「好き嫌いに関係なく、人生の大半は仕事のことを考える。だったら、仕事は徹底的にマニアになって、おもしろくしたい」。
そう語るのは、無類のものづくり好きで、周囲から「タオル変態」と呼ばれているIKEUCHI ORGANIC(イケウチオーガニック)代表の池内計司さん。同社のタオルは徹底的にこだわりぬいた生産過程と品質で、国内外から高い評価を受けています。
一方、「グループウェアマニア」と自負するのは、サイボウズ代表取締役の青野慶久。愛媛県今治市生まれ、パナソニック(元・松下電器産業)出身と、池内さんとはさまざまな共通項がありそうです。
2月27日に開催された「株主会議2021 サイボウズと語る一日」の第1部では、そんな2人が「新しいカイシャを語る」をテーマに語り合いました。
新しいものを取り入れ、徹底してやり抜くことが、新しい価値を生む
山田
モデレーターを務めるサイボウズの山田です。このセッションでは、2人の共通点を軸にしつつ、「新しいカイシャ」についての考えを深められたらと思います。
それでは、まずは周囲から「タオル変態」と呼ばれる池内さんのお仕事から。もともとタオルメーカーは、デザイナーズブランドのOEM(相手先ブランドの製品をつくること)としてタオルを製造・供給するものだと伺いました。
池内
そうです。20年以上前のタオル業界は、デザイナーズブランドのOEMが基本。どれだけいいデザイナーズブランドと出会えるかで売り上げが決まる世界でした。
だから、当時はタオルメーカーの自社ブランドタオルを欲しがる人なんていない状態だったんですよね。でも、「世界でいちばん安全なタオルをつくりたい」と思い、1999年に自社ブランドタオルの製造を始めたんです。
池内計司(いけうち・けいし)。IKEUCHI ORGANIC 株式会社代表。1949年愛媛県今治市生まれ。一橋大学卒業後、松下電器産業(現パナソニック)に入社。松下電器 産業時代は、世界中のDJ から支持された名機「Technics」ブランドのプランナーとして活躍。1983 年に家業を引き継ぐため池内タオルに入社し、代表取締役社長に就任。2016年6月から、ものづくりに専念するため現職
青野
それが現在に続く「ORGANIC120」というタオルですね。
「どうせなら自分が納得できるタオルをつくりたい」という想いから生まれたORGANIC120。その名の通り、オーガニックコットンだけでつくり上げたタオルです
池内
はい。自社タオルをつくった後、まず東京とアメリカで年3回展示会をやりました。そこでお客さんが1、2人と増え、商品もどんどん進化して現在に至ります。
まぁ、当時はタオル会社が自社ブランドを持つこと自体なかったので、展示会をやるのも当然ご法度でした。
もちろん反発はありましたが、新しいことをしている自分がわりと好きだったかもしれません。
青野
ははは(笑)。
でも、そういう新しいもの好きなところが功を奏して、ファンが増えていっているわけですよね。
池内
そうですね。
展示会では多くのお客さんからフィードバックをいただき、素材や製造プロセスを改善していきました。
青野
新しいものを受け入れて意見を反映していく姿勢と、徹底してやりぬく姿勢がまさしくイノベーターですね。
山田
池内さんの取り組みって、1つのサービスを何か新しいものに変えているわけじゃないんですよね。
「業界を変える」「社会に対して新しい価値を提供する」といった一歩踏み込んだ視点の取り組みばかり。だから当然、反発などもたくさんあったはずです。
既存の枠組みを越えて新しいことを続けていくために、何か意識していることはあるんでしょうか?
山田 理(やまだ おさむ)。取締役副社長 兼 組織戦略室長。1992年日本興業銀行入行。2000年にサイボウズへ転職し、取締役として財務、人事および法務部門を担当。初期から同社の人事制度・教育研修制度の構築を手がける。2007年取締役副社長に就任。2014年からはサイボウズUSA社長、2020年からは組織戦略室長を兼任。著書に『最軽量のマネジメント』『カイシャインの心得: 幸せに働くために更新したい大切なこと』
池内
特に意識しているわけじゃないですが……。
ただ、わたしの性格上、人がやったものは絶対やらないし、人が持っているものは買わないですね。
そもそも先代(池内さんの父親)も新しいもの好きなんですよ。会社にある生産機械は、ほとんど業界初のものばかり。だから社員も新しいもの好きで。
会社としての事業も、新しい取り組みじゃないと興味を示してくれないんですよ。
青野
これはサイボウズにも共通する風土ですね。
「失敗してもいいからチャレンジしよう」といった風土があれば、自然と新しい取り組みをしていきますからね。
天国から奈落へ。ピンチの中で気づいた、熱いファンの存在
山田
池内さんの著書『「つらぬく」経営』では、経営で苦労した時代について「天国から奈落へ」という表現をされていましたよね。
池内
はい。2003年にうちを支えてくれていたOEM先が自己破産したんです。それで、われわれも売り上げの8割を失い、民事再生をすることになって。
ちなみに、民事再生も今治地方裁判所の第一号でした。
山田
そこもまた第一号とは(笑)。
池内
その時たまたまテレビ局がうちのドキュメンタリーをつくっていて。彼らに密着されながら民事再生をしたので、マスコミの注目を浴びたんです。
結果、民事再生のことが全国的な新聞に掲載されて。すると、うちのファンから「何枚タオルを買えば助けられますか?」とたくさんのメールが届いたんです。この出来事にわたしは勇気をもらい、自社ブランドだけで再生することに決めました。
いま思えば、この時支えてくれたファン、そして、社員がいたからこそ、自信を持って前を向いて進めた気がします。
青野
何があっても離れないファンや社員の存在は心強いですよね。
池内
本当にそう思います。
当時お世話になった銀行の頭取の方に数年後に会ったとき、「君のとこのファンはどうなってるんや。俺宛に『池内タオル工場(当時の会社名)をどうにかしろ』と手紙を送ってきたファンが何人もいる」と言われたこともありました。
山田
すごい熱量ですね。
僕は元々銀行員で民事再生を担当していたので、いまの話にすごく感動しました。一般的に会社が破産するときって、顧客やパートナーから批判がたくさん来るんですよ。
会社が成長するかどうかには運もありますが、つぶれない会社には「この会社をつぶさないでくれ」っていう熱いファンがいるんだなと思いました。
ファンをつくるためには、製品の背景や想いを伝える「理屈」が大事
青野
そんな熱量の高いファンは、どうやってついてきたのでしょう?
池内
自社ブランドをつくったときに毎月1回はタオルの説明会をすると心に決めていました。うちのタオルの話が聞きたいっていう人がいれば、全国どこでもいきますよ、と。
そういう積み重ねで、徐々にファンが増えていったんじゃないでしょうか。
青野
自分で足を運んで、自分の口で自社製品のことを語り続けてきた結果だ、と。
山田
そういえば、池内さんはお客さんに製品の説明をする際、機能性だけでなく製品がつくられたストーリーも含めて90分かけてお話しされるそうですよね。
池内
まぁ、自分が理屈っぽいので。うちは見た目が変わっているタオルをつくらないから、説明しないとわからないこともある。
山田
「理屈っぽい」って言い換えれば、「想いを突き詰めたものづくり」をしっかり伝えたいってことですよね。
見た目はシンプルだけど、プロダクトにかけた想いが1つひとつあって、その想いが商品にこもっているんだ、と。
池内
まさに、そうですね。
青野
一見不要な情報に思えますが、ファンをつくるっていう意味では、製品の背景やストーリーとなる「理屈」は大切ですね。
その意味でサイボウズも、社員が手間隙をかけて製品づくりをしているので、もっと理屈を語らないと。「なんでこのボタンを置いたのか」、「なぜこの機能をあえて入れていないのか」というように。
お客さんの不満にしっかり向き合えば、トラブルですらファンづくりのきっかけに
池内
ファンづくりという点で言うと、特にうちみたいなメーカーってお客さんと直接交流できるのって、トラブルを起こした時やクレームを受けた時が大半なんです。
山田
言われてみればそうですね。
池内
うちがニュースで特集されて注目を浴びていた2003年、同時にいくつか商品トラブルが起こったんです。
そのときに1枚ずつ商品を送り返してもらって、すべて縫い直して。そして、新品を送り返した上で、縫い直したものもまたすべて送り返すという対応をしたんです。
たぶんそういうところからも、ファンが増えていったんじゃないかと思いますね。
青野
自分の口から語るだけでなく、お客さんの信頼を裏切るようなことがあれば、それもまた自分で解決する、と。
著書でもクレームのメールを池内さんがすべて読んでいるという話がありました。お客さんとのコミュニケーションを大切にされているんですね。
池内
現在もお客さんから来るメールはクレーム含め、すべてチェックしていますね。
そういう声の中にこそ、次のプロダクトに生かせる意見があると思っているので。
「新しいカイシャ」は、たくさんの社員やファンとともにつくり上げていくもの
山田
今回「新しいカイシャを語る」というテーマのトークですが、他社とは違う経営理念やビジョンはありますか?
池内
うちは企業理念として「最大限の安全と最小限の環境負荷」を掲げ、「
2073年(創業120周年)までに赤ちゃんが食べられるタオルをつくる(※)」を企業指針にしています。
この理念と指針を実現していくために、社員がフラットな状態で仕事ができることが大切だと考えていて。あくまで親族経営が多い中小零細企業の話ですが、うちの会社にわたしの血がつながった人は1人もいないんです。
(※)創業60周年で実施した展示会で「赤ちゃんが口に含んでも安全なタオルを実現させたので、次の60年では食べられるタオルをつくる」とジョーク言ったところ、話題となったことから生まれた指針。
青野
フラットな組織をつくるため、意図的にそうしてきたんですね。
池内
はい。創業60年を迎える2014年に会社のブランディングを依頼したナガオカケンメイさんにも「池内はわたしの代でなくなるので、社名から外してくれ」ってお願いしたんです。ところが、イケウチオーガニックって社名を提案されて。
「これは池内という経営者を指しているのではなく、『イケウチ式オーガニック』という意味で使っている」という理屈で、納得させられてしまったんですけど(笑)。
青野
池内さんの精神だけ残すという形なんですかね?
池内
そうでしょうね。うちのタオルはわたし個人でつくっているわけではなく、チームでつくっています。いまはたまたま池内という人間が前に出ているだけ。わたしがいなくても次の人に継承ができるものと信じています。
山田
池内さんは、たまたまいま会社の代表として前に出て話しているだけであって、池内の名前も継がなくていい。
ただただ後世によいものづくりを遺していければ、それでいいという考え方ですよね。
池内
まさに。
山田
いまって上場企業がパブリックな存在だと思われていますけど、自分たちに都合のいい株主を持ち上げたり、関係者で固めたりしていて、むしろ透明性がなく閉じているケースもある。
その意味で、特定の人に権力を独占させず、理念を共有した多くの社員、そして、ファンが経営にかかわれるイケウチオーガニックこそ、真にパブリックな会社だなと。
池内
ありがとうございます。
社員、株主、ファン。「かかわり方」の理想を考える
青野
池内さんは今後代表を引き継いでいくと思うのですが、会社とのかかわり方として描いている理想はありますか?
池内
中小企業で代表が変わるということは、金融的な信用を無くしてしまう可能性があるので、それをどうするかが重要な問題ですね。
青野
なるほど。もし今後経営が厳しくなったときに、つぎは「株式を何株買えばいいですか?」って会話が出てくるのかもしれませんね。
池内
そういうことがあれば非常に安心できるんですけどね。いい知恵があったら教えてください(笑)。
青野
ぜひ、おたがい共有しましょう。サイボウズも、山田さんと畑さん(※)が取締役を外れて、僕もそのうち代表を離れてやろうと思っているんです(笑)。
(※)サイボウズの共同創業者で現取締役の畑慎也。
山田
そうですね。いまは青野さんと畑さんが大株主ですが、今後は社員やファンにオーナーシップを分散して、サイボウズの目的である「チームワークあふれる社会」を目指していきたいと思っています。
青野
今後はそういう真のパブリックな会社に人が集まっていきそうですよね。サイボウズもそうなれるよう、たくさんの社員やファン、そして、株主との関係性を築いていければと思います。
(後編に続きます。)
今回のセッションは、公式YouTubeでもご覧いただけます。
執筆:中森りほ 編集:野阪拓海(ノオト)