島耕作にサラリーマン金太郎──ビジネスマンガに見る「リーダーに適した『顔面力』」とは
企業やサラリーマンを題材にした漫画は数多く出版されており、いずれも年代、性別を問わず支持されています。「島耕作」(作:弘兼憲史)シリーズ、「サラリーマン金太郎」(作:本宮ひろ志)、「釣りバカ日誌」(作:やまさき十三、画:北見けんいち)、「働きマン」(作:安野モヨコ)など、社会人であれば誰もが「分かる分かる」と共感するところがあるでしょうし、働き方に悩んでいる人は「よし!明日からまたがんばろう!」と勇気づけられるのかもしれません。
今回はみなさんが大好きな、企業やサラリーマンを題材にしたビジネス漫画からリーダーの資質について考えていきたいと思います。キーワードは「顔面力」。チームや組織を引っ張る優れたリーダーに共通しているのは「顔面力」があることなんです。
顔面力。あまり耳なじみのない言葉ですが、一体どんなものなんでしょうか。法政大学キャリアデザイン学部の梅崎修先生に、企業マンガから読み解くリーダーに適した「顔面力」についてたっぷりお話いただきます。
顔ににじみ出る親しみやすさが、「顔面力」
サラリーマン漫画としてわかりやすいのは、やはり「島耕作」かもしれませんね。シュッとした主人公の顔立ちが浮かんできます。「釣りバカ日誌」も釣りの話ではなくビジネスマンガですが、同じビジネスマンガの主人公でも、ハマちゃんと島耕作とは全く違う顔立ちをしています。
ビジネスマンガをいくつも読んでいくと、釣りバカ日誌のような小学館の漫画に出てくるリーダーは、同じような顔をした主人公が多いことに気がつきます。私は小学館系と勝手に呼んでいますが(笑)、特徴としては「だんごっ鼻、垂れ目、下がり眉」の3点で、これはどんな職業であろうと共通しています。ハマちゃんや、「総務部総務課山口六平太」(作:林律雄、画:高井研一)の主人公、山口六平太は典型的な3点セット顔です。
この、顔ににじみ出る「親しみやすさ」こそが「顔面力」で、組織やチームを率いるパワーと言えます。
顔面力というのは、親しみやすさのことなんですね。でも、なぜ「だんごっ鼻、垂れ目、下がり眉」の3点セット顔の人物が優れたリーダーになるのでしょうか? 女性からすると、スーツをぱりっと着こなして、ルックスも良い島耕作のような上司の方が、褒めてもらいたい一心で仕事をがんばれそうな気がするんですが…>
確かにルックスが良いに越したことはありません。うらやましいです(笑)。しかも仕事ができるのであれば、組織においても重要な人材に間違いないでしょう。しかし、色気があって優秀でというパーフェクトな人が上司だったら、部下は緊張しますよね。チームで仕事をする場合、リーダーだけが秀でていてもダメで、リーダーを筆頭にチーム一丸となることが大切なんです。
例えば山口六平太の場合、実は連載が始まった当初は不良的要素があって、さぼっているようだけどやるときはやるというキャラクター設定だったので、今とはちょっと容姿が違ったんです。ところが年月を経て、六平太はいわゆる「人間力」で数々のトラブルを解決に導く存在となり、同時に親しみやすい顔へと変化していきました。
小学館のビジネスマンガではこの「人間力」が「親しみやすさ」と相まって分かりやすく顔に描かれているのかもしれません
なるほど。親しみやすい顔の上司は安心感を与えてくれる存在だから、部下がのびのび仕事ができるというわけですね。
リーダーには欠点が必要?
理想の顔を持った「顔面力」の高い上司は、なぜチームを良い方向へと導くことができるのでしょうか。単純に親しみやすさが部下を安心させるというだけでは、今ひとつ物足りない気がします。
リーダーになる人の中には、「周囲から認められたい」という理由で自ら手を挙げる人もいます。つまり、カッコつけるわけです。「仕事ができる人と思われたい」「尊敬されたい」。こんな目的でリーダーになる人が、本当に優秀と言えるでしょうか?
リーダーの資質として重要なのは、最終的な勝負所で強いことです。顔面力の高いリーダーは、顔は三枚目だが、それを卑下しているわけではない。自分で自分を承認しており、周りから認められたいとは思っていません。これがポイントですね。欠点をさらけ出せるって、本当に自信がある証拠でしょう。だから格好つけることなく、大切な場面で的確な判断を下すことができるんです。
「取締役平並次郎」(作:新田たつお)の平並次郎は、繰り上げ当選で取締役になったため、ポジション的には一番下ですが、すぐれた手腕で次々に会社を牛耳っている先輩経営陣を追いつめていきます。そして大事な場面で生かされるのが、こちらも顔面力。次郎も典型的な親しみやすい顔の持ち主なので、交渉の最終局面でその顔面力=真の自信が生かされ、大きな商談を決めることができます。
リーダーである以上、足を引っ張る部下には直接対話の機会をもつことも必要です。しかしこうしたドライな話を、顔面力もドライな人が言ったらどうでしょうか? 部下は怖くて、余計萎縮してしまうかもしれません。では、ドライな雰囲気を持った人は「顔面力」についてはあきらめるしかないのでしょうか?
顔面力は「親しみやすさ」のことですので、日頃から笑顔でいるなどのちょっとした努力で改善されるはずです。あとは、洋服を変な風にしてみたり、独特の趣味を持つなど、顔じゃないところでつっこまれる要素を作ること。リーダーには欠点が必要です。欠点があれば「この人仕事はできるんだけど、どうも服装が変なんだよな」と、部下の母性愛を引き出し、チームの雰囲気を良くすることができるからです。
それはまた、面白い発想ですね(笑)でも、確かに一切隙がないパーフェクトな人だと、とっつきにくさがあるので、どこか少しでもツッコミ要素がある人の方がいいですよね。
ところで、ここまでのお話を振り返ると、「顔面力」の話は割と昔からある大企業には当てはまりそうですが、ベンチャー企業でも同じなんだろうかという疑問が残ります。
ご指摘のとおりで、今は「サラリーマンの二極化」が起こっているので、一概には言えないかもしれません。流動性の低い長期雇用企業の場合は、その人自身は脚光を浴びることないんだけど、陰の立役者として会社の成長を支える「顔面力リーダー」が求められます。一方、外資系コンサル企業やベンチャー企業などは、親しみやすさよりも実力とパワーでグイグイ部下を引っ張っていく上司の方が重宝される環境もあります。
小学館の漫画は「だんごっ鼻、垂れ目、下がり眉」
所属する組織によっても、求められるリーダー像は変わってくるということですね。さて今回の話をまとめると、小学館の漫画は「だんごっ鼻、垂れ目、下がり眉」3点セットがそろった「顔面力」の高い人が、理想の上司として描かれていることが分かりました。
同社のコミック誌「ビッグコミック」は「釣りバカ日誌」や「総務部総務課山口六平太」など、何十年も続く長期連載漫画が多いので、長きにわたる連載の中で、古き良き日本の組織にとっての「理想のリーダー顔」ができあがったのかもしれません。
一方、講談社のコミック誌はストーリー性の強いオリジナル作品が多いことから、長期連載のマンガが少ない傾向にあります。企業を題材にした漫画はその時々の時代背景を反映し、近代のビジネスマンをモデルにすることが多いようです。
代表的なのは「顔面力」とは対照的な、シュッとした顔立ちの「島耕作」。親しみやすさよりも、実力とパワーで部下を引っ張っていく、いわゆるベンチャー企業型の上司顔といえそうです。安野モヨコの「働きマン」も現代の時代背景を反映したマンガでした。
ただ近ごろは小学館も、現代を反映した顔を描く作品が増えてきました。たとえば「Dr.コトー診療所」(作:山田貴敏)の主人公、五島健助。天才的な腕をもつ医師の五島は「たれ眉」ではありつつも、鼻はシュッとしており、従来の「だんごっ鼻」とはほど遠い印象です。しかし整った鼻とは言いがたいところがやはり小学館らしく、現代版顔面力の代表例と言ってもいいかもしれないですね。
いかがでしたでしょうか? 理想の上司顔は時代の流れや、環境において変わってくるようです。いつの時代も愛されてやまない「サラリーマン漫画」の今後の進化が楽しみですね。
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