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ハッカーの遺言状──竹内郁雄の徒然苔
第45回:ビールが主食
元祖ハッカー、竹内郁雄先生による書き下ろし連載の第45回。今回のお題は「ビールが主食」。
ハッカーは、今際の際(いまわのきわ)に何を思うのか──。ハッカーが、ハッカー人生を振り返って思うことは、これからハッカーに少しでも近づこうとする人にとって、貴重な「道しるべ」になるはずです(これまでの連載一覧)。
文:竹内 郁雄
カバー写真: Goto Aki
アルコールを飲まない、あるいは飲めない人には申し訳ないが、今回はビールに的を絞った話題である。このシリーズでもあちこちに「ビールを飲んで……」というフレーズが出てきている。竹内はよほどのビール好きなのだろうと思われた方は多いはず。実際、それは正解である。
「酒は百薬の長」と言われている。しかし、タバコのほうにはそんな噂も格言も聞いたことがない。寝タバコでの失火以外に、タバコで失敗した人は聞いたことがないが(※1)、酒で目に見える(短期的な)失敗をした人は数限りない。しかし、寝酒は睡眠導入剤として有効だ。
タバコにあるニコチンが悪いのか、真黒なタールが悪いのか、私にはよく分からないが、私にはあの煙がダメだ。路上で吸っている人の3メートル以内でも咳が出てしまう。とうの昔に亡くなった父が愛煙家で、子どものときから私はそれが嫌でいつも悪態をついていた。さすがにとうとう、目の前では吸わなくなった。
ただ、私が長距離ドライブするときによく噛んでいた眠気防止ガムは成分を見たら、ニコチン含有とあった。でも、少なくとも私にはそれがないと困るという依存症状はなかった。
IT技術者たるものタバコを吸ってはいけないなどというスローガンもあったようだが、そのおかげかどうか、IT技術者周りでタバコを吸う人は激減したように思う。でも、意外な人がモク吸い(喫煙者)で、あの監禁部屋でうまそうに吸っているのを見てびっくりすることがある。タバコがストレス解消になるというのは、理解できないことはない。
1970年代の話だが、研究所のコンピュータの横に図解付きの張り紙があった。ハードディスクの磁気情報を読み書きするヘッドはディスク面に非常に近いところで、空気流の壁で「浮かんでいる」。その間隔は髪の毛はもちろん、タバコの煙の粒子の直径よりも狭い。だから、コンピュータルームでタバコを吸ってはいけない、という趣旨だった。要するに「タバコは百害の長」なのだ。
では、アルコールはどうか? 化学式で書くと「C2H5OH」というとても簡単な化合物である。正確にはエチルアルコールだ。それより炭素が1個少ない「CH3OH」はメチルアルコールで、旅館で卓上の小鍋を温める固形燃料に入っている。これは飲む、あるいは食べると失明する危険もあるという代物だ(※2)。
前回2回続けて、複雑系に関わる話を書いたが(編集注:第43回、第44回)、人間自身は相当な複雑系だ。複雑系はある意味、準安定系でもある。これが、非常に簡単な化合物で簡単に壊滅してしまうのは不思議と言えば不思議である。これはかなり前からの私が抱いている七不思議(って実は数えたことがない)のひとつだ。一酸化炭素(CO)、青酸カリ(KCN)など、こんな単純なもので人は死に至る。人間はまだ複雑系として完成していないのだろうか? それとも宇宙定数のなせる業なのだろうか?
エチルアルコールは比重0.793で水より軽いが、水には任意の割合で溶け込む。同量の水と混ぜると全体として体積が5%減る。水の分子がうまいことエチルアルコールの分子構造にはまり込むからである。大方が水でできている人体にも馴染みやすいわけだ(?)。ひょっとして酒を飲むと体の水溶液の体積が少し減って、スリムに見える? きっと、ウソでしょう。
とはいうものの、私がビール、というかアルコールを飲み始めたのは、大学院修士課程2年生の夏前、つまり23歳のときである。それまでは本当に飲まなかった。大学サークルのコンパ、学生寮のコンパ等でもまったく飲まなかった。きっぱりと未成年不飲酒を貫いたのである。そもそも、ビールも日本酒も「そんなまずいものをよく飲むなぁ」という感覚だったから、「貫いた」は単なるレトリック。私の好みは氷あずきだった(今も)。
あるコンパで、お猪口に注がれた日本酒を「醤油入れたら飲めるかな?」と言って、醤油を入れて口につけたことがあった。当り前だが、まずい! そんな具合でもコンパでは楽しく盛り上がっていた。
それが何の風向きの変化か、動機をまったく覚えていないが、「みなもすなる酒を飲んでみるか」だったのかもしれない。修士になってから下宿していた4畳半の部屋で、ビールでも日本酒でもない、720mlのウィスキーの瓶を開け、コップに注いで飲み始めた。「フーン、こういう味か、まずくはないが、非常に美味しいというものでもないな」と思いながら、なんと、一晩で瓶を空にしてしまった。多少は酔ったのだと思うが、ケロッとしたものだった。「なんだ、この程度のものか」というのが私の結論だった。どうも母親譲りの酒豪遺伝子が仕組まれていたらしい。
以来、ビールも美味しいと思うようになった。舌が脱皮したのかもしれない。実家に帰ったとき、「おお、やっとビールを飲むようになったか」と酒豪の母から妙な歓迎をされたものである。こうして、体調の悪いときは、ビールと氷あずきを同時に摂取して体調復帰に努めるまでになった。
NTT研究所に入ってからのある宴会の二次会で発見したのが、新宿歌舞伎町入口にある「小松本店」である。今はお好み焼き屋本陣+居酒屋になっているようだが、当時は「甘党本陣」という店だった。小松本店のWebページには「その後、時間の流れが速い歌舞伎町にて変わりゆくお客様のニーズを常に汲み取り続け、業態を進化させました。」とある。多分その「進化」の過渡期だったのだろう、すごいメニューがあった。「ラーメン+アンミツ+生ビールセット!」究極の不思議体験ができる。私はこれを目指して、よくこの店に行ったものだ。しかし、それくらいでは、お客様のニーズのマジョリティにはならなかったらしい。
遅く始めた趣味にはのめり込みやすいということを聞いたことがあるが、アルコールに滅法強いことが突然分かったので、当初はウィスキーやブランデーをよく飲んだ。しかし、どうもビールと同じようなペースで飲んでしまうことに気がついて、割と早く、その手の強い酒からは手を引いた。で、もっぱらビール党になって、今日に至っている。
逆に、ほとんど絶対飲まなかったのが日本酒である。フルーティという日本酒はちょっとつき合うこともあったが、お猪口1杯程度。どうも後味に残るベターッとした甘さが苦手なのである。甘いリキュール等は平気なのだが、どうも米由来の甘さがだめなようだ。だから、いい日本酒をいただいても、料理酒として使っている。
ワインは一応飲むが、ワイン通的な味へのこだわりはない。例によってビールのような調子で飲んでしまう。勿体ない。要するに、飲まない人も含めて、人それぞれの「多様性」があるのだ。
まだ若いころ、サッカーの合宿で午前中ヘトヘトになるまで練習したあと、決まって酒屋に最後の気力・体力を絞ったダッシュで駆け込み、もう1人の数奇者とビールを買って飲んだものだ。疲れが吹き飛んだような気分になる。そのあと昼寝して、また午後の練習。スパルタ式合宿とは対極のいい加減な合宿なのだが、少なくともモチベーションは維持できる。練習の終わりごろになると2人で「キリン丸」と叫びながら走っていた。
渇いた喉を潤す水代わりに飲んでいた合宿では気がついていなかったが、運動のあとビールがうまいというのは、少なくとも私にとって真実ではなかった。激しい運動のあとのビールは酸っぱく感じるのである。みなさんはどうだろうか? 体が糖分を欲しているのだろうか? それに気づいてから、私は激しい運動のあとは、まず甘いチューハイを先に飲むようになった。ともかく、理屈をこねてはアルコールに手を出すのであった。
「ビール腹」という言葉がある。ビールを飲むからあんなお腹になるということなのだろうが、今から30年ほど前、私はそれをかなり疑問に思ったことがあった。毎晩絶対に大瓶1本のビールを欠かさない、もう押すに押されぬビール党になっていた40歳台のころ、案の定少しずつ太り始めてきた。このままでは私のサッカー人生が危ないと、米のご飯を食べない決意をしたのである。話は逆だろうと思われるかもしれないが、これが功を奏して、約1年半で13kgも体重を減らすことに成功した!
ビールのカロリーは揮発性で、カロリーとして吸収されるのは30%だという説を当時聞いたことがあり、それを実践してみたわけだ。私の場合、体重の減り方はいわゆるシグモイド曲線を左右入れ換えたような形(図1)で、最初ゆるゆるだが、途中からグンと減るようになり、そこから先は学生時代の体重を下限としてまたゆるゆると減っていく。なおビール自体にもそれなりの栄養分がある。
このころは体重の減少が楽しみで、50グラム単位の秤量ができる電子体重計を買った。50グラムとは卵1個の重さである。この体重計がさらにモチベーションを上げた。本気でダイエットをしたい人はまず精密体重計を買うべきだと思う。
しょっちゅう体重計に乗って気がついたのだが、ビヤホールで暴飲小食(ビールでお腹が脹れるので、あまり食べなくてもよくなる)した翌朝は、いつも約1kg体重が減っている! これは素晴らしい。毎日ビヤホールに行くべきかと思ったのだが、どうもこれは大量のアルコールで脱水症状が起こっていたからで、その日のうちに、空気中の水分を吸収するのかどうかは分からないが、ちゃんと減った分だけ戻る。
ついでながら、熱い風呂やサウナも体重減少効果がある。私の一番の記録は、北海道での学会のときに紹介されて入った熱い塩泉だ。長風呂したせいもあろうが、入る前と後で、1.3kgも体重が減った。ビール2本分の余地が生まれたのである。そして、ちゃんと減った分だけ戻った。
ところで、このビールダイエット。運動とセットだからこそ可能になったことに注意しておかなければならない。当時はほぼ毎日ミニサッカー、週末もサッカーをしていた。体脂肪率は13%台を維持していた。ビールが主食ということは現在も同じなのだが、運動をまったくしなくなったため、お腹が微妙に、しかしはっきりと成長してきている。体重の絶対値としては5kgぐらい減らせればいいのだが、筋肉が減り、脂肪が増えているのだろうから、脂肪を減らす量はもっと多くなくてはいけない。なんとかしなくては……、という思いもついでにずんずん重くなっていく。
最近、安中千絵「やせたい人は今夜もビールを飲みなさい」(PHP研究所)という、実に好都合な本があることを知った。まだちゃんと読んでいないが、すでに実践しております!
私は2011年からエジプトに年に4カ月ほど行っていた。この話があったときの最大の心配はイスラムの国でビールが飲めなくなるのではないか、ということだった。しかし、なんと、エジプトにはビールメーカーが2社(3社?)ある! イギリス統治時代の名残なのだろうが、エジプトでちゃんと産業として成立しているのだ。だから、外国人が行くようないくつかのレストランではビールやワインが飲める(※3)。
これで安心してエジプトに行けたが、あちこちに酒屋があるわけではない。とてもクルマを運転できる交通環境ではないので、電話で宅配を注文することになる。その名もドリンキーという店。配達してくれる人には当然チップを渡さないといけないので、1回ごと大量に注文をする。お客さんによくビールを出していたので、1回に500ml缶24個入りの箱を4箱は頼んでいた(ついでにジンなどのリキュールも)。日本のビールに近い味の銘柄(Stella)と、ハイネケン風の味の銘柄(Sakara)があったが、私はもっぱらStellaだった。500ml缶が当時で90円程度だった。安い! Sakaraにはアルコール濃度8%とか、10%超のものもあったが、本来のビール醸造法ではあり得ない濃度ではなかろうか。
これだけの酒類を運んでくるので2人がかりになるのだが、必ず黒いビニール袋に包んで運んできた。やはり、街中ではお酒を剥き出しで運んではいけないのだろう。写真1はそれが玄関横に積まれていた風景である。
これだけのビールが1カ月程度しかもたなかったのだから、よほどいつもお客さん(JICAの人、大学の教員、もちろんすべて非エジプト人)を招いていたということだ。すごい生活だったと思う。
このエピソードからもお分かりのように、私は30歳台に入ってから、ビールを飲まない日がほとんどない。あるカレンダー日に飲まなかったとしても、真夜中24時を過ぎてから飲んだ。私にとってのbreakfast(断食を破るというのが本来の意味)は、まさに断ビールを破る夜または真夜中のビールなのである。
その私をしてビールを飲む気にさせなかった事件が、エジプトであった。何に当たったのか不明だが、ひどい下痢をしたのである。大学はお休みして、ずっと寝ていた。さすがにこのときは整腸剤にも使われるビール酵母が頭に浮かんでも飲む気がしなかった。鬼の撹乱とはこのことで、本当に久しぶりの休肝日となった。10年に1回は休肝日を取れ、という天の采配だったのかもしれない。
実はビールにはたくさんの種類があり、ようやくそれが日本の市場に出回ってきた。美味しいビールはたしかに美味しい。しかし、私のように主食代わり、水代わりに飲んでいる輩にはそれほどの拘りはない、と言いたいところだが、自宅用に買うビールは某キリンの某一番絞りのみである。某キリンの伝統的なラガーは私には味が濃すぎてダメ。
外で飲むときはもっぱら生ビールだ。これは外で飲むという環境要因もあろうが、どの銘柄でも美味しい。やっぱり、ビールは醸造所直結の生に限る! 東銀座の「八蛮」というお店を最近教えてもらったのだが、そこはお店の中で、オリンピックにも出たという元慶応のレガッタ部の親父さんが醸造している。銀座の真中で! ここでは独特の味と無国籍料理が楽しめる。
もちろん、世界各国の美味しいビールにも目がない。お誘いがあるとふらふらとつき合ってしまう。
少し前、藤原ヒロユキ「ビールはゆっくり飲みなさい」(日経プレミアシリーズ)という本をタブレットで読んだが、ビールの種類の奥深さについての蘊蓄が語られていた。ははー、ごもっともぉ、なのだが、タイトルにある「ビールはちびちびと味わうように飲むべし」という教えだけは、準々々体育会系でもあった私には受け入れ難かった。でも、そういう飲み方は確実にあり得ると思う。
ビールはアルコールだから仕事をしている人は昼間から飲んではいけないものだろう。実際、昼からビールを飲むと、早く酔うような気がする。体内時計のせいなのか、紫外線がアルコールの分解を促進する(?)のか、後ろめたいからなのかよく分からないが、実際に酔いが早く回る。
以前、防災関係の研究プロジェクトに関係していたとき、ローマへの出張があり、そのうちの1日がローマにある消防研修所(日本で言えば消防大学校?)への訪問だった。昼食はカフェテリアだったのだが、ドリンクに紙パックのワインがついていた。西欧人は、昼からワインを飲むとは聞いていたが、よりによって消防研修所でもそうだったので驚いた。この程度のワインは生産性や集中力に影響を与えないということなのだろうか。人それぞれの体質に依るだろうが、それはあり得るし、適量のアルコールがむしろ生産性を上げる燃料になるという人もいるように思う。はい、すみません。
自宅用のビールは大瓶20本を入れるプラスチックのケースで買う。どうも、いまだに瓶ビール信奉が抜けない。缶でも中身は同じだと言われても抜けない。これが抜けるのは、このケースを自分で運べなくなったときだと思う。そのためにも足腰を鍛えなくては……。それが真っ先に行うべき健康法だ。
たかがビールでも話は積もってしまう。(つづく)
※1:寿命を縮めたというのはあり得るが「失敗例」として参照されることはあまりないように思う。
※2:大昔、とあるシンポジウムの夕食会場でこれをお菓子と間違って食べた先生が救急車で運ばれた。事なきを得たが、食い意地をはるのは危険。
※3:ムスリム同報団のモルシ大統領になってから、いくつかのレストランはアルコールの提供を止めた。
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