多様性は大切だけど、わかりあう必要ってあるの?
相手を理解しようとしなくていい、大切なのは「否定も肯定もせず、ただ受け入れる」こと──茂木健一郎×山崎ナオコーラ
人はどうすれば、自分とは異なる他者と、同じ社会で、同じチームで、力を発揮していくことができるのでしょうか?
「すべての多様性を受け入れる」というテーマで作品を生み出し続ける作家・山崎ナオコーラさんと、脳や社会の多様性に向き合い続けてきた脳科学者・茂木健一郎さんの対談。前編では、「多様性とは何か」「他人を受け入れられない理由」について話しました。
後編は、「多様性あるチームに必要なこと」「個性を伸ばすためには?」について。
「理解しないままでも会話をしていいよ」ってことにする
次は、「チームに多様性は必要か」という話だけど。チームが多様になるほど、ロバストネス、つまり強靭さが上がる、というのが一般に言われているよね。チーム全体として、変化に対応しやすくなる。
たとえば、チーム内にガチガチなタイプの人と、ゆるふわなタイプの人がいたとして、ガチガチな人がやるべきこともあれば、ゆるふわな人がいないとできないこともあるじゃないですか。両方いた方が、チームとしては強くなりますよね。
そうやって、同じチームに多様な人がいると「全員のことをちゃんと理解しなきゃ」と思いがちですが、私は最近、「そんなに理解しあおうとしなくてもいいんじゃないか」って思うんです。
というと?
もちろん理解しあえたら一番いいですけれど、「理解しあえない場合でも、会話をしていいんだよ」っていうことにしちゃえば、受け入れやすくなるんじゃないかなって。国と国との外交でも、続けやすくなりそうじゃないですか?
ふむ、ふむ。
たとえば私、2年前に流産したんですけれど、同じ経験をした人以外には話しちゃいけないみたいな空気があったんです。流産を経験していない人は、相手の気持ちを理解して、傷つけないように頑張らないといけない、とプレッシャーを感じるから、聞きたくないと思うのではないかと。
でも、私が流産の話をしたいのは、理解してほしいからではなくて、聞いてもらえるだけで嬉しかったからなんですよね。
「理解しなきゃ」という気持ちが、かえって関係をギクシャクさせていたんですね。
はい。会話や関係性って、理解しあうためだけにあるのではないと思うんです。理解しなきゃって思うと、理解しやすい人のほうにばかり行ってしまいますし。
別に相手のことは理解しなくてよくて、経験や考えが違っていても、ただ会話を続けたり、一緒にいたりすればいいんじゃないかな、と思います。
それは、マインドフルネスの考え方に近いかもしれないですね。
マインドフルネス?
はい。マインドフルネスの一番大事な考え方は、「価値判断をしない」とか「決め付けない」ってことなんですよ。そこにあるものを、否定も肯定もせず、ただ受け止めるだけ。
それは、すごくいいですね。
違う者同士が一緒にいるときに必要なのは「ルールづくり」「相手の気持ちを感じること」
今の話で思い出したんだけど、ある動物写真家が、印象的なことを言っていたんです。その人はアフリカでずっと写真を撮ったりしているんですけれど、「種が違っても一緒にいるって、珍しくない」って言うんですよ。
よく「アヒルの子を猫が育てた」みたいな話がニュースになったりするけれど、ああいうことって意外とふつうにあるんだって。
へええ。おもしろいですね。
まったく違う者同士が一緒にいるって、一見お互いにメリットがなさそうに見えるじゃないですか。でも、何かしら一緒にいることから生まれるエンパシー(共感力)があるらしいんですよね。
意外にうまくやっていけるんですね。
違う者同士が一緒にいるときに必要なものってあるんでしょうか?
「ルールづくり」というのはあるかもしれませんね。
たとえば「戦い」って、動物行動学(生物の行動を研究する学問)的にガチの戦いと、遊びの戦いがあるんですけれど、プロレスはどっちだと思います?
遊び……でしょうか?
その通りです。なぜかわかりますか?
うーん……。わからないです。
プロレスって、今はこっちが攻撃するターン、というのが決まってるじゃないですか。そのときは、相手も協力して投げられたりする。だから動物行動学的には、ガチの戦いではないんですよ。ルールがあるからうまくいく。
そうなんですね。
あと、チームのパフォーマンスを上げる上で一番重要なのは、ソーシャル・センシビリティーといって、「相手の気持ちを感じる」ということ。
たとえばメンバーのなかに、「このプロジェクト無理っしょ」とか「ダラダラしすぎ」とか「拙速すぎて危ないね」といった感情があるとき、その感情をお互いに感じあうことがすごく大事なんです。
その感情は、お互いに話しあうんですか?
話しあうかどうかはわからないんですが、とりあえず「感じる」ことが大事ですね。
みんなが声を出す社会にするにはどうすればいいか
自分の考えや気持ちを話すとき、ひとつを肯定すると、そのほかを否定しているみたいに思われてしまうことってありますよね。
ありますねえ。
新刊のエッセイ(『母ではなくて、親になる』)で、「母親だからと気負わずに、女性らしさに縛られず、ただの親としてやっていきたい」ということを書いているんですが、そうすると「女性らしい出産・育児の否定」みたいに受け取られることもあって。ああ、難しいなって思います。
私は、ほかの考えを否定したいわけではなくて、私の場合はこうだ、っていうのを書いているんですけれど。
僕も似たようなことを感じます。おそらく、マルチプルボイスの(多様な意見があふれる)社会だったら、そうはならないと思うんです。
いまはブロードキャスト(1人が不特定多数に発信する)的な社会だから。少数のブロードキャストする人がいて、その人の意見をみんなで受け取るだけ、みたいなイメージですよね。だから他人の意見にかみついてくるだけの人がいたり……。それは僕の考え方なんだから、って思います。
私は小さい声の人も好きなので、耳をすませたいな、と思っています。個性を表現するのが大事とは思っていないです。
でも、「みんなが声を出すのが大事」と考える場合には、どうすればいいとお考えですか?
やっぱり、子どもの頃から練習しないといけないですよね。「glee(グリー)」っていうアメリカのドラマ、見たことありますか?
見たことないです。
あれを見ると、「あ~、そもそも日本と教育が違うじゃん」って思いますよ。朗読とかドラマエデュケーション(演劇の手法を用いて体験的に行われる教育プログラム)とか、「自分を表現する」という教育を小学生のときからやってるからね。
そうなんですか。
そういうのを見て大事だなあと思うのは、「自分の個性を、フルタイムで伸ばす」という考え方ですよね。
会社や学校では何かを我慢して、残りのプライベートだけで自分の個性を出すというよりも、24時間フルタイム・週7日間で個性を伸ばせる世の中のほうが、当たり前だけどいいですよ。
人工知能は、個性とは真逆の方向に向かう
なぜ個性を伸ばせる方がいいかというと、これからは「個性」の時代だと思うんです。
どういうことですか?
これからは人工知能が発達して、定型的なことは人工知能がやってくれるようになりますよね。そうすると人間は「個性」が役割になって、みんな5歳児のようになることが求められる。固定観念にとらわれないで「へへ~」みたいな感じになっていくんじゃないでしょうか。
定型的な仕事も残るとは思うけれど、減っていくと思うんです。出版の世界でいうと、校閲なんかも、おそらく人工知能が入ってくると思いますよ。
それはなんか寂しいです。小説を書くのも、人工知能ができちゃうようになるんですかね……。
それはひとつ、おもしろい話があるんです。
人工知能に星新一さん風のショートショートを作らせて、ある文学賞の1次審査を通ったという研究があるんだけど、ナオコーラさん的な小説を人工知能に書かせるのは無理なんですよ。
ええっ。どうしてですか?
人工知能に何かさせようと思ったら、データ的に何千という作品データが必要なんです。星新一さんのショートショートは、1000編以上あるからぎりぎりいけたんですね。人工知能は、ビックデータがないと完成しない。
なんだか、個性とは相反するものですね。
そう、だから個性って、人工知能に対抗するという意味において、最も大事な武器だと思いますよ。統計的に何千、何万というビッグデータから学習するということは、さっき言った「美人に近づく」と同じで、平均値を出すっていうことだから。
なるほど。
そもそも個性ってなんであるのかというと、個人、という区切りがあるからじゃないですか。有限な、脳とか身体という資源でなんとかまわしているので、個性というものが出てくる。
人工知能っていうのはその真逆で、たくさんの個性が集まってひとつになっていく。だから、これからは個性は人間にしかない唯一無二のものなんです。
これからは、個性の時代なんですね。
そう。僕たちのやりたい放題ってこと!(笑)
文・ 大塚玲子/撮影・橋本直己/企画編集・明石悠佳
SNSシェア
執筆
大塚 玲子
いろんな形の家族や、PTAなど学校周りを主なテーマとして活動。 著書は『PTAをけっこうラクにたのしくする本』『オトナ婚です、わたしたち』(太郎次郎社エディタス)。ほか。
撮影・イラスト
編集
あかしゆか
1992年生まれ、京都出身、東京在住。 大学時代に本屋で働いた経験から、文章に関わる仕事がしたいと編集者を目指すように。2015年サイボウズへ新卒で入社。製品プロモーション、サイボウズ式編集部での経験を経て、2020年フリーランスへ。現在は、ウェブや紙など媒体を問わず、編集者・ライターとして活動をしている。