あのチームのコラボ術
シンプルな目標こそがチーム力の源泉──東京オリンピック招致の裏側に迫る
世の中で話題になっているトピックとその“チーム”にフォーカスする本コーナー。今回は、2020年の東京オリンピック・パラリンピック(以下、オリンピック)実現を目指す東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会にインタビューしました。
招致委員会は、国内外の一般から企業まで、幅広い層に東京オリンピックに対する日本の意気込みを伝え、共感してもらい、投票権を持つ国に対して日本の体制や盛り上がりを伝えるほか、スポンサーを見つけるなど、開催時の足場作りの役目も担っているようです。
「目標がシンプルだからこそ、リソースの集中ができるのだと思います。」そう語るのは、戦略広報部で国内広報ディレクターを担当する西村亮氏と戦略広報部マネージャーの森岡宏太氏。"2020年のオリンピックを東京で開催"という高い目標の実現に向けて、組織作りやリレーション活動の注目すべきポイントを聞いてきました。
東京オリンピック実現に向けた 招致委員会の活動
オリンピックを招致する。そんな高い目標を掲げているチームのお話を伺いたいと考えて取材に伺いました。まず、活動内容をお聞かせいただけますか?
椋田
私たちの主な活動は、東京オリンピックのPR活動、マーケティングです。開催計画の設計や競技団体とのネゴシエーションは東京都のスポーツ振興局の”招致推進部”が担当しており、私たち招致委員会はポスターや広告を作るほか、お祭りやスポーツ大会でブースを設置する、スポンサードしていただける企業を探す、国内外問わず招致に対する理解や共感を深め、招致を実現に結びつける、という活動を担当しています。
オリンピックの招致は東京都のスポーツ振興局と、招致委員会の二つの団体で行っているのですね。人数はどのぐらいいらっしゃるのですか?
椋田
東京都の推進部は都の職員で構成されており約60名。私たちはNPO法人で現在は約50名です。招致委員会には、さまざまな経歴を持つ経験者やスペシャリストが集まっており、私自身はプロ野球球団の広報を経験しています。ほかにもJリーグの広報を経験した方、航空会社やスポーツ団体にいた方、マーケティングのプロの方に、招致委員会から参加をお願いしています。
他にも、各官公庁から「オリンピックを招致したい」という強い気持ちを持つ方にも参加してもらっています。私も昨年の3月までは、区役所の窓口で保育園の入園相談担当をやっていました。異動の際にこの招致委員会のお話を聞いて、招致の理念に強く共感できたこと、またスペシャリストと一緒に仕事をしてみたいと思い、参加しました。
今後も招致委員会の人数は増えていくのですか?
椋田
必要に応じて増えていくと思います。ちなみに前回の招致委員会の人数は約二倍いました。そのときのノウハウを元に、今回の招致委員会では人数や予算の最適化が行われ、現在は50名ほどで招致活動を実施しています。招致委員会内は事業部、戦略広報部、国際部、計画部、総務財務部と全部で5つの部に分かれています。各部署はだいたい10名ずつで割り振られています。
各部署の役割を教えていただけますか?
椋田
まず、事業部はマーケティング活動を行っています。スポンサーの獲得や企業へのリレーション活動、イベントにブースを出店するのも事業部の担当です。国際部は、海外に対してプロモーション活動を実施、招致を決める際に各国に日本へ投票をしていただけるよう、各国のスポーツ団体や関係組織に理念や想いを伝えています。戦略広報部は国内外の一般の方へ情報を発信し、共感や理解をしていただく活動をしています。そして、総務部が全体のとりまとめを行っています。
招致するのに一般の方の理解も必要なのですね。
椋田
招致実現には、皆さんの支持率(※)も影響します。オリンピックの開催を決定するIOC(国際オリンピック委員会)は「私たちの国でオリンピックを是非やりたい!」と多くの人が考えている国でオリンピックを実施したいと思っています。おかげさまで現在のIOC調査の支持率は70%強にまで上昇しました。ロンドンオリンピックで日本の選手が好成績を残したことや、著名なスポーツ選手が賛同してくれたことが大きく支持率を伸ばしてくれました。この支持率をさらに伸ばすべく、ポスターや中吊り広告はもちろん、SNS(Facebookやtwitter)も駆使してオリンピック招致の理解を深め、共感を集めていきたいです。
※支持率調査はIOCが行う公式のもの(70%と公表されたもの)と、招致委員会が独自で行っているもの(現在まで6回実施)があり、IOCの支持率調査に関しては方法等詳細は公表されていない。
シンプルな目標が団結力に役立っている
組織内の情報共有はどのように行っていますか?
椋田
基本的にメンバーはメールで連絡を取り合い、組織全体に関わる情報は朝礼で共有しています。パーマネント(永続的)な組織ではありませんので、組織内の情報共有を行うために特別なツールを導入することは考えていません。都の推進部とも同じフロアで働いているので、自然に連携ができています。
招致委員会は、五輪招致の結果が発表されるとどうなるのですか?
椋田
9月7日の開催都市決定後、数か月で大幅に縮小し、その後解散します。なので組織として成立している期間は短いのですよ。東京での開催が決まったら、開催のための「準備委員会」というのができるのですが、そこに招致委員会のメンバーそのまま移動するとは限りません。
非常に限定的な組織なんですね!様々な人材が集まっていればそれぞれの働きかたも異なるため、情報の共有は課題になりませんか?
椋田
組織の目的が「招致を成功に導く」という、明確でシンプルだからこそメンバーのベクトルが同じ方向を向きやすく、特別な方法は必要にならないと考えています。参加する前から、何を目的としていて何をやるべきかを把握しているメンバーが集まっているため、自然と誰かに与えられるのを待つのではなく、必要な情報を自分から集める空気が出来上がっています。各部署だいたい10名ですので、メールや口頭で事が足りてしまう部分もあります(笑)。
少数精鋭、活動期間が定まっている、二つの要素がモチベーションの維持に役立っているんですね。
椋田
もちろんメンバー間での知識や経験の蓄積、共有は必要です。前の招致委員会での経験は今回の委員会にも活かされていますし、私自身、FIFA日韓ワールドカップ時に招致委員会に参加した経験を活かしています。少数だからこそ、一人の業務の幅も広くなるため、お互いの経験を共有しないといけません。最初からプロフェッショナルが集まっているのでキックオフが必要なかっただけで、内部では情報の共有が自然と行われています。
各自が自身のスキルや役割を深く理解しているため、業務が洗練されており、新しく入ってきた人材でも即戦力になれる環境が出来上がっているとも言えそうですね。
椋田
みなが“仕事”と捉えてない点も影響していると思います。心から「日本でオリンピックをやりたい」と思って参加しているからこそ、自然に団結が出来ているとも思います。
以前、私が広報活動を行っていたスポーツチームは新規に立ち上がったため、団結力を養うことに力を入れていました。いろいろな方法を試して切磋琢磨しましたが、カタチになるまでにはどう見積もっても一年以上かかってしまいます。招致委員会で同じことをやろうとしても時間的に難しいです。
幅広い層に“伝える”上での注意点は?
高い目標を実現に導くためには、具体的にどのようなリレーション活動を行うべきだと考えていますか?
椋田
それぞれが自身の都合や事情に寄らずにメリットを伝えるべき相手にきっちり伝えるのが重要です。 オリンピックで開催国だけがメリットを享受するのでは意味がありません。海外に対して、競技設備はもちろん観光面や環境面での利点を伝えて、「是非日本でやりたい」と思ってもらう。国内には経済波及効果だけではなく、世界に対して日本を知ってもらう機会になること。国民一丸になることで、震災から経済と心の面で復興するきっかけにもなりますし、日本のスポーツ文化が活性化することもお伝えしなければなりません。
ワールドカップや球団広報と比べて、リレーション活動に“違い”はありますか?
椋田
2002年の日韓ワールドカップの招致委員会で活動していた時は、ワールドカップを招致する前に、サッカーのワールドカップ自体を知らない方が多かったので、まずどういうイベントかという点から伝える必要がありました。
それに対して、オリンピックは注目度と理解度が非常に高く、皆さんイベントの内容を良く知ってらっしゃいますので、“日本で行う意味”に集中して情報の発信が行える点は異なります。
また、サッカーという一つの競技だけではなく、総合的なスポーツ競技が行われる大会でもあるため、関係する団体や、伝えるべき範囲が広い点も違います。色んな角度から“伝える”ことを意識する必要があります
オリンピックは理解度が高いぶん、日本で行う意味に集中して情報発信できる点が違うということ、また大きな大会だからこそ"伝える"範囲が広いということですね。
椋田
対象の幅が広いので責任も重くなる厳しい面も多い仕事です。ただし、泣いても笑っても結果がすべてで、つまりは、"終わりがある"ため、たとえつらくても邁進できるところもあります(笑)。
私は広報活動自体が初めての経験です。ただ、仕事で集中すべきポイントが定まっており、きっちりやるべきことを行えば “支持率”が上昇します。自分の仕事の成果が他組織や自組織の調査で定量的な情報でわかる。これがこの仕事のやりがいですし、一人一人の力を引き出すことにも繋がっていると思っています。
最後に今後の活動について教えていただけますか?
椋田
5月から9月まで国際的なプレゼンテーションの機会があります。直接、IOC評価委員会にアピールするチャンスですので、日本の取り組みをきっちり伝えていきたいと考えています。国内での活動もますます強化していかなければなりませんが、今後は国外のPRにも注力して招致を実現に導きたいと思っています。
(写真撮影:本田 正浩)
SNSシェア