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「同調圧力」では何も深掘りされない──カーネルハッカー・小崎資広(6)
サイボウズ・ラボの西尾 泰和さんが「エンジニアの学び方」について探求していく連載の第7回(毎週火曜日に掲載、これまでの連載一覧)。
富士通のエンジニアとしてLinuxカーネルの開発に参加されている小崎資広さんへの「インタビュー:その6」。Linuxカーネルという巨大なソースコードと日々戦っている小崎さんのお話は、きっと「エンジニアの学び方」の参考になるはずです。
本連載は、「WEB+DB PRESS Vol.80」(2014年4月24日発売)に執筆した「エンジニアの学び方──効率的に知識を得て,成果に結び付ける」の続編です。(編集部)
今回は、今までと少し毛色が変わって、コミュニケーションに関する話題です。同調圧力の強い人とどう付き合うのか? 議論タイプのリーダーが率いるカーネルコミュニティと、同調タイプのリーダーが率いるコミュニティとはどういう違いがあるのか? そういうお話を伺いました。
リーダーが同調圧力タイプだと裏チャンネルが発達する
もしかして、今アメリカにいるのは割と心地いい感じなんですか? 日本にいると何となくみんなで一緒にご飯を食べに行かなきゃいけないみたいな空気が……。
日本にいてもやらないから大丈夫。空気を読むか読まないかっていうのは大人になると自分で選べるので大丈夫です。
そう、確かに子どものときの同調圧力の強さといったら……。
うん、あれはすごいね。
じゃあ、そういうのはあんまり好きじゃないですか。
好きじゃない。だって、同調圧力で同調してるだけだと、何も深堀りされないから。誰かが違う同調圧力かけてきたら言うことが変わってしまうのが気に入らない。あと、議論して戦わせて深堀りするっていうのは割と好きなんですけど、同調圧力が強いとできないんですよ。
議論のきっかけになるような「それって違うんじゃないの」という指摘をされた時点で「うわあ、攻撃された」と思っちゃう人がいますよね。そういう人とうまく付き合っていかないといけない状況とかはないんですか?
それはありますけど。
そういうとき、どうします?
態度を完全に変えます。そういう人とはもう議論はしない。
議論できる人としか議論はしない?
昔いっぱい失敗したので。
「数人のベンチャーで全員議論タイプです」とかいう状況でもないかぎり、フリーに議論をでき、フリーに「まさかり」を投げあえる状況にはならないんじゃないかな。そう言えば、Linuxカーネルの開発コミュニティでは、同調圧力の強い人っていうのはいないんですか? みんな議論タイプなんですか?
うん、みんな議論タイプ。つまり、プロジェクトリーダーが議論タイプだと、そうじゃない人は淘汰されて消えていくので。
なるほどなるほど。トップがすごく議論タイプだから、議論して戦っていく人以外はいなくなっちゃう。
そうそう。
逆にプロジェクトリーダーが協調を重んじるタイプだと議論する人は爪弾きになっちゃうわけですかね?
そうなると思いますよ。プロジェクトリーダーが同調圧力タイプだと、裏チャンネルが発達し出すんですよ。
根回し的な?
そうそう。つまり、表チャンネルで「これ違うんじゃないの?」っていうのと、チャットみたいなインフォーマルなやつで「これ、俺まったく分かんねえよ」というのでは、だいぶ相手の受け取るニュアンスが変わるので、複数のチャンネルを用意することが重要になってくる。それはいい場合と悪い場合があるんだけども、とりあえずコミュニティのスタイルは変わる。
なるほど、興味深いです。
リーナスが偉いのは、議論しても禍根を残さないところ
Linuxカーネルの開発コミュニティは結構大きな組織なんですよね。
はい。3カ月にいっぺんリリースをするんですけれども、毎回、パッチに書いてある開発者のメールアドレスを集計すると何千っているはずですよ。
何千人という人たちが協力してひとつのものを作る際に、協調タイプの組織ではなく、議論タイプの組織として成立しているというのは、すごく面白いポイントだと思います。
そうかも。
やっぱりそれはトップの人の個性なんですかね。
個性だと思いますよ。
その個性にマッチしなかった人をどんどん弾いていった結果なんですかね。
いや、リーナスが偉いのは、議論するけどもオフェンシブにならず、禍根を残さないところ。「ここまで議論したらもういいじゃん」って言って、バチッとフェーズを分けて、じゃあお願いしますって。
※筆者注:「リーナス」とは、Linuxカーネル開発をリードしているLinus Torvalds氏のこと。
納得がいかないってことには質問を、これは違うんじゃないかみたいなことは言うけれども、納得したらそれを恨みに思ったりはせずにマージするということ?
そうそう。大変口が悪い言い方ではあるが、感情論でフレームウォーが続いたりはしない。
なんか外から見てると口が悪いエピソードばかり出てくるけど……。
それは彼が、半分遊びで、あえてそういうキャラをやってるだけで。
そうですね、彼は自分がそういうキャラだと思ってギャグとして言ってる。特に彼は、喋るの遅いじゃん。もしかしたら自国語だと違うのかもしれないけど、英語だと喋りがちょっと遅くってユーモラスな話し方をするので、対面だとFワードを使ってるときでも侮辱的な雰囲気はない。
もともとアメリカに渡ったときに、英語を覚えようと思って、B級映画ばかり見てたみたい。だからスラングばっか覚えちゃったみたいよ。
そういう話があったんですか。
なるほど、知らんかった。
みんなで、それをからかって「リーナスは口が悪い」みたいなネタにされてるんで、まあそういうキャラとして生きていこうと。
そうそう、半分くらいは本当にキャラ作りだと思いますよ。
Linuxカーネル開発は実用主義
リーナスは意外と現実主義ですよね。こだわるときはこだわるけど、「こだわり過ぎて、ついていくのが難しい」みたいなことはない。
実用主義なんですかね。
そう、超実用主義。
Linuxがそもそもそうですから。
「こっちのほうが実用的に良いだろう」って主張は、明確なユースケースや根拠があるけど、理想とか思想でこだわってると、共感できるできないになっちゃう。
そうそう。思想にこだわると、その思想がよく分からんなあと思った人は一切ついていけないんだけれども、「こっちのが便利に決まってるじゃん」という主張だと「いやいやこっちのほうが便利だろう」とか、違うユースケースを持ってくるとかで論破できるので、同じ頑固者でもだいぶ違う。
「理想主義の頑固者」は反証できないけど、「こっちが便利だ」って言っている「実用主義の頑固者」は、「こっちのほうが便利だ」とか、「そっちだとこういう問題があるんだぜ」って言うと納得してくれると。
そうそう。
今回、同調圧力の強さによって、コミュニケーションの形が変わるという話を伺いました。受け手が議論タイプでないときには議論はしない。組織が議論タイプでないときには裏チャンネルを使う。興味深い話でした。
大きな組織では、他のメンバーの感情を害さないように配慮することが重要だと考える人も多いでしょう。しかしその配慮が議論の妨げになることもあります。一方でLinuxカーネルの開発コミュニティは、激しく議論を戦わせ、ときに口汚く罵られる場です。議論タイプの組織がうまく回るためには、プロジェクトリーダーが理想主義ではなく実用主義であることが重要なのかもしれません。
正しさを議論する場合「Xが正しい」は「Xでないお前の主張は正しくない」という意味になりがちです。他人に「お前の主張は正しくない」と言われたと感じて、カッとなって「いや俺が正しい」と反論してしまうと不毛な争いになってしまいます。
一方、有用性を議論する場合「Xが有用」は「私の想定している目的にはXが有用」という意味になりがちです。意見の食い違いが起きたときには「どういう目的を想定しているのか?」という疑問が生じて、目的を明確化する生産的な議論が始まります。
哲学の用語としての実用主義(プラグマティズム)は「普遍的な真理は存在せず、自分にとって有益かどうかで自分にとっての真理が決まる」という考え方を指す言葉です[1]。この考え方は不毛な争いを避ける上でとても有用です。
次回は、習慣とスランプについてお話を伺います。本連載の第2回でも「毎日やることが重要」という話がありました。でも、毎日やるのは難しいですよね。このあたりのことを深堀りしたいと思います。(了)
[1]「プラグマティズム」(W. ジェイムズ、岩波書店、1957年)。実用主義派のWilliam Jamesによる著書。
「これを知りたい!」や「これはどう思うか?」などのご質問、ご相談を受け付けています。筆者、または担当編集の風穴まで、お気軽にお寄せください。(編集部)
謝辞:
◎Web+DB Press編集部(技術評論社)のご厚意により、本連載のタイトルを「続・エンジニアの学び方」とさせていただきました。ありがとうございました。
◎インタビュー会場として、「イトーキ東京イノベーションセンターSYNQA(シンカ)」にご協力いただきました。ありがとうございました。
変更履歴:
2014年10月02日:「実用主義であること重要」を「実用主義であることが重要」に修正しました。編集のチェック漏れでした。申し訳ありませんでした。
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