長くはたらく、地方で
複業は「どっちの仕事も中途半端」? それでもボクが複業を選択する理由
地方でNPO法人を運営しながら、サイボウズで副(複)業している竹内義晴が、実践者の目線で語る本シリーズ。今回のテーマは、複業と本業の間で揺れ動く仕事に対する悩み。複業って中途半端なんじゃないの?死ぬ気で本業に打ち込んだほうがいいのかなぁ。
今回は、複業を始めて抱いている「悩み」について触れてみたい。
ただ……私はこの記事を書くべきか悩みながら書いている。なぜなら「複業はいいよー。最高だよー。いいことばかりだよー。だから、みんなもやろーよー」みたいな、複業を推進するような、元気が出るような内容ではないからだ。
でも、どんなことにも、ポジティブな面もあれば、ネガティブな面もある。ちゃんと現実に向き合い、それとどう付き合っていくのか。新しいことを始めるためには、そういうことも大切なのではないか。だから、私は書こうと思う。悩みをみなさんにお知らせしようと思う。なぜなら、それが、先陣を切って複業をはじめたものの務めだと思うからだ(大げさだなぁ)。
では、本題に移ろう。私の悩みを一言で言えば「中途半端感」である。
私の現在の働き方は、サイボウズが週2日で、それ以外は新潟で経営しているNPO法人に充てている。
サイボウズでは、サイボウズ式の記事企画や執筆、イベントの企画などを行っている。また、2017年に立ち上げたチームワーク総研のブログ記事作成や、社内におけるチームワークのコンテンツの言語化を担当している。
NPO法人では、職場の人間関係やストレスなどの問題を解決するための企業研修や講演、執筆、コーチングやカウンセリングに従事している。
まぁ、一言で言えば「いろいろやっている」のだが、それだけに、それぞれがなんとなく「中途半端な感じ」がすることが時々ある。
複業が「中途半端」に感じる2つの理由
「中途半端な感じ」をもう少し具体的にすると、大きく分けて二つある。一つは「仕事の中途半端感」、もう一つは「時間と意識の切り替えの難しさ」である。
一つに集中して死ぬ物狂いでやったほうがいいのでは?
まず、一つ目の「仕事の中途半端感」について。
私が運営しているNPO法人しごとのみらいは2010年に立ち上げた。現在の事業規模は、まだそれほど大きくない。
「もっと大きく!」「もっと早く!」形にしたいと思うなら、NPO一本に絞り、退路を断って、集中して、死ぬ気で打ち込んだほうがいいのではないか。そのぐらい本気でやらないと、物事を成すことはできないのではないか……と思うことが時々ある。
実際、複業を始めてからNPO一本のときより自由な時間はないし、やるべきことに追われている感もある。
だが、「死ぬ物狂いで」「がむしゃらに」「負担をかけて」働く働き方は、個人的な志向としてはあまり好きではない。無理して、短期的な成果を上げることよりも、多少の時間が掛かってもいいから、長い目で育てていきたいという想いがある。
また、これも個人的な志向だが、ヘトヘトになって物事を成すよりも、ボクは楽しく働きたい。楽しく働いた結果、物事を成したい。そのためには、多少の時間が掛かるのも仕方がない。
この、相反する状況に、私は悩んでいる。
二足のわらじは「時間」と「意識の切り替え」が大変
二つ目の「時間と意識の切り替えの難しさ」について。
冒頭にも触れたように、現在、サイボウズでの稼働は週2日だ。だが、稼働日でないときに、問い合わせや会議が入ることも少なくない。それはそうだ。私が稼働日でなくても社内では他のメンバーが働いているのだから。
そこで、稼働日でなくても、支障がない範囲で問い合わせに返信したり、会議に出席したりすることがよくある。
つまり、「今日は稼働日じゃないのでサイボウズの仕事はしません!」と稼働日によって仕事をはっきり切り分けるのが難しいのだ。
いや、完全に切り分けることはできなくはない。サイボウズでは「100人いれば100通りの働き方」を目指して「働き方宣言制度」というものができた。
「ボクは週2日間働きます。稼働日以外の会議は不可です」のように働き方を登録すると、グループウェアのプロフィール欄にその情報が表示され、社内の他のメンバーがひと目でわかるようになっている。
だが、私はそれを選んでいない。稼働日以外の会議もOKにしている。なぜか。他のメンバーの業務が滞るのを望まないからだ。稼働はしていなくても、グループウェアへの返信ぐらいはできる。
むしろ「稼働日に返信しなきゃ」とタスクを溜めておくぐらいなら、その時々でチャチャっと片づけてしまいたい。ちなみに、稼働日以外に稼働した分の時間は、稼働日に調整している。
また、スケジュール管理も複雑だ。社内のグループウエアに複業の細かな予定は書きにくいし、社内のスケジュールを社外のスケジューラーに同期することはセキュリティ上問題がある。その結果、スケジュールは二重管理になっている。
また「意識の切り替え」も大変だ。例えば、今書いているこの原稿はスラスラ書けなかった。うまく書けないと頭の中が「あー、書かなきゃ」という気持ちでいっぱいになり、頭の中がモヤモヤする。その状況で「よし、今日はNPOの仕事をするぞ!」と思っても、原稿のことがどこかしらで気になっている。もちろん、この逆もある。
このように、複数の仕事をしていると、複業が本業に、本業が複業に影響を与えあうことがある。
時間や意識の切り替えでモヤモヤしたときも、なんとなく中途半端な感じがする。「複業していなければ、こんなモヤモヤ感は抱かなくても済むのに……」と思うのである。
でも「本業を死ぬ気で」は結構ツライ
このような悩みを、本業一本でがんばっている人に相談したら、「だったら、複業なんてやめなよ」と言われるような気がする。いや、きっとそうに違いない。「本業の業務がおろそかになるって、前から言っているじゃないか」と。
だが、本業一本も結構ツライ。
起業したことがある方なら賛同していただけるのではないかと思うが、メシを食えるようになるまで事業を組み立てるのは、実際にやってみると、結構大変だ。
私は2007年に「会社」という後ろ盾を捨てて起業した。「起業」と言えば聞こえはいいが、新潟の中山間地で事業を営む道のりは、お世辞でも平たんではなかった。毎月、預金の残高が減っていくさまは、それはそれは恐ろしかったし、不安で仕方がなかった。まさに「死ぬ気」だったよ。
お金に対する不安のエネルギーはすごく大きくて、前向きになど考えられないし、仕事に集中できなくなる。まぁ、それでもやるしかないからやったけれど。
その後、家族を支えられるぐらいにはなった。けれども、仕事には「波」がある。順調なときはいいけど、時々、荒波に「ザッバーン」とさらわれそうになることもなくはない。
この経験を通じて思ったのは、「前向きな気持ちで仕事をするためには、安心感が必要」ということだった。
安心感というのは、金銭的なものだけではないように思う。「ここに所属している」という安心感もあるのではないかなぁ。起業とは所属を離れることだから、「所属している安心感」と矛盾しているように聞こえるかもしれない。けれども、いざ、会社を離れて一人になってみると、結構さみしい。一人の限界をまざまざと知ることになる。
「所属している安心感って、意外と大事かも」としみじみ思うのだ。
そういえば、心理学者のマズローは、人間の欲求には「生理的欲求」「安全欲求」「社会的(所属)欲求」「承認欲求」「自己実現欲求」の5段階あるとし、1つ下の欲求が満たされると次の欲求を満たそうとする心理的な動きがあると言っている。自身の体験としては「一理あるかも」と思う。
「会社一本」も結構ツライ
また、私は転職を2回しているが、本業でモヤモヤすることがあったとき、次の選択肢が転職と起業しかないというのも、なかなかしんどかったなぁと、改めて思う。
そもそも、モヤモヤしている会社で働き続けるのは、気持ちの上でも健康的ではないし、何かしらの疑問が生じているのだからテンションも下がりやすい。
当時は、複業という選択肢がなかったから転職や起業をするしかなかったけれど、もしあの時、複業という選択肢があり、フルタイムでなくてもやりたいことにチャレンジできたら、本業に対する気持ちを整えながら仕事ができたのではないかと思う。起業するにしても、さまざまな準備ができたはずだ。お金で怖い想いをせずに済んだのではないかなぁと思う。
モヤモヤすることもある。だけど、ボクは複業を選択する
この記事を書く前、ボクは「複業って中途半端なところもあるなぁ」と思ってモヤモヤしていた。
でも、こうして言語化してみると、本業一本の時代も何かしらの悩みはあったし、ただただ能天気に「今がすごく充実している。何の悩みもない。最高!」というときはなかったなぁということに気が付いた。
そうか。人は働いていれば、生きていれば、多かれ少なかれモヤモヤすることが必ずあるのだ。今、複業をやめて一本に絞っても、きっと別のモヤモヤがあるに違いない。
そうだ、結局人は悩むんだ。忘れてた。
もし、今の私が、誰かから「働く環境はあなたの好きなようにしていいよ。もし、あなたが働き方を自由に選べるとしたら、どんな働き方を選ぶ?」と問われたら、どんな働き方を選ぶだろう。
この問いを自分に立てたとき、私は……それでも複業を選ぶ。
もちろん、未来は分からないから、近い将来は違うことを言っているかもしれない。けれども、複業はお金や所属の欲求の面で安心感があるし、それに加えて、自分がやりたいことをチャレンジできる。今まで経験できなかった規模の仕事も、周りの仲間とできているし、その経験で得た知見は、NPOの仕事にも生きている。
複数の仕事をしているのだから、中途半端感が芽生えて当たり前。というより、いろんなスキルや人とのつながりは、そういった、「ゆるやかなつながり」から生まれるものだし、「これはこれ」「それはそれ」と、力んで分けなくてもいいのかもしれない。
仕事は複数あっても、私は私だ。そこがブレなければ、あとは走りながら考えよう。
イラスト:マツナガエイコ
サイボウズでは「100人いれば100通りの働き方」を目指して「新・働き方宣言制度」というものができた。 ↓ サイボウズでは「100人いれば100通りの働き方」を目指して「働き方宣言制度」というものができた。
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執筆
竹内 義晴
サイボウズ式編集部員。マーケティング本部 ブランディング部/ソーシャルデザインラボ所属。新潟でNPO法人しごとのみらいを経営しながらサイボウズで複業しています。