会社と個人はフラットな信頼関係を築けるのか? 篠田真貴子×山田理 ALLIANCE対談
リンクトイン創業者 リード・ホフマンらが書いた本『ALLIANCE(アライアンス)』が話題になっています。アライアンスとは、人と企業が信頼関係を築きながら、仕事に応じて雇用関係を結ぶこと。コミットメント期間やその期間に達成されるべき目標を明確に定めて、個人と企業がフラットで互恵的なパートナーシップを築いていく、というのが具体的な方法です。社員がその企業から転職した後も、OB・OGネットワークを通じて良好な関係を維持し、終身雇用ではなく「終身信頼関係」を結ぶことも奨励します。
ただし、このアライアンス関係を、すべての企業が実現するのは容易なことではありません。日本企業で働く人が実践しやすい「人と企業の良い関係作り」の現実解はどこにあるのか? この本を監訳した東京糸井重里事務所 取締役CFOの篠田真貴子さんと、1年前からシリコンバレーに在住しているサイボウズの山田理 副社長兼サイボウズUSA社長が、たっぷり語り合います。(中編「会社ってなんで続かなくちゃいけないの?」、後編「会社と個人の関係は、「リンク・フラット・シェア」に近づくか?」に続きます)
日本型の終身雇用なんてもはやフィクションだ
『アライアンス』、非常に興味深く拝読しました。ただ、これをすべての日本企業が実践するのはなかなかハードルが高そうですよね。そこで、まずは“アライアンスの勘所”から話を進めていければと思います。アライアンスを導入しようとした時、何が一番のポイントになるんでしょう?
アライアンスとは、簡単に言うと「人と企業がフラットな信頼関係を作り上げること」です。ただし、一般的にはどうしても会社のほうがパワーを持つ感じになりますよね。だからこそ、会社側がいかに自分たちと社員はフラットな関係だということを、社員に対して誠実に伝えられるかが最大の勘所になると思います。
なるほど。
いい例が、あるメガベンチャーの新卒採用です。実際に新卒採用の責任者の方に聞いたのですが、学生に内定を出してから入社するまで、その方がまるでお兄さんのように学生と1対1で付き合うこともあるそうです。それこそ一緒に飲みに行ったり、山登りに行ったり。そうする中で「ここの社員になるとはこういうことなんだよ」と学生に体感させ、納得してもらうわけですね。
へええ。
さらに、ほとんどの内定者がインターンをすることになっているそうです。いろんな部署でいろんな仕事をする中で、その会社を内側からより深く知ることができる。だから、内定辞退率が低い。 この話を、とある日本の伝統的な大企業の人に話したそうです。そうしたら「内定者にインターンなんてさせたら、みんな辞めちゃうんじゃないですか?」と言われたんですって。
ははは。
自分たちの会社がどういう会社かフラットに話せないというのは、そうすることができない状況が社内にあるとしか思えないですよね。 私はそもそも、日本型の終身雇用なんてもはやフィクションではないかと思っています。私が1991年に新卒入社した日本長期信用銀行(現・新生銀行)は終身雇用の王道のような会社でしたが、7年後の1998年に経営破綻しています。そんな経験もあり、新卒入社の人が65歳になるまで40年以上、雇用保証できる会社は、あるとしてもごく一部ではないかと思います。しかも、そういう会社が社内の状況を内定者にきちんと知ってもらうことすらできないのに、「終身雇用で一生面倒をみるよ」みたいなことをモヤッと見せる。それって欺瞞(ぎまん)じゃないかと。アライアンスはそれとは真逆の考え方です。
サイボウズはかなり開けっぴろげな会社で、僕にとってはそれが当たり前になっちゃっているんですけど、まだまだいろいろなことを隠したいという会社は多いんですかね。
ねえ。
サイボウズが社員に約束していることって何ですか?
アライアンスの根幹である「信頼」という言葉は、サイボウズの人事制度のキーワードでもあるんです。サイボウズでは「信頼=スキル×覚悟」だと考えていて、「信頼度が高い人が最も高く評価される人」となっています。 ちなみに「スキル」とは、技術力や専門知識、考える力、コミュニケーション能力といったもの。「覚悟」とは、サイボウズの掲げる理想に対する共感やコミットメント。この2つを掛け合わせると信頼になるという考え方です。
信頼度の高さを基準に社員を評価するというのは面白いですね。 「信頼=スキル×覚悟」ということは、社員を信頼するにあたり、会社はスキルと覚悟を重視しますということでもありますよね? では逆に、サイボウズさんは、社員1人ひとりにサイボウズという会社を信頼してもらうために、何を約束しているんでしょうか? アライアンスでは、会社は個人に対して成長機会などを約束する、それに対して、個人は会社に対して自分が働くことでその会社が発展したり戦略を実現したりできるよう約束する、というように双方向なんです。
何を約束しているんでしょうねえ…。約束というより、僕は常に、1人ひとりの社員について「この人にとって一番幸せな状態って何なんだろう?」ということしか考えていないんです。人事制度もそれに基づいて作ります。 いったん辞めた社員がまた戻ってこられるのが幸せならそういう制度を作ろうとか、やりたいことがある人がそれを実現できる仕組みを作ろうとか、副業をしたい人がいるならそれを認めようとか。約束や契約をしてこちらが得るものはあまり考えていない。 社員に徹底的にGiveしたらどうだろう? というのが僕の発想なんです。それをやっていたら、結果的にそういう場所っていいなと思って集まってくれる人が増えるのではないかと。
なるほど。
もっと言えば、「サイボウズは世の中にチームワークを広めるためにある集団だ」という理想を伝えているので、そこに興味がある人しか集まっていないのが前提なんです。 そもそも、契約にもとづいて集団を作り始めたのは、人類の歴史の中で見ると結構最近のことじゃないですか? 昔は1人では狩りに行けないからみんなを誘って行く、みたいな話で、別に契約なんてなかったわけだから。究極、会社なんてどうでもいいんじゃないか? という考えが僕の根底にあります。
「会社って何?」というとらえ方の話になりますよね。会社というものは、お金を生むためのメカニズムととらえられがちですが、それだけじゃない。 サイボウズにとっては「チームワークを広げていくための運動体」なんでしょうね。世の中にチームワークを広めたいと考えている人がいても、1人ではなかなか広めることが難しい。けれども都合良くサイボウズという運動体があり、そこに参画することで、自分の理想が実現できる。それによって、喜びや、誰かのために役立っているという自己肯定感を得られる。まさにそれこそが、サイボウズが社員にGiveしていることなのではないでしょうか?
そうかもしれませんね。
そういう意味では、サイボウズの「チームワークをもっと広めたい」というように、成したいことが何かというのがクリアでないと、社員に対して何も約束できないかもしれない。そこも実は、アライアンスの勘所の1つになるかもしれませんね。
確かに。
「社員」っていったい何だ?
一方で、理想に共感してくれるのって、社員だけではないですよね。そうなると「社員って何?」とも考えてしまいます。社員じゃないけれども、サイボウズ製品について社員以上に熱く語ってくれるパートナーさんだっていますし。単なる契約形態にすぎないだろうと。
サイボウズさんのように、外部パートナーとも密に仕事をしていると、余計にそう感じるかもしれませんね。
社員でいてくれるかどうかというのも、僕は気にしていないんですよ。以前は、多くの人により長く働いてもらい、より成長してもらえる環境を提供したいと考えていました。しかし今は、なんで長く働いてもらわないといけないんだろう? と思ってしまう。成長してもらう、というのも、別に成長したくない人もいるかもしれませんよね。そういうことを考えると、契約とか約束というより、100人いたら100通りの存在を「受け入れる」だけでいいんじゃないかと。
なるほど。
会社を大きくしたい、売り上げを上げたい、というのも経営者のエゴに過ぎないですよね。それが世の中を豊かにしてきた面があるのも間違いないと思いますが、じゃあ社員を10万人とかに増やして、みんなで理想に向かって、となれるのかなと。
売り上げや利益は、あるタイプの人たちが会社を評価するのに都合良く利用してきた指標にすぎないと思います。サイボウズさんだったら、売り上げよりもユーザー数のほうが適切な指標かもしれないし、もしかしたら社員数よりもパートナーの数のほうが重要な指標になるかもしれない。 私個人としては、会社の規模って本質的にはどちらでもいいんです。世の中には規模が大きくないとできないビジネスは確かにあるから、その目的に向けて規模を追求するのは、当然だろうと思いますが。 糸井重里事務所は、必ずしも規模が大きくないとできない事業をやっているわけではありません。でも、私たちのあり方が面白いと思ってくれて、かつ、今いるメンバーでは人数的にも技量的にもできなくなっていることを自分ならできるよ、と言ってくれる人が加わってくれたらうれしい。 それって、アライアンスの文脈にピッタリなんです。その人が社員として加わりたければ社員になってもらってもいいし、業務提携のような形でもいい。
とてもよくわかります。
「理想への共感」こそ、アライアンスが意味のある仕組みになるカギ
さっき山田さんが「社員を10万人とかに増やして、みんなで理想に向かって、となれるのか」とおっしゃいましたが、規模が拡大することで、もともと自分たちが何をしたかったのかわからなくなっている企業も多いんでしょうか?
それはもう、めちゃくちゃ多いんじゃないですか? そもそも、むやみやたらに新規事業を増やして売り上げを上げようとする時点で、何をやりたいかわからなくなっていると思うんです。理想に共感したメンバーが集まってそれに向けて走っているというより、とにかく会社を維持しようというフェーズに入っている。
ただ、成熟した会社でも、そういうフェーズに陥っていない企業はありますよね。例えば富士フイルムとか。写真フィルムが世の中からなくなるとなった時に、液晶や化粧品といった新しい事業に取り組んで成功を収めました。外野からの感想にすぎませんが、それは、単に会社を存続させることだけがモチベーションだったのではないと思うんです。 会社の中に膨大な知的財産やお客様との信頼関係があって、「これを世の中に役立てない手はない」と考えたのがより大きな動機だったのではないかと。
なるほど。
アライアンスは「何をやりたいのか再発見できている会社」になじむ気がするんです。成熟した企業でも、GEなどはその最先端にいると思います。 GEのミッションは、“常に世の中のインフラに求められているところに、最先端の技術で貢献する”ことだそうです。確かに、GEが50年前にやっていた事業はもう残っていないかもしれないけれども、そのミッションは常に存在していて、それを一緒に実現してくれる人を求めている。そして、GEに入りたい人は山ほどいても、それができる人はごく少数しかいない。だから、GEという世界トップ企業の1つであっても、社員との関係は非常にフラットなんです。 そうした「理想への共感」についての意識を経営陣が持っていれば、アライアンスは意味のある仕組みになるし、持っていなければ、何のことやらわからないとなってしまうでしょうね。
確かにそのとおりですね。
(執筆:荒濱一/写真:橋本直己)
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