自分の好きなスタイルで柔軟に働ける理想の環境にいるはずなのに、なぜかストレスが蓄積している──。そう感じる人は案外少なくないのではないでしょうか。
サイボウズ式編集部の高橋団もそんなひとりでした。会社も、仕事も、働き方も気に入っているのに、なぜかストレスを抱えているなあと、ある日気づいたといいます。
「働く現代人は戦略的に休むことが大事です。お茶を淹れる時間をその“休み”に充ててみてはどうでしょうか」
こう提案するのは、茶道家として14年もの活動歴があり、お茶×働き方領域で事業展開をしている、TeaRoomの代表取締役、岩本涼さん。戦国武将たちが安らぎを求めたお茶の文化を現代に蘇らせ、現代人に、お茶を通じた"戦略的休息"を提案しています。
お茶を通じて「余白のある優しい社会」を目指す岩本さんに、これからの時代に必要な休み方を伺いました。
いつでもどこでも働けるのが、ストレスになっている
高橋
岩本さんは現代人に安らぎを与えるために、どうしてお茶を選んだのですか?
岩本
令和時代は戦国時代に近しいなって、僕は考えてて。
高橋
戦国時代。
岩本
敵に殺されるかもしれないストレスを四六時中抱えていた戦国時代と、インターネットやスマホで24時間、常に他者から見られ続けている令和時代。かなり似た状況だと思うんです。
岩本涼(いわもと・りょう @ryoiwamoto1997)さん。株式会社TeaRoom代表取締役。1997年生まれ。裏千家での茶歴は14年を超え、現在は「お茶で余白のある社会をつくる」をミッションに株式会社TeaRoom代表取締役を務める。2018年9月には一般社団法人お茶協会が主催するTea Ambassadorコンテストにて、京都門川市長より日本代表/Mr.TEAに任命。2019年1月には米UC DavisにおけるGlobal Tea Initiativeにて日本人最年少の登壇者として選出された。同年7月より株式会社WEDの茶頭に就任、茶室「Emptiness」をプロデュース。3DP×茶室Boolean株式会社お茶顧問
高橋
サイボウズは時間や場所にとらわれない、自由な働き方を体現した会社です。それはいいことですが、いつでもどこでも働けるのが、少しストレスになっているかもしれないと、最近気づきました。
仕事中も、仕事を離れてからも、頭のモードが同じままなんです。
岩本
働き方が多様化すると、オン/オフのスイッチが切り替えづらくなるのも無理はないと思います。在宅勤務や複業が盛んになれば、昔のスタンダードだった「9時17時」みたいな時間管理ができなくなるわけですから。
高橋
本当の意味で休息している時間が少ない気がします。今の僕たちと似た時代を生きていた戦国時代の人たちはどうしていたんでしょう(笑)?
岩本
彼らは戦の中で茶会をしていました。長い戦いの中で束の間の余白として、陣中茶会が設けられていたんです。
高橋
休むために、戦の最中でも茶会を……。
岩本
いつ殺されるのか分からず、敵を気にし続ける生活だと、心が休まらないじゃないですか。彼らにとって茶会が唯一心穏やかに過ごせる場だったわけですね。
現代のビジネスはまさしく戦であり、ビジネスパーソンは戦国武将と似た状況に置かれています。だからこそ僕はお茶の文化を現代に蘇らせたいんです。
お茶を淹れて強引に「余白」をつくり、飲んで「整う」
高橋
お茶で休みを取れるというのはわかりました。でも、どうしてお茶が有効なんですか。
岩本
2つあります。1つは構造的に、もう1つは効能の面で有効です。
お茶って茶葉を茶器に入れ、お湯を沸かして淹れるのに手間がかかる。淹れようと思うと1〜2分は必要になります。
そのため、半ば強引にでも、構造的に余白の時間を取ることができるのです。
高橋
お茶によって、せわしなく過ぎ去っていく日常の中で我に返る時間を取れるということですね。
岩本
はい。僕がお手伝いしている企業では、勤務時間内に1日8回を目処にお茶を淹れてくださいとお伝えしています。1〜1.5時間に1回くらいのペースですね。
高橋
休憩の頻度としてはちょうどいいかもしれませんが、8回は結構大変ですね……。
岩本
一日の過ごし方を振り返ってみてください。起床時、朝食時、出社時、など数えてみたら意外と飲料物を摂取していませんか? これを数えるとおよそ8回になると思います。
意識的に休みを何度も取るのは難しいですが、お茶なら無意識でも必ずチャンスがやってきます。
高橋
普段、なんとなくペットボトルを買ってますが、次からちょっと気にしてお茶を淹れてみます(笑)。
岩本
効能の面で言うと、高橋さんはサウナ入ったことありますか?
高橋
はい。ここ数年流行っていますよね。
岩本
実は、日本最初のサウナーは千利休と言われているんですよ。千利休は蒸し風呂でみそぎを落としてから、茶室に入っていたと言われています。
高橋
え、そうなんですか!
岩本
サウナも茶室として定義できると私は考えています。効能面で見ても、サウナは血流促進や血管拡張を促します。意識は覚醒しながら、心が落ち着いて、つまり「整う」わけですね。
高橋
なるほど。
岩本
お茶も同様に身体を覚醒させるカフェインと脳を落ち着かせるテアニンで、覚醒とリラックスの効果を同時に得ることもできます。実は期待できる効果は似ているんです。
高橋
知らなかった……。
ストレスの原因となる他者依存から抜け出すには「内省」で自分の生き方を取り戻す
高橋
お茶の効果はわかりました。ただ、そもそもつながりすぎる時代とストレスとはどのような関係があるのでしょう。
岩本
岩本
「早く返信しないと相手に悪いかな」と考え、自分の意思とは関係なく休日に届いたメールを開いてしまう、などですね。
高橋
意思決定って、本来は自分と向き合ってやるものなのに。
岩本
アメリカのあるレポート(*)で、僕たちは無意識のうちに、1日5000回以上広告を見ていると伝えられています。それだけ、外部から情報を訴求され続けているんです。
自分と向き合う時間が取れないと、他者に影響された意思決定しかできず、ストレスのかかる生き方は改善されません。
(*)Forbes「Finding Brand Success In The Digital World」
Linked in「We Now See 5,000 Ads A Day ... And It's Getting Worse」
高橋
そんなにも……!? だから、意識的に内省の時間をつくるのが大事なんですね。
岩本
お茶を淹れる時間は、人生のなかに何もしない余白をつくるようなものです。頭で考えるんじゃなくて、身体で感じて気づく時間。
例えば「今日は疲れてるな」とか、今の自分の状態を知るだけでも、より良くしていけますよね。
高橋
合理化や効率化とは真逆の発想で、あえてゆっくりすることで余白をつくる。このアプローチは面白いです。なんだか、休みのイメージが変わりました。
岩本
現代人に必要なのは、ただダラダラするのとは違う、自分の内側に意識を向けて、頭と心を整えるための休みです。
時に立ち止まって、抱えている膨大な仕事のうち、どれが優先度の高いものか整理するなど、内省するための時間が必要です。
会社として社員を「戦略的に休ませる」
岩本
お茶は身近なものですが、個人で1日8回お茶を淹れることを習慣化するのは、大変だと思います。
家でひとりでやってもらうより、会社でみんなでお茶の時間を設ける方が、習慣として根づきやすいんじゃないかなと。
高橋
会社から「今はお茶を淹れて、休むときですよ」と言われると、「じゃあ休もうかな」となりますね。
岩本
弊社では今、企業様向けにお茶の導入や茶会のサービスを提供していますが、こちらを導入してもらうときは、経営層に意思決定をお願いしています。むしろ、経営層が自らお茶を淹れるようにならないと、と思っています。
歴史的にも主が周囲にお茶をふるまうのはよくあることですから。
高橋
現場の人じゃないんですね。
岩本
人材の流動性が高くなり、みんなが様々なプロジェクトに入って働く環境では、会社として社員を「戦略的に休ませる」ことが重要です。たとえ、やりたいことをやっている自覚があっても、休まないと生産性は上がりません。経営層が社内のストレス課題を認識し、責任を持って意思決定して欲しいですね。
高橋
会社でお茶を淹れる文化を浸透させるコツなどありますか?
岩本
自分がお茶を淹れたら他の人も誘うといいですよ。例えば、Slackで「お茶淹れたから飲もうよ」と呼びかけるのもあり。
ギブの行為が心の満足度や幸福感を高めるし、それによってコミュニケーションも生まれますから。お茶の文化が浸透すれば、チーム全体でも休むことができるかもしれないですね。
高橋
岩本さんの会社でも、お茶を配る文化はあるんですか?
岩本
はい。うちでは会社のミーティングなどをするとき、「お茶会」という名目でみんなを集めています。
高橋
お茶会という響きがなごやかですね。
岩本
これは経験談ですが、お茶を飲むと心身が安らぐので、言い争いがおきません。飲み会と違い、温かくて柔らかい雰囲気のなかで話を進められていいですよ。
高橋
もし、個人でもこの習慣をやろうと思うと、どうすればいいでしょうか?
岩本
「朝にポットのスイッチをいれる」という簡単なことでもいいから、一日が無意識に流れていかないように、ほんの1〜2分時間を取ってみてください。
高橋
多少無理やりにでも、内省の時間を確保することがやっぱり大切なんですね。
岩本
最初のうちは「今、お茶淹れてるなあ」って自覚できればそれで十分ですから。
柔軟な働き方では、タイムマネジメントは機能しない。ストレスを緩和する新しい休み方が必要になる
高橋
休み方といえば、近年、西洋から世界的に広がりを見せる
マインドフルネスについてどう思いますか。
岩本
僕は賛成、推進派の立場を取っていますが、少し注意すべき点があると考えています。
というのも、マインドフルネスはストレスを軽減する手段ではありますが、働く人の仕事を効率的に回し、企業が利益を最大化するためのツールになっていると感じるからです。
一方でお茶は、茶の湯と禅が一体であることを意味する「茶禅一味」という言葉の通り、禅と深い関係があります。
高橋
禅とマインドフルネスの違いはなんでしょうか。同じようなものだと思っていました……。
岩本
効能は同じです。ただ、禅はマインドフルネスとは違い、何らかの効果を得ることを目的にしたものではありません。禅は、自分がやりたいからやる——それ自体が目的になります。
高橋
ビジネスでの主な利用のされ方として、マインドフルネスはストレスを減らす効果を求めて取り入れるものであるのに対し、禅は禅を実践したくて取り入れるもので、ストレス軽減はただの結果であると。
岩本
私たちがお茶を通して実現したいのは「余白のある世界」です。余白があり内省することで個人のストレスを軽減できる。効率的に働けるのはその結果にすぎません。
お茶を飲むという行為を目的とした結果、余白ができ、自分の身体の変化に気づくことで、正しい方向に修正できる。まさに茶禅一味のような概念が理想的です。
高橋
ストレス軽減ができていれば、どちらでもいいとも思うのですが、なぜ現代社会にはお茶の禅的な休みが有効なのでしょうか。
岩本
そもそも私たちは西洋の考えに影響されていることを自覚しなければなりません。マインドフルネスと禅はそれぞれ西洋と日本で広まった方法ですが、もともと両者の労働の概念はまったく違います。
高橋
それはどのような労働観なのでしょうか。
岩本
西洋の考えでは仕事と生活は分けられ、「仕事をしていない時間=生活」になっています。だから、マインドフルネスのようなストレス軽減の方法を活用し業務を効率化することが、自動的に余暇の充実につながります。
つまり、タイムマネジメントで仕事と生活のバランスをとっているのです。
岩本
一方、もともと百姓文化の日本では、仕事と生活の境界線がなく働くことは生きることと一体でした。この働き方は、仕事と生活を分けて考えないため、西洋的なタイムマネジメントをすることはできません。
高橋
西洋の労働観が入ってきた近代を経て、現代は仕事と生活を分けて考える人が多いと思います。
岩本
そうですね。これまでの日本では、仕事以外の時間はプライベート(余暇)になっていますよね。
しかし、働き方が柔軟になりはじめた今、仕事とプライベートが切り離せなくなりつつあります。すなわち、昔の日本の百姓文化のような労働観に近づいているのです。
高橋
確かに、仕事が終わった後もスマホで仕事の通知は見ますし、複業の業務をやることもあります。
岩本
やりたいことを仕事にしている人などは、特にそうなりやすいですよね。
こうなると、仕事を時間で管理することは難しいです。なので、柔軟な働き方にあった休み方として、いかにストレスをなくすか考える、ストレスマネジメントが必要になるんです。
高橋
なるほど。時間管理で休息を取れない現代人は、日々の生活からお茶で余白をつくる、ストレスマネジメントが向いているということですね。
岩本
現代の働き方は西洋文化に影響されていると気づくため、そして、ストレスマネジメントが必要な働き方が広まるほど、余白の時間はますます有効になるでしょうね。
高橋
働き方が変われば、休み方も変わるはず。これからは、何も考えない余白の時間を日常的に作って、戦略的に休んでみようと思います。
執筆:池田園子/撮影:加藤甫/編集:高橋団