「旅をすると価値観が広がる」と、多くの旅好きの人たちは言います。この「価値観が広がる」とは具体的にどういう状態なのでしょうか? そしてそれは、多様な価値観を認める社会を生きるための鍵になりえるのでしょうか──?
「旅で世界を、もっと素敵に。」を理念に掲げ、若者に旅を広めるために多角的に事業を展開している株式会社TABIPPOの代表取締役社長・清水直哉さんと、バックパッカー経験のあるサイボウズ副社長(兼サイボウズアメリカ社長)・山田理、旅の経験が豊富なふたりが語り合いました。
「価値観が広がる」とは、自分が知っている価値観の幅が増えていく感覚
山田理
清水さんは今までたくさん旅に行かれていると思いますが、特に印象的だった旅はなんですか?
清水直哉
19歳の時にはじめて海外に行ったヨーロッパ一周旅行と、21歳の時に行った世界一周のひとり旅ですね。世界一周のひとり旅は、まさに僕にとって人生が変わった旅でした。
清水 直哉(しみず・なおや)さん。株式会社TABIPPO代表取締役社長。東京学芸大学にてサッカー漬けの日々を送るが、人生に悩み、世界一周の旅へ。 学生時代に旅で出会った仲間とTABIPPOを立ち上げる。 大学卒業後はWeb広告代理店の株式会社オプトへ入社、1年目からソーシャルメディア関連事業の立ち上げに参画。最年少マネージャーの経験などを経て2013年11月に退職、 TABIPPOにて法人登記を果たす。夢は「やりたいことを、やりたい仲間と、やりたい場所で、やりたい時に、やりたいだけ、やり続けること。」
山田理
どのように変わったんですか?
清水直哉
その時に出会った人たちと、今の会社(株式会社TABIPPO)を立ち上げたんです。
山田理
それは、旅に人生を変えられていますね!(笑) 旅をして、ご自身にも変化はありました?
清水直哉
めちゃくちゃありました。僕は生まれも育ちも群馬県で、大学に入学するまで、田舎でサッカーしかやっていないような生活だったんです。
そこから突然ヨーロッパや世界中の国々を巡ったので、「国が違うと考え方も文化もこんなに違うのか!」と感じる経験ばかりでしたね。価値観が広がったなあと実感して日本に帰ってくることができました。
山田理
なるほど。「海外に行くと自分の価値観が広がる」というのは、よく言われることですよね。
でも、僕は高校生の時に1年間アメリカにホームステイしたんですが、正直そのときは「価値観が広がる」という感覚がよくわからなかったんです。
山田 理(やまだ おさむ)。サイボウズ 取締役副社長 兼 サイボウズアメリカ社長。1992年日本興業銀行入行。2000年にサイボウズへ転職し、責任者として財務、人事および法務部門を担当し、同社の人事制度・教育研修制度の構築を手がける。2014年からグローバルへの事業拡大を企図し、米国現地法人立ち上げのためサンフランシスコに赴任し、現在に至る。
清水直哉
そうなんですか?
山田理
はい。僕は当時、自分自身の価値観をまだはっきりと認識できていなかったんだと思います。
価値観がない状態だと、そもそも広がらないし、変わらない。だからピンとこなかったんです。
清水直哉
たしかに……! ないものは広がらないし変わらないですね。世界一周をした人の中でも、「価値観なんて何も変わらなかったよ」という人がたまにいます。
山田理
清水さんがおっしゃる「価値観が広がる」って、どういうイメージですか?
清水直哉
僕の中では、「価値観が広がる=価値観の幅(種類)を知る」というイメージです。
「こんな価値観も、あんな価値観もあるんだ!」と、自分が知っている価値観の種類が増えていく感覚が、「価値観が広がる」ということだと思っています。
山田理
なるほど。まず「違いを認識する」ということは、自分を知るための第一歩ですね。
清水直哉
はい。さまざまな価値観の幅を知ったあとに「じゃあ、自分はどうだった?」と考えることで、自分自身の価値観を再認識できるようになるのではないかと思っています。
自分の生き方を肯定できることが、自分にとっての幸せだと気づいた
山田理
僕が自分の価値観を再認識したのは、大学4年生のときに行った世界一周旅行で、中国のシルクロードを通ったときなんです。
清水直哉
くわしくお聞きしたいです。
山田理
シルクロードは、本当に何もない場所だったんですよ。道路も水道も整備されていないし、車も電話もない。衛生的にも最悪で、何もかも足りていませんでした。
それなのに、なぜかみんな笑顔で笑っているし、心にゆとりがあったんです。見ず知らずの日本人の僕が困っていたら助けようとしてくれるし、親切にしてくれて。
清水直哉
旅先でそのやさしさが身にしみるの、すごくわかります。
山田理
畑を耕してお昼ごはんを食べてまた耕して、暗くなったら家に帰って、寝て、また朝が来て……という、ものすごく単調な生活が永遠に繰り返されているんです。
その単調な生活の中に心のゆとりや笑顔がある。これって純粋にすごいことだなって思ったんですよね。
清水直哉
はい。
山田理
僕は、いわゆる日本のふつうのサラリーマン家庭に育ったので、いい成績を取って、いい大学にいって、いい会社に入って、そしてそれなりのお金をもらえることが自分の幸せだと思っていました。
稼いだお金でいい車や家を買うことが、自分の人生のゴールで幸せだという価値観を疑ったことがなかったんです。だけど、「立派な車や家がなくたって、こんなに幸せになれるんや」と実感したときに、「ああ、お金じゃないんやな」って思いました。
清水直哉
自分のこれまでの価値観が、揺るがされた。
山田理
はい。「僕には失うものはないんや」って思いました。
それからは、日本で最低限生きていけるお金さえ稼げたら、あとは自分がどう思いながら生きるかがすべてだと思うようになりました。「この人生でいいんだ」って、自分の生き方を肯定できることこそが僕にとっての幸せです。この時気づいた価値観は、今になっても変わらないですね。
清水直哉
僕もインドに行った時に、世界にはやりたいことができない人がいるって気づかされたのは大きな衝撃でした。世界は平等じゃない。やろうと思ったらなんだってできる日本という環境がどれだけ素晴らしいものなのかを痛感しました。
その時から僕の夢は、「やりたいことを、やりたい仲間と、やりたい場所で、やりたい時に、やりたいだけ、やり続けること」なんです。
山田理
ものすごく素敵ですね。
人は誰もが違う、個性は多様だということを「実感」できるのが旅の良さ
清水直哉
山田さんは、旅の良さってどこにあると思いますか?
山田理
人は誰もが違う、個性は多様だということを「実感」できるのが、旅の良さだと思っています。
「そんなの当たり前じゃん」と言われるのかもしれないけれど、頭で感じることと、リアルに多様な人を見ることの差はすごくあると思うんですよ。
清水直哉
僕も「理解すること」と「実感すること」は全然違うと思います。体験を積み重ねることで、はじめて身をもって受け入れられる実感が湧きますよね。
山田理
最近よくグローバル人材とかダイバーシティとか言われていますが、その前提には、「外国人とうまくやらなくちゃ」とか「うちの社員はこういう傾向があるから、変わった人を入れなくちゃ」とか、外から多様性を取り入れるという発想があります。
でも、「いやいや、もうすでに日本人や社内は多様なんだから、そこに目を向けようよ」と思うんです。「日本人」「うちの会社」とくくっている時点で、多様性を実感できていないしイケてないんですよ。
清水直哉
同感です。
山田理
人は違う、ということにどれだけ向き合うか、どれだけコミュニケーションするかが大事だと思います。旅でそれを学んで、そこがサイボウズのチームワークを考える原点にもなっていますね。
清水直哉
旅をすることで、自分とは違う他人に目を向ける力が養われるのかもしれないですね。
TABIPPOも、「旅をするならいつでも会社を休んでよい制度」や「旅するオフィス制度(毎日働く場所を選ぶことができる)」など、個人の生き方や個性に合わせた制度がたくさんあります。これらは、実はサイボウズさんの考えをものすごく参考にさせていただいているんです(笑)。
山田理
ありがとうございます。
自分自身が正しいかどうか不安で自信がない人ほど、自分を守ろうとして攻撃的になる
清水直哉
人って、誰もが「自分が正しい」と思いたい生き物だから、せっかく違う価値観に出会っても、受け入れることなく否定したり排除したりする人もいますよね。
山田理
いますね。
清水直哉
僕は、自分も正しいし、みんなも正しいって思えることが大事な気がしています。
だって、人は誰もが「正しい」し、誰もが「正しくない」と思うんですよ。
山田理
というと?
清水直哉
みんな「自分が正しい」と思っているということは、たとえばAさんとBさんで対立する意見があったとき、AさんとBさんはそれぞれお互いのことを「正しくない」と思っているということになります。
これって、お互いが「正しい」し、「正しくない」状態だと思うんです。
山田理
なるほど。
清水直哉
そんなとき、「あなたの意見は正しくない!」というよりも、「みんな正しいよね」と言える方がいいと思うんです。
山田理
すごくわかります。僕は、人の価値観を否定したくなるのは「自分を守るため」だと思うんですよね。自分と違う価値観を持つ人のことを正しいと認めちゃったら、自分のことを肯定できなくなる。
だからきっと、自分自身が正しいかどうか不安で自信がない人ほど、自分を守ろうとして攻撃的になってしまうんです。自分に余裕がある人は、きっと受け入れられるんじゃないでしょうか。
清水直哉
まったく同感です。
山田理
サイボウズのチームワークの考え方って、いろんな個性があって、それぞれに強みや弱みがあっていいじゃない、というものなんですよね。お互いが違うからこそ補いあって助けあうのがチームワーク。他者との違いは攻撃の対象になるべきじゃないんですよ。
清水直哉
「他者との違い」に目を向けられないのは、日本の教育も悪いんじゃないかと思っています。今の学校は、人と違うことをすると怒られるようになっていて、「みんな100点を目指しましょう」ということを教えられる。
山田理
たしかに。
清水直哉
先ほど山田さんがおっしゃった、「強みと弱みを補う」ことの大切さは学校では誰も教えてくれなくて、全員がオールラウンダーになることを求められています。
だからこそ、ちょっと道から外れることを怖いと思い、みんなが大学行くから大学に行き、大企業に行くから大企業に行く、という流れになってしまうんじゃないでしょうか。
山田理
「人と違うことがいいんだよ」って誰も教えてくれない。
清水直哉
そうなんです。本当に、先生こそ旅に出てほしい! と強く思います。
山田理
まず、先生になる人が一般企業に就職するだけでもだいぶと違いそうですよね。旅か、就職をしてみるといいのかもしれません(笑)。
アメリカ人は、多様な人種や個性を「認める」んだけど、決して受け入れているわけじゃない
山田理
僕は、アメリカの市場を開拓するためにkintone Corporation(サイボウズUS)を立ち上げ、現在アメリカに在住しています。
アメリカに行って思うのは、アメリカ人は、多様な人種や個性を「認める」んだけど、決して受け入れているわけじゃないってことです。
清水直哉
どういうことですか?
山田理
多様性を考えるときに大切なのは距離感だと思うんですよ。「認める=仲良くしないといけない」わけではない。近くにいるからこそ助け合える人もいれば、離れて付き合った方が助けあえる、仲良くできる人もいるじゃないですか。
清水直哉
なるほど。
山田理
1年に1回しか年賀状のやり取りをしないから30年続く付き合いもあれば、付き合ったことによって二度と会いたくなくなる彼氏と彼女もいる。
日本人って、なぜか「身内でできるだけみんな仲良くした方がいい」って考えますよね。だから、近くなれない人を仲間はずれにするという流れがあるんです。変わった人を排除してしまう。
清水直哉
アメリカはどう違うんですか?
山田理
アメリカは、「そこにいていいよ」と認めたとしても、「俺、別にキミとは仲良くしないけどね」ということがあり得るんですよ。そしてこの距離感こそ、日本人にも必要な感覚だと思うんです。
清水直哉
認められることと距離を近づけることを混同してはいけないんですね。
価値観を広げ、他人との違いに目をむけることは、自分の理想を確固たるものにする
山田理
旅以外で価値観を広げる方法としては、どんな方法があると思いますか?
清水直哉
うーん……。とにかくいろんな人と話すことでしょうか。本を読むことでも広がると思いますが、「実感する」という意味においては、人と話すことがいいと思います。
山田理
僕もそう思います。いろんな人と話すときは、「価値観を広げる」ことと同時に、ちゃんと自分を作っていくこともしないと、永遠に自分探しの旅を続けることになってしまうので、そこは注意ですね(笑)。
清水直哉
価値観がしっかりしている人は、何かをやりたいという思いが強いですよね。サイボウズ社長の青野さんも書籍『チームのことだけ、考えた』でおっしゃっていましたが、「人間は理想に向かって行動する生き物」なので、まずは自分の理想が何かを知って努力することが大切だと思います。
価値観を広げ、他人との違いに目をむけることは、自分の「理想」を確固たるものにすることに役立つのではないでしょうか。旅先に答えが落ちてるわけではなく、それはいつでも自分の心の中にあるものなんだと思います。
構成・ ミノシマタカコ/撮影・橋本美花/企画編集・明石悠佳