも時代が解決していく。集まることは大事だと思いますが、全てではなくなる。今まで選択肢ではなかったものも選択肢として出てくる。そういった世の中になってほしいと思います。
ITのほうが多くの人に考えを伝えられる
あえてお聞きしますが、今後お二人の仕事の中で、ここはやっぱり直接フェイス・トゥ・フェイスでやっておきたいというところがあれば、教えてください。
私は自分の直接の部下たちとは毎週顔を合わせて面談するようにしています。ただ、それは必ずしもリアルではない、ITを通じたフェイス・トゥ・フェイスである場合もあります。 むしろ社内でもフェイス・トゥ・フェイスであることは少なくなっているかもしれません。クラウドがあるので、情報をあげておけば、私の意図も伝わりますから。
大企業の社長は、会社の一番上にいるけれど、いつも社長室にいて実は何を考えているのかなかなか見えないものですね。
私の今の一番の仕事は何かといえば、社内の「独り言」という社長用の掲示板にぶつぶつ書くことだという気がしています。 そもそも自分の席から誰かに向かってしゃべっていたら、近くの誰かにしか考えは届かないのです。ところが松山、大阪など日本の他拠点に加えて海外のオフィスの人もその掲示板を見られるのですから、書くほうがはるかに私の考えが浸透します。
先日、仕事でチャットをしていると、私の海外出張に気づいていない人がいました。それこそ、会社で同じフロアにいることと、海外にいることも変わらない。会わなくてもできる部分があると、そのとき思いましたね。
リアルな「いちゃいちゃ」はクリエイティブに繋がる
実はですね、私はどちらかというと人と会って話すことが好きなのですが、会っても仕事の話は10分くらいしかしないんですね。あとは何をしているのかというと、雑談しているんです。まったく仕事に関係のない話をしているんです。そうすると、次第にお互いの何かが弾けてくる。今やっている“目的的な仕事”とはまったく別の何かが立ち上がって、それがまた仕事に繋がっていく。あるいは、そこにまったく別の人がフラッと遊びに来たりして、偶然新しいチームができたりする。 つまり、プラスアルファの付加価値で競争力を持とうとする人間は、あえて顔を突き合わす。例えば、ベンチャーの社長さんって、実はしょっちゅう直接会っているんです。その「いちゃいちゃ」から結構新しいものが生まれているんです。リアルな「いちゃいちゃ」こそ、実はクリエイティブに繋がるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
さきほどフェイス・トゥ・フェイスはなくてもいいと言っちゃったのですが(笑)、もちろんそこから生まれるものは本当にたくさんありますね。目的じゃないところから生み出されるものもありますし、お話する中で生まれるものがあります。ただ、私としては、それすらもオンラインでできたらいいなと思っているのですが、アナログであるからこそ、生まれる空気や雰囲気はあると思います。
同じ場所で会わないといけない、離れていないといけないという話ではなくて、好きなときに行けばいいと私は思っています。今日は日本、明日はアメリカでもいいし、自分の心地いい空間、自分がクリエイティブでいられる場所を選びながら、働くような感じになると思っています。
違いを受け入れリスペクトしていく
ランサーズでは、チームで仕事を頼める。私はそれ自体すごく面白いと思っています。どんな構成か見えないチームに発注するにはどうするんですか?
見えないチームに発注するには、まずプロジェクトマネジャー、つまり我々の審査を通った「認定ランサー」というのですが、その方がチームを組成していく。オンライン上に「○○チーム」というのができて、そのチームを見て企業の方は発注できます。 または、ランサーズの中に1万件くらい企業からの案件登録があって、そこに対して、チームとして提案していく。受注した後は専用のクラウドのプロジェクト管理ツールがあるので、それを使って仕事ができます。お互いのパソコンの画面が見えるようになっていて、お互いが何をしているかわかる。そういった仕組みになっていますね。
この10年、日本の仕事のかたちをチームマネジメントやプロジェクトマネジメントのようにしなければならないという話が随分出ていました。 そういったパラダイムシフトは、まさに今提供されているグループウェアと非常に親和性が高いと思うのですが、外部の人を入れたとき、うまくいくケースといかないケースの差についてどうお考えでしょうか?
私たちがクラウドの事業を始めたのは、2年3カ月前です。それまで私たちは、社内向けのグループウェアをつくっていたんです。「社内で情報共有しましょう」「社員同士もっとつながりましょう」とやっていたわけです。 ところが、このソフトをクラウドにあげた瞬間に何が起きたのかというと、社外の人にIDパスワードを渡して使う人が増えてきたわけです。実際、「kintone」というソフトは4分の1の人が、社外の人と一緒に使っている。 彼らは何が違うのかというと、考え方がクラウド・ネイティブなんですね。「情報共有は社内でするものだ」という固定観念をもった人がクラウドを使っても、なかなか社外の人と情報共有することを思い付かない。思い付いても抵抗がある。 だからこそ、クラウドでうまくチームワークしようと思ったら、発想も未来型にしないといけないと思っています。
多くの日本企業はタテヨコいろんな組織に分かれていて、社内どころか、部内からも情報が出ないことはザラでした。日本企業の典型である従来型のピラミッド型、野球型、オーケストラ型のチームが、例えば、クラウドサービスをうまく使って、外部の人を入れて競争し、成功するには何を変えないといけないのでしょうか?
まず一つはリスペクトとインクルージョンです。どちらが上か下か、という働き方では居心地が悪くなってきて、そういう見方をしている人からは人が離れていく。もちろんチームもできません。だからこそ、お互いリスペクトすることこそ価値観として重要になると思います。 実はこれが日本人は苦手で、ちょっと違った人を見ると、排除しようとする気持ちが先に出てしまう。慣れていくまでに時間がかかるとは思いますが、発想の転換をして、自分と違う発想だけれど、一緒に仕事ができたら楽しいということを世代や価値観を超えて、できるようなことが必要だと思います。
会社が変わるきっかけは?
いろんな仕事をご覧になっている中で、あんな会社が、こんなきっかけで変わったという事例はありますか?
グループウェアを導入し、社長がメッセージを発信したところ、社員から「いいね!」が付いた。すると社長は「うれしい、もう一度書こう」と、そのうちモバイルから書くようになりました。その成功体験、心地良さが価値観を変える。その感情は大事にしたいほうがいいと思います。
クラウドソーシングをうまく使っている企業という観点で話します。例えば、「一人当たりクラウドソーシングで5万円使おう」とルール化した会社があるんですね。そこで何が起こるのかというと、本当は不安で使いたくないのかもしれませんが、ルールですから自分の仕事をクラウドソーシングするようになる。すると、むしろ社員の業務効率が上がっていったんですね。 クラウドソーシングのコストはかかるのですが、会社全体の効率がコア業務に向かうという現象が実際に起こったんですね。あえて手段を目的化することによって結果が出てくる。みんなにやらせる環境をつくってしまうということですね。
我々はどこまでもサラリーマンですね(笑)。では、変革の旗振り役であるトップ自身はどうすれば、変わっていくのでしょうか?
リーダーは、ちょっとしたきっかけで考え方を切り換える瞬間があります。頭が良いリーダーは「来たな」と思ったら、閃いてすぐ行動に出られる人なんです。そこに私たちは、少しずつ刺激を与えていく。 自由な働き方を認めない社長には、こんな良い会社がある、未来の会社とはこんな会社だと働きかければ、いつか気づく日が来ると思うのです。
やはり新しい働き方をするには、トップの考えが問題になってきますね。考えてみれば、ウェブの苦手な部分は、大きなビジョン=物語の共有だと思うんですね。 雑な言葉ばかりが流布して瞬時に消費されて終わってしまう。 良くも悪くもウェブって、考えていることではなく、感じていることが表面に出る。感情が表に出るツールなのです。感情は割と単純なので、共有しやすいんですよ。それにクラウドって人工的なイメージがありますが、僕は逆だと思っています。クラウドはものすごく原始的で人間的なものです。 顔の見える人たちの価値観だけでなく、離れていても、いくつものユニットやチームを通すことで、小さな個別具体的なビジョンやミッションでも、共有し実現できる時代になりました。そういうミッションやビジョンを持っているチームに自分がポジティブに入っていけるかどうかは、個人の問題がより重要になってくると思います。
撮影:谷川真紀子、執筆:國貞文隆、編集:渡辺清美 前篇:自由な働き方でうまくいくのか?──ランサーズ・サイボウズに敏腕プロデューサーが切り込んだ(1)
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編集
渡辺 清美
PR会社を経てサイボウズには2001年に入社。マーケティング部で広告宣伝、営業部で顧客対応、経営管理部門で、広報IRを担当後、育児休暇を取得。復帰後は、企業広報やブランディング、NPO支援を担当。サイボウズ式では主にワークスタイル関連の記事やイベント企画を担当している。